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【坐禅作法96】見性ピラミッド

ちょっとはマシな坐禅作法 見性ピラミッド〜縁覚道の地図16〜

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〜縁覚道の地図16〜


古代ギリシア人の余興

世界史を学んでいると不思議な感覚になることがあった。

何の関係もないようにみえる洋の東西で起こった出来事が、シルクロードとは別の何かでつながっているような。 東洋と西洋は互いに無いものを持ち合うようにあらかじめ計画されているような。 そんな感覚だ。

そのせいだろうか。 人類の思想史において奇跡の起こった2500年前。 中国には老子・荘子、印度には釈迦・迦葉、ギリシアにはソクラテス・プラトンが出たけれど、各々の思想は互いにどこか欠けていて統合されるのを待っているのではないか。 そんな気がしてしまうのだ。

私は大学で西洋哲学を専攻したこともあって、禅(ZEN)や道(TAO)にアプローチするにあたっても、ギリシア哲学が基礎となっている。 おかげで、ちょっと斜にかまえて坐っているところがあるのかもしれない。

これから展開する悟りの軌道理論の詳細は、悟りの階梯に幾何学的な法則性を見出そうというギリシア哲学ゆずりの試みで、悟りを神秘のヴェールに包んでおこうとする東洋人の美意識を逆なですることにもなるだろう。 それはたとえば、シンデレラが念願の王子様と結婚したら お城暮らしに飽きて自殺を遂げた、というたぐいの悲劇の結末を告げるかのようで、なんだか申し訳ない気もするのだけれど、こんなものは間違って21世紀の日本にタイムトリップしてきた古代ギリシア人の余興にすぎない、と思って容赦願いたいところなのである。

赤雲水

運命の試練モデルから浮かび上がる事実

黒雲水

東洋思想のあいまいさには まったく辟易(へきえき)してしまう。

もちろん そのすべてを否定するつもりはない。 不立文字とすべきところは不立文字としたらいいのだ。 とはいえ明確にすべきところまで お茶をにごす必要はないわけで、白だか黒だかはっきりさせようとしない、その態度が気に入らないのである。

R・シュタイナーの説く運命の試練モデル(布施仁悟型)
第一の火の試練モデル(布施仁悟型)
バベルの試練モデル(布施仁悟型)
第二の水の試練モデル(布施仁悟型)
図・布施仁悟(著作権フリー)


33歳における第二の結節解放時に頭頂開を体験したことから、同じ状況を説明しているとおぼしき中国道教の大周天や印度ヨーガのクンダリニー覚醒について調べてみたのだけれど、自分の体験が本当にそれに相当するのか、どんな文献を読んでみたところでさっぱり判別できなかった。
(参考:「第二の結節解放時の頭頂開」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法13】クンダリニー覚醒と小周天)

東洋人はこれだから困る。 とくにチャイニーズは、いい加減さを開きなおって、なおかつ、からかっているようなところがあるため、「ゼッタイトモダチニハナレナイ」と思った。 おおよそ中国道教の文献というものは、自分の直面している状況が切実であればあるほど途方に暮れる。 そんな風に編まれているようにすら思えてくるのだ。

あいまいな大周天

というのは、人によって、仙道書によって、大周天の意味するところがまったく違うのだ。
たとえば、ある仙道書には、大周天とは、足の先まで気が行くようになった状態だと書いてある。 ほかの本では、陽気が衝脈(しょうみゃく)を通り、頭頂を突き抜けた状態といっている。 また別の本には、意識しないでも気がめぐるようになった状態だと示されている。
このほかにも、さまざまな大周天と名づけられた状態が示されていて、いったい、どれが本当の大周天なのかさっぱりわからないのである。

(高藤聡一郎『秘法超能力仙道入門』P.210「第5章 大周天の行を完成して超人の世界へ入っていく」)


なぜ大周天と名づけられているものは文献によって さまざまな違いを生じているのか。

私の場合は、32-36歳のあいだに三度の結節解放現象を体験し、そのうち二度の体験においてクンダリニーが脊髄を上昇して頭頂から突き抜けた。 そこでおそらくチャイニーズの性格からして、そうしたクンダリニー活性現象を段階別に論じることなく、いずれも“大周天”と呼ぶのかもしれない、と彼らの思想的背景と和解するように努めた。 このおかげでチャイニーズとちょっぴりトモダチになれたような気がする。

かくして大周天は一度きりではないとすると、いったい大周天は何度あるのか、ということが問題になってくる。 この点については「大周天は合わせて七回ないし八回あると想定しなければ辻褄(つじつま)があわなくなる」と私は考えるようになっていった。 たとえば禅の十牛図で知られる見性の階梯は、もともと八牛図として完結していたものに二枚の画を付け足したものである。 この数字は蓮華(チャクラ)の開花を七段階で説明する印度ヨーガの概念に近似していて、それぞれ別の事柄を意味しているとは考えられなかったからだ。

そこで十牛図に示されている見性の階梯と大周天のようなクンダリニー活性現象の相関関係を、古来の文献に沿って解明してやろうと思ってきたのだけれど、この分野における先進国である中国の表現は水墨画のように解釈の余白を残したものであり、一方の印度の表現はカレーのスパイスのように多彩な刺激に充(み)ちていた。 つまり、かえって要点をあいまいにする仕掛けになっていたのである。

そこに ようやく解明の糸口を見つけ出したのは32歳からの声聞道九年間を歩みきった41歳になる頃で、やはりこうした分野の文献というのは、実際に自分で体験してみないことには理解できないのかもしれない。 したがって まだ見性の内的体験を透過したことのない修行者には難しい内容だろうけれど、あらかじめ下ごしらえをしておいても無駄にはならないだろう。 とりあえず私の32-41歳までの声聞道九年間の体験を分析してみることにしたい。

まず32歳における悟りの軌道参入から火・バベル・水と続いた運命の試練をまとめて図示してみると、こんな構造が浮かびあがってくる。

化城啓示の構造
図:布施仁悟(著作権フリー)


32歳で「オマエの願いは聞き入れられた」という内なる声を聞いて悟りの軌道に参入。 3年後の35歳の誕生日に「現代の法華経を創造してみたい」と武者ぶるいとともにひらめき、それを使命の啓示として文章修行を開始した。 さらに3年経過した38歳の誕生日直後の京都旅行のこと。 キーパーソンである父親の見限りに成功して出家を果たす。 ほどなくして真の眠りを初体験して創造のカラクリを知ったものの、「韻文をモノにできない」という才能の壁にぶちあたる。 やがて41歳の誕生日を迎えたとき、ツインレイのからくりを知り、天職遂行に当たっての伴侶の啓示を受けた。

こうしてみると、どうやら“聞く耳”が開いているかどうかを三年ごとに試されるものらしく、そこで及第点を得られると、次に目指すべき“化城(まぼろしの城)”を啓示される仕組みになっているようなのだ。

化城(まぼろしの城)とは、法華経の「化城宝処の比喩」にある概念で、修行者は修行の各段階で蜃気楼に浮かび上がる空中楼閣みたいなものを見せつけられ、そこを目指すことを動機として運命の試練を乗り越えていく。 修行の階梯はそんな仕組みになっていることを教えるありがたい譬え話である。
(参考:「法華経―化城宝処」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法75】妙法蓮華経とは何か)

とくに興味深いのは運命のクロスポイントのある38歳だろう。 その誕生日を迎えた直後に待っている選抜試験に合格できないかぎり、次の段階への扉は開かれない。 逆に、それまでに植えてきた“業種子(ごうしゅうじ)”によっては、転落の方向へと運命の歯車が回りはじめるからだ。 したがって38歳にある運命のクロスポイントを首尾よく乗り越えられたなら、胸を張ってこう宣言できるのではないだろうか。

「何はともあれ日頃の精進の結果なのさ。やれるもんならやってみな」

では次に見性の内的体験とクンダリニー活性現象をここに重ね合わせてみよう。

見性の内的体験とクンダリニー活性現象の相関
図:布施仁悟(著作権フリー)


まず32歳春の誕生日を迎えた頃にチベット体操の本を手にして実践してみたら、いきなり延髄の経穴が活性した。 さらにその秋、パラマハンサ・ヨガナンダの講和集『人間の永遠の探求』の一節を読んでいたときに興菩提心体験をして号泣。 内なる師との遭遇を果たした。 その後、懺悔の行をしていたときに第一の結節解放に至る。
(参考:「興菩提心」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法30】興菩提心)

次は33歳。 その夏に受けた面接をきっかけにしてぷっつん体験。 その直後にヨーガの呼吸法や心随観の技法を知って本格的に坐禅修行を実践しはじめる。 その数ヶ月後の秋には真実のぷっつん体験への昇華に成功。 リトル仁悟と対峙して一槌を決めた。 ほどなくして第二の結節解放に至り、この頃から経典の読誦を習慣にする。 やがて36歳の秋に言葉の処方箋が完成し、ちょうどその頃に第三の結節解放を体験した。

いまだによくわからないのが38歳の出家体験以降の現象で、頭頂から身体が抜けて天井に浮いていくような感覚を得ることがあった。 第一回2012.8.29、第二回2012.10.16、第三回2013.1.14、第四回2013.3.25、第五回2013.9.27、第六回2016.8.3。 この幽体離脱現象は確認できた範囲で38-39歳の間に体験した計五回に加えて42歳で体験することになった一回。 印度ヨーガの概念にあるイダー・ピンガラの結節点の解放現象ではないかと思っているのだけれど、いまだによくわからない。 40歳になった2014年の秋からは、頭頂から抜けるのではなく、逆に頭部にできた中心点(気の流入口)が下降してくる現象も始まった。 こちらは第一回2014.9.26、第二回2014.10.29、第三回2015.5.24。第四回2015.8.20[眉間の結節解放現象(後ほど解説)]、第五回2016.3.14。 四度目からは眉間が震動するようになったから、どうやらこの下降現象は眉間の第三の眼となんらかの関係がありそうだ。
(参考:「イダー・ピンガラ」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法53】体幹を調える簡易望景内 矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法58】じっくり効かせる望景内4)

こうしてみると、私の場合はクンダリニー活性現象を伴う蓮華(チャクラ)の開発過程が見性の内的体験と完全に一致していたことがわかる。 おそらく心随観による自我暴露を修行の中心に据えているかぎり…

1.クンダリニー活性現象を伴う蓮華の開発過程
2.化城の啓示を伴う運命の試練のカリキュラム
3.内的体験を伴う見性の階梯


この三項目は相互に連繋(れんけい)を保つように厳密に計画されているものらしい。

― 秘伝を受けるにふさわしい人間を作るための道は厳密に定められている ―
(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.024「条件」)

悟りの軌道に入った求道者たちの生態を研究をしてきた私の結論を述べるなら、このR・シュタイナーの主張は正しい。 そこには一定の法則性が認められるからだ。 およそ東洋人というのは西洋人にくらべて心の観察には長(た)けているものの現象世界の観察にはうとい。 おかげで一般的に知られている禅(ZEN)や道(TAO)の修行過程は、いかにも遁世的で日常生活とのバランスを欠き、地に足がついていない事実は誰も否定できないだろう。 坐って心を観察しているだけで蒸気機関やインターネットを発明できると言うならやってみるがいい。 心の観察の成果を現象世界に活かす方法は西洋に一日の長(いちじつのちょう)がある。 われわれ東洋人は西洋人の言説にも耳を傾け、その視点を学ぶ必要があるだろう。 というわけで、次には悟りの軌道に入った求道者たちの生態研究から明らかになった現象世界の事実を記録しておくことにしたい。

矢印マーク 『秘法超能力仙道入門』

この本の記述は古い文献や自身の実体験に基づいている。 何かと参考になるので手元に置いておくといいかもしれない。

ただし、インチキ気功師になってはイケナイので、 かならず見性してから読むようにしましょう。


精神分裂症と見性

私が40歳を迎えた頃から坐禅修行には精神分裂症のリスクを伴う事実が判明してきた。 それはすでに述べた通りなのだけれど、 そのとき私が当惑したのは、精神分裂症患者となった修行者たちが蓮華の開発過程や運命の試練のカリキュラムを私よりも先行して体験していたにもかかわらず、コミュニケーション障害や幻覚障害を発症していたことだった。 それは三項目は相互に連繋(れんけい)を保つと思い込んでいた私にとって、まったく想定外のことで、反面教師としての彼らの生態を研究する必要性を感じたのである。 そこでまず最初に立てたのが、こういう仮説だった。

1.クンダリニー活性現象を伴う蓮華の開発過程
2.化城の啓示を伴う運命の試練のカリキュラム


この2点については、悟りの軌道に入った求道者なら、とくに何もしなくても自動的に進行していく。 ただし、この点についてはそういうわけにはいかない。

3.内的体験を伴う見性の階梯

精神分裂症は見性の階梯を昇りはじめることに失敗した場合に発症してしまうのではないかというものである。 結論から言うと、どうやらこの仮説は正解だったようなのだ。

とにかく蓮華の開発過程と運命の試練のカリキュラムの自動進行は非常に厳密である。 たしかに遺伝的な素質や集中力それから運動とか食生活などの生活習慣の影響も多少はある。 そのため個人差はあるようなのだけれど例外はほとんどない。 その様子をみていると、蓮華の開発過程については、乳歯が抜け代わる幼年期や初潮とか声変わりを迎える青年期の成長過程のように不可避的であり、運命の試練のカリキュラムについては、たとえ登校拒否をしていても卒業だけはさせてもらえる義務教育課程のように事務的である。 そのため、瞑想時の体験内容や修行者の置かれている環境さらには年齢を聞けば、悟りの軌道に入ってからの経過年数をおおよそ推測することができる。

しかしながら見性の内的体験については“自動的に”起こることはない。 心随観による自我暴露を求められてくるからだ。

見性の内的体験(布施仁悟の場合)
興菩提心体験


突然、今まで流したことのない涙が溢れ出てきて止まらなくなったのである。 自分が情けないのか、ありがたいのか、その涙の理由はさっぱり理解不能。 心の奥底にもう一人の自分がいて、そいつが泣いているような感覚だった。

この法悦の涙をはじめて知ったとき心に浮かんでいたのは因果律である。 いくら環境を変えても、必然的に同じような出来事や人物に出会い、同じような苦悩に直面させられてきた人生の法則に思いをはせていた。

そして、この時はじめて自分の心をどう組み替えたらいいのかを知った。 つまり、人生の変え方、道の開き方が分かってきたのである。

矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法30】興菩提心
真実のぷっつん体験


そうして、“ぷっつん体験”から半年くらい経ってからだろうか。 私は己れの心の中をまじまじと観ることになる。 そして、そこに小さな自分を見つけた。

「ボクは勉強ができなくなったわけじゃない」

その小さな自分“リトル仁悟”は、たしかに、そう語っていたのだ。

要するに、こういうことだったのである。 私は高校に進学すると、あまり成績が揮(ふる)わなくなった。 そのとき父親からの期待を裏切ることになるのを虞(おそ)れて、その事実を認められなかったばかりに、『偏差値50から早慶を突破する法』なんて本を手にし、つまらない正論をでっちあげ、それにすがって身をやつしてきただけだったのである。

「何だオマエ、そんなことで…。いつまでも身構えてんじゃねえよ、バカ」

私は、そのリトル仁悟をなだめ、分裂していた己れの人格を統合した。 正論をかざして人の心の弱さを責めるより、正論で身を鎧(よろ)った己れの高慢を知るほうがずっといい。

矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法74】自分探しの旅


見性の内的体験とは、このような苦しみの原因を己れの中に探り当てることであり、心随観とは、苦しみを直視することから逃れるために張りめぐらせている自我の罠、すなわち、己れの思考パターンを観察し続ける自我暴露にほかならない。 そのため見性は、普段の観察の延長線上にしかなく、その観察が極まったこところで突然おとずれる。 たとえるなら、ある朝いつもどおり郵便受けに新聞を取りにいったところ一面記事の見出しを読んでびっくりした、というような何の変哲もない日常的体験なのだ。 しかしながらそれは不変的な心の変容をもたらす。 内的体験を重ね見性の階梯を一段昇るたびに、苦しみの原因は次第に取り除かれていく。

蓮華の開発や運命の試練のカリキュラムの自動進行の過程では、禅定や三昧と呼ばれるような変性意識状態を体験することがある。 しかしながらそれは、必ずしも見性の証(あかし)ではない。 見性の内的体験を重ねて苦しみの根本原因を取り除かないかぎり、何の意味もないのである。

そこでニサルガダッタ・マハラジの『アイ・アム・ザット』には三昧(サマディ)について、こう述べられている。

ニサルガダッタ・マハラジの語る三昧(サマディ)

結局、サマーディは特別な状態ではないのだ。 マインドが強烈に興味を持っているとき、それは興味の対象とひとつになる。 見る者と見られるものは見ることのなかでひとつとなり、聞く者と聞かれるものは聞くことのなかでひとつとなり、愛する者と愛されるものは愛することのなかでひとつとなる。

(ニサルガダッタ・マハラジ『アイ・アム・ザット』P.308-309「61 物質は意識そのものだ」)


ニサルガダッタは「禅定(ディヤナ)や三昧(サマディ)は要するにマインドの状態にすぎない」として、こうした変性意識状態は不変的な心の変容をもたらす見性とは何の関係もないことを指摘する。

ニサルガダッタ・マハラジの語る見性

変わったにもかかわらず、それに気づかないでいる。 そのような劇的ではない場合のほうがしばしばもっとも信頼のおけるものなのだ。

(ニサルガダッタ・マハラジ『アイ・アム・ザット』P.309「61 物質は意識そのものだ」)


見性は、己れの中に巣喰う苦しみの原因を看破するというただの泥くさい心境の変化であり、劇的な神秘体験とは無縁の代物なのである。 それは人格を抑圧して分裂させた原因を洞察して、人格を統合する糸口を見つけることでもある。 そのためには己れの自我のはたらきをごまかさずに観察して、その手口を暴露しなければならない。

ところが現代の坐禅修行者というのは白隠禅師にはじまる悪しき伝統にたらしこまれて、変性意識状態を見性と呼ぶ傾向がある。 そのため坐禅修行の最初に変性意識状態を体験してしまうと、見性の階梯を一段も昇ろうとしなくなり、それ以降の年月を無駄にやり過ごしてしまうことになるらしい。

32歳で精神分裂症を発症した修行者もまた25歳で体験した変性意識状態を見性と勘違いしたことが悲劇のはじまりだった。 私が「自我暴露」や「内的体験」と呼んでいるものを、彼は「変性意識体験を得ること」と思い込むようになっていたため、まったく話が通じなかったのである。

25歳の悲劇 〜勘違い見性〜


僕は旅に出て見性しました。
家から離れたところで自性に遭遇したのです。
そしてその自性に育てられました。


この彼のコメントからは25歳で体験した変性意識状態を見性と思い込んでいることが読み取れる。 やがて見性しようとしないまま30代を迎えた彼は精神分裂症の徴候をみせはじめた。

己れの自我のはたらきをごまかさずに観察することができなければ、自分に都合の良い話ばかりを受け入れて、自分に都合の悪い話には聞く耳を閉ざすようになる。 すると己れのオツムを疑うことがなくなり、人の言うことを自分勝手に翻訳して解釈するようになる。 それがコミュニケーション障害。 精神分裂症の典型的な初期症状である。

以下は33歳になった頃の彼のコメント。 コミュニケーション障害が確実に進行し、すでに文章読解能力を失っている。 かなりの重症となっていることがわかるだろう。

30歳の悲劇 〜変性意識体験の呪縛〜


25歳の時は入口ですよ。
招待を受けたのですから。
何を見性とするかは人により、まちまちでしょうけど。
無駄にしたとか勝手に評価してくれますが、それなりに人生を謳歌していた時期です。

30歳の時に変性意識下に潜り込むことに成功しました。
あなたが見性と定義するのはここでしょうね。おそらく。
内的体験を伴う見性の階梯というのもこれでしょうね。
成熟の過程でもありますから。

32歳と言うのは見性の果てです。


「己れの中に巣喰う苦しみの原因を看破するというただの泥くさい心境の変化」という見性の真意は、その内的体験を実際に透過してみなければわかるはずもない。 その内的体験を透過したことのない彼は変性意識を体験することが“成熟の過程”であり“見性の証(あかし)”だと思い込むことで透過したつもりになっているのである。 彼の言う「見性の果て」の32歳になったとき幻覚障害を発症したにもかかわらずだ。 彼が曲がりなりにも普通の人と同じような意志の疎通をはかれるようになったのは、精神科でドーパミンを抑制する薬を処方された後からだった。

やれやれ…東洋人というのは、21世紀という精神医学の発達した現代にもなって、なんだって前近代的な白隠の亡霊にとりつかれなくちゃならないのかね。

矢印マーク 『アイ・アム・ザット 私は在る』

結局このニサルガ・ヨーガに行き着いたのは驚きだ。
ニサルガダッタ・マハラジはあまりにクール。
そのため当初は冷徹な印象を受けたものである。
でも実はそれが本当の慈悲であり愛だった。
愛は神であり、神は愛である。
ゆえに愛はパラドックスである。

青雲水

精神分裂発症の危機からの生還

緑雲水

悟りの軌道に入るということは20世紀の精神医学者エレンベルガーの発見した創造の病を患うことでもある。 エレンベルガーは「創造的な思想や真理を発見する人々は長年の神経症的状態を経験している」ことを発見した人物なのだけれど、彼が研究対象としたフロイト、ユング、ニーチェ、フェヒナーは、要するに悟りの軌道に入った求道者たちだったのである。 すなわち精神分裂症を発症し発狂する寸前まで精神的に追いつめられるからこそ、見性して創造的知性(ミューズ)を目覚めさせることができるのだ。
(参考:「創造の病」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法19】『創造の病』の禅的解剖学)

もちろん私の場合も例外ではなかった。 精神分裂発症に至る過程を途中まで辿ったことろで、ようやく苦しみの原因を看破して見性することで、なんとか生還してきたようなものなのである。 一歩まちがえていれば、今ごろ精神病院に通院していてもおかしくはない状況まで追いつめられていた。 精神分裂症を発症する原因は、乗り越えてしまえば実にくだらないことなのだけれど、その根本原因を看破するまでは誰もが発症の危険性がある。 つまり、程度の差こそあれ、誰もが精神分裂発症の因子を抱えていると言ってもいいのだ。

坐禅修行者にとっての問題は、悟りの軌道に入ると蓮華の開発過程が自動的にはじまり、頭脳分裂の時節に向けて肉体が変性していくため、その因子が表面化してくることにある。 それを乗り越えさせるために運命の試練のカリキュラムがあると考えればいいだろう。 つまり運命の試練のカリキュラムを乗り越えることで苦しみの原因を看破していくと、蓮華の開発過程と見性の内的体験のバランスをとることが可能になってくる。 たとえば印度ヨーガで「修行をはじめると蓮華の中に眠っていたカルマが吹き出してくる」などと説明されるのは、おそらくこの現象を語っているのだ。

また20世紀の精神医学者ユングなどは、精神分裂症の治療法を研究するなかで32-38歳の間に精神分裂症を発症する患者が多いことに気づき、それを生の転換点(レーベンス・ヴェンデ)と名づけた。 しかもその学説は、ユング自身が精神分裂発症寸前まで追いつめられ、そこから生還してきた実体験から生まれている。
(参考:「興菩提心」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法39】想像から創造へ)

そこで、ここからしばらくは同士ユングの自伝に倣(なら)って私の陥った精神分裂発症の危機について解説を残しておこう。 私の辿った経緯を振り返るにあたっては、矢印マーク 『こころのクリニック』というインターネットサイトを参考にした。 精神分裂(統合失調症)発症に至る過程をよくまとめてある精神科医のサイトである。

矢印マーク ユング自伝―思い出・夢・思想 (1)

「ユング、オマエもかっ!」
禅者なら体験できて当たり前。
悟境確認用に禅者の家に一冊いかが?


まず精神分裂発症の原因はいくつか考えられるそうなのだけれど、私のケースではこの二点に集約されていた。

原因1:このままでは周囲に取り残されてしまうという焦燥感
「自分は同年代の人たちの成長についていっていないのではないか」
「自分ひとりが取り残され落伍してしまうのではないか」

原因2:周囲の期待に応えなければならないという責任感
「自分の能力は絶対的に不足しているのではないか」
「どうあがいても周囲の期待に添うことは不可能ではないか」

私は26歳の誕生日を迎えようとしていた頃にシステムエンジニアとして働いてた会社を辞めたのだけれど、それはこうした焦燥感や責任感に突き動かされながら生きることに疲れてバーンアウトしたようなものだった。 ところが、そのあと公認会計士の資格を目指して受験勉強をはじめたものの、なかなか合格できなかったものだから、こうした焦燥感や責任感をよりいっそう募らせることになってしまう。

そうした状態がしばらく続くうちに、「自分の人生は運命に見放されている」と考えたり、「何かに追い立てられている」という感覚に陥り、完全に自分のペースを見失ってしまった。 それはやがて29歳になる頃には「自分は何をやってもダメかもしれない」という感覚に発展していく。 おそらくあのまま何も手を打たなかったら、私はめでたく精神分裂症患者となっていただろう。

転機はそんな29歳の頃にやってきた。

29歳の転機


33歳の“ぷっつん体験”以前のボクは公認会計士の看板を印籠にして「うまく世渡りしてやろう」などと姑息な人生設計を考えていた。 ところが、どんなに努力してもなかなか合格できなかったものだから、嫉妬心やら劣等感やらが腹の底にどす黒く渦巻いていたのだと思う。

そんな29歳のときに身体に変調をきたした。 20歳頃に53kg前後で推移していた体重は65kgまで増加。 ダイエットのつもりで再開したテニスでアキレス腱を切った。 ヒョウ疽(そ)にかかり、歯が折れた。 原因不明の湿疹にも悩んだ。 そんな29歳のボクはまさしく“病気のデパート”と呼ぶにふさわしい状態だった。

矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法18】詳説ぷっつん体験


29歳で“病気のデパート”と化したことにより、公認会計士の資格云々(うんぬん)より、自分の肉体や精神のことをしっかりやらなければどうにもならないと思えるようになった。 そこでD・カーネギーの『道は開ける』やベンジャミン・フランクリンの『フランクリン自伝』などを受験勉強そっちのけで読みはじめ、一方で肉体改造に取り組むことになる。 やがて悟りの軌道に入る32歳を迎えたとき、チベット体操の本を手にしたことで肉体改造に成功し、まもなく精神の改造にも本格的に乗り出した。

32歳の転機


ただしボクのオツムの調子は相当狂っていたから、坐禅なんて思いもよらず、 身体を動かして痩せることしか対処法として思い浮かばない。 そのうちランニングや自転車や筋トレの成果が徐々に出はじめたのは31歳頃。

筋肉がついて体重も57kgまで落ちていた。 ところが160cmの三十路男には57kgに壁がある。 その壁にぶつかってからというもの進歩がパタリと止まっていたのだけれど、32歳になるかならないかの春に古本屋で『5つのチベット体操』の本を手にする。

チベット体操をはじめて3ヶ月過ぎた頃。 ついに57kgの壁を越えられた。 「身体を変えられたのだから心も変えられるはずだ」という確信が芽生えはじめ、それが半年後にはどういうわけかこうなった。

「心を変えれば運勢は絶対に変わる」

矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法18】詳説ぷっつん体験


こうして32歳になってからは何冊かの心理学の本を手にするようになり、自分の思考パターンに あらゆる失敗の原因があったことを知るようになった。

とくに印象的だったのは斎藤一人さんの『地球が天国になる話』である。 これは両親の抱えている心の問題がそのまま自分の心の問題になっていることを教えてくれた本だった。

矢印マーク 地球が天国になる話

世間の多くの人たちの心にある劣等感を明らかにし、それを克服する必要性と方法を明らかにした本です。 しかも、わかりやすい。 CDを聴けば本を読まなくてもよいので、時間のない人も大丈夫。


この本を読み終えてから巻末に紹介されていた以下の本も立て続けに読んだ。

苦しみの原因を看破するには、まず正しい知識を身につけることが先決である。 この時期の読書のおかげで、心のどこを観察すべきなのかを学ぶことになり、心随観の技法を知ったときに思いがけず見性してしまったのかもしれない。

矢印マーク 愛の選択

子供が飼い慣らされる仕組みを明らかにし、そこから解放されるためにはどうしたらよいのか?を記した本。 心に深くメスを入れて見性したい人は参考になること請け合いです。

矢印マーク 自分を嫌うな

自分の欠点を覆い隠すと、どのような行動パターンにハマってしまうのか?学者先生の鋭い分析にショックを受けるかもしれません。 ただし、全ては誰の責任でもなく、自分の責任であることを認めたときから、確実に変われます。


このうち加藤諦三の『自分を嫌うな』という本に私は強烈な印象を持っている。 これは両親に飼い慣らされた子供が成長するとどのような行動パターンを示すかを心理分析したものなのだけれど、そのすべてのケースが自分に当てはまるような気がした。 読んでいるあいだは、ずっと<<うわああああっ>>という感じで読み進めるのも苦痛だったのである。 「人生を何とかしたい」という切実さがなければ読み終えることもできなかったに違いない。

こうした本は読み終えた後が重要だ。 たいていの人は、そこで観察の矛先を自分を飼い慣らしてきた両親や教師や世間に向けて責任転嫁をはじめるために見性することができない。 しかし、見性するためには、全ては他ならぬ自分の責任であることを認めて、観察の矛先を己れの心に向けなおし、心の中に巣喰う苦しみの原因を看破する必要がある。

そこで求められる観察の手法は残念ながら禅では詳しく説かれていない。 さいわい21世紀の現代は精神医学がその扉を開いてくれていて、幸運にも私はその本を手にした。 それがCR(Cognitive Restructuring:認知再構成)の本だったのである。
(参考:「CR」矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法32】禅の認知療法的アプローチ)

矢印マーク 脳内復活-脳科学がたどりついた「幸福」の原点

禅にはCR(認知再構成)からアプローチする。それが正解。


この『脳内復活』に掲載されていたCRの手法を実践していたおかげで、のちに心随観の技法について書かれた本を読んだときには、どこをどう観察すべきなのかをすでに知って身に着けていた。 普通はいきなり観察― ヴィパッサナ ―の手法を教わっても、おそらく観察の意味も価値もわからないままに違いない。 ゆえに私は禅の認知療法的アプローチが見性への最短距離だとおもうのだ。

矢印マーク ブッダの瞑想法―ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

坐禅の入門書としては最適な本。というのは葬式仏教の坊主が嘘つきだってわかるから。 だけどね。 ここに書いてある心随観の解説でも不十分なんだよ。そこに気づいたら卒業というわけ。


さて、再掲になるけれど、興菩提心体験と真実のぷっつん体験における私の内的体験をもう一度読んでみてもらいたい。 私はこのとき、みずからを精神的に追い込んできた思考パターンを観察し、それを生み出している根本原因を看破したのである。 まさしくそれが心随観による自我暴露―すなわち“見性”だったのだ。

見性の内的体験(布施仁悟の場合)
興菩提心体験


突然、今まで流したことのない涙が溢れ出てきて止まらなくなったのである。 自分が情けないのか、ありがたいのか、その涙の理由はさっぱり理解不能。 心の奥底にもう一人の自分がいて、そいつが泣いているような感覚だった。

この法悦の涙をはじめて知ったとき心に浮かんでいたのは因果律である。 いくら環境を変えても、必然的に同じような出来事や人物に出会い、同じような苦悩に直面させられてきた人生の法則に思いをはせていた。

そして、この時はじめて自分の心をどう組み替えたらいいのかを知った。 つまり、人生の変え方、道の開き方が分かってきたのである。

矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法30】興菩提心
真実のぷっつん体験


そうして、“ぷっつん体験”から半年くらい経ってからだろうか。 私は己れの心の中をまじまじと観ることになる。 そして、そこに小さな自分を見つけた。

「ボクは勉強ができなくなったわけじゃない」

その小さな自分“リトル仁悟”は、たしかに、そう語っていたのだ。

要するに、こういうことだったのである。 私は高校に進学すると、あまり成績が揮(ふる)わなくなった。 そのとき父親からの期待を裏切ることになるのを虞(おそ)れて、その事実を認められなかったばかりに、『偏差値50から早慶を突破する法』なんて本を手にし、つまらない正論をでっちあげ、それにすがって身をやつしてきただけだったのである。

「何だオマエ、そんなことで…。いつまでも身構えてんじゃねえよ、バカ」

私は、そのリトル仁悟をなだめ、分裂していた己れの人格を統合した。 正論をかざして人の心の弱さを責めるより、正論で身を鎧(よろ)った己れの高慢を知るほうがずっといい。

矢印マーク 『ちょっとはマシな坐禅作法』【坐禅作法74】自分探しの旅


苦しみの根本原因を看破するからこそ、そこから生還するための道筋もみえてくる。 こうして言葉にしてしまうと何だかあっけないのだけれど、これは全然簡単なことではない。 苦しみから逃れるために無意識のうちに張りめぐらせてきた己れの思考パターンが壁となって、その根本原因はなかなか正体をみせてくれないからだ。 それゆえに、たゆまず心随観を続ける忍耐や真剣さ、それを支える勇気と根性などが求められてくるのである。 この実践により、夜がほのぼのと明けるようにゆっくりと無意識の壁は取り払われてゆく。

おしなべて私は、精神分裂発症に至る二つの原因。

原因1:このままでは周囲に取り残されてしまうという焦燥感
原因2:周囲の期待に応えなければならないという責任感

これらをいかに克服するかを追及していったら、思わず知らず見性して“禅”の扉が開かれたのであり、本格的に坐り始めたのも“興菩提心体験”と“ぷっつん体験”という二つの見性の内的体験を透過した後からだった。 それまでは「ただ坐ることを極めようなんてのはバカのやることだ」と本気で思っていたのである。

― 男女にかぎらず まず見性させて さて坐禅さすべし ―
(至道無難禅師『龍沢寺所蔵法語』)

「まず最初に見性してから坐らなければならない」と坐禅修行に伴う精神分裂のリスクに言及していたのは、私の知るかぎりでは至道無難禅師しかいないのだけれど、偶然にも禅師の言うとおりの経過をたどったことは幸運なことだったとおもう。

もしも見性をないがしろにしたまま坐りはじめていたら、やがて私は精神分裂症を発症することになっていただろう。 精神医学によると、そのとき人は「自分の行動や思考が他人に操られ支配されている」と感じるようになってしまうそうだ。 これは32歳で精神分裂を発症した修行者の投稿である。

精神分裂症の発症事例


ユングはフロイトとの関係を終わらせました。その関係を見限りました。

フロイトの理論は個人の持説の域を出ていない。 多様性がない。 彼がその説に固執したのは、性的コンプレックスからの解放が彼の宗教体験の核心なものであったにすぎなかったためでしょうけど、そのために体験に理論を構築して逸脱してしまった。 そしてその意志を英雄的に押し付けようとした。

関係がもはや障害でしかなかったことに気づいた。 またそれを続けなければならないという義務もない。 そうとわかれば遠慮などしない。 そんなものは躊躇わず切り捨てる。

あなたとの関係がまさにそれです。 これ以上続けるのは茶番でしかない。


どういうわけか私に精神的に支配されていると思い込むようになってしまったらしい。 とんだとばっちりである。


見性ピラミッド

しつこいようだけれど、もう一度繰り返そう。 これは長らくないがしろにされてきた普遍の法則である。

九年周期でめぐっている悟りの軌道に入ると蓮華の開発過程と運命の試練のカリキュラムは、望むと望まざるとにかかわらず、自動的に進行する。 そうした現象はもっぱら見性を促す土台にすぎないものであり、必ずしも修行の証果とは言えない。 心随観による自我暴露により、ピラミッドの石段を一つ一つ積み上げるような忍耐と真剣さをもって見性の階梯を築きはじめなければ、精神分裂症を発症して潰れてしまうだろう。 そのリミットは九年。それを過ぎたらジ・エンドだ。

見性ピラミッド
図:布施仁悟(著作権フリー)


今作『かなりキワどい坐禅作法』では、おもに悟りの軌道参入から九年経過後の縁覚道より先の話題を扱うことになる。 十牛図に示されている見性の階梯で言えば、ちょうど四『得牛』に至るあたりからのことだ。 正統の禅者諸君におかれましては、前作『ちょっとはマシな坐禅作法』とその総括として書かれたこの『縁覚道の地図』や次章『アニムスの歌を聴け』を参考に、すべからく三『見牛』の段階までの見性を透過してから挑んでもらいたい。

さて、21世紀現代の坐禅修行者たちが悲劇へと導かれている現状は、蓮華の開発過程と見性の階梯の相関関係を明確にしようとしてこなかった歴代の覚者たちの怠慢にも原因がある。 いよいよ彼らを吊るしあげなければなるまい。 あまり気が乗らないけれど誰もやる者がいないので私がやるしかないだろう。

goriyodomigo

「バカは悟ってもなおらない」とは どうやら字義どおりの現実らしい。 こういうのってすごく困る。

(2015.7)

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