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【坐禅作法68】スタンド・バイ・ミー現象

ちょっとはマシな坐禅作法 スタンド・バイ・ミー現象〜十牛図提唱5〜

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〜十牛図提唱5〜


運命の選抜試験

禅者とは人でなしの誹(そし)りを免れない生き物であります。

日頃から不義理非人情をモットーとしているけれど人の窮地を見捨てたことはない。 あるいは、ときどき回し蹴りを喰らわすけれど必ず急所は外しておく。 というような好漢でも、白昼路上で「ひとでなしっ!」と叫ばれ、ひどく狼狽(ろうばい)するようなことが、いつ何時起こってもおかしくはない。 禅の階梯を上がっていくということは、そうした覚悟を要求されることでもあるのでございます。

俗世には「天は人の上に人を造らず」とか「人生に遅すぎるということはない」などの建前を拠りどころとして生きている人も多く、実際にはそんなことはないと気づいていながら、現実を受け入れようとはしないものでして、一方の禅者といえば、天が人の上に人を造っている現実を見て這い出そうとした人物であり、人生のすべてに失敗したところから本当の道を見つけた人物ですから、「現実を受け入れてみろよ」としか忠告できないものでございます。 いかにも禅とは、地に足をつけて泥臭く浮世を生きるための教えではありますまいか。

したがいまして、水と油のような関係にある両者が混ざり合うはずもなく、「現実を受け入れろ」とは不幸な人々に斟酌(しんしゃく)する心を持つがゆえの助言にもかかわらず、それを無粋(ぶすい)と誤解されることを避けられない。 そういうときは「どうせコイツらは脳みそを何処かに落っことしてきてるのさ」と宜(よろ)しく開き直ることも必要でして、そうした運命の選抜試験が人生には幾たびか待ち受けているのでございます。

赤雲水

運命のクロスポイント(Age 9)

黒雲水


「人間の運命は選抜式になっている…」

私がこの運命のカラクリを垣間見てしまったのは9〜13歳のみぎりのこと。 9歳にある“運命のクロスポイント”の存在を明確に認識している人物にはそうそう巡り合えるものではないため、「次の選抜試験はあるのかないのか?」「あるとすれば一体何歳にあるのか?」「その傾向と対策は?」と自分の人生に影のように付きまとう何かに怯えて生きてきたような気がします。

同じ仲間がいるとわかってきたのは39歳の夏。 温泉旅館のラウンジにあった蔵書でレイ・ブラッドベリという米国のSF作家を知ってからのことでした。

矢印マーク 『ブラッドベリがやってくる―小説の愉快』


この本の白眉は『禅と小説 ― Zen in the Art of Writing』

小説家には二種類のタイプがいる。
プロットを立てないと気のすまない三島由紀夫タイプ。
あらかじめプロットを立てない川端康成タイプ。
天才は後者。そして天才とは禅者のこと。
これは天才作家の書く禅的小説作法なのだ。


9歳にある“運命のクロスポイント”とはこういうものです。

9歳のブラッドベリ少年は、友だちから非難を浴びて、当時のめり込んでいた新聞連載漫画のスクラップブックを破り捨てることになります。 ところが、その一月後。 「これじゃあ死んだも同然だ」と考えたブラッドベリ少年は「どうせ、あいつらとは生き方が違う」と漫画のスクラップ・コレクションを再開しました。 このスクラップ・コレクションが後にSF作家として小説を書くための腐葉土になるのです。 ブラッドベリは、エッセイで こんな風に当時を回想しています。

それにしても―あの年で? 仲間の圧力には迎合するようにできているあの年で?
どういうわけで、敢然と人生に立ち向かい、わが道をゆく覚悟ができたのだろう。
あまり大仰に言いたてるつもりはないが、やっぱり私はあの九歳の子が好きだ。 あれが誰だろうと、あの子が可愛くてたまらない。 あの子がいなかったら、こうして私のエッセーに序文を書いている私は存在しなかったろう。

(レイ・ブラッドベリ『ブラッドベリがやってくる』P.13「序文」)


私の場合は、担任教師が機嫌の悪いときに出す「連帯責任による宿題」を納得できなくて、単独提出拒否事件を起こしました。 普段は大人しい生徒だったので、担任教師も不可解だったらしく詰問にあったのですが、私はただ泣くばかり。 私が言いたかったのは、なあ先生…フェアにやろうぜ、つまりは、そういうことだったのですが、そういう意気がったボキャブラリーもなく、泣きながら言葉にならない抗議をするしかありませんでした。

おかげで、「ふざけるな、オレのケツでも舐めやがれ」と叫んで職員室で暴れた生徒、という伝説(レジェンド)を残さなくて済んだのですから、ある意味それは幸運なことで、やはり、あの少年は現在の私の誇りであります。


スタンド・バイ・ミー現象(Age 9‐13)

それから後は、当時仲のよかった同世代の少年たちと一緒に、あたかも遺伝子に組み込まれた時限爆弾が暴発するかのごとく運命に翻弄されていきました。

私は優等生に、もう一方は、不良(わる)ガキに。

特に印象的だったのは、13歳を迎えて中学校に進学すると付き合う仲間がガラリと変わってしまったことです。 そのとき感慨深く観たのが、レンタルビデオ店で借りた映画『スタンド・バイ・ミー』で、その主人公の少年4人も12歳。 ひと夏のキャンプ以降、4人の間には運命の線がくっきりと引かれてしまうのです。

テディとバーンは次第に廊下や、三時半以降の居残り組の常連になっていった。 わたしたちはうなずきあい、ハーイとあいさつをかわす。それだけの仲となった。 しかたのないことだ。 友人というものはレストランの皿洗いと同じく、ひとりの人間の一生に入りこんできたり、出ていったりする。 そこにお気づきになったことはないだろうか? しかし水中の死人たちが無情にもわたしの足を引っぱっていた、あの夢のことを思うと、そうなるべくしてなったのだという気がする。 ある者は溺れてしまう、それだけのことだ。 公平ではないが、しかたがないのだ。 ある者は溺れてしまう。

(スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』<第32節>)


私の思い出は札幌藻岩山スキー場。 小学六年生の冬、奇妙な取り合わせの友人四人で一緒に滑りに行きました。 “奇妙な”というのは、ともに進学した中学校は同学年全四組だったのですが、めいめい別々のクラスに分かれたため、現在の私にとっては印象の浅い面々だからです。 ただ、9歳以前には仲良く遊んでいたものの、10歳以降から違和感を覚えて距離を置きはじめた“単なるクラスメイト”だったことは間違いありません。 そのとき友人の一人が、たしかに、こう言ったのです。

「これで俺たち最後になるかもしれないからさ。一緒に行こうよ」

本当に彼の言ったとおりになりました。

なおさら“奇妙な”ことは、この“スタンド・バイ・ミー現象”が、9〜13歳の間だけではなく、38〜42歳の間にも起こることであります。

矢印マーク 『スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編 (新潮文庫)』

S・キングは自身の創造の秘密をここに綴じ込めたんだ。
これ、ただの小説じゃないよ。

青雲水

スタンド・バイ・ミー現象(Age 38‐42)

緑雲水

30代を人生のどん底で過ごした人物が無名時代を支えた糟糠(そうこう)の妻を裏切る形で不倫に走る現象の頻発する時期。 それがちょうど38〜42歳の間でありまして、典型的な例を挙げるなら印象派の画家・クロード=モネが最適だと思われます。

現在でこそモネの代表作の一つ『印象・日の出』は印象派のシンボルのような位置づけとなっていますが、この絵を描いた1872-73年は32歳頃で人生のどん底。 なかなか買い手のつかない売れない画家でした。

この時期にモデルをつとめるなどしてモネを支えた最初の妻が、カミーユで、二人の子供をもうけています。

矢印マーク 『ラ・ジャポネーズ』

モデルは糟糠の妻・カミーユ。
モネ30代における人生のどん底を支えた。

図:ウィキペディアより


モネは37歳になると、自宅のあるパリ郊外のアルジャントゥイユを離れて、列車で17分ほどのサン・ラザール駅近くにアトリエを借りました。 ここで50代以降のモネの作風となる“連作”に開眼するのですが、そうした創造性発現の裏で、不倫を働いていて、その相手が『印象・日の出』などを買い上げてもらっていたパトロン・オシュデの妻・アリスときたものですから驚きなのであります。

アリスとは すでに抜き差しならぬ関係にあったらしいので、現実逃避のために芸術に没頭したのか、それともアトリエはその…なんとやらでありましょうか。

おまけにパトロン・オシュデ破産の後はアリスとその6人の子供を引き取って同居をはじめます。 そのストレスが原因なのかはわかりませんけれども、妻・カミーユは間もなく病死、モネ39歳のことでした。 これは死の床にあったカミーユを描いて発した一言。

かつてあれほど愛おしんだ女性の死の床で
死が加え続ける色の変化を
機械的に写し取っている自分に気づいた。


そうして国外へ逃亡していたオシュデの死亡を確認してから、ちゃっかりアリスと再婚するのでありました。

一般的には、糟糠の妻を裏切ったモネの行動は不可解で非難されてしかるべきでありましょうが、私にはモネの辿った顛末(てんまつ)の意味がよくわかるのであります。


凡人と選抜者を分ける通過儀礼

真理探究に乗り出すということは、家族や親友とは別世界に住み始めることに等しく、どこかで彼らを見限らないと足を引っ張られて一緒に溺れることになる。 その覚悟を試されるのが“スタンド・バイ・ミー現象”の起こる時期なのであります。

あなたのかつての親友や知人ははるか遠くに去ってしまっているのです。 電話をかけて呼び出せば、すぐにでも会うことは可能でしょうが、仮にそうやって久しぶりに会ってみても、むかしのように話が弾むことはなく、また話そのものが合わないことに気がつくでしょう。 これは住む世界があまりにも違い過ぎることによるもので、友情が冷めたというような理由ではありません。 あなたはきっと自分が如何に普通ではない世界に身を置いているかということをかつての友人や知人を前にして悟るでしょう。

(丸山健二『まだ見ぬ書き手へ』P.108)


この“スタンド・バイ・ミー現象”は、人生のどこかで真理探究の求道者となるべく選ばれたとしたら避けられない通過儀礼であります。

S・キングの『スタンド・バイ・ミー』は、その通過儀礼を描いた物語なのです。

基本的な出来事はすべて高度の儀式、通過儀礼、変化が起こる魔法の通廊をともなっている。

(スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』<第24節>)


13歳は付き合う仲間がガラリと変わってしまう時節で、42歳の大厄は人生の飛躍と転落を分ける分水嶺であるならば、“スタンド・バイ・ミー現象”の起こる時期にすべきことは、おのずから明白でありましょう。

それから、あなたはこのあたりで交友関係を整理することを考えてください。 整理するというよりも、できれば交際を断ってください。 これまでだらだらと付き合ってきた友人を遠ざけ、職場の同僚とも一線を画してください。 そう簡単にはゆかないでしょうが、また、なぜそうまでするのかという疑問もあるでしょうが、ともかくそうしてください。

(丸山健二『まだ見ぬ書き手へ』P.121)


こうした覚悟を早くも9〜13歳のみぎりに求められている事実を考え合わせれば、“求道者の星まわり”を背負うか否かの選抜はそれ以前に行われていることになるようです。

ついんじて、十牛図の指し示す道をゆく宿命を持つ者は、“求道者の星まわり”を背負うかどうかを決める選抜試験の合格者と云えます。

しかしながら、そういう素質を持った人物は それほど多くはありませんので、時節が来たら俗世から隔絶されて己れの心を見つめる環境に放り込まれる、そんな数奇な運命のあることは、“求道者の星まわり”を背負った者の間でしか知られていないのでございます。

(2014.3)

矢印マーク 『まだ見ぬ書き手へ』

救済の文学を志す天才作家は必読である。
丸山健二がここで何を云わんとしているか…
きっと君なら分かるよね?

桃雲水

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