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【坐禅作法101】もしもピアノが弾けたなら

ちょっとはマシな坐禅作法 もしもピアノが弾けたなら〜アニムスの歌を聴け2〜

Presented by

〜アニムスの歌を聴け2〜


村上春樹の再発見

内なる師の導きとは思いもよらないものだ。

本作の序章『縁覚道の地図』を書き終えたのは41歳の2015年10月。 37歳の夏以来、四年間も小説の習作を書いていなかったにもかかわらず、ボクはその時点で物書きの基本を余すところなく身につけてしまっていた。 本屋でどうしても気になって手に取った本の作家が、ボクとまったく同じ書き方をしていたことで、その事実を偶然知ることができたのだ。

仕事にとりかかる時

座って仕事にとりかかる時が来たと感じる必要があります。 そう感じないのなら、待っていた方がいい。 これは精神的安定とか新たな視点の発見とは全く関係ない、単なる直観です。 その時がきたら、規則正しく仕事をします。 一日に三時間か四時間、物語ることに没頭し、毎日ほとんど同じ枚数を創作します。 どんな物語になるかは僕自身にもわかりません。 つまり僕が最初の読者となるので、これから起こることは知らないでいる必要があります。 そうでなければ僕は「既に知っていることを書く」という作業に大いに退屈することになるでしょう。

村上春樹インタビュー集1997-2011『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』P.454-455「ハルキ・ムラカミあるいは、どうやって不可思議な井戸から抜け出すか」


そこにあったのはインスピレーションのフローに入り、フロー・ライドを楽しむ方法だったのである。

いちばん大事なのは待つこと

だから僕は、小説家の作業にとっていちばん大事なのは、待つことじゃないかと思うんです。 何を書くべきかというよりも、むしろ何を書かないでいるべきか。 書く時期が問題じゃなくて、書かない時期が問題なんじゃないかと。 小説を書いていない時間に、自分がどれだけのものを小説的に、自分の体内に詰め込んでいけるかということが、結果的にすごく大きな意味を持ってきますよね。 だから僕はいちおう小説家だけど、小説を書かない時間を意図的にけっこう長くとっているんです。

村上春樹インタビュー集1997-2011『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』P.316-317「恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありません」


おもえば『縁覚道の地図』のインスピレーションは一年くらい辛抱強く待っていたものだった。 とはいえ、この作家のように意図的に待っていたというわけではない。 扱おうとしている話題があまりに複雑なため、何度か書き出そうとしたものの、まとめ切れなかっただけのことだった。

ところが2015年2月に時節の到来を感じて書き出すと、4月頃から思いがけない展開がはじまり、それから数ヶ月のあいだ休みなく書き続けることになった。 先の展開はボク自身にもまったく読めない。 朝起きた時点で、その日作業するべきパズルのピースがすでに用意されていて、それを組み合わせるだけで、かつて複雑にみえた話題が適切に処理されていく。 そんなスリルとサスペンスあふれる時空に迷い込んでいる夢心地の日々が続いた。

そのときの体験をそっくりそのまま表現している作家がいたのだ。 その人物こそ村上春樹である。

矢印マーク 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

まったく驚いた
ここには物書きの基本が詰まっている

赤雲水

電脳山養心寺公案集 養心門 第三則 農夫と息子

黒雲水

イスラムのスーフィズムにこんな寓話がある。

電脳山養心寺公案集 養心門 第三則 農夫と息子

 臨終を迎えたある農夫が「畑の中に宝物を隠してあるから掘り出してみるといい」と言い残して死んだ。

 息子はただちに畑を掘り起こしてみたものの宝物は見つからなかった。 そこで、ますますその作業に没頭してゆき、ついには農園中を掘り尽くしてしまった。 ところがそれでも宝物を発見できなかった。

 探すことをあきらめた息子は、せっかく土地を耕したのだから、と小麦を植えることにした。 やがてそれが たいへんな豊作となり、息子に大金をもたらした。

 その後、何年かが過ぎてゆき、十分な富を手に入れ、正直で満ち足りた農夫となった息子は、父親がなぜあのような遺言を残していったのかを理解できるようになった。

参考:イドリース・シャー編『スーフィーの物語』P.205-206 54―欲深い息子たちの寓話


内なる師は修行者にとって何が有益であり建設的な方法であるかを修行者自身よりもよく知っている。 そのため、ときに思いがけない方向へと導かれることもあるけれど、後になって振り返れば、それが最良の方策だったことがわかる。 内なる師の指導の真の目的はそのときまで隠されたままでいるものなのだ。

ボクは<<オレに小説を書かせろ!>>と思いながら37歳からの四年間を過ごしてきたため、前作『ちょっとはマシな坐禅作法』のような商業ベースからはずれた作品の着想しか得られない運命を半分呪っていたところがある。 なかには35歳や38歳あたりで芥川賞や直木賞なんかを受賞して颯爽と作家デビューする人もいるわけで、どうして自分は坐禅体験記なんてものを書いているのか、とずいぶん悩んだものだけれど、書きたいものがそれよりほかに思いつかなかったため、その状況を甘んじて受け入れるしかなかった。

今になってみれば、35歳や38歳で作家デビューなんてことになっていたら、おそらく5年ともたずに潰れてしまっていたこととおもう。 精神の未熟なペテン師みたいな作家がいつまでもペンを握っていることほど見苦しいものはない。 『ちょっとはマシな坐禅作法』とともに過ごした四年間はボクの精神の浄化に必要な期間であったし、何よりそのおかげで、かつて最も憧れた作家・村上春樹と同じ書き方を身につけることになったのだ。 そのことを知ったとき、スーフィーの物語にある農夫の息子のように、それまでの四年間の意義と目的とを理解した。

それにしても ここまで来るのに41年もかかってしまった。 もしかすると、もっと期間を短縮できたのかもしれないし、そんなことはやはり不可能だったのかもしれない。 運命のカラクリは、マリアナ海溝ほども底が深く、探求すればするほど暗闇のなかに吸い込まれていくようだ。 どれほど研究してもワカラナイものはワカラナイままである。

矢印マーク スーフィーの物語―ダルヴィーシュの伝承

これは、いわばイスラムの公案集
声聞道用の公案集は今のところコレしかない


ハルキ・ムラカミとボク

村上春樹の作品に触れたのは中学生のとき。 クラスメイトの女の子に『ノルウェイの森』の上巻を借りて読んだのがはじまりだった。 徹夜で本を読んだなんて経験は後にも先にもその時だけだったとおもう。 本を返したときこんな会話をしたことをボクは覚えている。

「もう読んだの?どうだった」
「なんかエッチで、とにかく凄かった」
「ほかになんかないわけ?仁ちゃん、いったいどこ読んでたの」
「…わかんない」

その数日後には、デビュー作の『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』を手にしているボクがいた。

どんなお話だったのかさっぱり覚えていないから、たぶんストーリィを追いかけていたわけではないとおもう。 とにかく文体の透明感が群を抜いていたのだ。 村上春樹ほど自分の意(おもい)に忠実な言葉を選ぶ作家はいない。 同時期に村上龍という同姓の作家が『限りなく透明に近いブルー』という作品で芥川賞を受賞してデビューし、よく比較の対象となっていたのだけれど、限りなく透明に近いブルーな文体を持っていたのは、龍ではなくて春樹の方だった。

それから彼の文体をマネて文章を書くようになったのは言うまでもない。 最初のうち、その方針は非常にうまくいくようにみえた。 村上春樹の文体には天性のリズムないしビートがあり、それをマネて身体にしみ込ませると誰でも文章が上達した気分になれるのだ。

しかしながら、やはりそういう付け焼刃の文体では、一向にぶち破れない壁に突き当たることになる。 あの文体の透明感だ。 当時ボクの書くものといったら、ワゴンセールのブランドバッグみたいなもので、何となく偽物っぽく、あの透き通った感じをどうしても出せなかった。 その壁に気づいた高校一年のとき、文才なんてものはやはり自分にはなかったのだとおもった。 そこで、村上春樹から離れてアンチ村上を宣言すると同時に、小説よりも自己啓発本を好んで読むようになっていった。

やがてシステムエンジニアとなり、すっかり文芸から離れてしまった頃、ハルキ・ムラカミは いつのまにか世界的な作家になっていた。

青雲水

書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの

緑雲水

村上春樹は作家の才能についてこんな風に語っている。

これができなきゃ作家じゃない

何かについて描写するとき、僕は必ずその場に物理的に居合わせます。 そこがどんな場所であるのか、僕には手にとるようにわかります。 その暗闇を実感もします。 そこにある奇妙な匂いを嗅ぐこともできる。 もしそういうことができなければ、あなたは作家じゃないということになります。 もしあなたが作家であれば、あなたはそれを皮膚に感じることができる。

村上春樹インタビュー集1997-2011『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』P.28「アウトサイダー」


これはちょうど天才画家・ダリ様の「できるかぎり目覚めていながら眠れ!」という秘伝と同じことを意味している。

書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの

 イメージをつかって、お答えしましょうか。 仮に、人間が家だとします。 一階はあなたが生活し、料理し、食事をし、家族といっしょにテレビを見る場所です。 二階にはあなたの寝室がある。 そこで読書したり、眠ったりします。 そして、地下階があります。 それはもっと奥まった空間で、ものをストックしたり、遊具を置いたりしてある場所です。
 ところがこの地下階のなかには隠れた別の空間もある。 それは入るのが難しい場所です。 というのも、簡単には見つからない秘密の扉から入っていくことになるからです。 しかし運がよければあなたは扉を見つけて、この暗い空間に入っていくことができるでしょう。 その内側に何があるかはわからず、部屋のかたちも大きさも分かりません。 暗闇に侵入したあなたはときに恐ろしくなるでしょうが、また別のときにはとても心地よく感じるでしょう。 そこでは、奇妙なものをたくさん目撃できます。 目の前に、形而上学的な記号やイメージや象徴がつぎつぎに現れるんですから。 それはちょうど、夢のようなものです。 無意識の世界の形態のようなね。 けれどもいつか、あなたは現実世界に帰らなければならない。 そのときは部屋から出て、扉を閉じ、階段を昇るんです。
 本を書くとき僕は、こんな感じの暗くて不思議な空間の中にいて、奇妙な無数の要素を眼にするんです。 それは象徴的だとか、形而上学的だとか、メタファーだとか、シュールレアリスティックだとか、言われるんでしょうね。 でも僕にとって、この空間の中にいることはとても自然なことで、それらのものごとはむしろ自然なものとして目に映ります。 こうした要素が物語を書くのを助けてくれます。 作家にとって書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなものです。

村上春樹インタビュー集1997-2011『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』P.164-165「書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの」


こういう能力は詩人の才能でもあるだろう。 詩人であり、作家でもあった20世紀アメリカのロバート・ネイサンは、その様子をこのように描写する。

作家は宇宙のまんなかに座る

 ぼくは執筆作業に戻った。 少しずつ心のなかで子どもたちの声が遠のいていき、あの時を超越した感覚が起こり、すべての地平線がそのなかに消えていく。 作家は宇宙のまんなかに座り、何も動かない。 時間がじっと立ち止まる。 そして鳥や波や子どもたちの声と、風と木の葉と砂ぼこりとコオロギと遠い音とがまざりあい、ひとつの沈黙のなかに消えていく。

ロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』P.177「それゆえに愛は戻る」第二章


ボクがはじめてこの体験をしたのは、9歳の運命のクロスポイントの頃で、小学四年生のことだったとおもう。

そのとき、毎朝一人ずつ自作の詩を発表するという宿題が出されていたのだけれど、担任の先生は芸術肌の人だったので、「こんなものは詩ではない」と容赦なく一蹴していた。 おかげで中には泣き出す生徒までいて緊張感あふれる朝が展開されていた。 その時間をなんとかやり過ごすには、討ち死に覚悟で突撃するか、幽体離脱を決め込むか、二つに一つしかないように思われた。 もしもその場が小学校の教室でなければ、何人かが脳卒中または心臓発作を起こして救急車で運ばれていたことだろう。 それはそんなときに起こった。

その体験は小学生のボクにとって、ちょっぴり怖いものでもあった。 その詩は茶の間で書いたのだけれど、テレビの音や家族の話し声が遠くでこだましているかのように聴こえなくなり、沈黙と静寂の中に独り取り残されたとき、最初から最後まで完成した形で浮かんできた。 タイトルは『ごみ箱』。 どんな詩だったのかはもう覚えていない。 穢れを知らない素直な子供が書いたという感じのかわいらしい作品だった。

「みんなわかるか。これが詩だ!まだ幼さが残るけれど、これが詩なんだ!」

どうやらその担任の先生は本当に芸術のわかる人だったらしい。 ボクが静寂の中から拾い上げた『ごみ箱』を、画用紙に書いて黒板の上に張り出すくらいの絶賛ぶりだった。

とはいえ創作した状況が状況だっただけに、「まあ、当然だろうな」とボクは思ったし、さして嬉しくもなかった。 それは「まだ幼さが残る」と指摘されたように、まったく深みのないものだったからだ。

矢印マーク ジェニーの肖像(創元推理文庫)

芸術家と愛の物語二編
何であんまり有名じゃないんだろ?
ロバート・ネイサン
すげえ天才作家がいたもんだ


才能の油田

当時はまだ阿久悠(あくゆう)という天才作詞家が活躍していた時代で、ボクは彼の作詞による歌を聴いて育っていた。 阿久悠は不器用ながらも愚直に生きる人間像を好んで描いた作詞家で、その歌詞は幼いボクの人格形成にはかりしれない影響を与えた。

ところが戦後の混乱期を終え、この国が「JAPAN AS No.1」などとおだてられて世の中が浮き足立ってくると、精神の未成熟なクリエイターの手になる歌が流行るようになった。 さらにバブル景気が崩壊して過去の栄光を引きずるようになってからは、聴く価値のある歌はほとんど聴こえてこなくなってしまった。 まさに歌は世につれ世は歌につれ。 人心の荒廃するとき、まずは歌から廃れていくのだ。

そんな時代には阿久悠のように精神の深みから言葉を拾いあげてくるタイプの作詞家は求められない。 幼さの残る歌詞がもてはやされるため未成熟な精神の持ち主でも芸術家― アーティスト ―を名乗ることができる。 たしかに、そんな彼らも静寂の中から拾い上げた歌を創作してはいるのだけれど、そこには深みが伴っていないのだ。

たとえば村上春樹は自身の才能と村上龍の才能を比較してこう評している。

才能の油田

 彼にはナチュラルでパワフルな才能が備わっています。 彼の立っている地面のすぐ下には、才能の油田みたいなものが豊かにある。 でも僕の場合、その油田はとても深いところにあるので、苦労して掘り下げなくてはなりません。 それはとても骨の折れる作業です。 そこに着くまでに時間もかかるし。 でもいったんそこにたどり着けば、僕は落ち着いて、自信を持って仕事に取り組むことができます。

村上春樹インタビュー集1997-2011『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』P.259-260「何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない」


はっきりとは言っていないけれど、要するに「村上龍は未熟者だ」と言っているのである。

その違いの原因は、どれだけ自我を完成し、放棄しているかに尽きる。 自我の完成している人物ほどより深い位置に才能の油田があり、自我の完成からさらに自我の放棄へと進めば、もっと深みのある作品が生まれてくるものなのだ。 だから芸術家のぶつかる才能の壁というのは、すなわち、自我の壁にほかならない。

阿久悠の作詞した歌のなかに、そんな才能の壁にぶつかった詩人の歌がある。

もしもピアノが弾けたなら
思いのすべてを歌にして
きみに伝えることだろう

雨が降る日は雨のように
風吹く夜には風のように
晴れた朝には晴れやかに

だけどぼくにはピアノがない
きみに聴かせる腕もない
心はいつでも半開き
伝える言葉が残される
ああ、あぁ… ああ、あぁ…
残される…

(作詞:阿久悠 作曲:坂田晃一『もしもピアノが弾けたなら』)

心の奥底に眠っている才能の油田までどうしても突き抜けられない。 なんとかして自分の言葉で伝えようとしているものとはどういうわけか違ってしまう。 ボクが小学四年生のときに感じたもどかしさを、阿久悠がすでに表現していたものだから、こんな詩を書けなければ本物ではないとボクはおもったのだ。

やがて大学生となり、ギターを弾いて歌を作っていた22歳のとき、たった一曲だけ静寂の中から拾い上げた歌ができた。

呼び止めないでおくれ
からかわないでおくれ
オレは人より眉毛が濃いけど
別に困ってるわけじゃない
オレはただのウブな社長さ

まがり角でオレは
ほんの少しだけコケた
オレのかあちゃんは料理が上手いけど
別にどうってわけじゃない
オレはただのウブな社長さ

オレは何だかこのごろとってもスパーク
二人きりでも独りでやっぱりスパーク
今日はなんだか陽射しが強くて
ナンとカレーがナンともスパイシーだナン

シャバダドゥビ シュビドゥビ シュビドゥバ…

(布施仁悟『ウブな社長』)

ナンじゃこりゃ…。 『ごみ箱』を作詩した小学四年生のときから、まったく進歩していないどころか、よりひねくれていた。 しかもそれは井上陽水の歌集にある言葉を適当に組み合わせたようなもので、“本当の自分の言葉”を失ってしまっていることがわかった。 心は半開きどころか、完全に閉じてしまっていたのだ。

<<いまのボクには…伝えるべきものが…何もない…>>

ボクの青春はそのとき終わった。

(2016.1)

桃雲水

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