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【坐禅作法116】雲水の網代笠

ちょっとはマシな坐禅作法 雲水の網代笠〜養心門7〜

Presented by

〜養心門7〜


『ユング自伝』の衝撃

おそらく『ユング自伝』がなければ『坐禅作法』シリーズは生まれなかった。

37歳のときに手にした『ユング自伝』には未知の可能性があった。 ユングはこの作品に何か革新的なものを綴じ込めようとしていた。 それは後年、誰かがその精髄を取り出したなら、心理学のみならず、文学の、芸術の、宗教の、そして人類の歴史が大きく変わっていくような何かだ。 それはもっとうまく書かれていいはずの何かだった。 それからの私の仕事は、ユングの残した燻(くす)ぶっている燃えさしが、追い風に煽(あお)られて炎をあげられるようにすることだった。

名の知れた学者でもあったユングは、この作品を自分の死後に発表するように言い残して死んだという。 彼がこの自伝に書き残したのは、こういうことだったからだ。

「私は自分の体験した人生の出来事から如何にして不可視の世界を洞察してきたか」

それは両眼をつぶったまま生きている人々にはキツイ冗談にしか映らないだろう。 場合によってはユングの人生に関わった人々に対する悪口とも誤解されかねない。 この自伝を書くことは社会生活を営むにあたって、なにかと不都合の生じる危険があったのだ。 それは本来的には無名の人物が匿名でやるべき仕事だったのである。

37歳の私は「ユングの遺志を継げるのは この時代を生きている無名の私しかいない」とおもった。 ほどなくして匿名性の保たれるインターネットに背中を押されるように、『坐禅作法』シリーズは誕生した。

ここには他人に知られないほうが望ましい私の不都合な真実が赤裸々に語られている。 私の人生に関わった人々の悪口とも誤解されかねない挿話も含まれてしまっている。

けれどもできれば誤解することなく理解を示してもらいたいのだ。 布施仁悟は断じて悪口を言おうとしていたわけではないのだと。 布施仁悟はこういうことを書きたかっただけなのだと。

「私は自分の体験した人生の出来事から如何にしてパラレルワールドを洞察してきたか」

矢印マーク 『ユング自伝―思い出・夢・思想 (1) 』

「ユング、オマエもかっ!」
禅者なら体験できて当たり前
悟境確認用に禅者の家に一冊いかが?

赤雲水

数え年13歳の厄年

黒雲水

これまで分析してきたさまざまな事例によって、厄年は大きな心境の変化の起こる時節を教えていることがわかってきた。 ただし、まだ考察の不十分なところもある。

厄年の概念は、発案者の安倍晴明の登場から長い年月が経っていて、少々歪んだ形で伝わってきているため、一般に知られている厄年からは抜け落ちている年齢があった。 数え年13歳と49歳の厄年だ。 そのうちここでは数え年13歳の厄年を取り上げてみよう。

そこは子供たちが“昏睡状態の豚”と“覚醒しはじめた豚”にわかれる運命の分かれ道となっているらしく、とりわけ詳細な考察を加えておく必要がありそうだからだ。

厄年の構造
図・布施仁悟(著作権フリー)


それは12-13歳のことだから中学一年生の時分にあたる。 私にしてみれば、床みがきの罰ゲーム事件に巻き込まれて、不可視の世界の存在を認識し、その世界を支配している法則を学びはじめた時期だ。 おそらくそれがこの時節における運命の課題となっているのだろう。

20世紀初頭に、この13歳の厄年に考察を加えた人物がいて、その人物こそC.G.ユングにほかならない。 そこでいま一度、『ちょっとはマシな坐禅作法』の矢印マーク 「Trial Impossible 6 〜 興菩提心 〜」の解説で紹介したユングの回想を振り返ってみよう。 そこには当時12歳だったユングの洞察が書かれているからだ。 その洞察のきっかけになったのは、こんな事件だったそうである。

ユング少年は学校の帰り道で友人におふざけで突き飛ばされた。 偶然足をすべらせて舗道のふちに軽く頭を打っただけなのだけれど、わざと少し長い間横になって周囲の大人たちの関心を買った。 ユングにしてみれば、その友人への報復のつもりだったらしい。 ところがその時以来、周囲の同情を買うことに味をしめたユングは、学校の帰り道や都合の悪いときに発作を起こすようになってしまった。

ユングに洞察が起こったのは、発作を自分の精神力で治す努力に成功した頃のことだった。

ユングの因果観


私は次第に、神経症がどのようにして起こってきたのか、思い出せるようになった。 そして、他ならぬこの私が、この全く恥ずべき状況を調えたのだということを、はっきりと理解した。 それが、私を押し倒した学校仲間に、私が一度も腹を立てなかった理由だった。 事件全体は、私の側の悪魔的な筋書きによっており、彼はいわば、そそのかされたものであることを私は知っていた。 私には、こんなことは二度と起こらないこともわかっていた。 私は自身に対して激しい怒りを覚え、同時に自身を深く恥じた。 というのは、私の見るところでは、私が自身を辱め馬鹿にしてきたのだということを知ったからである。 他の誰をも非難しようとは思わない。 私は極悪の裏切者だった。

『ユング自伝機-P.55-56「 学童時代」


まずユングは「他ならぬこの私が、この全く恥ずべき状況を調えたのだということを、はっきりと理解した」と言っている。 ユングはこのとき、不可視の世界の法則に反するとペナルティが課せられる現象を洞察した。 そうして不可視の世界の存在を認識し、その世界のルールに反した自分を深く恥じたのである。

― パラレルワールドのルールに反するとペナルティが課せられる ―

これはまさしく“因果応報の法則”のことだから誰にでも理解できることだろう。 いわば「ラクをした人生のツケはいずれどこかで支払わされる」という程度の自明の理だ。 運命の機会は誰にでも平等に与えられているから、ただ真っ直ぐに生きているだけで、こうした洞察が13歳の厄年の頃におのずから生じるものらしい。

ところが9歳の運命のクロスポイントの時点で昏睡状態の豚として生きる選択をした子供たちは、その頃すでに両眼をつぶって眠ってしまっている…「だってみんなそうやってるよ」という口癖のような夢をみながら。 そのため彼らには この先の洞察が起こらないのだ。 その一方で、覚醒しはじめた豚として生きる選択をした子供たちもいて、彼らは13歳の厄年になると、片目を少しひらき、できれば見たくなかったものを見はじめる。

ユングもまた後者の生きざまを選択をした少年だっだ。 そこで「私を押し倒した学校仲間に、私は一度も腹を立てなかった」と語っているのである。

― ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくりだされる ―
(法句経1)

ユング少年は<<どうやら現象世界の出来事は自分の心の状態に合わせて形づくられるものらしい>>という点に気づいた。 すなわち友人が自分を突き飛ばしたのは、「心の使い方をあやまっていた自分に、不可視の世界のルールを洞察させるため、不可抗力的に起こった事象にすぎないのではないか」と考えたのだ。

ほどなくしてユング少年は、この洞察を突き詰めていくなかで、こういう法則を知るに至る。 「事件全体は、私の側の悪魔的な筋書きによっており、彼はいわば、そそのかされたものである」、「私の見るところでは、私が自身を辱め馬鹿にしてきたのだということを知った」。 ここでユングのみた不可視の世界の法則はこういうものだったに違いない。

― 人間はパラレルワールドの不可抗力にそそのかされるように行動している ―

私の経験では、13歳の厄年で精神年齢が止まっていった子供たちは、総じてこの法則を洞察できていなかった。 この法則については、ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』以上に痛快な解説のなされている文献はないとおもう。


バガヴァッド・ギーターの奥義

『バガヴァッド・ギーター』という聖典は、神の化身クリシュナと修行者アルジュナの会話で進行する物語形式になっている。 親族間の覇権争いのために戦場に立つことになったアルジュナは、「どうして血縁者同士でこんな争いをしなければならないのか」と武器を投げ捨て、クリシュナに疑問を投げかける。 それに対するクリシュナの答えはこういうものだった。

君の身勝手により「戦わない」と決心したところで
そんなものは実にバカバカしい
君は武士階級のクシャトリヤとしての天性を持っているのだから
どのみち戦ってしまうのだよ

君は迷いのために天性に従うのをためらっている
しかしながら君はその天性にかりたてられて
しないと言っていることをすることになるだろう

(『バガヴァッド・ギーター』18-59・60)

ギーターの教えの特徴は「天下に存在するあらゆるものは三性質(トリグナ)に支配されている」ということにある。 三性質(トリグナ)というのは、存在の徳性を決定する要因みたいなもので、それにはサットヴァ・ラジャス・タマスの三つの性質があると説明される。 それぞれ上根機・中根機・下根機の性質と考えればわかりやすいだろうか。

こころの三原色とトリグナ(三性質)
図・布施仁悟(著作権フリー)


人間は自分の具(そな)えている性質(グナ)にしたがって、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・スードラの四階級のどれかに属し、各人にふさわしい義務が天性として定められる。 その自分に与えられた義務を完全に遂行することで、すべての人間は完成の域に達するのであり、各人が天性によって定められた義務を果たしていれば、全体的にはなんの問題もないと説明される。

この教義の面白いのはここだ。

したがって上根機のサットヴァではなく、中根機のラジャスや下根機のタマスの性質を具えている人間が、背徳的な行為をすることはやむを得ない。 それもまた天性によって定められた義務を果たしているだけなのだから、全体的にはとりたてて問題はないというのだ。 すなわち運悪く背徳的な行為に手を染める人がいたとしても、たいして構わないではないかというのである。 いやいや、たいしたものではないか。

― 人間はパラレルワールドの不可抗力にそそのかされるように行動している ―

このユング少年の洞察をヒンドゥー風に説明するなら、「サットヴァの性質を持つ者の有徳的な行為も、ラジャスやタマスの性質を持つ者の背徳的な行為も、三性質(トリグナ)の不可抗力にそそのかされたものにすぎない」ということになる。

たしかにこれは一般常識に照らせば難解なパラドックスかもしれない。 しかしながら、これが宗教―ものごとの本質的な教え―なのだ。 これがヒンドゥー教―バガヴァッド・ギーターの奥義―なのだ。

あらゆる存在のなかに隠れている
不滅の一者の実在を認識し
分かれて見える無数の異なる姿に
いまだ分かたれていない一者を観察すること
それはサットヴァの性質である

(『バガヴァッド・ギーター』18-20)

もしもこのパラドックスを洞察できたなら、上根機と中根機と下根機が全体として調和した一なる存在の世界がみえてくる。 それがパラレルワールドだ。 すると上根機のサットヴァの性質が覚醒してきて、パラレルワールドを支配している不滅の一者の存在を意識して生きるようになる、とギーターは教えている。

すべての行為は人間が自分でするものではなく
物質自然の三性質のはたらきにすぎない事を知り尽くし
その背後にいる至上の実在を正覚した者は
三性質の支配を超越して神のもとに来たる

(『バガヴァッド・ギーター』14-19)

12歳のユング少年が一瞥(いちべつ)したものは、これだったのである。 13歳の厄年で起こる洞察が求道者の覚醒の基礎になっていくことがわかるだろうか。

矢印マーク 『神の詩―バガヴァッド・ギーター』

世界中で聖書の次に読まれているという聖典
仏教とキリスト教をつなぐ架け橋となる

青雲水

人生の出来事には二つの味わい方がある

緑雲水

『ちょっとはマシな坐禅作法』を書きはじめた頃、13歳の厄年で精神年齢の止まっていた田吾作がブログのコメント欄にやってきた。 私とほぼ同年代だったこともあり、孤独な坐禅修行に仲間が加わったようでとても嬉しかった。

ところが、彼がわかってるようでわかってないことばかり書いてくるものだから、やがて不審に思うようになっていったのだけれど、私自身もここに書いたような精神年齢のカラクリに気づいていなかったこともあり、そのうちまともになるだろうと信じて、嘘でもいいから励まし続けることにした。

そんな彼に精神分裂症の初期症状があらわれはじめたのは40歳を迎えた頃だったろうか。 やがて42歳の頃ともなると、彼はブログの常連の仲間の足を引っ張りはじめた。 別のハンドルネームをつかって仲間のメールアドレスを聞き出し、陰でこそこそゴキブリみたいなことをやらかした。

これはそんな彼の最後の言い訳だった。

42歳の大厄の転落


ボクは布施さんのブログを、とても興味を持って観ていました。

だけど、なにかコメントをしてみるの、怖かったんです。 「精神異常」でしたっけ? なんか、軌道をはずれると、キチOOになるとか、ニーチェですか。 とても敷居が高かかったんです。 怖くてね。

で、鬼和尚サマに、このブログはどうなのでしょうか、とメールしたんです。 そのご返事を「行者」さんにだけは、お伝えしたくて、おじゃましたんです。

ワタシの意見では、ないんです。 鬼和尚サマのワタシにたいする返事だけなんですよ。 それを「行者」さまに伝えただけなんです。

ワタシは、いまも布施さんが正しいのか、わからないんです。 軌道に乗っているのかもわからないんです。

行者さまに書いたのも、43歳でファンタジーですか、小説ですか、をお書きになるというので、43歳、今年の3月ですね。 それまでは、静観しましょう、ということだけだったのです。 「否定的意見」ではないのです。

ワタシはわからないのです。

2017年2月の投稿


13歳の厄年で精神年齢を止めて人生を無駄に過ごしていたら、40歳になっても「正道を歩んで違わぬ」という自信なんか沸いてくるわけがない。 そのために混乱してしまっていることが窺(うかが)える。 理由はどうであれ、最後には仲間の足を引っ張るような卑劣漢になってしまったというのが現実だ。

この出来事をヒンドゥーの教義にしたがって解釈するなら、「この田吾作は42歳を迎えたとき、下根機のタマスの性質に完全に支配されてしまった」という説明になるだろうか。 タマスの性質に支配されると、脳から分泌されるドーパミンの量が異常な数値を示して、精神科でドーパミンを抑制する薬を処方してもらわないかぎり、まともな行動がとれなくなるらしい。 彼はゴキブリみたいな卑劣漢の行為に及んだのだけれど、自分のしていることが何を意味しているのか、さっぱり認識できていないのだ。

聖典の教えを無視し
自分の将来のことや他者の迷惑も考えず
気ままに あるいは 暴力的にする行為―
そういう行為がタマスである

(『バガヴァッド・ギーター』18-25)

ある者は溺れてしまい、仲間の足を引っ張ろうとする。 この言い訳を読んだとき、当時42歳だった私は<<29年前の13歳の厄年のときと同じだな>>とおもった。

「寝る前に確認したりして気をつけてはいるんだ。でも気がついたら鞄のやつが教科書を入れてない」

忘れ物をやめられなかった中学一年の教室の二人…彼らの苦悩がなんとなくわかるような気がする。

以下は田吾作に精神分裂症の初期症状があらわれはじめた40歳頃の投稿。

9歳の運命のクロスポイントの転落

ある日、駆け足が速いということに気づいたのが小学校の4年ころ。 これで、まわりの見方が変わりました。

田吾作、速い。

劣等感から、有頂天へ。 だけど、リレーの選手になれず。 先生が勝手に選ぶんです。 それまでは競争して速い人がリレーの選手になったのに、先生が勝手に選ぶ。

田吾作はだめ。

「態度がなっていない。スポーツは姿勢が大事」つて。

2015年10月の投稿


これは田吾作が9歳の運命のクロスポイントを迎えていた頃のエピソードなのだけれど、この時点ですでに昏睡状態の豚として生きる選択をしていたことがわかる。

私の弟の家庭に三歳頃に発達障害と診断された子供がいる。 人の話をさっぱり聞こうとしない子供で、両親も発達障害だからと諦めていたのだけれど、彼が9歳の運命のクロスポイントを過ぎた頃に、この現象と同じことが起こった。 担任の先生が彼を無視して意地悪をするとかで、その子供は登校拒否児になってしまったのである。

おそらく9歳の運命のクロスポイントまでに、「他人様(ひとさま)の話はみんな説教だと思って、一言一句、その胸におしまいなさい」という、当たり前の生き様すら身につけようとしなかった子供たちが、似たような事象に遭遇するのだろう。

人の話をろくに聞こうとしない田吾作の態度を、担任の先生に注意してもらったにもかかわらず、彼はその老婆心をまったく受け取っていなかったのである。

それでも、この9歳の運命のクロスポイントの時点で自分の生きざまを反省していたら、13歳の厄年を迎えたときに憂き目をみずに済んだに違いない。

13歳の厄年の転落

ボクは、いわゆる下町に生まれて、まあ、寅さんの世界だよね。

それが、中学に入るころから、本を読むようになりました。 本を読むだけで「ガリ勉」と非難されちゃう生活環境。 人間関係でした。

話言葉も「テメエ」とか「ざーけんなよ」って。 だから、コメントにも、それが出てしまうことがある。 まだ、超えてない証拠だよね。 心ならずも、すぐに反応しちゃう。 「テメエ、それで、どうなったんだよ。嘘ついてんじゃネーヨ」って感じかな。

ある日、宮沢賢治の「雨にもマケズ」に感動しちゃってさ、今日は、仲間と遊ぶのやめよう、って思ったの。 で、なぜか、墨をすって、あの「手帳」の字に似せて書いたんです。 それを、部屋に貼りました。

あるとき、それを仲間に見られて、もの凄くバカにされて、浮いちゃって、もう、変人扱い。 いわゆるコケにされました。 それを機会に仲間の中の奴隷になっちゃった。

その人間関係が解消したのは高校一年でした。 リーダーが事件を起こして退学。 でも、そいつがビートルズを教えてくれたんです。

奴隷扱いのトラウマは解消していないかも。 なんか、反抗心が沸いてくるんですね。 とくに理屈言うやつが嫌い。

2015年9月の投稿


このエピソードからは、13歳の厄年にやってきた運命の機会を精一杯に活用することなく、うららかな春の日に桜の花びらが散っていくのを眺めるかのように、15歳までの歳月をやり過ごしていたことがわかる。 たいていの人々は、こうして13歳の厄年で精神年齢を止め、パラレルワールドのルールを学びはじめることもなく、その一生を過ごすのだろう。

そういえば和尚が『TAO 永遠の大河4』でこんなことを語っていた。

人生の出来事には二つの味わい方がある

ひとつのことを二通りに経験することができる。

ただそれをまるで催眠術にかかっているかのように、うかうかと、何が起こっているのかに注意を払わずに経験することもできる。

あることが起こった。

が、あなたはそこにいなかった。 それはあなたの現存のもとでは起こらなかった。 あなたは留守だったのだ。 あなたはただ通りすぎたにすぎない。

それはなんらあなたの琴線に触れなかった。 それはあなたに何の痕跡も残さなかった。 あなたはそれから何ひとつ学ばなかった。

それは、あなたの記憶の一部にさえなったかもしれない。 なぜならば、ある意味であなたは現存していたからだ。 が、それはけっしてあなたの知恵にはならなかった。 あなたはそれを通じて成長することがなかったのだ。

和尚『TAO 永遠の大河4』-P.292「第6話 Q&A成熟と老い」
矢印マーク TAO 永遠の大河4〜OSHO老子を語る〜

必要なのは真っ直ぐ生きることだけだ
ほかには何もいらない
それが道なのさ


電脳山養心寺公案集 養心門 第九則 雲水の網代笠

さて13歳の厄年で精神年齢を止めなかった子供たちは、そのときから不可視の世界の観察者となる。 けれどもそれはほんの入口にすぎない。 本当の学びがそこからはじまっているのだ。

この『雲水の網代笠』は、そんな不可視の世界の観察者たちへの警告となっている。

電脳山養心寺公案集 養心門 第九則 雲水の網代笠


 高名な禅師の庵に一人の雲水(うんすい)がやってきた。 玄関で履物を脱ぐとき、網代笠(あじろがさ)を自分の左側に置き、それから禅師の待つ室内へ入っていった。

 「あなたのもとで修行させていただきたい。これまでの私の見解(けんげ)を聴いてはいただけないでしょうか」

 禅師は禅者に特有の人をおちょくったようなやり方で答えた。
 「まあ、それはそれとして、君は玄関で履物を脱いだとき、網代笠を自分の右側に置いたのかね、それとも左側に置いたのかね?」
 雲水はこの唐突の質問に表情を失った声で答えた。
 「そんなことは覚えてません」
 禅師はすかさず言った。
 「君の見解(けんげ)なんか聞くまでもない。 坐禅修行とは、人から投げかけられた言葉や周囲で起こる出来事や自分の言動に注意深くなることだ。 そんなことも覚えていられない君に、坐禅修行がつとまるわけがない。 君はあちこち出歩いて、雲や水を掴むようなことばかりしてきたおバカな雲水らしいな。 20年後にまた来なさい」
 「そんな…20年後だなんて…」

 雲水は、これからはもっと注意深くなるように努めるので そばに置いて欲しい、と何度も禅師に懇願した。

 「まあ、よかろう。 しかし覚えておきたまえ。 君の本当の師は、君の内奥で声をしのばせ影をひそめている。 その師を見出せるか否かは、君がいかに体験から学ぶかにかかっているのだ。 私が手を差し伸べたとしても、それはほんのわずかなきっかけを与えることにしかならないとな」

 それから禅師と雲水の間に短いながらも緊密な時間が流れ、ひと息ついた禅師が言った。
 「私はこれから旅に出る。君もついてきたまえ」

 やがて二人が、風にあおられて音をみしみし立てている大木の前を通りかかったとき、禅師が足を止めて握り飯を食べはじめた。
 「この木はなんだか苦しんでいるようだのう」
 「木が苦しむはずがないでしょう。もう食べ終わったのなら先を急ぎましょうよ」
 雲水はそう答え、二人は歩き出したのだが、数キロほど行ったところで禅師が言った。
 「ちょっと待て。握り飯を食ったときに路銀を落としてしまったかもしれん。 悪いがあの木のところまで戻ってくれないか」

 二人が引き返してみると、そこに別の旅人たちがいて、大木の下で蜂蜜を採集していた。
 「おれ達はなんてついてるんだ。この蜂蜜を捌けばたいそうな路銀になるぞ!」

 禅師は雲水に皮肉をこめて言った。
 「あのとき大きな蜂の巣があったことに君は気づかなかったのかね。 どうやら君は、ものごとを客観的に見るという観察の重要性はなんとなく分かっているようだが、冬に川の薄氷を踏みわたるように注意深く見る、ということは学んでこなかったようだのう」
 雲水は返す言葉がなかった。

 それから数日後のこと、川岸にたどりついた二人が渡し舟を待っていたとき、一匹の魚が飛び跳ねてきて、口をパクパクさせて横たわった。
 「この魚はなんだか苦しんでいるようだのう」
 「魚は陸では暮らせませんからね。川に返してあげましょう」
 雲水が魚を川に返したとき、ちょうど渡し舟がやってきて二人は舟に乗り込んだ。

 対岸の茶店で二人が休んでいると、さきほどの渡し舟の船頭が息せききって駆けてきて、禅師にお礼を言うのだった。
 「禅師のおっしゃるとおりでした。 土の上でもがいている魚に石を吐き出させたところ、宝石が飛び出してきたのです」

 禅師は雲水にたっぷりと皮肉をこめて言った。
 「魚が跳ねてきたとき、蜂蜜の一件と同じ状況だったことに胸さわぎがしなかったのかね。 世の中には偶然に起こることなんて一つもないという態度をもって、出来事を注意深く観察しなくてはいかん。 君の内奥に宿っている師は、君が期待しているような明白な声明なんて送ってはくれないのだ。 出来事のつむぎだす雰囲気から、君自身の心で、胸で、全身で感じ取らなきゃいけないのだよ」

 雲水はふたたび返す言葉を失った。

参考:イドリース・シャー『スーフィーの物語』56-マリク・ディナールのイニシエーション


― 人生の出来事には二つの味わい方がある ―

(2017.4)

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