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【坐禅作法130】呂厳『太乙金華宗旨』

かなりキワどい坐禅作法 呂厳『太乙金華宗旨』〜付録2〜

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〜付録2:縁覚の経典3〜


よかったら使ってくれたまえ

呂厳の『太乙金華宗旨(たいいつきんかしゅうし)』は唯一まともな禅定のテキストである。 これには「呂厳が49歳のときに授かった瞑想の秘伝をまとめたもの」という言い伝えがあり、やはり正確な翻訳をするなら、その歳になるまで待つのが望ましい。

しかしながら、歴代の禅師たちがみずからの精神異常を省みることなく、さんざん偉そうな与太話を吹かし続けてきたため、現代の禅定についての常識自体が精神分裂症患者を生み出す元凶となっている。 禅の語録をよく読んでみるといい。 臨済や道元や白隠の語ることはサンニャースの道についてのお話であり、禅寺で生涯を終えるなら通用するかもしれないけれど、現代社会を生きる私たちにはほとんど役に立たない。 彼らはひと昔前なら禅師と呼ばれた。 けれども21世紀を生きる現代人は、彼らのような人種を精神分裂症患者とか統合失調症患者と呼ぶ。

そのため禅定についての正しい知識は、禅の入門段階でしっかり教わっておいたほうがいい。 そこで41-42歳のとき、和尚の『黄金の華の秘密』という講話録を参考にしながら、呂厳の『太乙金華宗旨』の新訳に取り組むことにした。

それから44歳6月の現時点まで、その他いくつかの漢籍を翻訳してきたのだけれど、それは『解脱の真理』にある神がかり― Over-Shadowing ―の特訓をするためだった。 この『かなりキワどい坐禅作法』で、誰にも理解されずに忘れ去られようとしていた昔の歌を解説できたのは、この特訓のおかげなのである。

(『解脱の真理』にみる)神がかり― Over-Shadowing ―の特訓


 私は一枚の紙を与えられた。 それには非常に意味の深い幾つかの言葉が師によって書かれていた。 私の為(す)ることは、その言葉を読み、それについて話をすることであった。
 読み始めるや否や私は電流がサッと身内を流れるような感じがした。 一瞬わたしの心は空白となった。 その後わたしは今までに体験したことのないある信念を感じた。 英智の本源に繋がった感じがした。 私は別人のように、自分自身が話しているのを聞き、言葉が次々と出るに従ってそれに聞き入り、考察するのであった。 あたかも私なる人物が二つに分かれ、一方は愛と英智と力の本源に繋がり、他方は同時にそれを感じ、それに学んでいるかのようであった。
 私にとってそれは新しい、全く不思議な体験―これが意識を伴った高度の神がかり―であった。

M・ベイン『解脱の真理』P.234-235 第八章 匿名師の説く解脱の真理(二)、患者指導の仕方


『太乙金華宗旨』では「第三の眼」を「天心」と呼ぶ。 この経典は、その天心を覚醒させる行法について書かれたテキスト。 それは一般に「小周天」や「大周天」と呼ばれている行法に似ているのだけれど、微妙に異なるものなので、あえて「回光法」と名づけて区別をはかっている。 けれども回光法こそが本当の周天法なのだ。

なにより重要なのは、この回光法に取り組むべき時節を間違えてはいけないということである。 天心― すなわち第三の眼 ―は、神がかり― Over-Shadowing ―の特訓の成果を最大限に発揮したときに覚醒することを、まず知っておいて欲しい。

(和尚『黄金の華の秘密』にみる)第三の眼の覚醒時期


 ひとたび潜在能力を完全に発揮している自分の姿を知ったなら、内なる松明(たいまつ)が両端からめらめらと燃えているときの自分の姿を知ったなら、死など存在しないことがわかるだろう。
 力が最大限に発揮されると、第三の目が働きはじめる―最大限に発揮されたときはじめて。
 だから、だらだらとした生き方をしてはいけない。 生が重荷であるかのような、果たさねばならない義務であるかのような生き方をしてはいけない。

和尚『黄金の華の秘密』P.178-179 第五話 解放の機縁


潜在能力を最大限に発揮すると第三の眼が覚醒する。 神隠しの世界から俗世に帰還する回廊が現れるのは、その時節が近づく頃だ。 そうして帰還した俗世の雑踏で、人生を豊かにする経験を積まなければ、坐禅なんかやるだけ無駄である。

和尚の語る俗世と坐禅


 禅の僧院では、一日8時間、10時間の坐禅をしている。 それではまるで瞑想するためだけに生まれてきたようなものだ。 ほかには何もない。 彼らの全人生はただ坐ることにあるかに見える。
 彼らは<生>を豊かにしない。 彼らは人生経験によって自分自身を豊かにすることがない。 彼らは世間にはいって行かない。 彼らはこわがっている。 恐怖に取り憑かれている。 そして彼らの瞑想はすべて深い抑圧以上の何ものでもない。
 瞑想するのはいい。 が、市場に行きなさい。 そこにこそ試練があるからだ。 あなたが正しく瞑想してきたかどうか。

和尚『TAO4』P.51 第1話 先頭に立つべからず


『解脱の真理』では、この俗世に帰還する時期について、このように説明している。

(『解脱の真理』にみる)俗世に帰還する時期


 そのうち君はもっと上手にやれるようになるだろう。 次第に上達して遂に大いなる霊的存在が神がかり― Over-Shadowing ―できるようになり、その時には君の周りには霊的光りが見えるようになろう。 それが完成した時、君は数ヵ月後に元の世界に戻るのだ。 君を知っている人々にとって君は前と同じ姿・形ではあるが、どこか説明のできないある違った処があるであろう。
 君が世の中に出て人々の間で働いている間もなお君の内なる器の形成が起き、益々多くの霊的力を用い得るようになるであろう。 世間の人々の中にいることがこの仕事を立派に成し遂げうる最良の行場(ぎょうば)なのだよ。

M・ベイン『解脱の真理』P.235 第八章 匿名師の説く解脱の真理(二)、患者指導の仕方


では、この俗世に帰還する時節とは、いったい何歳のことなのか。 それを教えているのが久保田早紀の『異邦人』である。

久保田早紀の時間旅行1〜 44歳6月の異邦人 〜


 子供たちが空に向かい両手をひろげ
 鳥や雲や夢までもつかもうとしている
 その姿は昨日までの何も知らない私
 あなたにこの指が届くと信じていた

 空と大地が ふれ合う彼方
 過去からの旅人を呼んでる道

 あなたにとって私 ただの通りすがり
 ちょっとふり向いてみただけの異邦人

久保田早紀『異邦人』(1979)より


「異邦人」とは神隠しの世界の旅人のことだ。 ツインレイの男女は、神隠しの世界に迷い込まなければ再会を果たすことはできない。 ただし、そのまま神隠しの世界にとどまり続けても、二人の指がふれ合うことはない。 その現実を受け容れたとき、過去からの旅人を呼んでる道が現れ、時間旅行がはじまる。

この久保田早紀の時間旅行の奥義については、和尚がこんな風に解説している。

和尚の語る時間旅行


 人々は普通、時間は過去と未来と現在に分かれていると思っている。 それは完全な誤りだ。 時間は過去と未来に分かれているのであって、現在というのはまったく時の一部ではない。 それは時間の中ではつかまえられないのだ。それは<永遠>の一部であって、時の一部ではないからだ。
 現在というのは時を横切る永遠にほかならない。 それは永遠と束の間なるものが出会う交差点なのだ。
 現在の中には覚識があり、過去の中には知識がある。 そして知識が未来をつくり出す。 過去が未来を生む。 未来というのは過去の副産物なのだ。

和尚『TAO3』P.10-11 第一話 知識は重荷だ


空と大地がふれ合う彼方―すなわち永遠と束の間なるものが出会う交差点は44歳6月になると見えてくる。 それは神隠しの世界に入ったときに魔女と交わした密約が期間満了となるからだ。 私の場合は、この『坐禅作法』シリーズを書きあげることがその条件になっていて、これにより潜在能力を最大限に発揮すると、第三の眼が覚醒して時間旅行がはじまるというカラクリになっている。

で、これを書いている現在は44歳6月なので、この兆候がまた現れてきた。

寝るときに左の耳から蜂がブンブンいうような音が聴こえる。しばらくすると消える。何だこれは!?


いつものセオリー通りだと、この兆候が始まってから約100日以内にクンダリニーの上昇が起こる。 第三の眼が覚醒するのは、たぶん、そのとき―44歳8月くらいだろう。 したがって井上陽水の『少年時代』は、厳密には44歳8月の心象風景を歌ったものだと推測できる。

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された 私の心は夏模様

夢が覚め 夜の中
永い冬が 窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき

(井上陽水『少年時代』(1990)より)

誰のあこがれにさまよう―ツインレイへのあこがれにさまようことがなくなる44歳8月。 第三の眼が覚醒して、個人の夢が破れる。 人はそうやって少年時代に還るのだ。

この井上陽水の夢破りの奥義は、久保田早紀の時間旅行の奥義にも通じている。 時間があるのは「想い出のあとさき」に拘(こだわ)っているからだ。 過去の想い出へのこだわりが未来を生み、その未来に希(のぞ)みをかける欲望のために時間が生まれる。 その時間を生み出しているものは、ほかならぬ自我―思考(マインド)なのだから、過去からの旅人は未来に希みをかける欲望を落とすことで、思考(マインド)を落とす。 時間旅行はそうしてはじまる。

和尚の語る時間と思考(マインド)


 時があるのはあなたが欲求不満だからだ。 それはあなたの欲求不満から生まれる。 あなたが未来に望みをかけ、どうにかこうにかその欲求不満を我慢し、耐え忍んで自分を慰められるように―
 思考(マインド)と時間というのは二つの別々なものではなく、ひとつのものの違った側面なのだ。 その両方が消え失せるとき、あなたは生まれて初めて、あなたの絶対の光輝のうちに在る。

和尚『TAO3』P.50 第一話 知識は重荷だ


ツインレイの相手に手を伸ばしても指が届かない欲求不満をどうにかできれば、思考(マインド)が落ちて、時間旅行がはじまる。 それが久保田早紀の時間旅行の奥義だ。 井上陽水の夢破りの奥義も、ほぼ同じ道理である。

和尚の語る夢と思考(マインド)


 夢というのは思考(マインド)に何らかの慰めを与えるものだ。 実人生の中で満たされなかったことが夢の中で満たされる。 夢というのは慰安なのだ。
 だからあなたが欲望を持っていなければ夢は消え失せる。 そして夢が消えたとき、生まれて初めてあなたは眠る。 生まれて初めてあなたは本当にリラックスして<全体>の中に消えてゆく。

和尚『TAO3』P.310 第七話 ユリイカ!ユリイカ!


夏が過ぎ、風あざみ―それは暑い夏が過ぎ、涼しい風が吹く頃、8月20日過ぎのことだろうか。 私の人生経験上、運命のドラムロールは8月4日くらいから8月20日くらいまでの期間にぐるぐるまわる。 その時期になると夏まつりの夢花火があがるのだ。 私はその胸のたかなりにあわせて次の段階に足を踏み出してきた。

覚えておくといい。 あるときには、耐えがたいほどゆっくりした時の流れの中に身を置かなければならず、またあるときには、いくつもの過程が何の前触れもなく一気に押し寄せてきて、そっくり次の段階に移るものだ。 あせって近道をしようとすることが一番いけない。

久保田早紀の時間旅行2〜 44歳8月への時間旅行 〜


 市場へ行く人の波に身体を預け
 石だたみの街角をゆらゆらとさまよう
 祈りの声 ひづめの音 歌うようなざわめき
 私を置きざりに過ぎてゆく白い朝

 時間旅行が心の傷を
 なぜかしら埋めてゆく不思議な道

 サヨナラだけの手紙 迷い続けて書き
 あとは哀しみをもて余す異邦人

久保田早紀『異邦人』(1979)より


『異邦人』の二番は魔女との師弟関係にオトシマエをつけた44歳6月以降のお話。 冒頭二句にある「市場」とは英語でいうところのmarketplaceで、「雑踏」という意味を併せ持つ。 つまり俗世の雑踏に帰ろうとしてる情景からはじまっているのだ。

それに続く二句は、第三の眼が覚醒するときに起こる兆候を説明している。 それは呂厳の『太乙金華宗旨』にバッチリ解説がある。

『太乙金華宗旨』回光証験第六にみる三つの証験
【神入谷中】


[祈りの声 ひづめの音 歌うようなざわめき 私を置きざりに過ぎてゆく]
 まず第一に、坐っている自分と周囲の騒音との間に大きな距離が生まれる神入谷中― 神々の声が谷間にこだまする― という体験がある。 人の話し声が数百歩も離れたところから響いてくるのに、そのひとつひとつの聲(おと)はかつてなかったほどにはっきりと聴こえてくる。 そのうえ、その聲のすべてが谷間に反響するこだまのように聴こえる空間に入り込むのだ。 そうした聲は、かつては確かな手ざわりもって迫ってきたのに、もはや一度もそのようには聴いたことがないように響いてくる。 神在谷中― 神々が谷間にいる― という体験である。

【虚室生白】


[白い朝]
 第二は、静かに穏やかに坐っていると、光が両眼いっぱいにあふれ出す体験である。 眼前の事物全体が白く光り輝き、あたかも雲の中にでもいるかのように感じられるのだ。 そのとき目を開いてもそこに自分の肉体を認めることはできない。 その身体はこれまで見てきたようなものではなく霊光(オーラ)と化しているだろう。 これが虚室生白― 空っぽの部屋に白い輝きが満ちる ―という体験である。 その白光は内と外とを貫き通して輝くものだ。 もしもその光が決して消えることなく存続するようなら、それはよい兆しである。

【神帰頂天】


 第三には、静坐している最中、肉体の内に隠されている微細な身体が真綿のように軽く、玉のように神秘的に感じられてくる体験がある。 すると肉体そのものは坐ったまま、微細な身体の方だけが躍りあがるように浮き上がる。 これが神帰頂天― 精神が天に昇りその頂きに帰る ―という体験である。 やがて肉体すらも本当に上昇することがあるだろう。 そうした体験に捉われることのないように、しっかり地に足をつけて待つといい。


これらの兆候を経て第三の眼が覚醒するのは44歳8月の夏の終わり。 そのときぷっつんレディ4号との別れがあって、いよいよ俗世に帰還していくのだろう。

今日のささやきと
昨日の争う声が
二人だけの恋のハーモニー

夢もあこがれも
どこか違ってるけど
それが僕と君のハーモニー

夜空をたださまようだけ
誰よりもあなたが好きだから
ステキな夢 あこがれを
いつまでも ずっと 忘れずに

(作詞:井上陽水 作曲:玉置浩二『夏の終りのハーモニー』(1986)より)

そういうわけで『太乙金華宗旨』は44歳6月からのテキストになっている。 よい子の禅者諸君は、このことによくよく注意してもらいたい。 まずは仁(JIN)、それから道(TAO)、夏の終わりに眉間の風あざみの蓮華が開いたら禅(ZEN)である。

三徳の関連図(修正第四版)
図:布施仁悟(著作権フリー)


おそらくほとんどの修行者が禅定について間違った知識を詰め込まれているだろうから、まず最初に『太乙金華宗旨』に軽く目を通しておくことをお奨めする。

よかったら使ってくれたまえ。

(2018.6)

赤雲水

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