そうしたことを確信していくにつれて、私は美術室の彼女のことしか考えられなくなっていった。
それまで当たり前だった彼女のいない生活がひどく平板で色あせてみえてしまう。
それは、もしかしたら逢わないほうが幸せだったかも知れないと思えてくるほどだ。
そもそもお互いに家庭を持っていたり、私自身まだ自分の夢を描き切れていなかったりするから、そうした状況下で再びめぐり逢ったところでどうにもならない。
いつか二人でつかむ幸せを願うこと自体がまったく現実的ではないのだ。
これがおそらく、井上陽水が『覚めない夢』で“夜空の魔力”と呼んでいる現象なのだろう。
あなたを好きになれば
幸せになれるかしら
おそらくなれない
私がまだ知らない夢に
連れ出してはくれるけど
あなたを夢に見れば
喜びは続くのかな
おそらく続かない
私はまだ未来の夢を
描き切れていないから
Just a little love 星空ばかり
大人になれない
夜空の魔力のよう
(作詞:井上陽水 作曲:井上陽水・川原伸司『覚めない夢』より)
私が彼女との再会を果たした後に夢みることになった幸せや喜びは、求めてみたところで絶対に手に入らないものだった。
それはほとんど絶望的な夜空の魔力に支配されていたのである。
魔力
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2010年―井上陽水62歳のアルバム
『覚めない夢』収録
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しかしながら、この夜空の魔力に直面したとき、私の意識がはじめて<いまここ>に向かうことになった。
その絶望がこうした気づきを生み出してくれたからだ。
絶望の中での気づき
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わたしたちの友情や愛を時空の中でとらえるとしたら、離ればなれになったとき、心のこりの記憶の過去と不安の入り混じった希望の未来のあいだで絶望的な時間と距離が生まれる。
しかし過去と未来にわずらわされない本来の意識に立ち戻れば、「いま」と「ここ」しかないはずだ。
もしもその友情や愛がホンモノであるとすれば、その「いま」と「ここ」のどこかで再びめぐり逢えるだろう。
私にできることがあるとすれば、「いま」と「ここ」を十全に生きることしかない。
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2016年11月15日(布施仁悟42歳)のメモ
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求めたところで手に入らないものを欲しがったら、私はいつもこうした絶望に直面させられてきた。
そういうとき、求めたところで手に入らないものを手に入れるたった一つの方法は、それは求めるほどに逃げていくものであると理解することだった。
求めればそれを逃す
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何かがビューティフルで、至福に満ちているということを理解したとき。
それにあこがれないでいることがどんなに不可能か、私はよく知っている。
だが、だんだんとあなたにもそのコツがつかめるようになるだろう。
なぜならば、それを求めれば、必ずそれをのがしてしまうものだからだ。
とすれば、あなたは求めればのがすのだということを理解しなければならない。
これは経験でしか会得できない。
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和尚『TAO 永遠の大河4』-P.391「第8話 神は肉体まで来ている」
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私と彼女との間に立ちはだかる障害を取り除く方法は、その障害を取り除こうとすることではなく、障害を取り除こうとする欲望を落とすことなのだ。
そのとき障害はひとりでに取り除かれる。
きっと普通の人には、こういう逆説的な発想は生まれないだろう。
けれども、この段階まで真っ直ぐに生きてきた求道者は、こういう発想をするものなのだ。
それは「これまでもそうだったし、おそらくこれからもそうだろう」という経験則によるもので、それゆえに和尚は「これは経験でしか会得できない」と云っているのである。
こうしたことを理解するようになる頃、欲望の定義がこんな風に変わってしまう。
欲望とは?
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欲望というのは、あなたが<いまここ>にいないということだ。
心(マインド)がどこかへ行ってしまっている。
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和尚『TAO 永遠の大河4』-P.391「第8話 神は肉体まで来ている」
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そうなると心のはたらきによりいっそう注意が向くようになる。
なぜなら<いまここ>の意識から離れさせようとして、あれやこれやを持込んでくる心が夜空の魔力を作り出しているからだ。
そのトリック全体がみえてくる。
心随観の極み
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人は心がどう機能するかを理解しなければならない。
それがすべてだ。
心の機能に関する暗黙の了解― と、突然あなたは笑い出す。
トリック全体がわかったのだ。
そうしたら問題は対象を変えることじゃない。
ただ単に欲望を落とすことだ。
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和尚『TAO 永遠の大河4』-P.384「第8話 神は肉体まで来ている」
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夜空の魔力を生み出しているトリックは単なる魔法だ。
魔法を解いたら凝集力を失って隠れていた真相があきらかになる。
まるでシンデレラの乗っていたカボチャの馬車みたいに。
すると心が意識に持ち込んでくるものに少しずつ関心がなくなってゆき、その心随観が極みに達すると<観照>が起こる。
観照
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観照するということは、ひとつの努力じゃない。
あなたが関わり合いになっていないとき。
その<観照>は自然に湧き上がるものだ。
心(マインド)には無関心でいるがいい。
すると、その無関心の空気の中で<観照>が湧き上がってくる。
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和尚『TAO 永遠の大河1』-P.402「第8話 Q&A <観照>の心」
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そういうわけで…
― 君のこと以外は考えられなくなる…それはいいことだろ? ―
なのである。
これが恋の讃美歌『傘がない』の奥義なのだ。
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