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【坐禅作法114】地下室

ちょっとはマシな坐禅作法 地下室〜養心門5〜

Presented by

〜養心門5〜


ちっちゃなころから求道者

誰もが横並びに子供であり、歩調をそろえて少年少女である時代は、いつのまにか終わる。

その後は天涯孤独のひとり旅だ。 つまずいては立ちあがり、やっとのことで生き延びることになる。 どちらにしろ最期に待ち受けているのは墓場だけなのだから、さっさと棺桶(かんおけ)に寝そべってしまったほうが手っ取り早い気もするけれど、これがどうしたものか、まだ死にたくはないのだ。

「私はよく生きた。もう思い残すことなど一つもない。死ぬのが待ちきれないくらいだよ」

つまるところ私は、そんな風に言えるようになってから死にたいのである。

こう思うようになったのは、小学校入学以前に公園の池で溺れたおかげで、死ぬことがさほど怖くなくなったからではないだろうか。 そのかわり「何だつまらん」と言いながら死んでいくのが怖いのだ。 あのときから私は、アヒルの親子の群れに紛れこんだガチョウのように、他の子供たちとは決定的に違う運命を背負ってしまったのかもしれない。

そういえばR・シュタイナーが『いか超』でこんなことを言っていた。

ちっちゃなころから求道者


この道で体験を積むと、後に神秘学徒になるような人はその幼児期にどのような素質を示すか、分かるようになる。

R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.025 条件
矢印マーク 『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』

坐禅修行のプロセスを正確に記述してある唯一の本。
(2011年1月現在・ボク調べ)
こういう本が市場に出回っている現在、
秘密にしておくことなんてもはや何もないはずである。
そろそろまともな禅書を誰かが出版しても
いいのではないだろうか?

赤雲水

鍵盤ハーモニカの女の子

黒雲水

小学一年の夏休みに入ったとき、父親の仕事の都合で引越すことになった。 おかげで私は新入学してぴかぴかの友達ができた矢先に転校生になってしまったわけだ。 旅まわりのサーカス団の子供でもないのに。

新しい学校に馴染むのも大変だったけれど、転校先でいちばん苦労したのは鍵盤ハーモニカだった。 そこでは誰もが音階くらいなら弾ける程度まで学習が進んでいたのに、私は鍵盤のドの位置もわからないド素人だったからだ。 仕方がないので隣の席の女の子に「これ、どうやって弾くの?」と尋ねたところ、にべもなくこんな返答がかえってきた。

「あなたになんかできるわけないでしょ」

人にはやさしくしなさいと言われて育っていた私にとって、これはいささかキツい洗礼だった。

<<ここでは転校生は口をきいてはイケナイというのが暗黙の掟なのだろうか…>>

私は手元の鍵盤ハーモニカに目を落とすだけで精一杯だった。 人生初のため息を覚えたのはその時だったかもしれない。

それからしばらくした頃、連休を利用して母親の実家に遊びに行ったとき。 バスターミナルの待合室で母と帰りのバスを待っていると、母親に連れられてあの女の子がやってきた。 どうやら母親同士は昔からの顔なじみだったらしく、二人は親しげに会話をはじめた。

「あら、あなたたちクラスメイトなの?仲良くしてあげてね」

彼女の母親は私に向かってそう言うのだけれど、それは「宇宙人と友だちになってUFOに乗せてもらうといいわ」とでも言われているようなものだ。 私が返答に困っていると、あの女の子が学校での態度とは打って変わって、なんとも馴れなれしい態度で話しかけてくるではないか。

「ねえ、あっちに行ってお話ししましょ」

しばらく状況がのみ込めなくて、私は当惑するばかりだった。

ウサギの眼が赤いのはニンジンばかり食べるからだとか、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるだとか、まだそんな話を信じていた初心(ウブ)な私には、この女の子はあまりに不可解で、あのまま“裏腹”なんて言葉を知らずに生きていたら、いまごろきっと「クリスマスにはサンタクロースがやって来るから」とクマみたいな大人ひとりが通れるほどの煙突のある家を建てていたことだろう。 彼女はあの年齢にして早くも二枚舌のたくみを極めていたのである。

青年期〜真理探究をはじめるまでの29年〜
図・布施仁悟(著作権フリー)


どうやら小学一年生になる6歳頃までに、前世から持ち越してきている性質みたいなものがすでに表面にあらわれているらしい。 それでも小学校低学年までは、教科書どおりの人生を歩めばいずれ完全試合を達成できると信じることができるし、脚下に幸運をもたらす四つ葉のクローバーがいくらでも生い茂っていると信じることもできる。 けれども小学四年生になって、いよいよ9歳の運命のクロスポイントを迎えると理想と現実は少しずつ乖離(かいり)してくるものだ。

おかげで私の小学校時代の印象的な記憶は9歳の運命のクロスポイントの時節に集中していて、そこはどうやら“人格形成の転機”ともなっていたらしい。 ここからはその中でも極めつきのウンコパンツの話をしよう。 傷つきやすく、やけに哀しい、夢みるような十代は、慎重に用意しておいたはずの人生の台本に食い違いが生じてくるこの頃に、こうしてはじまる。


ウンコパンツ

ウンコパンツとはクラスメイトの男の子のあだ名だった。

小学三年生のとき、彼の母親は癌で亡くなった。 彼が三年生のときに書いた「母親が台所でお弁当を支度している音で目が覚める情景」ではじまる遠足の作文を私はよく覚えている。 その様子が目に浮かぶくらいの詩的ないい文章だったし、なによりその直後に彼の母親が死んだからだ。

ウンコパンツとあだ名されたのは、四年生になったときに彼の家にみんなで押しかけてみると、ウンコのシミのついたパンツが何枚も脱ぎ散らかしてあったからで、「汚れたら裏返してまた履くんだ」と彼は言っていた。 食卓テーブルの上にはビールやウイスキーや焼酎の空き缶、空き瓶、スーパーのお惣菜のパックなどが放置され、煙草の灰で埃っぽく汚れていた。

事件が起こったのは彼の家に押しかけた数日後のことだった。 放課後の校庭でサッカーをして遊んだときに、私は買ってもらったばかりのジャージ上下を脱いで鞄の近くに置いておいた。 ところが帰ろうとしたとき、その新品のジャージがなくなっていたのである。 家に帰って母親にそのことを言うと、「なんで名前を書いておかなかったのよ」としこたま責められ、担任の先生に報告して犯人を探し出しなさいと言われた。 それは連休に入る前日の出来事だったので、私は悶々とした休日を過ごすことになった。

休日明けに学校に行くと、なんとウンコパンツがあのジャージ上下を着て登校しているではないか。

「それ、いいジャージだね。どこで買ったの?」
私がそう訊ねると顔色一つ変えずに彼は答えた。
「昨日、スーパーで」
彼は心の中ですでに完璧なアリバイを構築していた。

担任に報告したところでもはや無意味であることを覚った私は、その日、ジャージのことは誰にも言わずに家に帰った。 すぐさま母親から「先生には報告したの?」と訊かれた。

「してこなかった」
「どうして言ってこないのよ」
「どうせ犯人なんか見つかりっこないんだ」
「いいから報告してきなさい」

世間知らずの母親を持つと子供は余計な苦労を強いられる。 しぶしぶ担任に報告したものの、盗みの現場の目撃者なんか出てくるはずもなければ、ウンコパンツが名乗りでてくるわけもなかった。

「モノを大切にしようとする心がけは良いことだ」と担任は言った。
「あなたが名前を書かなかったのが悪いのよ」と母は言った。
「世の中の人間はどいつもこいつもどうかしてる」と私は思った。

私はひとり放課後の校庭に立ち、そこから見える札幌テレビ塔にむかって話しかけた。 テレビ塔は暮れるに早い秋の夕暮れが近づく空に、その尖頭を突き立てるかのようにそびえ立っていた。 そこからは塔の中ほどに備えつけられているデジタル表示の時刻盤がはっきりとみえて、帰りの時刻はいつもテレビ塔が教えてくれていた。

「君はそこからここの様子をいつも眺めているんだから、犯人が誰かを知っているんだろう?」
テレビ塔は返事をしなかった。
「でもこれは君と僕との秘密だ。彼はかわいそうな人なんだよ」
テレビ塔は3時33分を告げた。
「よし、これは3時33分の約束だね」

私はこの3時33分の約束を二十九年間守り続けた。 母は他人の過ちをあげつらうことで自分の劣等感を穴埋めするタイプの人物で、たとえば私の彼女のいる前や親戚の前などで、私が20代になっても30代になっても、このエピソードを好んで持ち出してきた。

「この子はね。新品のジャージを盗まれてきたのよ」

この母親の性癖を見限ることはなかなか難しかったのだけれど、私の心の中にも母親と同じように他人の過ちをあげつらう性質があることを洞察したとき、母がこのエピソードを持ち出してきても別に腹が立つこともなくなった。 あれはたしか38歳になるかならないかのことだったとおもう。 私はそのときはじめて事件の真相を打ち明けた。 母は自分のそれまでの言動を恥じたのか、それ以来、このエピソードを持ち出すことはしなくなった。

― 人生に起こるどんな出来事もすべては善に帰結させることができる ―

私は9歳の運命のクロスポイントから二十九年間をかけてこれを学んだ。 いまの私はジャージを巧妙に盗んでくれたウンコパンツに感謝しているくらいである。 人生にはオトシマエをつけるのに何年もかかる出来事があるらしい。

青雲水

恥の原則

緑雲水

鍵盤ハーモニカの女の子とウンコパンツ。 この二人には共通の口癖があった。

「だってみんなそうやってるよ」

私の観察では、程度の差こそあれ、この口癖を持っている子供たちが中学校に進学する十三歳くらいで精神年齢が止まっていった。 このカラクリを解くヒントを至道無難禅師が『自性記』という書物に記している。

至道無難禅師の説く恥の原則


人に恥じおそれる時は過ち多し
天に恥じおそれる時は過ち無し
天に恥じおそれざる時は道なり

至道無難禅師『自性記』


この恥の原則にしたがって人々の行動を観察すると面白いことがわかってくる。

たとえば鍵盤ハーモニカの女の子の場合は、いわゆる恥じおそれる対象が母親だったのだろう。 母親の見ていないところでは何をやっても構わないというルールを持っていたのだ。 ウンコパンツになるともっとすごい。 恥じおそれる対象が泥棒たちなのだ。 彼の「だってみんなそうやってるよ」という口癖は泥棒たちのルールに合致していれば何をしても構わないという彼のルールを表していたのである。

この「だってみんなそうやってるよ」という口癖を持っている子供たちが、中学校に進学する十三歳くらいで精神年齢が止まっていった。 おかげで中学校は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の入り乱れる巣窟みたいなものになってきたので、そこを卒業する十五歳まで、そんな彼らと極力つきあわないように友人を慎重に選ばなければならなくなった。 そういう意味では12-15歳を過ごす中学校の三年間というのは運命のテスト期間だったのかもしれない。

― 精神年齢が止まっていく子供たちに脚を引っ張られてはいけない ―

そんなテストだ。 その一方で後に相棒(バディ)となる親友ができたのも12-15歳を過ごした中学生の頃だった。 彼らは単に流行しているものではなく普遍的な価値を持つものを好む傾向を持っていたような気がする。 たとえば村上春樹やスティーヴン・キングといった私の文章修行の先生はどちらも中学時代に彼らから紹介してもらったものだ。

恥じおそれる対象を人から天にシフトした子供たちは普遍的な価値や知識を求めるようになる。 そして、それがその人のしたがうべきルールを形成していくのだ。 人のルールから天のルールへ。 こうして12-15歳で精神年齢を止めなかった子供たちだけが、30代から起こるゲシュタルト転回に向けて、普遍的知識をもとめる求道者としての歩みをはじめるのだろう。


電脳山養心寺公案集 養心門 第七則 地下室

こうした15歳までの生きざまを間違えていたら、23-25歳の厄年にある人生の勝負どきを迎えたとき、みずから災いの種を招き入れることになる。 そうしたことを教える物語がやはりアラビアンナイトにあるのだ。 『磁石の山』のアジーブの冒険の続編『地下室』の物語である。

電脳山養心寺公案集 養心門 第七則 地下室


 乗組員たちが溺れている最中、アジーブ王は流れてきた板切れにつかまった。 すると、そのままひとり風に流され、無人島にたどりつくことができた。 その孤島は本土の港町を眺めることのできる位置にあり、果実のなる野性の木々の生い茂った風光に恵まれた島だった。

 数日後、帆をあげた一艘の小船が本土からその島を目指してやってくるのがみえた。 船から海賊が降りてくるといけないので、アジーブ王は木に登って様子をうかがうことにした。 しかしアジーブの心配は杞憂(きゆう)だった。 船からはスコップを持った老人と眉目秀麗(びもくしゅうれい)な少年が降りてきたからだ。 どうやら海賊ではないらしい。

 二人は島の中ほどで足を停めて地面を掘り返しはじめた。 二人がフタのようなものを持ち上げると、彼らの姿は地中へと消えていくではないか。 きっとそこには地下室があるのだろう。 ふたたび姿をあらわした老人はフタを閉めて土で覆い、小船の止まっている入り江に戻っていったが、少年の姿はどこにも見あたらなかった。

 << 生き埋め…? >>

 木から降りたアジーブは少年の姿が消えた地面の下に石造りの階段を見つけて、そこを降りていった。 中には広い空間がひろがっており、豪華な敷物やクッションの置かれた長椅子に、団扇を手にした少年が座っていた。 少年がここに閉じ込められている理由を訊ねると、少年はことの経緯を語りはじめた。

 「私の父は裕福な宝石商で、結婚してから長らく子宝にめぐまれませんでした。 しかしあるとき、若くして死んでしまうだろうが息子は得られる、と夢の中で告げられたのです。 その日に母は私を身ごもりました。 父は母の妊娠を知るとすぐに夢の不吉な予言について占星術師に相談しました。 そのとき占星術師からこう告げられたのです。

 『ご子息は十五歳までの間はつつがなくお育ちになられます。 しかしながら、アジーブという名の王の船団が海のもくずとなるとき、天球の蓋天図(がいてんず)が運命の徴(しるし)をあらわし、五十日の後、ご子息はアジーブという名の王の手にかかりお命を奪われることでしょう。 もしもこの難をうまく逃れることができれば長寿を得ることができると存じます』

父はちょうど十日前にアジーブ王の船団が海のもくずとなったことを知った今日、かねてより用意してあったこの地下室へと私を隠すことにしたのです。 父はさきほど四十日目に私を迎えにくると言って帰りました。 アジーブ王の船団の乗組員は一人残らず溺れ死んだということです。 アジーブ王だって一緒に亡くなったものと私はおもいます。 それに、まさかこのような孤島の地下室までアジーブ王がやってくるとは私にはとても思えません」

 アジーブは、この世のすべてが占星術師の予言どおりに進行し、よりによってこの自分が少年の命を奪うことなど、まかりまちがってもありえないとおもった。 そこで自分がアジーブ本人であるという素性を心中にひたかくし、少年にこう言った。 「あなたの死をくわだてるものから私がお命をお守りいたしましょう。 全身全霊をもってお仕えいたします」

 少年はアジーブの言葉を信じて「四十日目までひとりでいるのかと思うと寂しくてしかたがなかった」と言った。

 地下室には食料がたっぷりと用意されていた。 アジーブは食事の用意をととのえたりして、少年の世話をするかたわら、親しく愉快に談笑して少年と打ち解けていった。 <<いかさま占星術師め。私がこの少年を殺害するような邪まなことをするわけがないじゃないか>>とアジーブは思った。

 そして四十日目のこと。 少年がメロンを食べたいというので、切り分けるためにナイフの場所を尋ねると、少年の枕元の上にしつらえた棚にあるという。 アジーブが背伸びをして棚にあったナイフを手にしたとたん、寝具に足をからめとられて少年の上に倒れこみ、ナイフが少年の心臓を一突きに貫いた。

 少年はその場で息絶え、アジーブは断腸の叫びをあげた。

参考:ガラン版アラビアンナイト第五十四―五十五夜『王の息子である第三の遊行僧の話』


― 精神年齢が止まっていく子供たちに脚を引っ張られてはいけない ―

あるものは溺れてしまう。それは仕方のないことなのだ。

(2017.3)

桃雲水

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