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【坐禅作法123】風神と雷神

かなりキワどい坐禅作法 風神と雷神〜養心門14〜

Presented by

〜養心門14〜


42-43歳の議事終結

いまや私も43歳―浮世離れがかなり激しいけれど、とりあえず精神分析は受けなくて済みそうだ。

どうやら今、人生のひとつのサイクルが終わろうとしているらしい。 心理学では、そのときに体験するプロセスを議事終結と呼ぶそうだけれど、この42-43歳の二年間には、たしかに議事終結とでも言うべきものが存在している。 この『坐禅作法』シリーズに<完>の文字を打つ日が近づいていることもその一つなのだろう。

S・キングの語る議事終結


 わたしは、人生というものはいくつかのサイクルから成っていると思っている。

それは重なり合ういくつもの歯車―ほかの歯車と噛み合うもの、ひとりで回りつづけるもの―があり、だがそのすべてがあるはっきりとした循環の機能を果たしていると思う。 わたしが好きなのは、人生とは非常に機能性の高い工場の機械みたいだというあの抽象的イメージだ。

というのはじっさいの人生というものを近くからよくよく見ると、非常にめちゃくちゃで始末におえない奇妙なものだからかもしれない。 ときどき現実から一歩身をひいてこう言えたらすばらしい。

「そんな現実にもやっぱりパターンがあるんだ。 それがどういう意味かわからないが、わたしにはそれがはっきりと見えるぞ!」

 それらの歯車はすべて、おおむね同時にそのサイクルを終えるように思われる。 そしてそうなったとき―わたしの考えでは二十年ごとにそうなるようだが―われわれは、ものごとを終結させるときのあるプロセスを体験することになる。

心理学者は、この現象を表現するのに議会用語を借用している―彼らはこれを議事終結と呼ぶ。

 わたしはいま四十二歳、人生のここ四年間をふりかえってみるに、あらゆる種類の議事終結を見ることができる。

S・キング『ランゴリアーズ〜Four past midnight1〜』P.457「『秘密の窓、秘密の庭』に関するノート」


何はともあれ、この議事終結が完了するとき、自分のやれることはやり尽くしたと思えるなら、きっと何の負い目もなく先へ進むことができるはずだ。 もしも来年44歳を迎える三月あたりに43歳の卒業式というものが企画されたなら、私は喜んで出席するに違いない。 そこには巻きすぎたゼンマイのような緊張がほぐれて、一気に解放されていく快感が待っていることだろう。

私が小学校、中学校、高校、大学の卒業式を迎えた日は、いずれもそういう気分を噛み締めることができなかった。 それは思うに、人生の究極の問題にまったく道筋が見えていなかったことによる。

― <生>と<死>の不安や恐怖をいかに克服するか ―

矢印マーク ランゴリアーズ

スティーヴン・キング42歳の中篇小説
『秘密の窓、秘密の庭』に関するノート収録

赤雲水

形而上の学校のカリキュラム

黒雲水

このうち<生>の不安や恐怖を克服する方法を、私は形而上の学校に通いながら学んできた。 その教育課程は井上陽水の『決められたリズム』に歌われている。

矢印マーク カシス

2002年―井上陽水54歳のアルバム
『決められたリズム』収録


普通、百人がとこ九十九人は求めれば手に入るもので妥協しながら生きている。 私は人々がこう語り合う場面にどれほど立ち会ってきたかわからない。

「今の仕事は自分に合ってる。だから、これはきっと天職なんだ」

すっかり順境に満足しきっている人たちの思いあがりを前にして、内心には<<こいつらが天職に就いているとはどうしてもおもえない>>という疑問符を抱えているのだから、気のきいた相づちなんか打てるわけがなかった。

どうやら私は普通の人々と適合できない歪(いびつ)な要素を潜在的に持ちあわせて生まれてきたらしい。 かつての相棒(バディ)たちも、私と同様、それを潜(ひそ)かな誇りとして生きていたのだとおもう。 私たちは運命に揺り起こされ、俗世の誰にも知られていない形而上の学校になんとなく通いはじめた。 白いシャツの上に制服を着せられ、地獄の釜のフタを開けてしまったような悪寒を覚えながら。

起こされたこと 着せられたこと
凍えつく冬の白いシャツ

(井上陽水『決められたリズム』より)

こうして急(せ)かされるように歩かされた私たちの通学路には、いつでも“化城”がチラついていた。 追いかければ消えるまぼろしの城…それを手に入れようとすれば指のあいだからこぼれ落ちてしまう夢幻の城だ。 それがはるかな遠景にゆらゆらと揺れている。 私たちはつまずいた。 相棒たちは化城を追いかけることを途中であきらめ、求めれば手に入るもので妥協していった。

せかされたこと つまずいたこと
決められた朝の長い道

(井上陽水『決められたリズム』より)

そんな相棒たちに私は何も言ってやれなかった。

<<やっぱり化城はまぼろしのままで終わるものなのかもしれない…>>

私にも確信なんかなかったからだ。 気がつけば私と彼らのあいだには窓ガラスで区切られたような透明な壁ができていて、そのうち彼らとふざけ合うこともできなくなっていった。

ふざけ合うたび 怒られたこと
静けさを区切る窓の中

(井上陽水『決められたリズム』より)

そうして孤独の静けさの中に取り残されたとき、『坐禅作法』シリーズの最初のインスピレーションを受胎することになった。 そのインスピレーションをひとつの形にすると、試験開始を知らせるベルの音が教室に鳴り響くかのように次のインスピレーションがやってきた。 それが断続的に何度も繰り返される。 そうやっているうちに<全体>の決められたリズムと共鳴する方法が身につきはじめ、私の中に眠っていた思想家がいつのまにか覚醒してきた。

配られた紙 試されたこと
繰り返し響くベルの音

(井上陽水『決められたリズム』より)

けれども私の思想は誰にも理解されそうにないものだった。 私にやってきた一連のインスピレーションは、かつて解明された例のない神隠し現象を科学的に検証して記録する、という奇妙な仕事だったからだ。 私自身がその最初の体験をし、その体験を検証した結果をインターネット上でフィードバックしていく。 しかし…そんなものを一体誰が面白がって読むというのか。

「このサイトは世の中のためになりそうにも無いから閉鎖されることをお勧めします」

しばしばそんな罵詈(ばり)、痛撃、冷嘲を受けた。 私は、人々に笑われ、廊下に立たされ、放課後の教室にひとり残されて、賑やかな校庭の様子をガラス窓越しに眺めるようなこの仕事を憎んだ。

笑われたこと 立たされたこと
残されて ひとりガラス窓

(井上陽水『決められたリズム』より)

しかしこの仕事に身をゆだねることは、私が生き残るために許された唯一の道でもあった。 私は次第に、この一般に理解されそうにもない素材は、思想書の形式ではなく、芸術作品によって表現されるのがふさわしいと考えるようになっていった。 それが歌やファンタジーの形式なら、きっと一般にも受け容れられる。 私は思想家から芸術家に脱皮しようと目論んだ。

<<いま私にやってきているインスピレーションを形にしていけば、その延長線上で、私の表現するべき芸術作品も啓示されることだろう。 いずれはそれが私の人生を満たしてくれるに違いない>>

そんな臆測のもと、その目的を果たすためなら、どんな危険でも冒す覚悟を固めていった。

けれども、このまま芸術作品が啓示されなかったら、たとえ前人未到の範型を作りあげたとしても、魔性につかれた思想家という印象だけを残して終わってしまう。 そんな重圧の中でうつむく私の前に、この仕事の価値を理解できる人がちらほら現れはじめた。 ようやくフィードバックの成果が出はじめたのだ。 俗世のなかにも私の仕事を必要としている人がいる。 私と同じ道を歩んでいる人が少なからずいるのだ。 私は俗世への帰路についた。

許されたこと ほめられたこと
うつむいて歩く帰り道

(井上陽水『決められたリズム』より)

やがて42歳の高校の同窓会で、そうとは気づかずにその前を通り過ぎてきた女性から白いラブレターを受け取った。 人を愛した女性は、みずから主導権を握ろうとはせず、その気持ちを口にすることはけっしてない。 彼女はただ何も言わずに待っている。 それが白いラブレターだ。 そこに何も書かれていなくても、愛がちゃんと伝わってくるラブレター。

驚いたこと ときめいたこと
渡された白い ラブレター

(井上陽水『決められたリズム』より)

その彼女が教えてくれた。 この形而上の学校における最後のカリキュラムは、<全体>から選ばれて天職に就くことだと。

…「たぶん近いうちに何かの文学賞を取るとおもう、自信はあるんだ」
 「じゃあ、ペンネームを教えて。いつも新聞で見てるから」

…「五年後の同窓会では会えないとおもう。わたしきっと忙しくなってるから…たぶん介護とか」
 「ああ、そう、介護ね」

彼女は、そんな風に<全体>からのメッセージをほのめかしていた。

(君が晴れて天職に就いて瞬(またた)くとき、彼女は必ず君を見つける…しかしそれに五年もかけてはいけない。 二人とも運命に巻き込まれ、そのまま現在の環境に納まってしまうから)

愛されたこと 選ばれたこと
初めての夢の プレゼント

(井上陽水『決められたリズム』より)

化城は追いかければ消える。 追いかけるから化城は消えるのだ。 そのカラクリを見破ったとき、人は自然に化城を追いかけるのをやめる。 するとあらゆるものが<全体>からもたらされてくる。 私は形而上の学校に通って、この化城のパラドックスを学んだ。 初めての夢のプレゼントを受け取る道筋がみえてきた。

声をそろえて ピアノに合わせ
大空に歌声 決められたリズム

(井上陽水『決められたリズム』より)

その鍵はやはり、自分の振動数をあげて<全体>の決められたリズムともっと共鳴することにあるのだろう。


40代への入場チケット

この形而上の学校に通うためには、求めれば手に入るもので妥協することなく、ぷっつんするまで化城を追いかけ続ける勇気を持たなければならなかった。

小説『騎士団長殺し』に、求めれば手に入るものはすべて手に入れてきた54歳の富豪が登場するのだけれど、村上春樹は彼にこんなことを語らせている。

望めば手に入るものしか望めなかった男の話


 「私のこれまでの人生はすべて間違っていたのかもしれない。 そう思うことがあります。 私はどこかでやり方を間違えたのかもしれない。 そして無意味なことばかりやってきたのかもしれない。 だからこそ前にも言ったように、私はあなたを見ていてよくうらやましく感じるのです」

 「たとえばどんなところを?」と私は尋ねた。

 「あなたには望んでも手に入らないものを望むだけの力があります。 でも私はこの人生において望めば手に入るものしか望むことができなかった」

村上春樹『騎士団長殺し 第ニ部』<48章 スペイン人たちはアイルランドの沖合を航海する方法を知らず>


求めれば手に入るもので妥協した人たちは、人生の果実を収穫できなかった現実に54歳で直面する。 それでもこういうことはなかなか口にできないもので、人生を妥協する誘惑に厳として打ち勝った私の生きざまを話すと、老若男女を問わず<<信じられない…>>という顔をされたものだ。 その場が凍りつくのが当たり前だったのである。

ことに精神の屈折した人を前にすると誹謗中傷を浴びせられたりした。 以下は私が37歳の男から実際に受けた投稿である。

求めれば手に入るもので妥協した男


私は仕事もしている。 生き甲斐もある。 職場やその他の周りの人達との暖かい交流がある。

あなたは無職で、家に引きこもっている40過ぎのただのオッサンです。

人生を転落したことを認められないでいるのは、誰でしょうか???

2015年12月の投稿


2011年の3.11東日本大震災が起こったとき、この男は31-33歳の大厄を迎えていた。 おそらくその時点で俗世の仕事を辞めていれば、天職への道が開けたのに、彼にはぷっつんする勇気がなかった。 男は求めれば手に入るもので妥協した。 そのくせ自分のふがいなさを思い悩んだ末に精神を病み、37歳になった頃には「死を覚悟して頓悟の道に入った」という妄想をつくりあげていた。

ぷっつんする勇気のなかった男


スタートが違うんですよ。 私の歩んでいたのが頓悟の道だったと、やっと気がついたんです(笑)。

震災で福島原発事故が起きた時ですね。 私の連れは外国人なんですけど、当然日本から避難しました。

その時に私は真剣に考えた。

(仕事も何もかも捨てて、一緒に逃げるべきか?)

でも私は死ぬ事を決意してしまったのです。

(被曝しようがガンで死のうが、まあ仕方がない)と。

正に天狗芸術論の(生きるは生きるに任せ、死ぬは死ぬに任せる)という心境です。

酷いめまいなどの体調不良は、そのあと始まり、36才で遂に死の直前まで追い込まれてしまいました。

ずっと変だと思ってたんですよね。 悟りの階悌があまりにも簡単すぎるし、適切すぎる。 常に最短ルートを走り抜けてる感覚でした。 あと、人に言えない経験が多過ぎるし。

2015年12月の投稿


ぷっつんする勇気がなかった言い訳をしようと思えば、いくらでも見つかるものだ。 それがもっともらしければもっともらしいほど歪んだ自尊心の一部を保つことができる。 その気になれば近道をして覚者と呼ばれることだってできる。 けれども、こんな風に過去が人生の上に影を落としているかぎり、一生はそっくり後遺症と化すだろう。

困ってしまうのは、31-33歳の大厄でぷっつんする勇気を奮い立たせても、こんどは未来が人生の上に影を落としてくることだ。 というのも一般には理解されそうにもない素材のインスピレーションを与えられてしまうからである。

もしもそれを何らかの形で現実社会にフィードバックできなければ、やはり一生がそっくり後遺症と化してしまう。 それは、たとえばゴッホみたいにそのままキャンバスにぶつけてしまったら、同時代の誰にも理解されずに死んでいくことになる素材なのだ。 ゴッホはその素材のあつかいに苦悩したまま37歳で死んでしまった。

けれども、その素材をいかにして現実社会にフィードバックするかを模索すると、<全体>の中での自分の立ち位置が次第に明確になってくる。 そこから得られる<全体>や<生>への信頼が、正道を踏んで違わぬという自信を生み、<生>の不安や恐怖を鎮めてくれるようになるのだ。 それが<全体>に選ばれるということである。

<全体>の中での自分の立ち位置は、この世の夢幻劇を40代から楽しむための座席番号のようなものだ。 その40代への入場チケットを持っていなかったら、40歳以降の人生のどこかで迷子になってしまうに違いない。

迷子になった男


ところで、己の立ち位置を知らない事や、正道を踏んで違わぬという自信がない事で何か困る事ってありますか?

私は何も困らないです。

2015年12月の投稿


先に例を挙げたぷっつんする勇気がなかった男は、こんなことを平然と言ってのけていた。 けれども、こんな風に「何も困らない」などと言っていられるのは、せいぜい40歳までのことではないだろうか。

以上のように、<生>の不安や恐怖は形而上の学校に通うことで克服できるようになっていた。 しかしながら、こうして40代への入場チケットを手に入れてみると、<死>の不安や恐怖をいかにして克服するか、という心の奥底に隠れていた問題が急浮上してきたのである。

矢印マーク 騎士団長殺し〜第2部 遷ろうメタファー編〜


 ― 2017年2月25日…村上春樹のバトン ―

ポスト村上春樹に告ぐ、騎士団長を殺して出て来い!

青雲水

生死の円環

緑雲水

かりにいま死神に直面しろと言われたら、おそらく私は100メートルを9秒フラットで走ってでも逃げ出すことだろう。 ひとまず<生>の不安や恐怖を克服してみたものの、それだけでは<死>という現象を受け容れることはできなかったのである。

それは心のこりがあまりに多すぎるからだと思っていたのだけれど、<死>を受け容れられないのは<無>に対する恐怖心があるからだと和尚は云うのだった。

<無>の恐怖


人々は普通、無意識のうちに死んでゆく。 <無>の恐怖がゆえに彼らは無意識になってしまう。

もしあなたが意識的に死ねるとしたら、あなたが死という現象を受け容れたときに限る。

和尚『般若心経』-P.102「第2話 Q&A3 存在と無」


その<無>の解説はウパニシャッドに詳しいというので読んでみた。

ウパニシャッドにみる<無>


 「種のひとつを開けてごらん。その中に何が見える?」

 「何もありません」とスヴェタケトゥは言った。

 すると父親はこう言った。 「あらゆるものがその無から出現するのだ。 この大樹― 千台の荷車がその下で休めるぐらいに大きなこの樹も、ただひと粒の種から出現したのだ。 ところが、その種を割ってみてもそこには何も見つからない。 これが生の神秘だ。 あらゆるものが無から出現する。 そしてある日、その樹も消え失せ、どこに行ったかわからなくなってしまう。 それはどこにも見つからない」

 そこで言葉を切った父親は、スヴェタケトゥの眼をしっかりと見すえながら、次のように言葉を続けた。

 「人間もまたしかり。 われわれは無から出現し、われわれは無であり、われわれは無の中に消え去ってゆく」

和尚『般若心経』-P.96-97「第2話 Q&A3 存在と無」


そもそも<無>のお話自体はこんな感じのものだから、恐怖心なんかちっとも湧いてこなかった。 <無>といえば般若経典…ということで読んではみたものの、そこには「このバケツは空っぽの水でいっぱいだ」というような不思議の国の言葉が並んでいた。 <<バカが伝染(うつ)りそうで怖い>>とは思ったけれど、こんなことなら怪談のほうがよほど怖いのだ。

禅林でも、<無>を観想するとか、<無>の字を拈提するなんてことを、いまだにやっているそうで、あいつらはバカなんじゃないかとおもった。 <無>に対する恐怖心が<死>を受け容れられないために生じるならば、<無>を観想する目的は<死>と表裏一体の関係にある<生>への執着を落とすことにあるはずだ。 <生>に対する執着をガッチリ残したまま<無>を観想してみたところで、そこに落とすべき恐怖心なんか見つかるはずがないのである。

禅の方法論には、まず<生>に対する執着を浮き彫りにして、その執着を落とすというプロセスが抜け落ちていたのだ。 まったくもって話にならない。

そこで和尚の『般若心経』の講話録をよく読んでみると、<生>に対する執着を落として<死>を受け容れる特効薬は愛と瞑想であると語っていた。

人は一生をかけて<生>と<死>を学ばなければならない


そして、そのためには人は一生をかけて学ばなければならない。 準備しなければならない。

死ぬ用意ができるには、人は愛さなければならない。 死ぬ用意ができるには、人は瞑想しなければならない。 ただ愛し、そして瞑想をした人だけが意識的に死ぬことができるだろう。 そして一度意識的に死んだなら、もうあなたは帰って来る必要がない。

あなたは<生>というレッスンを学んでしまったからだ。 そのときには、あなたは<全体>の中に消え去ってゆく。

それが涅槃(ニルヴァーナ)だ。

和尚『般若心経』-P.102「第2話 Q&A3 存在と無」


それでも結局、なにを言っているのか分からなくて、二年ばかり和尚の講話録を読み漁ることになった。 ようやくスッキリわかってきたのは43歳になって図示してみたときだ。

生死の円環図
図:布施仁悟(著作権フリー)


人間は一生をかけて<生>と<死>の問題に取り組むのである。

その行き着くところは「われわれは<無>から出現し、われわれは<無>であり、われわれは<無>の中に消え去ってゆく」というウパニシャッドにあるようなものなのだろう。 だからといって、禅林でやっているような<無>を観想する瞑想法に拠(よ)っていたら、その近道につぶされることになる。

江戸時代の仙涯和尚は臨終に際して「死にとうない、ほんまに」と弟子たちに洩(も)らしたという。 おそらく仙涯の人生は、近道をしたためにその近道につぶされていたのだ。 その事実を死の床でようやく覚った仙涯は、自分と同じ轍を踏まないように弟子たちに訓示して死んでいったのだろう。

だからして<無>を観想することにわれわれの歩むべき道はない。 むしろ、一生をかけて<無>が常態である実相を洞察することにこそ道があるのだ。

― 諸行無常 ―

土の中の種が芽を出し、花を咲かせ、やがて実がなり、種子をのこして、ふたたび土に帰る。 人間の運命にはそうした草木と同じサイクルが組み込まれている。 人間はそのサイクルを通して<無>が常態である実相を洞察していく旅人なのだ。 それが釈迦の説いていた諸行無常の奥義だったのではないだろうか。

矢印マーク 般若心経―バグワン・シュリ・ラジニネーシ、色即是空を語る


“無”・“空”の経典『般若心経』
それは最後の扉をひらく究極の教え
和尚の解説があれば雰囲気だけでも味わえる


諸行無常〜 愛の階梯 〜

その諸行無常を洞察するサイクルは40-41歳から65-66歳に至る25年間に組み込まれている。 それを私に教えてくれたのがソウルモデル井上陽水だった。

愛の階梯
図:布施仁悟(著作権フリー)


ここでは、そのサイクルをギリシア哲学の愛の階梯とからめて考察してみよう。

1 リビドーからエロスの時代


17-19歳の厄年 ― それは人生最初の勇気を試される時期である。 この時期における19になる直前の勇気が、その後の人生を左右すると言ってもいいくらいだ。 この現象は井上陽水の『結局、雨が降る』にも歌われている。

真面目なら裸になって
19になる直前
勇気を持って大人になって
そのうち 雨が降る

(井上陽水『結局、雨が降る』より)

あれは私が大学受験の浪人生で、予備校の購買で参考書を物色していたときのことだった。 高校時代のあまり親しくもなかった顔見知りが私に話しかけてきて、こう言ったのである。

「僕、大学では哲学を専攻しようとおもうんだ」

なんでも予備校の講師が雑談の中に持ち込む哲学の話が面白くて興味を持ったという。 彼があまりに嬉々として話すものだから、経済学部や商学部を志望していた私の気持ちが揺らいだ。 <<大学では哲学を専攻して普遍的な人生の糧を手に入れるべきではないのか>>。 私はそれまで視野に入れていなかった文学部に志望変更して小論文の勉強をはじめてしまった。 文学部卒が就職に不利なのは承知の上である。

― 19になる直前、勇気を持って大人になって、そのうち雨が降る ―

しかし大学の哲学の講義は私の期待していたようなものではなかった。 何しろ私の欲していたのは、ここで展開している厄年モデルや生死の円環図のような人生の地図だったのだ。 そういうことを教えてくれる教授なんか大学にいるはずがない。 私は世間知らずもいいところだったことを思い知った。

大学の講義を当てにできないならば、なんとか自分で人生の地図を描くしかない。 私は矢沢永吉の『成りあがり』を読みはじめたりして人生のロールモデルを探した。

その1993年―19歳の私に人生の雨が降りはじめたとき、井上陽水の『UNDER THE SUN』は発売された。

矢印マーク UNDER THE SUN

1993年―井上陽水45歳のアルバム
『長い話』収録


今おもえば予備校の購買で話しかけてきた彼は、私にとって19になる直前のハディルだったのだろう。 たぶん、あそこで文学部に志望変更しなければ、これ以降のシンクロニシティも起こらなかったとおもう。

これはアルバムの最後に収録されている『長い話』なのだけれど、井上陽水の長い話がはじまったのは、このときからだった。

話をするから聞いていて
眠ったままでも構わない
星座のあかりも消えたまま
きれいに耳だけ澄ましてね

長い長い長い長い 長い話を
朝まで君にしてあげる

(作詞:井上陽水 作曲:バナナ-U・G『長い話』より)

このとき井上陽水は45歳。 三年前の42歳のときに発表された『ハンサムボーイ』というアルバムが好調で、不滅のナンバー『少年時代』もそこに収録されていた。 井上陽水の声が突き抜けるように出ていた時期で、圧倒的な存在感があった。

矢印マーク ハンサムボーイ

1990年―井上陽水42歳のアルバム
『最後のニュース』『少年時代』収録


『ハンサムボーイ』までの井上陽水は、同世代の人たちに向けて歌を作っていた傾向があるのだけれど、このアルバムを最後に彼らはきっぱりと見かぎられることになる。 たとえば『最後のニュース』あたりが分かりやすいだろうか。

闇に沈む月の裏の顔をあばき
青い砂や石をどこへ運び去ったの
わすれられぬ人が銃で撃たれ倒れ
みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの

飛行船が赤く空に燃え上がって
のどかだった空はあれが最後だったの
地球上に人があふれだして
海の先の先へこぼれ落ちてしまうの

今 あなたにGood-Night
ただ あなたにGood-Bye

(井上陽水『最後のニュース』より)

「アポロ11号の月面着陸とかジョン・レノンの暗殺とか…いろいろあったけど、みんな守れそうにない約束をしてきた人のこと忘れちゃったの?あなたたちみたいなのはお寝んねしてなさい」というわけだ。 そのくせ『最後のニュース』を収録した『ハンサムボーイ』のジャケットでは、憎みきれない薄笑いを浮かべていて、なんというか、この人を食ったような朗らかさがたまらない…それが井上陽水だったのだ。

そして『ハンサムボーイ』には、何といっても『少年時代』が収録されている。

目が覚めて 夢のあと
長い影が 夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火 私の心は夏模様

(作詞:井上陽水 作曲:井上陽水・平井夏美『少年時代』より)

夢はつまり想い出の後先…過去と未来の記憶にとらわれなくなったとき、個人の夢が破れて<全体>の夢の中に目覚める。 その夢破りに挑戦できるのは42歳までに形而上の学校のカリキュラムを修了した人たちだけだ。 そういう人たちが形而上の学校を卒業したあとの目標地点を示したものが『少年時代』なのである。 こういうとき、海の先の先へこぼれ落ちるように溺れゆく者たちと命運をともにしようと考えるのは、血も涙もありすぎるというものだろう。

そこで井上陽水は、同世代の人たちをみかぎり、可能性のある次世代の若者にターゲットを移していった。 そのすべてが1994年46歳でリリースされた『永遠のシュール』への布石となっている。

矢印マーク 永遠のシュール

1994年―井上陽水46歳のアルバム
『恋の神楽坂』『目が覚めたら』収録


アルバム『永遠のシュール』は夢破りの挑戦を主題にしたもので、たとえば収録曲のひとつ『恋の神楽坂』では、個人の夢が破れた直後に訪れる渾沌を歌っていたりする。

このまま帰るか
それとも消えるか

永い夢のさめた後の静けさは
青い闇へ続く恋のゆくさきは
深い夜の底に沈むせつなさは
青い闇へのびる恋の神楽の坂

(井上陽水『恋の神楽坂』より)

井上陽水は運命の試練の途上で何度か体験することになる渾沌を青い闇と呼んでいる。 その青い闇の期間を抜けると『少年時代』にも歌われている八月の夢花火があがるのだけれど、この『恋の神楽坂』はそこに至るまでの青い闇を歌ったものなのだ。

さらに『永遠のシュール』には、その青い闇を抜けたときの心象風景を描いた『目が覚めたら』も収録されている。

目が覚めたら恋は夢
気がついたら朝の夢
森の中から聞えてくるのは小鳥の歌

目が覚めたら恋は夢
瞬いたらただの夢
窓の外からのぞいているのはあのお日さま

青い夜が星を散りばめ
あなたとわたしは見つめ合いいだき合う

(井上陽水『目が覚めたら』より)

目が覚めたら恋は夢、気がついたら朝の夢…『長い話』にあった「長い話を朝まで君にしてあげる」の朝は、夢破りの挑戦に打ち勝った日の朝のことだ。 そのとき森の中から小鳥の歌が聞こえ自然の美しさが露呈する…この歌はそんな愛の衝動による美的活動がはじまり芸術家の誕生する日の朝を描いている。 そうしてあなたとわたしは見つめ合いいだき合う…ツインレイの二人が晴れてめぐり逢えるのも、その朝の出来事なのだ。

和尚による芸術家の誕生のお話をもう一度読むと意味がわかるとおもう。

芸術家の誕生


もし愛を乗り越えたならば、そのときこそ、本物の美的活動が始まる。 そのとき、あなたの実存の中に詩が湧き上がる。 そのとき、あなたは生まれてはじめて、音楽を感ずる能力を持つようになる。 そのときはじめて、あたりを見まわすと自然の美しさが露呈する。 そうしたとき、あなたは宇宙のハーモニーを、星々の交響楽を耳にする。

そうして、あらゆるものがどこまでもどこまでもビューティフルになってゆく。 幾重も幾重もの美があらわになる。 あなたの目には浸透する力が備わっている。 どこを見ても、あなたは深く見る。 石ころの中にさえ、花が咲いているのが感ぜられる。

和尚『TAO 永遠の大河4』-P.450-451「第9話 生は呼吸とともに始まる」


フロイトは自己愛としてのエロスに昇華される以前の性の衝動をリビドーと名づけた。 芸術家はリビドーをエロスに昇華できたときに誕生するもので、『永遠のシュール』によると、おそらくその段階を40-46歳あたりで経験することがわかる。

2 エロスからフィリアの時代


咲く花の美しさを愛でるのは花自身ではなく、蜜を吸うのもまた花自身ではない。 井上陽水が愛の花を咲かせた1996年―その蜜を吸ったのは『アジアの純真』を歌ったPUFFYという二人組みの女の子だった。

白のパンダを どれでも全部並べて

ピュアなハートが
世界を飾り付けそうに 輝いている
愛する限り 瞬いている

いま アクセスラブ

(作詞:井上陽水 作曲:奥田民生『アジアの純真』より)

白のパンダをどれでも全部並べて…パンダの模様は黒と白、すなわち陰と陽で構成されている。 ハートの陰が転じて純陽となって発光するとき、人は愛にアクセスできる。 この『アジアの純真』を作詞したとき、井上陽水はすでに性の衝動のリビドーを自己愛のエロスに昇華することに成功し、それを全体愛のフィリアに変容しはじめていたのだろう。

『アジアの純真』は、最終的に49歳の厄年のとき奥田民生と合作したアルバム『ショッピング』でセルフカバーされた。 人は花として咲いたら散らなければならない ― その宿命を受けいれ、実をつけることができたとき、いつまでも散らない心の花が咲く。 一度咲かせた花が散らなければ人生の果実は収穫できないのだ。 井上陽水は、『ショッピング』をもって花の時代の終焉を飾り、1998年の50歳から実をつける時期に入ることになる。

矢印マーク ショッピング

1997年―井上陽水49歳の奥田民生との合作
『アジアの純真』収録


その1998年当時の私は23-25歳の厄年を迎えていた。 職業はシステムエンジニア…いちおう社会人である。 井上陽水に長いファンレターを書いて送った学生時代は過ぎ去り、大学時代の友人たちと思いがけなく疎遠になっていく運命に戸惑いを覚えはじめていた頃だ。 そんなときに惰性でなんとなく買ったのが50歳のときに発表されたアルバム『九段』だった。

矢印マーク 九段

1998年―井上陽水50歳のアルバム
『エンジの雨』収録


学生時代に書いたファンレターの返事はこなかったのだけれど、このアルバムに添えられていた葉書で販促キャンペーンに応募したところフォークギターが送られてきた。 その胴体にはアルバムの収録曲『TEENAGER』の曲名が大きく印字されている。

TEENAGER号

井上陽水のバトン

たしか十本ほど配られていたはずで、1998年当時、陽水チルドレンは少なくとも十人いた計算になる。 さて、いまでも生き残ってるのは何本だろう?


けれども、そのTEENAGER号が弾かれることはなく、私の住んでいる狭い部屋の中ではその図体の大きさだけが鼻につくほど目立った。 おかげで創作に行き詰まると<<作家志望の私がこんなものを持っているからいけないのだ>>と真っ先に八つ当たりの対象にされた。 そうして何度も捨てられそうになったのだけれど、そのたびに「私が預かっておくから」という人物が現れて、どこかに保管されて眠っていたというしぶとい悪運を持っているギターだ。 おかげで状態はすこぶる良い。

積み荷もなく行く あの船は
海に沈む途中

港に住む人々に
深い夜を想わせて

間に合えば 夏の夜の最後に
遅れたら 昨日までの想い出に

(作詞:井上陽水 作曲:井上陽水・浦田恵司『積み荷のない船』より)

『TEENAGER』という曲は1998年に発売されたシングルで、そこに『積み荷のない船』という歌がカップリングされていた。 その頃の私は、俗世の積み荷をおろして誰も知らない海の底に出航しようとしている船みたいなもので、偶然にもその状況にピッタリの歌だった。 この歌をそういうときに聴くと、自分の宿命を告げられたような感覚にならざるをえない。

過ぎ行く日々 そのそれぞれを
なにか手紙にして

積み荷もなく行く あの船に
託す時は急がせて

帰るまで 好きな歌をきかせて
会えるまで 胸と胸が重なるまで

(作詞:井上陽水 作曲:井上陽水・浦田恵司『積み荷のない船』より)

そしてこの頃からの井上陽水の歌には、過ぎてきた日々の経験をさりげなく手紙にしたようなものが紛れ込んでくる。 たとえば『九段』に収録されている『エンジの雨』なんかは、40-42歳の大厄でツインレイとの守れそうにない約束を思い出すための助言になっていた。

帰りの道で知ったのは
本当の恋に会えたこと

瞬きの間に
あこがれたまま

想い果てなく 夢見てごらん
あの頃まで 眺めを映して
もっときれいに

(井上陽水『エンジの雨』より)

だから『九段』というアルバムを形而上の学校の最終課程に入った頃に聴くと、これから何をすべきかが見えてくる。 どうやら『九段』というアルバムタイトルには、あと一歩で免許皆伝の十段という意味が込められていたらしい。

矢印マーク TEENAGER/積み荷のない船

1998年―井上陽水50歳のシングル
『積み荷のない船』収録


おおよそ咲いた花が散ったあとに実をつけるのは、その中に未来の種を宿すためなのだろう。 1998年の50歳から実をつける時期に入った井上陽水は、ギターと歌を手紙がわりにして未来の種を宿そうとしていた。

3 フィリアからアガペーの時代


51歳から54歳までは人生の果実が熟する最も輝かしい季節である。 井上陽水が人生の収穫期に入った51歳のとき、ベストアルバム『GOLDEN BEST』が発売された。

矢印マーク GOLDEN BEST

1999年―井上陽水51歳時点でのベストアルバム
『積み荷のない船』収録


このアルバムは累計200万枚という大セールスを記録し、続いて2001年に発表された53歳の『UNITED COVER』というカバーアルバムは、80万枚を売り上げてカバーブームのさきがけとなった。 「新しく歌をつくるのが面倒だった」とはぐらかしながらの80万枚。 井上陽水を中年の星と呼ぶ人まで現れた。 さりげなく絶好調である。

矢印マーク UNITED COVER

2001年―井上陽水53歳のカバーアルバム


こうした人生収穫期の果実は、全体愛のフィリアの目覚めた芸術家に与えられる恩寵なのだろう。 たとえば冒頭で紹介した『決められたリズム』などは、全体愛の視点に裏打ちされた重みのある作品で、そこには<全体>のつくりだす運命の流れに身をゆだねる美が描かれていた。 その美と恩寵を和尚はこんな風に語っている。

<全体>の目的地を自分の目的地にするのだ


それがどこへ行くにしろ生の流れに自分をゆだねるがいい。

<全体>の目的地を自分の目的地にするのだ。 自分だけの目標など追わないこと。 あなたはただの部分になるだけでいい。

すると限りない美と恩寵が起こる。

和尚『TAO 永遠の大河4』-P.374「第7話 役立たずでいなさい」


こうした<全体>の目的地を自分の目的地にする美の横溢しているアルバムが、54歳でリリースされた『カシス』だった。 『決められたリズム』はそこに収録されている。

矢印マーク カシス

2002年―井上陽水54歳のアルバム
『決められたリズム』』『結局、雨が降る』収録


けれども熟した果実はいずれ土壌に落ちてみずから養分とならなければならない。 なぜなら次世代の種はそうやって受け継がれてゆくものだからだ。 やはり全体愛のフィリアが目覚めたときに人生の果実を収穫するからこそ、何の心のこりもなく次世代の土壌となることができるのかもしれない。 自己犠牲ともいえる無償の愛― アガペーは、そうやって覚醒してくる。

ベルの音が響きわたり ふたり駅にいる
僕の荷物 君にあげる 三時間だよ この旅は

甘い言葉 ささやくなら 電車の中でね
君のためにお茶を買うよ お茶でのどを湿らせて

京都まで 行くのさ
11:36発の LOVE TRAIN

(井上陽水『11:36 LOVE TRAIN』より)

この『11:36 LOVE TRAIN』は2006年に発売された『LOVE COMPLEX』というアルバムに収録されている。 井上陽水が58歳のときの作品だった。 そのとき私は31-33歳の大厄の最中で、普通の男の子に戻るのか、一般には理解されそうにもない仕事に運命をゆだねるのか、そんな岐路に立たされて頭を抱えていた。 そんな時期に重なる。

― 僕の荷物 君にあげる 三時間だよ この旅は ―

なんでも「陽水」という名前の部分を「アキミ」と読むと本名そのままなのだそうで、井上陽水とはその名のとおり、道(TAO)の導師になるべくして生まれてきたような人物なのだ。 したがってこの『11:36 LOVE TRAIN』も『アジアの純真』と同じく道(TAO)の概念が根底にある。

0時をはさんだ11時36分から2時36分までの三時間は子(ね)の刻またぎ―そこは陰と陽が逆転する象徴としての時刻になっている。 すなわち「君のハートの陰が転じて純陽になるとき、僕の荷物を君にあげよう」と歌っているのだ。

始まりでも終わるにしても熱海のあとでね
しゃべり過ぎる恋の言葉 嘘にならないほどにして

うなずくたび月は流れ 富士を前にして
つまり君は午前、午後もわからないまま行く先は

京都まで 行くのさ
11:36発の LOVE TRAIN

抱き合える喜びなら 人目を忍んで
熱い風に星は砕け 白く窓を曇らせて

いまに僕等だけになるよ 名古屋の前でね
望むものが希望なんて 三時間だよ この旅は

京都まで 行くのさ
11:36発の LOVE TRAIN

(井上陽水『11:36 LOVE TRAIN』より)

ここで歌われている僕と君の関係は、芸術家とその後継者の二つの運命が星影のように交錯するツインシャドウの関係と呼べるかもしれない。 この歌には、そのツインシャドウの二人が出会うまでの地図を示してあるから、後々参考にするといい。

とはいえ一見ふざけたような歌詞なのでちょっとヒントを残しておこう。 熱海、富士、名古屋という地名にはそれぞれ文字通りの意味が込められている。 また熱い風に星が砕けたとき白く曇る窓は『荘子』に書かれている虚室生白のことだ。

矢印マーク LOVE COMPLEX

2006年―井上陽水58歳のアルバム
『11:36 LOVE TRAIN』収録


おそらく58歳になった時点で、後継者に天性の才能を引き継ぐ決意をすでに固めていたのだろう。 そこがアーティスト井上陽水の単なる音楽屋と違うところである。

4 アガペーからプシュケーの時代


熟した果実はついに土のうえに落ちた。 しかし果実が土壌に還って次世代の種が芽を出すまでにはまだ時間がかかる。 ツインシャドウの関係にある後継者が芽を出すまでの芸術家の課題は、ツインレイとの愛を卒業して魂の衝動―プシュケーを起こすことらしい。

あなたとお別れして
幸せになれるかしら
おそらくなれない
私はもういろんな夢を
あなたと共に見たから

Just a little love 想い出ばかり
子供になれない
瞳の魔力のよう
夢のままで

(井上陽水『覚めない夢』より)

この『覚めない夢』は62歳のアルバム『魔力』に収録されているもので、それはちょうど61歳の厄年を迎えた時節に発表されたアルバムだ。

厄年の構造
図:布施仁悟(著作権フリー)


61歳の厄年は男の厄年であり、同時に女の厄年でもあるとされる。 それは男と女の“二元対立の超越”が61歳の厄年の主題だからではないだろうか。

よろこびと至福の違い


よろこびと至福の違いは何だろうか?

何かを楽しむとき、あなたのよろこびはそのものに依存している。 それは対象を持っている。

愛すべき美しい女性がいると、あなたはよろこびを感ずる。 しかし、その女性がいなくなってしまうと悲しみが降りてくる。

天気が良く、脈動し、生き生きとしていれば、あなたの足どりは踊っている。 ところが、天気がどんよりと曇っていると、よろこびもすべて消し飛んでしまう。

よろこびの人は、悲しみも感ずる。 そこには浮き沈みがある。 彼は絶頂に登りつめては谷底へ帰って来る。 そこには夜と昼とがある。 二元対立が残る。

しかし、もし<生>の起こる瞬間に目を見張り続けていられたならば、醒めて、気を配り、意識的でいられたならば、人は<生>をも超越する。 そうしたところに至福があるのだ。

至福とはなんら目に見える原因のない、目に見えない原因もないよろこびを言う。 至福とはいわれのないよろこびなのだ。 あなたは幸せだ。何がどうであれ関係ない。

和尚『TAO 永遠の大河4』-P.262「第5話 病める心」


愛はよろこびの対象を必要とする。 それは二元対立が前提なのだ。 ツインレイとの愛を卒業して魂の衝動―プシュケーを起こすことは、対象を必要とするよろこびを超越して、至福へと至ることなのである。

矢印マーク 魔力

2010年―井上陽水62歳のアルバム
『覚めない夢』収録


さて、やがてプシュケーの衝動が自然に湧きあがってくる65-66歳の時節を迎えたとき、井上陽水とツインシャドウの関係にある後継者との運命が交錯するときがやってきた。 そのときテレビ番組のエンディングテーマとして創られたのが『瞬き』である。

未来のあなたに 幸せを贈る
記憶と想い出を 花束に添えて

瞬く瞳に 魅せられてゆれて
恋するこの胸は 求め合うままに

愛しているなら ささやいてみせて
あまい恋の言葉を あふれるほどに

逢わずにいるなら 瞬いてみせて
青い夜の空から 星降るように

(井上陽水『瞬き』より)

この頃には私もちょうど40-42歳の大厄を迎えて、ようやく井上陽水の歌詞の意味が分かりはじめていた。

逢わずにいるなら瞬いてみせて…このフレーズを聴いたとき、ツインシャドウの関係にある後継者へのメッセージではないかと思ったのだけれど、単なる恋の歌のようにも聴こえてくる。 本人に確かめてみないと真相がわからないようになっていた。

そこで2017年の『Good Luck!』ツアーで井上陽水が札幌公演にやってくるとき、その真相を確かめに行くことにした。 もしも『瞬き』がツインシャドウの関係にある後継者に向けたメッセージなら、その意味を伝えようとするはずだからだ。

かくして2017年5月27日―札幌ニトリ文化ホールにやってきたステージ上の井上陽水は、『瞬き』についてこう語った。

「『若い人の未来』というのがずっと頭にあって、それが歌になった。そんな歌です」

矢印マーク UNITED COVER 2

2015年―井上陽水67歳のカバーアルバム
『瞬き』『あの素晴らしい愛をもう一度』『I Will』『夢で逢いましょう』収録


『瞬き』は2015年に発表された『UNITED COVER 2』というカバーアルバムに収録されたのだけれど、全十三曲のうち『瞬き』からはじまる四曲は、ツインシャドウの関係にある後継者に向けたメドレーになっていて、売る気なんかまったく無いようにも感じさせる。 「どうだ売れないだろう!」…そんな空威張りまで聞こえてきそうだ。

命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに

あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない

あの素晴らしい愛をもう一度

(作詞:北山修 作曲:加藤和彦『あの素晴らしい愛をもう一度』より)

『瞬き』からはじまるメドレーの二曲目はフォークソングの代名詞『あの素晴らしい愛をもう一度』だった。

あの時同じ花を見て「美しい」と言った二人の心と心が今はもう通わない…誰かのソウルモデルになる芸術家は後継者に一度忘れ去られて再発見される運命にある。 井上陽水はその法則をちゃんと知っていたのだ。

続く後継者へのメドレー三曲目はビートルズの『I Will』。

For if I ever saw you
I didn't catch your name
But it never really mattered
I will always feel the same

前に君を見かけたとき
僕は君の名前を聞き逃しちゃったんだ
でもそんなことはたいしたことじゃない
僕の思いはいつだって変わらないから

And when at last I find you
Your song will fill the air
Sing it loud so I can hear you
Make it easy to be near you
For the things you do endear you to me
Oh,you know I will,I will

そしてついに君をみつけたとき
君の歌があたり一面を満たすんだ
僕に聞こえるように大きな声で歌ってよ
気楽に君のそばに行けるようにさ
君がしてくれることなら何だって愛おしいんだ
ああ 君に誓うよ
僕の思いはいつだって変わらないと

(Lennon,McCartney『I Will』より)

この『UNITED COVER 2』のジャケットには「表紙でソファに寝そべっている陽水が裏表紙をめくるとギターを残していなくなる」という遊びが施されている。 それをみたうえで『I Will』を聴くと、Sing it loud so I can hear you(僕に聞こえるように大きな声で歌ってよ)という歌詞に託された意味がわかってくるのだ。 ここでは1998年の『九段』のときに配られたギターの意味が明かされているのである。

そしてメドレーの最後を飾るのは、いかにも井上陽水らしい『夢で逢いましょう』だった。

夢であいましょう
夢であいましょう

夜があなたを抱きしめ
夜があなたに囁く
うれしげに 悲しげに
楽しげに 淋しげに

夢で 夢で 君も 僕も
夢であいましよう

(作詞:永六輔 作曲:中村八大『夢で逢いましょう』より)

これは「いつか君の個人の夢が破れて君と僕の夢が重なるときに逢おう」というメッセージになっている。 こうして後継者が芽を出すのを見届けてから芸術家は土に還るのだろう。

5 ストルゲーについて


古代ギリシアの愛の概念には、エロス・フィリア・アガペーのほかにもう一つ、ストルゲーという家族愛がある。 どうやらこのストルゲーというのは、ツインレイの相手と再会する頃から問題になってくるものらしい。

42歳8月の高校の同窓会のときに、美術室の彼女が長女の名前の話を突然はじめた。 偶然にも私のソウルモデルの村上春樹と井上陽水から一字ずつとった名前だったのだけれど、どうして長女の名前の話を唐突にはじめたのか疑問に思っていたのだ。 娘が二人いると言っていたのに、長女の名前の話だけを突然はじめたからである。

その疑問が解けたのは村上春樹の『騎士団長殺し』を読んでいたときだった。

迷う余地のない確かな名前


 そしてその子供が迷う余地のない確かな名前を持ってこの世界に生まれてきたことも、私にとっては喜ばしいことだった。 名前というのはなんといっても大事なものなのだから。

村上春樹『騎士団長殺し 第ニ部』<64章 恩寵のひとつのかたちとして>


これを読んだとき、「陽水」のように迷う余地のない確かな名前を持って生まれてくる子供がいるのかと思った。 美術室の彼女はそれを教えてくれようとしていたのかもしれない。

また『騎士団長殺し』の主人公の男は、妻と不倫関係にある男との間にできたかもしれない娘を、家族として受けいれなければならなくなる。 これは妻の妊娠期間中に話し合いをしたときの主人公の男の言葉だ。

子供の潜在的な父親


 「こんなことを言うとあるいは頭がおかしくなったと思われるかもしれないけど、ひょっとしたらこのぼくが、君の産もうとしてる子供の潜在的な父親であるかもしれない。 そういう気がするんだ。 ぼくの思いが遠く離れたところから君を妊娠させたのかもしれない。 ひとつの観念として、とくべつの通路をつたって」
 「ひとつの観念として?」
 「つまりひとつの仮説として」

村上春樹『騎士団長殺し 第ニ部』<63章 でもそれはあなたが考えているようなことじゃない>


ストルゲーという家族愛を目覚めさせるためは、たとえ血がつながっていなくても、産まれてきた子供の潜在的な父親であり得るという考え方ができなければならないらしい。

村上春樹はこういう考え方ができるようになったときに起こる心境の変化を、主人公の男の妻に、こんな風に語らせている。

ほとんどすべては勝手に決められている


 「最近になって思うようになったの」とユズは言った。 「私が生きているのはもちろん私の人生であるわけだけど、でもそこで起こることのほとんどすべては、私とは関係のない場所で勝手に決められているのかもしれないって。 つまり、私はこうして自由意志みたいなものを持って生きているようだけれど、結局のところ私自身は大事なことは何ひとつ選んでいないのかもしれない。 そして私が妊娠してしまったのも、そういうひとつの顕(あらわ)れじゃないかって考えたの」

村上春樹『騎士団長殺し 第ニ部』<63章 でもそれはあなたが考えているようなことじゃない>


井上陽水にまつわるシンクロニシティに気づいたおかげで、いまでは私も「ほとんどすべては勝手に決められている」という考え方をするようになってしまった。 もしかするとツインシャドウとのシンクロニシティを見つけることは、ストルゲーを目覚めさせるうえでも重要な運命の課題なのかもしれない。

桃雲水

電脳山養心寺公案集 養心門 第十六則 風神と雷神

緑雲水

日本画に琳派(りんぱ)の系譜がある。

普通、後継者が画風を継承するときは、ある芸術家に師事して技法を直伝してもらうものだ。 ところが琳派の画家たちは、時と場所をまったく異にしながら、同じ主題や同じ技法を自発的に踏襲することで画風を継承していく。 つまり芸術家と後継者のあいだに直接的なつながりは全くない。

「単に信じているのとは違う。私は知っているのだ!」

後継者として選ばれし者の理由なき証しは、そんな風に魂のレベルで知ることにある。

以下は琳派の代表的な画家である俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一の『風神雷神図』。 時空を超えて交錯するツインシャドウの星影を描いているように見えてこないだろうか。

電脳山養心寺公案集 養心門 第十六則 風神と雷神
俵屋宗達『風神雷神図』
尾形光琳『風神雷神図』
酒井抱一『風神雷神図』
図:矢印マーク ウィキペディア『風神雷神図』


琳派の画家たちは同志としての連帯の挨拶を時空を超えて送っている。

(2017.7)


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