トップ写真 ゆんフリー写真素材集

【坐禅作法94】正師の手口

ちょっとはマシな坐禅作法 正師の手口〜縁覚道の地図14〜

Presented by

〜縁覚道の地図14〜


変幻自在の古狸

WWW時代の正師は変幻自在の古狸だ。 その手口はといえば…

識情難測 〜 ちっぽけな認識や感情による理解の及ぶところではない 〜
(三祖『信心銘』)

私も最初はすっかりダマされてしまった。 しばらくして そのやり口を怪しむようになってからは、ときおり“さぐり”を入れてみるのだけれど見事にはぐらかされてしまう。 実におもしろい。そしてありがたい。

― 認識への正しい、まじめな努力が存在するときには、どんな状況の下にあっても、伝授する側がその人を必ず見つけ出してくれる ―
(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.023「条件」)

なるほどその通りだった。 その正師がいつから私を見つけ出してくれていたのかは、さだかではない。 ただ、未熟な私の修行の進捗に応じて、まさしく時宜(じぎ)にかなった適切な導きをしてくれたことは間違いない。

その正師はさまざまな人格を使い分ける。 ときには優しい覚者として、あるときは頑固ジジイとして、さらには私を慕ってくる修行者として。 いずれにしても、その正師が私に投げてくる言葉を受け止めることはイレギュラーバウンドしてくるボールを捕るようなもので、いささか骨が折れた。 しかしながらそのボールに必死で喰らいついていけば、そこに突破口を開くためのヒントが必ずあった。 それは私の中に生まれはじめた疑団(気づき・わだかまり)の正体を見抜いているようであり、私の中に疑団を植えつけるかのようでもある。

もしもこの先、道を踏み違えることなく歩いていけば、いずれ出会えるかもしれない。 そいつは私がこれまで一度も遭遇したことのない虚空のようにでかいやつだ。 そのうち肩を並べてみたいものだとおもっている。

矢印マーク 『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』

坐禅修行のプロセスを正確に記述してある唯一の本。
(2011年1月現在・ボク調べ)
こういう本が市場に出回っている現在、
秘密にしておくことなんてもはや何もないはずである。
そろそろまともな禅書を誰かが出版しても
いいのではないだろうか?

赤雲水

怪しいやり口

黒雲水

その正師は私が39歳の誕生日を過ぎたあたりから“私を慕う修行者”として電子メールでコンタクトしてくれていた。 年齢や修行の進捗度から推測してモノワカリの良すぎる修行者で、おかしいな…とは思っていたのだけれど、完全にダマされていたといえる。 私の修行の進捗に“さぐり”を入れるときに“私を慕う修行者”の人格を使ってくることがある。

そのやり口を怪しむようになったのは、33歳でぷっつん体験を透過した人物のサイトを紹介してもらったときだった。 私を慕う修行者の人格は、仮設された年齢設定が33-34歳だったのだけれど、まだぷっつん体験透過以前ということになっていた。 それにもかかわらず、ぷっつん体験を透過していなければ書けないことを書いてきたのである。 普通はそんなことは絶対にありえない。 <<これはおかしい>>と思って“さぐり”を入れたところ、見事にすっとぼけやがった。

結局、紹介されたサイトの管理人に興味を持ってしまった私は、すかさずコンタクトをとり、これから起こるであろう運命の試練について軽く説明することになった。 まるで私がそういう行動にでることを見透かされていたようであり、まんまと利用されたようでもある。 <<このやろう、やってくれるじゃねえか>>と思った。

矢印マーク 鬼和尚の仏教勉強会

このサイトはインターネットの宝だ。
まさしくWWW時代の奇跡である。
時代の転換期を目撃せよ!


その正師が“覚者”と名乗って私のブログにコメントをしてきたのは、間もなく40歳を迎えようとしてた39歳の1月のことである。 そのとき私はWEBの至宝『鬼和尚の仏教勉強会』を発見し、その興奮そのままにこんなことをブログの記事に書いた。

2014年1月29日の記事内容


とにかくボクが興奮してしまったのは「一生をかけて悟る必要なんかない」「止観法なら3年で成果が出る」と鬼和尚が断言していることである。 ボクには生来の素質がないから晩年になってから悟ろうと 思っていただけに、これは衝撃的だった。


以下の正師によるコメントは この記事内容を受けてのものである。

2014年1月29日の正師の助言


JINGOよ、落ち着くのじゃ、そなたは、まだ俗世間には慣れておらんのじゃろ?

世の中にはまだまだ色々な人がおる。今度はそなたがその目で会って確かめるのじゃ!

その先にそなたを待つものがおる。ずっとそなたを待っておる。

迷わず進め、行けばわかるさ!!時はきた!!


最初はふざけてるのかと思った。

“私を慕う修行者”と同じアドレスから“覚者”というハンドルネームで投稿されてきたからだ。 とはいえ別の人格としか考えられないほど文体が違う。 しかも立て続けに投稿してきたコメントを読むかぎり、かなりの般若の持ち主であることがわかった。

「ついに正師が現れたぞ!」

その日散歩した道すがら、嬉しくて泣きながら歩いたのを覚えている。

その後あれこれ迷走したけれど、この投稿の答えを見つけはじめたとき、私は本心を観ることがどういうことかを知った。 おわかりの通り、この投稿はツインフレイムとツインレイの存在をほのめかしていたのだけれど、私がその存在に気づくためにはまだまだ乗り越えなければならない壁があった。 私にその壁を乗り越えさせるために、正師はさらに“秀爺”という頑固ジジイの人格をつかって、私のオツムを揺さぶってくれたのである。

それを当然と考えたら罰が当たるだろう。


導師の条件

R・シュタイナーの説くすぐれた導師の条件

すべての導師が遵守すべき原則によれば、どのような求道者に対しても、その人の受けるにふさわしい知識なら、進んでこれを伝授すべきなのである。 しかし、受けるに値しない人物に対しては如何程の秘伝も伝授すべきでない、という当然の原則もまた、同様に存在する。 そしてこの両原則を厳守する導師ほど、すぐれた導師であるといえる。

(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.023-024「条件」)


このR・シュタイナーの両原則を正師が厳守しているのを目の当たりにしたとき、私はその般若を思い知ることになった。 当時私のブログには精神分裂症患者予備軍が二人紛れ込んでいて、一人は31歳の修行者、もう一人は37歳の修行者だったのだけれど、その処し方に感心してしまったものである。

人には“聞く耳”の開く時節というものがあり、それは決まって、31・34・37・40歳。 どんなにセンスのない人でも、32・35・38・41歳を迎える2〜3ヶ月くらい前になると聞く耳がパッカリ開くのだ。 そのとき忠告をしてくれる誰かが現れたりして結構キツイ目に遭うから、そこで自分の心としっかり向き合わなければならない。 それが“聞く耳を開く”ということなのである。 たいていの人は己れのオツムを疑う習慣がないため、32・35・38・41歳の誕生日を迎えると見事に聞く耳が閉じてしまうのだけれど、そこで意識して開いてさえいれば次の修行段階に進める。 そのとき必ず何らかのイベントやら啓示があるものなのだ。 私の場合なら、32歳では人生初の内なる声、35歳では使命の啓示、38歳では京都旅行での出家のイベント、41歳ではツインレイの啓示、といった具合である。

まず、31歳の精神分裂症患者予備軍の修行者が32歳の誕生日を迎えようとしていたとき、正師は彼に適切な助言を与えた。 私もそれに乗じて色々と忠告してみたのだけれど、そのことごとくを無視して聞く耳を閉じた彼は、ほどなくして精神分裂症患者となった。 その修行者はどういうわけか行の素質があったため、頭脳分裂が普通の人よりも早く始まってしまったのである。

難化の人の心は猿猴のごとし・・・

聞く耳が閉じたと判断して、このコメントを投げて以来、正師は彼に一言も助言をしなくなってしまった。

また、37歳の精神分裂症患者予備軍の修行者は「38歳の誕生日になったら運命の試しが待ってるから、今、己れのオツムを疑わなきゃ大変な人生になるよ」という私の忠告を無視したまま38歳を迎えて、やはり手遅れになった。 その修行者は、かなり以前に聞く耳を閉じてしまっていたらしく、すでに人の文章をまともに読めないというコミュニケーション障害を患っていた。 彼が正師の文章をありえないほど誤読して的外れな質問を投げたので、どう返答するのかを固唾(かたず)を呑んで見守っていたところ、なんと正師は一言も答えなかったのである。

こうして私は「R・シュタイナーの云っていた“すぐれた導師”とはこういう人物のことを言うのだ」と学ぶことになった。

矢印マーク 一休道歌 上

風狂の禅師・一休の和歌で学ぶ禅。
こいつはイカシテル。

青雲水

正師の一度目の鉄槌

緑雲水

私が41歳を迎えようとしていたときに正師の使ってきた“秀爺”という頑固ジジイの人格は、まさに図星をついてくるため、急所を的確に突かれた私は動揺した。 しかしながら それは非常に光栄で有難いことなのである。

これから そのやりとりの一部始終を解説するつもりなのだけれど、その行為に感謝しながらも、あわよくばデコピンを喰らわそうとしているのは、私のどうしようもない自我の仕業であり、本心ではないことを最初に断っておこう。

正師が“秀爺”を名乗ってきたのは私が40歳の10月のことで、そのときのコメントは このようなものだった。

2014年10月24日の秀爺のコメント


その修行の過程をたどれば、本当に才能が開花して、世に出る、つまり、出世できるのかのう?

オタクがゴタクを並べるだけの集りに終始せぬよう気をつけないといけませんな。


当初は未だ創造的知性― ミューズ ―の発現していない初心者による投稿だと思ったのだけれど、見事に図星を突かれ、さらに「オタク」で「ゴタク」という挑発的な文句に激しく反応する自我を観察するうちに、この人物が本物であることがわかってきた。 後からアドレスを辿ってみると、やはり“秀爺”と“覚者”は同じ発信元であった。 たしかにこれほどの般若の持ち主がそんなに沢山いるわけがない。

図星というのは相手の抱えている問題を的確に見抜いているからこそ突けるもので、坐禅修行も悟境が深まってくると普通の人からの的外れな指摘では自我の激しい反応は起こらなくなってしまう。 しかし自我が激しく反応してパンパンに膨れ上がるとき、その自我は修行者にちょっと一瞥されるだけで一気に落ちる。 そういう状況をつくり出されたときが最大のチャンスなのだ。

― 目のまえの まよひ悟りの ところをば
                まことの道を 知る人ぞ知る ―
(一休禅師『一休和尚法語』)

だから、修行が行き詰まったときに正師から下されるこうした鉄槌(てっつい)は、非常に有り難いものなのである。

正師は修行者のエゴが大きな風船になるのを助ける

ふつう、あなたは質問に終止符を打つために問いに答える。 禅マスターは問いがますます鋭く、痛切なものになるように答えている。 彼は問いがその全容を現わすのを助けている。 彼は、質問はきわめて重要だが、師(マスター)はそれに答えることはできないという印象を僧に与えている。 彼は僧のエゴが大きな風船になるのを助けている。 そうすれば、小さな針で…風船は破裂する。

(和尚『一休道歌 上』-P.422「第9話 朝飯が冷えてしまうぞ」)


結局、このときの正師のコメントがきっかけになって、私は“天才作家の自己イメージ”の脱落に成功できた。 そのときの心随観は、後述の矢印マーク 『実践!現成公案1〜天才作家の死んだ日〜』に書いてあるので、詳細はそちらを参照してもらいたい。

35歳から発現してきた創造的知性(ミューズ)を活用するに当たり、私は天才作家の自己イメージを作り上げた。 そうした自我の殻をまとうことで、外野の声を斥(しりぞ)け、芽生えはじめた創造的知性に対する信頼を育んだのである。 ところが40歳の10月を迎える頃になると、創造的知性に対する信頼を獲得し、相当な自信を持っていたにもかかわらず、その弊害に悩まされるようになってしまった。 天才作家であろうとすればするほど、己れの非才な部分が影となる。 天才作家の自己イメージのせいで、非才な部分を取り繕うことを余儀なくされ、困難な努力を招くばかりだったのだ。

この“天才作家の自己イメージ”は、いわゆる“ペルソナ(仮面)”というやつで、それが脱落したとき、私は一度死んで生き返ったような気がした。 このときに私のやったことは和尚の『黄金の華の秘密』に書いてある。

ペルソナの脱落と死の秘法

あなたの人格を脱ぎ捨てなさい。 すべてのペルソナを、すべての仮面を落としなさい。 仮面をひとつ残らず消えてゆかせなさい。 それは痛みに満ちている。 なぜなら、あなたはそういった仮面に同一化してしまっているからだ。 あなたはそれらの仮面を自分の顔だと思い込んでいる。 それは苦痛に満ちた死のプロセスに近いものになるだろう。 しかも一度だけではない。― あなたは何度も死ななければならない。 というのも、ひとつの顔が落ちるたびに、あなたは死が起こったと感じるからだ。 だが、そこで再び新しい生があなたの内側で解き放たれる ― より新鮮で、より深く、より活気に満ちた生が。

(和尚『黄金の華の秘密』P.62「第二話 燃えあがる茂み」)


かくして40歳の2014年11月6日、“天才作家の自己イメージ”の脱落に成功し、私の中の天才作家は死んだ。 その解放感たるや、重い登山靴を脱いだときのようなもので、身心ともに軽くなった気分を味わったものである。

矢印マーク 黄金の華の秘密

和尚は経典の解説をしているようでいて、実は心随観のコツを伝えている。 中国道教の真髄『太乙金華宗旨』で学ぶ心随観。 これは、いいね!


正師の二度目の鉄槌

驚いたのは、感情の起伏が非常に小さくなったことだった。

当時私のブログに紛れこんでいた精神分裂症患者の二人というのは、愉快な遊び仲間で“瞬間湯沸かし器”という形容が当てはまるほど、ちょっと挑発するだけですぐに逆上してくれた。 精神分裂症患者の生態研究のためにも格好のサンプルであるから、イタズラ好きの研究者である私は試しに色々と挑発めいたことをやってみたのである。 すると以前なら私の方でもむきになっていたはずなのに、猫が鼠(ねずみ)をなぶるように余裕綽綽(しゃくしゃく)でからかうことができるようになっていた。 それは…

― しかも一度だけではない。あなたは何度も死ななければならない。 ―

と説いている和尚の『黄金の華の秘密』を読む以前だったこともあり、私はその境地だけで十分満足してしまったのである。

作家志望の私が38歳でぶつかった才能の壁。 「読者の心の琴線に触れるような韻文をモノにすることができない」という課題を抱えていたにもかかわらず、このまま41歳を迎えれば、運勢が変わって当分はなんとかうまくやっていけるだろうなどと楽観的な予測を立てるようになってしまった。 あとは目前に真っ直ぐ伸びている道路を道なりにひた走ればいいというわけである。

とりあえず精神分裂症患者の二人は すでに“聞く耳”が閉じていた。 そのため私の話など馬耳東風だし、その生態もだいたい理解できて用済みとなったので、お別れの餞別として最後の“なぶり”を楽しんでいたとき、再び“秀爺”はやってきた。

2015年2月26日の正師・秀爺のコメント


お前さんたち、ワシは学がない。 だから、難しい事はわからんが、少し働いたらどうかの、、、、、、こんな感じで進んでたら、人々を魅了する文学ができるとは思えんのだが、、、


それは このシリーズ記事の導入部分『縁覚道の地図3〜試練の意義〜』を書きはじめた頃のことだった。

作品のインスピレーションにはフロー(flow)がある。 そのフローに乗ってしまえば、あとは一気呵成(いっきかせい)に最後まで書き上げるまでのことで、先の展開など心配するには及ばない。 朝起きた時点でミューズがすべての手はずを整えてくれているから、ひたすら原稿を書く。 後の時間は作品について何も考えないようにするのがいい。 ミューズはそういう時間に舞台裏で働いてくれているものなのだ。 またフローに乗るとホグワーツ現象が起こるからアンテナだけは張り続けなければならない。 それが鉄則だ。

フローに入ったもの書きを書斎から引きずり出して別の仕事に従事させようなどということは「断頭台に首を伸べよ」と言うようなものである。

<<このやろう、せっかくフローが来てるってのに水を差すんじゃねえ>>

私は憤慨した。 このフローは約一年くらいのあいだ忍耐強く待っていたもので、しかも今まで体験したことのないビッグ・フローの予感がしていたからだ。

<<あんたの般若は認めているがフローの邪魔をするのは許せねえ>>

デコピンを喰らえ!臨済の喝、徳山の棒、仁悟のデコピンは禅のニュー・スタンダードである。

2015年2月27日の仁悟のコメント


おそらく学がないわけではないでしょう。 しかし、いつも「難しい事はわからんが」という言い訳から始めるのは何故なのか。 単なる謙遜か、自信がないからか。 単なる謙遜として、どうやら創造過程や時節因縁についてさっぱりわかってないような印象も受けます。

創造過程については以前にもゴタクを並べてましたけど、とりあえず、あれは単なる経験不足ゆえの発言ということにしましょう。 今回の「人々を魅了する文学」なんて青臭い言葉は、インスピレーションの何たるかを経験したことのない人物の言葉ですよね。 そんなことを考えているうちはインスピレーションなんてやってきません。 それを捨てたときにやってきます。

ただ創造過程についてわかっていたのは日本の禅師では至道無難禅師くらいしか私は知りません。 これは一休禅師でもわかっていなかったことですから、今回のゴタクも仕方がないのかもしれません。

また私は今、37歳から41歳の間に仕上げるべき作品の最後の部分を書いているところです。 たまっているものを書き出しておかなければ先へは進めません。 先人の生涯をみても、トルストイの『戦争と平和』、ブラームスの『交響曲第一番』、ニーチェの『ツァラトゥストラ』、いずれもこの時期に創造されています。 これはこの周期に入ったすべての人物に起こるべくして起こるイベントです。 そして、おそらく、こうした時節因縁を感じることができるのは本人だけではないでしょうか。

ただこの時節因縁についてわかっていた禅師を私は百丈禅師くらいしか知りません。 ですから、今回のゴタクも仕方のないことなのかもしれません。

この時節因縁は、きっと秀爺さんも感じたことがあるんじゃないでしょうか?

「少し働いたらどうかの」

いつ動き出すべきかという時節因縁は本人が直感的に感じ取るものでしょう。 これをどういうつもりで発言したのかわかりませんけれども、他人に対する助言としてはちょっと軽率ではないでしょうかね。

フライング・アドヴァイスじゃないかな。 だってまだあれもこれも途中なんだもの。 まるまる2週間は早いです。 どうせなら、区切りのいいところでよろしく。


「まるまる2週間は早いです」と書いたのは、2週間後に41歳の誕生日を控えていたからで、そのときに何らかの啓示があるだろうと想定していたせいである。 言われるまでもなく、そろそろ修行期間を投了して仕事を始めるつもりではいたけれど、何でまた作品のフローに乗ったこの時期に、このコメントを投稿してきたのかわからなかった。 大体いつも適切な時期に最適な助言をしてくれていたからである。

すると正師・秀爺はこう返答してきた。

2015年2月27日の正師・秀爺のコメント


つまらん。お前の話しはー、つまらん。 文学は何も、布施さんのようなエリート集団でなりたつものではないと思うがのう。

尾田栄一郎さんをみてみ。 子どもや大人を夢中にしてるだろうが。 そんな感じで、どんな文学ができるというのじゃ。 天才は片鱗をすでに見せてると思うのじゃが。


論理的構造を持つ散文を書くのは、このシリーズ記事『縁覚道の地図』を最後にして、いよいよ一般向けの詩歌や寓話のような韻文を書き始めたいとは思っていた。 とはいえ作品のインスピレーションは時節因縁に応じて賜(たま)わるもので、韻文を書くためには“愛”が必要だなどとは、当時思いもよらなかったのである。 この時点では、どうやら私に何か欠けているものがあるらしい、ということだけはわかった。

さいわい正師から侍が辻斬りするような不意打ちを喰らったせいで、挑発された自我が顔をにょっきり出してきた。 こういうときは文章に思いのたけをぶつけるに限る。 そうすると己れの抱えている問題点が文章の形になって浮かび上がってくるからだ。 これはいい機会なので、横綱の胸を借りるつもりでぶつけてみることにした。

2015年2月27日の仁悟のコメント


わかっとらん。 お前はー、なーんにも、わかっとらん。

ここで展開しているのは、

1.目覚め始めたものたちには禅のテキストを!

私の創造活動の第一の柱です。

私と同じ軌道に乗ろうとしている人たちを対象にしていますから一般向けではありません。 ギラギラした文体で書いてます。 ここで展開している内容からエリート志向のように思うのは早とちりというものです。

一般向けは第二と第三の柱。

2.子どもたちにはファンタジーを!
3.大人たちにはソングスを!

こちらは自我を介在させずに創造の源泉に下りていかなければいけません。 それを学び始める時節は41歳。 ちょうど今年くらいからです。

尾田栄一郎がデビューした22歳は早熟の星まわりにある人たちが創造の秘訣をものにする年齢です。 凡人出身の私の星まわりの場合は29年遅れて51歳からそこに入ります。

もしも私がエリートなら、彼は超エリートですよ。でも、私も彼もきっとこう言うでしょう。

「なんか知らないけど、こういう星のめぐり合わせだったんだよね」

星まわりに忠実にしたがっていれば時節因縁に応じてインスピレーションが与えられる。 それだけのことです。 そのとき「自分はエリート集団にいる」とか「子供も大人も夢中にしたい」とか「どんな文学ができるか」なんて考えてたら何にもできませんよ。

まさしくゴタク。


これを書き込んでから、私は坐って心随観をはじめた。 まず胸に込み上げてくるものを感じたのは、ここだ。

― 2.子どもたちにはファンタジーを!
  3.大人たちにはソングスを! ―

この二つは是非ともやってみたいとおもって35歳から掲げているスローガンだった。 すぐにでも着手できれば理想ではあるけれど、これらをモノして軌道に乗せられるとしたら、それは51歳以降だろうと思い込んでいた。 それは私の得意としている星まわりの科学からの推測である。

― 22歳は早熟の星まわりにある人たちが創造の秘訣をものにする年齢です。 凡人出身の私の星まわりの場合は29年遅れて51歳からそこに入ります。 ―

ところが正師・秀爺はこう言ってくれていた。

「天才は片鱗をすでに見せてると思うのじゃが」

もしかして…今すぐできるということだろうか?

<<だったら、やりてえよ、秀爺!>>

そう叫んでいる本心が観えたとき。 私は嗚咽を漏らしてむせび泣いた。

― この事はただ当人まさに切心あるを要す。 わずかに切心あれば真疑すなわち起こる ―
(高峰原妙禅師)

おそらく私の中にあった切心、つまり“切なる願望”を刺激されたことで、真疑、すなわち“疑団(気づき・わだかまり)”が生まれたのだろう。 それまでの私は星まわりの科学を研究して、過去の偉人の足跡に己れの宿命を重ね合わせることで心の支えとしてきた。 ところが今度はさかさまに、その星まわりの科学に囚われて、己れの自由をみずから奪っていることに気づいたのである。

― まさしくゴタク ―

ゴタクを並べていたのは他でもない…私ではないか。 「天才は片鱗をすでに見せてると思うのじゃが」と言ってくれた正師に向かって、恥を恥とも思わずにゴタクを並べていた。 そこに気づいたら、急に自分が恥ずかしくなり、布団にくるまって深い眠りの中に逃げ込みたくなってきた。

しかしながら こうした恥団が生まれたということは、今まで気づいていなかった己れの愚かさに意表を突かれたという証拠でもある。 この恥団の感覚は久しぶりだった。 おもえば33歳のぷっつん体験の時期に味わっていたものと同じだった。 おそらく何かが変わろうとしている。 方向性は間違ってない。 ふて寝を決め込む前に、坐から立ち上がって日課としていた三祖『信心銘』の読誦を始めてみた。

小見狐疑 転急転遅
〜 小ざかしい論理や見解にこだわって躊躇(ためらい)や疑いばかりを懐いていれば ますます焦りを生じかえって遅滞を招くことになろう 〜

(三祖『信心銘』)

究境窮極 不存軌則
〜 とどのつまりの究極においては ものごとを型にはめるような枠組みや法則などありはしないのだ 〜

(三祖『信心銘』)

三祖の言葉が胸に突き刺さってきた。 これは、まさしく私の処方箋ではないか。 それまで文字の羅列でしかなかった『信心銘』とこのとき初めて共鳴することができたのである。 まだ正体はよくわからないけれども自我の尻尾が見えたような気がした。

ただ、どうしたら良いものか、さっぱり見当がつかない。 私は秀爺に助けを求めることにした。

2015年2月27日の仁悟のコメント


秀爺さん、見てくれるかな〜。

毎回、生意気ですみません。 おかげさまで見つかりました。

たぶん、仁悟の抱えてるおもちゃの奥に何かいます。

どうもありがとうございました。

でも、どこをどう観たら良いのか、まだわかりません。
前のより、ずっと奥深くに根付いていて手ごわいです。


これを書き込んだ直後は、吹き出してきた“恥団”にいたたまれなくなってしまい、胸がくるしいばかりだった。

<<その恥団から逃げるな。その恥団の奥を直視するんだ>>

そう言い聞かせながら私は眠りに落ちた。

翌日、正師は公案を授けてくれた。

2015年2月28日の正師・秀爺のコメント


布施さんよ、あなたは、千里先の火を消せますか?


一日あれこれ拈提(ねんてい)して、その翌朝 坐っていると、千里先の山に立ち昇る煙が脳裏に浮かんできた。 <<あの下で何が起こってても私には何の影響もないよね>>なんて思ったら、それまで彷徨っていた想念がたちどころに消えた。

22015年3月1日の仁悟のコメント


秀爺さん、この公案、痛快です。

山を隔てて煙を見て、つとに是れ火なることを知る。

ここからは、かすかに煙しか見えません。

いかなる論理も見解も、煙から火を推測することしかできませんから、たしかに役に立つとしても、それまでです。 逆に囚われなければ意識はここにスパンと立ち還って来ます。

「心に浮かぶ何ごとも煙みたいなものだ」なんて、「心に浮かぶ何ごとも観念にすぎない」と説明されているものに似てるような気もします。 ちょっとした疑団が生まれたかもしれません。

この煙なら、おもちゃの奥にいるやつをいぶり出せそうです。

すっげぇ、気に入っちゃいました。

昨日から「空、空」でも「無ぅ、無ぅ」でもなく「火ぃ、火ぃ」やってます。


この私の回答に対する正師の返答は“喝!”だった。 私の見つけた解答は観想法であったわけで、実践されてはじめて価値を持つ。 流石だと思った。

2015年3月1日の正師・秀爺のコメント


布施さん。 やはり、あなたはエリートさんですな。 考えに考えたようですが、返答が遅い。 喝じゃ!!とっさに、ふっと、息を吹きかけるくらいの自由さが欲しい所です。

悟りとはこうあるべき、こういう道をたどらなければならない。 自分をがんじがらめにすると、境界線だらけの人を寄せ付けない、魅力のない人間になりますぞ。


しかしながら、後半部分の意味がよくわからない。

私の場合、坐禅修行の根底にある動機が惚れた女にふさわしい男になりたいという色欲的願望であるから、「悟りとはこうあるべき、こういう道をたどらなければならない」という発想自体がそもそもない。 何を言っているのかと考えてみると、精神分裂症患者たちと遊んでいたときに、あることないことを書いて挑発的していた“釣り”の記事のことが思い当たった。 どうやら心配されていたらしい。 ちょっと“おイタ”が過ぎたようである。

桃雲水

鉄槌の後

赤雲水

その後、私は授けられた公案の世語(せご)として和歌を作った。

千里先火の歌


この和歌を坐禅中に詠み、千里先の山の煙を観想しているうちに、次第に雑念から抜け出ることが容易になってきた。 そうすると記憶の中にある他人の声に左右されている自我の動きを観察できるようになってきたのである。 そこで、こういう和歌も作ってみた。

千里先人の歌


これが良かったのである。

天才作家の自己イメージを脱落したとき、自分が何をやったのか、私はさっぱり分らなかった。 つまり、どこをどう観察したときにペルソナの脱落が起こったのか、その消息を解明できなかったのである。 しかもその直後から感情の起伏が鎮まってしまったため、従来の心随観の方法論がまったく通用しなくなってしまった。 以前なら、傷つくまいとする感情や誰かを傷つけようとする感情の動きとして自我の働きを捉えていたのに、それがほとんどない。 むしろそうした感情を生み出す思考の動きを観察するようになってきたのだ。

感情との自己同一化の解放から思考との自己同一化の解放へと観察の課題が変化してしまったのである。 私はその変化に対応できずにいた。

ところがこの和歌を作って詠むようになってからは、頭の中に響いてくる他人の声を意識的に無声化することで、他人の声に合わせて作り上げている己れのペルソナに気づけるようになってきた。 すると天才作家の自己イメージを脱落したときは、天才作家だと思われなかったときに発せられる他人の声を恐れている自我を観たとき、そのペルソナが脱落したことを思い出した。

つまり、ペルソナは他人から発せられる賞賛や非難の声に反応して形作られ、それを守ろうとするから、反論や言い訳や開き直りにつながる論理や見解への執着を生み出す。 そのためにそこで始まる思考との自己同一化を余儀なくされてしまう。 しかしながら、もしも他人の声に無頓着でいられるなら、いかなる論理も見解もでっちあげなくて済むというわけだ。

他人の声に反応してペルソナを作り続けていると、自分は一体何をしたいのか、その本心のところがわからなくなっていく。 ところがもしも心の中に響いている他人の声に無頓着でいられるなら、ペルソナという作り物は脱落し、本心にしたがって生きることができるようになる。

作り物はあなたではない

よく見守ってみれば、あなたは自分の内側にどれほど多くの作り物があるかを知って驚くだろう。 あなたはハートが微笑んでもいないのに微笑を浮かべている。 だとすればそれは作り物だ。 あなたは憐れみを感じてもいないのに同情する。 だとすればそれは作り物だ。 あなたは嬉しくもないのに喜んで見せる。 だとすればそれは作り物だ。 あなたはハートに何も感じていないのに、泣き叫び、涙を流すことさえできる。 だとしたらその涙は作り物だ。 あなたの内側にいかに多くの作り物があるか見守りなさい。 そして作り物はどれもあなたではないことを覚えておきなさい。

(和尚『黄金の華の秘密』P.62「第二話 燃えあがる茂み」)


41歳の誕生日を迎える頃、天才作家の自己イメージや30代の人生のどん底を支えてくれた伴侶や星まわりの科学といった、それまで習慣的に己れを支えてきたものを大胆に捨て去る勇気を求められた。

しかしながら、抑圧していた切実な願望を解き放ち、心の奥底に眠っていた本心に意表を突かれて覚醒したとき、そこに自分が本当に求めているものが見つかった。 そこに拓(ひら)けていたのは、他人の声に無頓着となり、作り物にすぎないペルソナを脱ぎ捨て、己れの本心にしたがって本質を生きる道だった。

R・シュタイナーの説く第三の風の試練

これまで習慣的に持っていた態度や思考への誘惑はすべて力を失う。 惰性的な態度をとり続けないためには、自分自身を見失ってはならない。 なぜなら自分自身の中にこそ、自分を支えてくれる唯一確実な支点が見出せるのだから。

(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.103「霊界参入の三段階」)


R・シュタイナーの云う第三の風の試練とは、そういう道のようである。

運命の試練モデル(布施仁悟型)


私が第二の水の試練の最中に体験した孤独は、自分を支える唯一確実な支点を自分自身の中に見出すために必要な過程だったと考えられる。 孤立無援の状況では、自分の外側に依存できるものが何もないだけに、自分の内面に降りてゆく方向にしか進路はない。 だからこそ自分の内面を旅することができる。 そこで自分の内側を探ってみたら、ツインレイのからくり― 本当の伴侶の存在 ―をそこに見つけたのだ。 それ以来、私は孤独ではなくなっていった。

その基礎となる原動力を私は38歳の京都旅行における出家体験で身につけていたらしい。

出家の真実

愛でもなく憎しみでもなく― 両親の声が消えねばならない。 あなたはそれが消えてゆくのをただ見守っていなければならない。

(『一休道歌 上』P.123「第3話 超論理という虚偽」)


出家体験のときに父親の声を消した経験を他人の声を消すことに応用すればペルソナは脱落した。 そこで要求される、愛でもなく憎しみでもない無頓着は、三祖『信心銘』の奥義でもある。

三祖『信心銘』一

至道無難 唯嫌揀択 但莫憎愛 洞然明白

〜 至道無難(しどうぶなん)、唯嫌揀択(ゆいけんけんじゃく)。但(た)だ憎愛(ぞうあい)莫(な)ければ、洞然(とうねん)として明白なり 〜

(意訳) 至上の道をゆくことには何も難しいことを求められてはいない。 ただ思慮分別による選(え)り好みを嫌う。 憎しみと愛おしさのどちらにも偏(かたよ)ることがなければ、至上の道はほがらかに明らかとなるだろう。

(三祖『信心銘』)


したがって第三の風の試練から始まる縁覚道とは、ペルソナによって構築された人格を脱ぎ捨て、本当の自分を生きる人間回復の過程とも云えるだろう。

本当の生

人格は社会、両親、学校、大学、文化、文明からの贈り物だ。 人格はあなたではない。 それは偽物だ。 私たちはこの人格を磨きつづけ、本質を完全に忘れ去っている。 この本質を想起しないかぎり、あなたは虚しい生を送ることになる。 なぜなら、本当の生は本質的なものから成り立っているからだ。 本当の生とは本質を生きることだ。

(和尚『黄金の華の秘密』P.52「第二話 燃えあがる茂み」)


さて、ずいぶん長くなってしまったけれども、第二の水の試練の二つ目の課題を定義してみようか。

第二の水の試練のテーマ 〜 其の二 〜


最後に、私の体験した第二の水の試練を時系列で図示しておく。

第二の水の試練モデル(布施仁悟型)
図・布施仁悟(著作権フリー)


(2015.5)


肴はとくにこだわらず厳選情報

HPランキング参加中!

凡人たちにも本物のスピリチュアルを!

ワンクリック運動に参加しませんか?

ブッダの瞑想法―ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

坐禅入門の決定版!

心の欠陥を克服する唯一最善の方法は坐禅・瞑想を実践することです。そして、この本以上の坐禅・瞑想の入門書を私は知りません。

聖書―旧約・新約

伝道の情熱を読みとれる貴重な一冊

イタリア人神父が丁寧に日本語訳した聖書。聖書は坐禅修行にも必ず役立つ。かりそめにも軽んじてはならない。

ブッダの真理のことば・感興のことば

こなれた現代語で読める法句経

私の仏教に対する誤解は この本で初めて解けました。

白隠禅師―健康法と逸話

坐禅と気の関係を明かした本

内観の秘法と軟酥の法は坐禅の基本。白隠禅師の『夜船閑話』と『遠羅天釜』で ちょっとはマシな坐禅をしよう。

5つのチベット体操-若さの泉・決定版

これはエクササイズの革命だ!

たった5つの体操を毎日続けるだけで体調は良くなるわ、痩せるわで驚きの効果が・・・!?食事に関するアドバイスも実に簡潔で的を得たもの。これはエクササイズの革命だ!

決定版 真向法

チベット体操と併せてどうぞ。

たった4つの体操を毎日続けるだけで怪我を予防するための柔軟な筋肉を作れます。チベット体操と併せてどうぞ。

魂をゆさぶる禅の名言

何にもならない坐禅はやめよう!

坐禅は単なる心の慰めではありません。坐禅を人生に役立てるための智慧がここにあります。救いのある仏教の入門書。