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【坐禅作法100】陽水とみゆきの快楽

ちょっとはマシな坐禅作法 陽水とみゆきの快楽〜アニムスの歌を聴け1〜

Presented by

〜アニムスの歌を聴け1〜


41歳の臘八接心を終えて

2015年12月8日。41歳の臘八接心(ろうはつせつしん)が終わった。

毎年12月1日から8日というのは、この時期に釈迦が菩提樹下に坐って悟ったという故事にちなんで、禅の修行者はひたすら坐る。 ボクも「今年こそは身心脱落してやる」なんて思いながら坐ったのだけれど、例年どおり、そんなことはなかった。

35歳からずっと作家志望のくせに、小説の習作は37歳の夏以来一行も書いてこなかった。 というのも、その37歳の春に『ちょっとはマシな坐禅作法』という名の坐禅体験記の設計図が見えてしまったからで、それからの4年間というもの<<オレに小説を書かせろ!>>と思いながら坐禅体験記ばかりを書き続けてきたのだ。

とはいえ振り返れば、その作業自体が作品をひとつ書きあげるための訓練になっていて、その最中に学んだことが財産となっている。 それが<<もはやボクに書けないものは何もない>>という自信につながっているのだ。 それは簡単に言ってしまえば…

意外性は必然性を追いかけた先に待つ

というようなことだろうか。 極力自我を介在させずに必然にまかせていると作品はあるとき勝手に踊り出し自律的に成長していく。 私の仕事はその成長の様子を文字に書き取ることだけだったのである。 いま、この原理を応用すれば何でも書けるはずだ、という確信めいたものが生まれている。

その『ちょっとはマシな坐禅作法』は、2015年11月に大団円を迎えて、いよいよ小説と向き合おうとしていたから、<<臘八接心の間に物語のインスピレーションが降りてこねえかな>>なんて淡い期待を抱いてみたものの運命はそれほど甘くなかったようで…。

とりあえず、ボクの創作の原点である井上陽水と中島みゆきの歌を聴いてみることにした。

大学生の頃、ギターを弾いて歌を作ろうとしたことがあるのだけれど、そのとき圧倒されたのが井上陽水と中島みゆきだった。 この二人の創作は同じ型に従っていて、最初に歌った主題を年齢を追うごとに掘り下げていき、その意味を明らかにしていくという型がある。

赤雲水

井上陽水の場合

黒雲水

たとえば井上陽水なら最初に歌った主題は『夢の中へ』だろうか。

探しものは何ですか
見つけにくいものですか
カバンの中も机の中も
探したけれど見つからないのに

まだまだ探す気ですか
それより僕と踊りませんか
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか

(井上陽水『夢の中へ』より)

これは23-25歳の厄年における作品で、求道者としての旅立ちの時期に「僕と一緒に行ってみませんか」と同年代の人たちを誘っているのである。 そして修行期間を抜ける40-42歳の大厄の作品が『少年時代』だ。

夢が覚め 夜の中
永い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき

夏まつり 宵かがり
胸のたかなりにあわせて
八月は夢花火 私の心は夏模様

(作詞:井上陽水 作曲:井上陽水・平井夏美『少年時代』より)

夢から覚めてみたら、もう永い冬は窓を閉じていて、私の心は冬の影響なんか受けない夏模様だ、と歌っている。 ただパッと咲いてシュンと散る夏の花火のような夢幻劇が続いているばかりだと。 事実、この作品の収録されたアルバム『ハンサムボーイ』から井上陽水の作風はすっかり垢抜けてしまったのだ。

矢印マーク ハンサムボーイ

1990年―井上陽水42歳のアルバム
『少年時代』収録


中島みゆきの場合

一方の中島みゆきの主題歌といえば『時代』だろう。

旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今日は果てしもなく
冷たい雨が降っていても

めぐるめぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩きだすよ

(中島みゆき『時代』より)

これは輪廻転生と運命周期を歌った作品で、彼女はまず手始めに、故郷の浄土を出発して再び浄土に帰る旅について謳(うた)いあげた。 その後、この主題が彼女の作品の根底にいつでも流れることになる。

たとえばこれは『ホームにて』。 やはり23-25歳の厄年の頃の作品で、井上陽水の『夢の中へ』と同じく同年代の求道者を誘っているのだけれど、彼女の誘い方は郷愁的で実に巧みだ。

ふるさとへ向う最終に
乗れる人は急ぎなさいと
やさしいやさしい声の駅長が
街なかに叫ぶ

振り向けば空色の汽車は
いまドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では
帰りびとが笑う

走りだせば間に合うだろう
かざり荷物をふり捨てて
街に街に挨拶を
振り向けばドアは閉まる

(中島みゆき『ホームにて』より)

彼女の歌う“帰りびと”とは浄土へ帰る求道者のことだ。 ネオンライトの灯る俗世の街を背に故郷の浄土へ帰る求道者の旅の出発点を駅のホームにたとえているわけである。 そして歌はこう続く。 この表現力にはまったく圧倒されてしまう。

たそがれには 彷徨う街に
心は今夜もホームにたたずんでいる

ネオンライトでは燃やせない
ふるさと行きの乗車券

(中島みゆき『ホームにて』より)

求道者なら25歳の頃に人生の決断を迫られ、何らかの行動を起こしてきていることだろう。 地を這(は)う凡人のレールと空に向かう幸せのレール。 どちらのレールを選ぶのか。 その決心がきまるまでの心境はこんな感じだったはずである。

しかし、ここで彼女は「ためらってはいけない」「もう後もどりできる場所は街にはない」などとストレートには表現しない。 かわりに「振り向けばドアは閉まる」「ネオンライトでは燃やせない」と寓意(アレゴリー)を含ませて歌う。 韻文形式の詩はこうやって“ふるさとへ向う最終に乗れる人” ― すなわち準備のできた人の郷愁をかきたて心にわだかまりを植えつけるのだ。

矢印マーク あ・り・が・と・う

『ホームにて』収録


<<何でこの人たちはこんな芸当ができるんだろう…>>

そんなため息を残したままボクの大学時代は終わった。 大学では哲学の講義だってそんなことは教えてくれなかったから、当時は井上陽水と中島みゆきが何を歌っているのかさえわからないまま、創造意欲を刺激するその歌に酔うばかりだった。 どうやらボクは人生に本当に必要な哲学を陽水とみゆきの歌に学びながら心にわだかまりを植えつけていたらしい。 そうして41歳になったとき、ようやくその創造の秘密のワカる地点まで来ていたのである。

ボクのこれからの活動の主題となる作品。 そんな小説を生み出したいとおもった。

(2015.12)

青雲水

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