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【坐禅作法66】神秘体験とは何か

ちょっとはマシな坐禅作法 神秘体験とは何か〜十牛図提唱3〜

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〜十牛図提唱3〜


伝道の利器・十牛図


十牛図の各段階に到達するときには必ず何らかの“けじめのイベント”を伴う。

この事実はわが国への禅の伝来当初から伝承されていなかったものと考えられます。 もしも十牛図を大陸から持ち帰った僧が、その秘中の秘を体験したうえで何らかの手ほどきを受けていれば、今ごろ十牛図は、単なる禅寺の蔵書として埋もれることはなく、禅の伝道における利器として活用され、何処かの名刹では本尊並みの待遇を受けていてもおかしくはない。

と申しますのは、東洋の終点に位置する日本の天分は、大陸で生まれた優れた文化の改良と保存にあるゆえ、倭人の本具として殊更(ことさら)な形式主義を重んじるからであります。

文字・火薬・羅針盤・製紙法・印刷術などの大発明は いずれもお隣・中国のお家芸。 わが国はその文字を借りて“仮名”を生み出したにすぎません。 しかし、そうした発明を分析・改良・発展させる根気と器用さに優れていたことが、わが国戦後の躍進に一役買っていたことは否定できない事実であり、一方、火薬・羅針盤・印刷術の三大発明のあった中国は その改良・発展にとんと興味がなく、ルネサンス期の西欧で実用化された歴史をみれば、好対照な民族であることがわかります。

また、発祥の地・印度や発展の地・中国で遥か昔に廃れてしまった真言密教が わが国高野山に現在も息づいていること、 いかなる宗教も文化に取り入れてしまう世界に例をみない精神性、原爆を二度も落とされるまで方向転換を英断できない遅鈍な神経、それらを鑑(かんが)みれば、日本人に課せられた天分は明らかでありましょう。

してみれば、十牛図が軽んじられている現状は、わが国に十牛図の伝わった時点で その手ほどきをできる正師が大陸にすでに存在していなかったから、と考えられますまいか。

それにつけても、十牛図の真意が閑却(かんきゃく)されるようになったことは禅の伝道のために甚(はなは)だ嘆かわしいことであります。

白隠禅師24歳の見性体験の折、増上慢に陥ったことが伝えられていますが、たまたま正受老人なる正師に諫(いさ)められたからよかったものの、果たして現代においてそのような正師に巡り合えますかどうか。 かりに白隠のように五百年に一人の逸材となる素質を持った人物が現代日本に生まれましても、誰一人として道を指し示すことができないとしたら、たまさかのことでは済まされますまい。

ところが、もしも十牛図の各段階に到達するときには必ず何らかの“けじめのイベント”を伴うという事実を知っていたならば、その体験に囚われることなく、自分の立ち位置を独力で判断することも可能となるのです。

試みに白隠24歳の見性体験を十牛図に照らして検証してみましょう。

赤雲水

神秘体験のカラクリ

黒雲水

「澄みきった空の彼方よりボーンとひびいてくる寺の鐘の音が心魂に透きとおる」のを感得して、ハッと眼をさまし、身心が天地にとけ澄んで満ちひろがり、天地と自分との境がなく、天地とともに澄み渡り満ちひろがっている大きい大きい自分を体感して一大安心と歓喜をおぼえた。

(直木公彦『白隠禅師―健康法と逸話』P.22「白隠禅師の人と仕事」)


これが白隠の体験した24歳の見性体験です。 このあと白隠は「天下でこのような大きい悟りを得たものはあるまい」と思い込み、増上慢に陥るのですが、それは先人の書にあった「天地とわれとの一体感」を期せずして体験してしまったからであります。

しかしながら、この主客合一の三昧(サマディ)とも呼ばれる一体感は生まれつき起こしやすい人が時々いるのです。 この体験は意識が別次元の意識に飛んでしまう変性意識の体験ですが、その原因は胸の位置にある蓮華(アナハタ・チャクラ)にありまして、そこはヨーガの文献に「眠っているときの意識は胸の蓮華にある」と説かれていますように、夢の世界への入口なのであります。 さらには交通事故などで胸椎の何番目かが狂ったという程度のことで蓮華の動きやすい人と動きにくい人の別が生まれるものですから、とどのつまりは胸椎の狂って生まれてきた白隠の妄想癖がお先走っていただけのことかもしれないのです。

それでは何故このような体験が起こるのかと申しますと、十牛図の各段階に到達するときには決まってクンダリニーが活性化されるからであります。 そのクンダリニーのシャクティ(クンダリニーを熱湯とすると、そのシャクティは湯気のようなもの)が胸の蓮華を刺戟したために図らずも観ることになった白昼夢。 それが白隠禅師24歳における見性体験の正体であります。

神秘体験といっても、その程度のものですから、こうした体験の意味する主眼点(ポイント)は神秘体験そのものにはありません。 この体験の直前に何か大きな心境の変化があったはずで、むしろ、そちらの方が重要なのです。

この白隠24歳の見性体験は生涯最初の神秘体験のようですから、おそらく過去観に成功していたものと推察できます。 生涯に起こった善いこと悪いことのすべてに意味があったと気づき、運命を操っている偉大な存在に畏敬の念を発していたに違いありません。 なぜなら、それが十牛図一「尋牛」に到達するための条件になっているからです。

それは私が“興菩提心体験”と呼んでいる段階と同じものでありますが、そこに到達した“けじめのイベント”として神秘体験が待っていた。 ただ、それだけのことにすぎないのであります。

不肖(ふしょう)、私の興菩提心体験は「法悦の涙を流した」という号泣体験でしかなく、若き白隠のように劇的な神秘体験をしたわけではありません。 それでも自分の運命を操っている大いなる存在に畏敬の念を覚えたことに変わりはなかった。 私にとってはその号泣体験が尋牛における“けじめのイベント”だったのでございます。

かくの如く申しましたならば、私がここで皆様にお伝えしたい一事を承知していただけるかと存じます。 それは、坐禅修行の途上で生じる神秘体験は“けじめのイベント”にすぎないもので、仔細に観察し伝承すべきは その体験に至った際の心境の変化の方にある、という一事なのであります。

十牛図一『尋牛』

要件:菩提心を興すこと。

図・布施仁悟(著作権フリー)
矢印マーク 『白隠禅師―健康法と逸話』


坐禅と気の関係を明かした本。
内観の秘法と軟酥の法は坐禅の基本。
白隠禅師の『夜船閑話』と『遠羅天釜』で
ちょっとはマシな坐禅をしよう。


方法論の転換

さらに今ひとつ一考を要するところは、十牛図の各段階を上ってゆくためには、前の段階に到達したときの方法論とは別の方法論を試みなければならないことです。 たとえば十牛図一「尋牛」から十牛図二「見跡」に至るためには“尋牛を捨てる”ことを要求されるのでありますが、さしあたって具体例を挙げておく方が理解の助けとなるでしょう。

ここからは われらが白隠慧鶴の見跡体験を分析してみることにいたします。

尋牛の体験として三昧を知り有頂天になった白隠は、まず信州飯山の正受老人・道鏡慧端のもとを訪ねました。

山へ薪を伐りにいっていた正受老人は慧鶴をじろりと見ただけで相手にもしません。 慧鶴は正受老人の一瞥に心の奥底をのぞかれたような恐怖を感ずるのですが、なにを問答をするのですが、はじめから全然相手になりません。 慢心の鼻をねじ曲げられ「穴ぐら禅法」とののしられ、「利己坊主」と叱りとばされてしまったのであります。

(直木公彦『白隠禅師―健康法と逸話』P.23「白隠禅師の人と仕事」)


このとき白隠はすでに尋牛に到達していたのですから、次に目指すべきは十牛図二「見跡」。 その図を見ますと牛の足跡を追いかけています。

十牛図二『見跡』

要件:ペルソナを剥がすこと。

図・布施仁悟(著作権フリー)


十牛図における牛とは己れの自我の象徴ですから、牛の足跡を追うということは、これまで野放しにしてきた自我の動静を観る術を身につけること。 すなわち心随観を修めることにほかなりません。 その一つ前の十牛図一「尋牛」に至るためには畏敬の念を興せばよかったところに、今度は自我の観察を要求されてくる。 修行の毛色がガラリと変わってくるのであります。

無論、畏敬の念を深めることは大切なことでありますが、その方法論一辺倒では次の段階への到達はままならない。 十牛図の階梯を上っていくためには前の段階に至ったときの方法論を捨てて新しいアプローチを試みなければならないのです。

そして既におわかりでしょうけれども、心随観を修めるに当たっては劣等感と対峙するという坐禅修行最大の難所が立ちはだかります。

その劣等感はどうして生まれるかと申しますのに、理想の自分像と本来あるべき自分とが分裂するところに発生します。 理想の自分像とは心理学の分野で仮面(ペルソナ)と呼ばれるもので、他人に好かれようとか、他人よりも優位に立とうとして身につけてきた処世術とでも云えばよろしいでしょうか。 他人の前で必要以上に謙遜してしまうとか、金品や知識や技能を見せびらかそうなどという根性は、すべて、仮面(ペルソナ)を身につけている証拠であります。 口先で高尚なことを申したり、立居振舞をしとやかにしましても、決して上品に見えないばかりか、そのために却って卑しさの目立つことがある。 それもすべてペルソナのせいなのです。 したがいまして、心随観の入口では その仮面を脱いで本来の面目を取り戻し始めることを求められるのであります。

そこで白隠をあずかった正受老人は一体どうしたか?

青雲水

修行の手引き十牛図

緑雲水

徹底的に罵倒を浴びせることで白隠の仮面を引っぱがしにかかったのです。 これは、そんなある日のやりとり。

どうしても正受老人の与えた公案(禅の問答)に応え得られず、心中もくらく、歓びがないのであります。 いよいよ慧鶴はころされるも辞さない勢で老人に自分の心中の会得(えとく)をつげ、一大法戦(ほっせん)をこころみるのですが、ここでも「邪利坊主」と叱りとばされ「死禅め」と鉄拳で叩きのめされ、足で蹴跳ばされて縁側から地面にころがり落とされ、ハッと目ざめるところあり、泥まみれのまま、また縁側にはいあがり老人に所見を呈するのですが、全然相手にされず、部屋の戸をピシャリとしめられ茫然とするのです。

(直木公彦『白隠禅師―健康法と逸話』P.23「白隠禅師の人と仕事」)


その翌日の托鉢中、老母から箒の柄で頭を打ちすえられた白隠は その場に昏倒してしまいます。 見跡体験が起こったのは白隠が目を覚ましたときのことでした。

慧鶴が目をさますと、目に入るもの耳にきくものが全て今までと異なり、ひたひたと別の心に感じられ、つい最前までわからなかった多くの公案等も透きとおるように氷解して目に見え手にとれるように判っきりと覚り、心中はひろびろとしてかぎりない空感と自由自在境にとけいっておるのです。 やぶれたすげ笠をかぶり、師のもとへ法悦にひたされて戻るのです。

(直木公彦『白隠禅師―健康法と逸話』P.24「白隠禅師の人と仕事」)


正受老人は白隠が寺の門を跨がないうちから「汝、徹せり」と言って喜んで迎え入れたそうでございます。 この正受老人の一言の意味することろはこんな風ではありますまいか。

尋牛の体験で三昧を知った白隠は他人よりも優位に立とうとする自我に囚われていました。 一方、それを見抜いた正受老人は入門してきた白隠に罵倒で応えたのですが、見跡体験に至る前日の法戦で白隠のペルソナが壊れかかっていることを見てとった。 翌日、托鉢から戻ってくる白隠の様子を見て“けじめのイベント”の通過を察した正受老人が一言。

「汝、徹せり」

このとき正受老人は南泉遷化の公案を白隠に与えていたのですが、ペルソナさえ脱げれば透過しようとしまいと構わなかったに違いありません。

このように禅の階梯を教える十牛図は、修行者にとっては立ち位置を見失わないために、導師にとっては指導方針の決定に、どちらにとってもその手引きとなるものなのであります。

斯様なまでに坐禅修行に役立つ十牛図。 この時代のわれわれに残された十牛図という伝道の利器を捨て置くという法はありますまい。 願わくは、これを今少し復活させてみたいものでございます。

(2014.2)


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