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【坐禅作法71】運命の課題

ちょっとはマシな坐禅作法 運命の課題〜十牛図提唱8〜

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〜十牛図提唱8〜


星まわりの科学探究の経緯

私と同じく32歳から参禅した修行者に出会ったのは何時のことだったでありましょうか。

当時42歳を迎えていた彼は、腰痛と肩こりを抱え、痛みで坐ることもままならない身体になっていたのでございます。 あまつさえウツの症状を示し「この不幸はいつまで続くのだろうか」と呟く彼に、飛躍と転落を分ける42歳大厄の意味を教え、「貴方の精神と肉体は忽(ゆるが)せにはできないところまできている。とりあえずは“威儀即仏法、作法是宗旨”を掲げる現代曹洞宗の欺網(ぎもう)に気づかなければいけない」と告げました。

一般人なら、いざ知らず、いやしくも禅者のはしくれなのですから、己れの運命くらい受け入れる覚悟はできているだろうと信じたのですが、彼は烈しく動揺し語気を荒らげました。 そんなあるかどうかもわからない迷信なんか信じられるか、と。

真実はときに人の心を打ち砕くものでございます。

この修行者のごとく、星まわりの科学にさような疑いを抱く者には、私は以下のようにお答えしたいとおもうのです。

坐禅修行は実践第一。 お釈迦さまの説かれた教義の真偽を確かめる手段なのですから、星まわりの科学を迷信だと思うなら、己れの心で、己れの人生の出来事をあるがままに観察してみて御覧なさい。

少なくとも、私はそうやっているうちに星まわりの科学を知ってしまったにすぎません。 いや、もっと簡潔に、あるいは、これ以上ないくらい正直に申し上げるならば、ほとんど取り憑(つ)かれたかのように、星まわりの科学に のめり込んでいったことを告白いたします。

何故とならば、十代、二十代の努力むなしく、三十代で人生のどん底に放り込まれてしまった原因は一体どこにあるのか。 釈然としないまま何かに打ち込んだとしましても、それは無聊(ぶりょう)を慰めるような日々にしかならないことが自明だったからであります。

いわんや、母親の胎内より生まれ落ちた刹那に天空に広がるといわれる蓋天図(がいてんず)。 その星まわりの宿命に翻弄(ほんろう)されるがままに生きることには如何なる意味があるのか。

これは求道者のみならず、ままならぬ人生を過ごしている人なら当然かき抱くはずの疑問だと思うのですが、如何でありましょうか。

赤雲水

運命の課題探究の経緯

黒雲水

それにつけても、私が幸運だと思いますのには、42歳の大厄の存在に比較的早い段階で気づいていたことでございます。

それは星読みのあいだでは、今生での目的をひとまず果たすことになる年齢とされ、仮にもそれが星読みの説くように、過去世で懐(いだ)いた無念の結実だとしますと、誰しも42歳に向かって歩を進めていることになり、三十代の人生のどん底はその試練にすぎないことになる。 すなわち、われわれ人間は宿命星に翻弄されているのではなく、むしろ宿命星に後押しされているという視座の転換が起こるのであります。

そこで私は、この三十代の人生のどん底には何らかの課題があり、宿命星から与えられている“運命の課題”みたいなものに及第できれば、おそらく、この状況から抜け出せるものと考えるに至ったのでした。

そこで思うに、私の三十代のはなむけには二つの運命の課題が与えられていたのではないか。

心づいた点を挙げますと、一つには“創造性を身につけること”、もう一つには“家族関係に折り合いをつけること”、この二ヶ条が分けて際立っていたと考えるのであります。 かように申しますのには、この運命の課題二ヶ条を充たすことによりまして、十牛図の階梯を上がってきたと思わざるを得ない節があるからなのでございます。

そうは云いましても、このままでは大掴みに過ぎますゆえ、いささか私の体験を交えつつ、運命の課題と十牛図の関連を示して皆様のご参考に供することにいたします。


運命の課題二ヶ条

十牛図二『見跡』


経に依って義を解し 経を閲して跡を知る

図・布施仁悟(著作権フリー)


まずこれは再説となりますけれども、十牛図二「見跡」に至る条件はペルソナを破ること。 私は見跡の“けじめのイベント”として第二の結節解放を体験したのですが、それはちょうど33歳の秋のことでした。 このときの心境の変化を象徴する事件が、その夏の“ぷっつん体験”でして、ここを境に独創の可能性に気づいていった経緯は、すでに説き尽くしてきたとおりであります。

が、ここでひとつ申し添えておくべきことは“ぷっつん体験”がペルソナ破りの出来事に他ならないという一事であります。

事件としては「入社の面接に落とされて気のふれた男がヤケクソになって長年目指してきた資格試験の参考書をすべて捨ててしまった」というたわい無い話ですから、「半狂乱になった男が一糸まとわぬ全裸姿で原宿竹下通りを駆け抜けた」というほうが、余程“ぷっつん”しているのでして、もちろん、そういうことで創造性が目覚めるわけではございません。

私が資格試験のテキストを捨てたのは、十代では一流大学を、二十代では一流資格を志望し、世間の尺度に合わせてうまく世渡りしてやろうなどと“おませ”に過ぎた結果、自分の本心を無視して、苦しい努力を続けてきただけだったことにようやく気づいたからでございます。

これは、他人より優位に立つための手段として、何らかの“肩書き”が必要だと思い込んできたことに気づいたということでもありまして、すなわち、私にとってのペルソナは“一流の肩書き”。 「それがなければ自分の存在価値が無くなってしまう」という劣等感がペルソナの素材になっていたことを知ったのであります。 資格試験のテキストは私のペルソナの象徴のようなものでしたから、それを捨てるということは、“一流の肩書き”がなくても、どっこい生きてるぞ、と言える人間に生まれ変わろうという決意の表明でもあったのです。

おかげで長年の目標を失ったにもかかわらず、気分は実に天晴(あっぱ)れ。 それまで味わったことのない自由を感じることすらできたのでございます。

すると一つの疑問が浮かんできたのです。 「どうしてこんなもので自分の存在価値が無くなってしまうなどと思い込んできたのか」と。 その答えは家族にありました。

高卒の父親には、思いどおりに出世できない原因を低学歴や無資格であることに求めるきらいがあり、かさねて、名の知れた企業に勤めていたために“一流の肩書き”によって己れの自尊心を維持してました。 おかげで、私も、知らず識らず、同じ思考パターンを伝染(うつ)されていたのであります。

しかしながら、そこに気づいたからといって、すぐに父親を赦せるはずもありません。

と申しますのは、諸悪の根源であった父親が一向に思考パターンを改めようとしないことが気に入らなくなってくるからでして、この自分以外の誰かに責任を転嫁しようとする私の思考習慣こそ、本当の諸悪の根源であったのに、その点を改められるほどには私は成熟していなかったのでございます。

さらに“ぷっつん体験”の時分は、レーベンス・ヴェンデやスタンド・バイ・ミー現象の存在を明確に認識する以前のことで、自分が普通の人々とは違う星まわりを背負っていることにも気づいていませんでしたから、なまじ自由意志を回復したがために、却って将来不安や才能に対する疑心暗鬼も悩みの種になってきました。

つまり、“ぷっつん体験”だけでは、ペルソナの一部を破壊したにすぎず、いまだ剥がれ落ちてはいなかったのであります。 その不徹底を解決するためには経典や聖典を読み込まざるを得ませんでした。

俗世の常識にしたがえば才能とは生まれつきのものであり、若くして才能の片鱗を見せなければ、長年の努力によって技術を獲得するよりほかに途(みち)はないようでありますけれども、私はすでに33歳でしたから、それではもう万事休すでございます。 父親の件につきましても、もしも思考パターンを改めてくれるならば万事解決でありますけれども、そのような徴候(きざし)があるはずもなく、かような有様を解決するには、誰にも責任を転嫁しないように己れの思考習慣を変えればよいのですが、その場合、たとえ非道徳であっても“見限り”が最善と考えられました。

すなわち、俗世でまかり通っている常識や道徳とは真向から対立するのであります。

このとき私は世間の常識的尺度で考えれば狂気とされる一歩手前の崖っぷちに立たされたわけで、そこから一歩を踏み出して真理とともに宿命を生きるための神聖なる狂気を獲得するためには、経典や聖典の力を借りなければならなかったのでございます。

そこで私は経典や聖典の文言を自分の言葉に置き換えて再定義していきました。 その成果が『心随観のヒント』で披露した“言葉の処方箋”にほかなりません。

そして、これ以上改訂しても意味がない、と方法論の限界を感じた頃に第三の結節解放、36歳の秋のことでした。 それは、十牛図三「見牛」における“けじめのイベント”ですから、その要件を考えてみますと、経典や聖典の知識を真理のままに定義しなおすこと、ということになると思われます。

十牛図三『見牛』


要件:経典や聖典の知識を真理のままに定義しなおすこと

図・布施仁悟(著作権フリー)


そこから先は、その実践でした。 知識でしかないものを智慧に変えるための実践が必要だったのであります。

この『ちょっとはマシな坐禅作法』は、その時分から書き始めたものですが、この時期に私の実践していた内容は『心随観のヒント』にある「声聞道実践」「想像から創造へ」に書いたとおりですので、ここで申すまでもないことと存じます。

そして、ついにプラトンの云っていた“真の眠り”を体験して創造の源泉が自分の中にもあることを知ったのが38歳。 また、何のわだかまりもなく父親と会話をかわすことができたのも38歳のとき一緒に行った京都旅行でのことでした。

こうして宿命星から与えられた運命の課題二ヶ条は、私を十牛図の指し示す道の上に立たせてくれたのであります。

青雲水

求道者として選ばれしものよ

緑雲水

ではそろそろ、十牛図の道をゆく求道者の一人として、この十牛図提唱で皆様にお伝えしたかった大事を明らかにする時が来たようです。

求道者として選ばれしものには星まわりにしたがって提示される運命の課題があります。 それは人生公案と云ってもいい。 その公案を解くことが十牛図の階梯(きざはし)を上る秘鍵(ひけん)となっているのです。

なおまた、その公案を解くために必要なものならば、諸事遅からず早からず、必要なそのときに与えられているものでございますから、それを最大限に活用するならば、乗り越えられない試練などあるはずがありません。

ゆえに求道者よ。星まわりにしたがって宿命を生き、十牛図の階梯(きざはし)を上り始めるがいい。 さすれば人生に虞(おそれ)るべきものなど何一つなくなる。

私が三十代の苦悩の末に辿りついた境地はかようなものでございます。

十牛図四『得牛』


精神を竭尽して 渠を獲得す

図・布施仁悟(著作権フリー)


お察しのとおり、この『ちょっとはマシな坐禅作法』は、私の声聞道の記録であり、十牛図四「得牛」に至り、縁覚道に突入するには如何に修行すべきかを探究してきたにすぎません。

そんな未熟な私ではございますが、星まわりの科学と十牛図の研究のおかげで己れの宿命をあるがままに受容し、七転八起する覚悟が備わったことは事実です。 だから、私は今、確かにこう言えるのであります。

「私は正しい道の上にいることを知っている。ゆえに私は正統の禅者である」と。

なお、十牛図の各階梯につきまして、ここに書き洩らした点は、熟読玩味の上、心随観を実践していただければ、もはや、くだくだしく申し上げずともおのずから了解されるものと信じます。 枝葉末節について殊更(ことさら)に申し上げませんのは、まことに皆様の仏性を信ずるが故でありまして、十牛図の指し示す道の上に立てば、あえて教わらずとも只管打坐のうちに誰でも真理を会得するようになるはず。 私は一途(いちず)にそれを望んでいるのであります。

(2014.3 改訂2014.9)


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