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【坐禅作法63】38歳の君へ

ちょっとはマシな坐禅作法 38歳の君へ〜アカデメイアからの手紙5〜

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〜アカデメイアからの手紙5〜


38歳になった布施仁悟くんへ

アカデメイアを卒業するまで残り一年ばかりとなったけれど、
いかがお過ごしかな。どうやら、パラレルワールドと現実世界を
つないでいるパラドックスホールを使いこなしているようだね。

「心を正しく落ち着けることに成功すると
現実世界のものごとはあるべき場所におさまってゆく」

その心の中にあるパラドックスホールを知ったからには、
当学園で学べることはほとんどないと言っていい。
そのホールを広げる努力を続けるなら、あとは、
真理が向こうから挨拶しにやってくる時節を待つだけだ。

そうして、いよいよアカデメイアを卒業すると、
運命はその制御の一部を君の手に委ねるようになる。

これまでは運命に流されるままに生きざるを得なかったけれど、
これからはアカデメイアで蓄積してきた技能や知識を活かせる
ようになってくるんだ。

嬉しいだろう。でも、心得違いをしてはいけない。

君の発揮するべき才能は、あくまでも宇宙経綸と合致して
いなければならないからだ。君は与えられた役分を演じていればよく、
それは宿命に忠実にしたがって生きるということでもある。

たしかにアカデメイアの卒業生は時代の数百年先を生きている。
だからといって時計の針を一気に進めることは許されない。君は、
何か特別な存在になったわけではなく、やはり人類の一員なんだ。

したがって、その時代の人類に必要なものを、必要なときに、
その時代の形式で提示していけばいい。どうすればいいのかは、
諸事遅からず早からずまさに適切な瞬間に知るだろう。

もし宿命をはずれて自分の役分を反故(ほご)にするなら、その途端に、
取り返しのつかない「運命のしっぺ返し」を喰らうに違いない。

「宿命を生きないやつは運命に流されて生きることになる」

それが法則なんだ。たぶん、私からの手紙はこれで最後になるから、
そこのところをしっかり警告しておこうとおもう。

これから話すのは、当学園史上、もっとも愚かな卒業生のお話だ。

矢印マーク ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)


超人哲学者・ニーチェ。
圧倒的な才能を持ちながら悲劇的な生涯を閉じた。
ニーチェとは究極の反面教師のこと。


ただし、もっとも才能ある生徒でもあった。
失礼を言うけれど君の数倍は頭がキレたと言っていい。

彼の名はフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。

哲学を志すものなら一度は読んでおきたい『ツァラトゥストラ』の著者だ。
君は大学生のみぎりに読もうとして挫折したんだっけかな?
でも、今なら読みこなせるから是非とも読んでごらん。

詩的インスピレーションに溢れた文芸作品とも呼ぶべき哲学書だ。
彼は『ツァラトゥストラ』をちょうど君と同じ年頃から書きはじめたんだ。

信じられないかい?でも、ちょっと想像してみて欲しい。

プラトンが『真の眠り』と呼んでいたものを知っているだろう。

「夜明け前の眠りから目覚める直前」

夢と現実の狭間の世界。実にインスピレーションの源泉はそこにある。

そこでは映像にあわせて言葉や音楽が同時に流れているんだ。
それはそのまま一篇の小説や歌であり、一幅の絵画として成立している。
そこにあるものをあるがままに現実世界に引き込んだものが芸術だ。

芸術の創造過程なんて、わかってしまえば実に単純なものなんだよ。
そしてニーチェは眠りに就くことなく直接その世界に遊ぶことができた。
彼の『この人を見よ』に書かれたインスピレーションの件をみてみようか。

この十九世紀の末に昔の力強い時代の詩人たちがインスピレーションと呼んだものがどういうものであったか、はっきり知っている者がいるだろうか? もしいないなら、わたしがそれを述べてみよう。

―ほんの僅かでも迷信のなごりを心に留めている者なら、実際、インスピレーションに打たれたとき、自分は圧倒的に強い威力の単なる化身、単なる口舌、単なる媒体にすぎないのだという考えを、ほとんど払いのけることはできまい。啓示という言葉があるが、突然、名状しがたい確かさと精妙さで、人を心の奥底から揺り動かし、それに衝撃を与える或るものが、見えてくる、きこえてくる。そういう意味においては、この言葉はただ、ありのままの事実を述べているだけである。人は探すのではなく、ただ耳に聞くのである。誰が与えてくれるのかを問わず、ただ受けるのである。 稲妻のように、ひとつの思想がひらめく、必然の力をもって、ためらいのない形式で。―

そのときわたしは、一度として選択したことがない。 それは一つの恍惚状態である。

(ニーチェ『この人を見よ』-「ツァラトゥストラ」第3節)


ヴィルテュオーゾ!まさしく名人だね。

しかし彼は44歳でこの『この人を見よ』を書きあげた直後に発狂。
精神病棟に入院して廃人になったんだ。

何故だとおもう?

思うにニーチェは精神と肉体の準備を完了する前にパンドラの箱を
開けてしまったんだよ。彼はそれを『偉大なものの仕返し』と呼んでいた。

世の中には、わたしが『偉大なものの仕返し』という名を与えているところのものがある。偉大なものはすべて、作品であるにせよ、事業であるにせよ、それが仕上げられるやいなや、時をおかずに、それを仕上げた人間に歯向かってくるのである。

(ニーチェ『この人を見よ』-「ツァラトゥストラ」第5節)


精神の準備をおろそかにしない限り、その弊害は簡単に乗り越えられる。
ボクは君にニーチェと同じ轍(わだち)にはまって欲しくはないんだ。
だからニーチェという男の愚かさを解説する。彼を反面教師とするがいい。

矢印マーク この人を見よ (岩波文庫)


たしかにニーチェはワカッテる。
だけど、こいつは劣等感のカタマリなんだ。
自分の中にいるニーチェに気づけば、
魔境の危機を乗り越えられる。


君の残すべき業績は必ず“世間の誤解”という壁にぶつかるだろう。
それは現実世界にコペルニクス的転回を要求するものだからだ。
君はその批判の矢に敢然と立ち向かう力を備えていなければならない。

「それでも地球は回っている!」

裁判にかけられても屈しなかったルネサンスの哲学的科学者。
かのガリレオ・ガリレイのようにね。

かれは、その偉大なものをしとげたというまさにそのことによって、いまは弱い存在なのである。

―彼はその行為の重みにもはや耐えられない、もはやその行為の顔をまともに見ることができない。意欲してはならなかったようなこと、人類の運命の結び目がその中に結びこめられるようなこと―それを仕上げて―いまおのが背に担っているということ!

…それはかれを圧しつぶしかねない…
偉大なものの仕返しだ!

(ニーチェ『この人を見よ』-「ツァラトゥストラ」第5節)


こういう甘ったれ坊やは夢と現実の狭間の世界に出入りする資格はない。
才能が欲しかったら「泣き言いってんじゃねえぞ」ということさ。

もう一つの難儀は、身の毛もよだつような沈黙がかれを取り巻き、 それをかれが聞き続けなければならないことである。 孤独は七重の皮膚をもっている。それはどうしても突き破れない。 人間のところへ行く、友人に挨拶する、新たな寂寥があるばかりだ。 だれの眼ももはや挨拶を返しはしない。 いちばんいい場合で、一種の反逆が返ってくることを、わたしは、程度の差はあるが、わたしに近しいほとんどすべての人から経験した。 突然、彼我の距離を思い知らせることほど人を傷つけることはないらしい。

(ニーチェ『この人を見よ』-「ツァラトゥストラ」第5節)


孤独は哲学者の宿命。
しかしニーチェは孤独をねじふせることができなかった。

君だって、これまでもずっと孤独だっただろう?
たとえば25歳のとき。それから、まさしく今、このとき。
親しかった旧来の友人たちと運命に引き裂かれる感覚を覚えている。

これからは世俗の人たちとさらに距離を置かざるをえなくなるはずだ。
糟糠の家人との離別を経験する卒業生だって多い。そんなことで、
いちいち傷ついていたら宿命を生きることはできないだろう。

第三の難儀は、小さい刺戟にたいして皮膚がバカバカしいほど敏感になること、すべての小さいことにたいして一種の無防備状態におちいることである。それは、すべての創造行為にともなう防御力のおびただしい消耗から来るようにわたしには思われる。実際、最も独自の、最も内部の、最も奥底いところから発するすべての行為は、そういう消耗を前提としているのである。小さい防御能力の方は、そのために、いわば、なおざりにされてしまう。そっちの方へはもう力がまわりかねるのだ。

―もう少しはっきり言うならば、そのとき消化は悪くなり、 動くのはおっくうになり、寒けに、また不信感にひどく取りつかれやすくなる。 その不信感というのは、多くの場合思い違えにすぎないのだが。

(ニーチェ『この人を見よ』-「ツァラトゥストラ」第5節)


このすべての原因は「不信感にひどく取りつかれやすくなる」に集約される。
ニーチェというのは劣等感のカタマリみたいな男だった。
だから人の言動に傷つきやすくなる。それは繊細なんじゃない。

未熟なんだ。

こういう人物は身体の軸が歪んでいるものでね。
肉体が不完全なまま夢と現実の狭間の世界に入るとこういう症状がでる。
それが肉体への影響に留まっているうちはまだいい。ただオツムにいくと、

発狂する。

仁悟くん、君の中にもニーチェがいるんじゃないだろうか?
そいつは今のうちに殺しておけ。これは警告というより…命令だ。

運命がその制御を手放すにつれて君の才能はより開花する。
一方で、その才能を扱う分別を求められてくることも忘れないでくれ。

それから、いよいよ修学旅行の時期だね。
ずっと折り合いの悪かった両親とうまくやってこれたなら大成功だ。
一生に一度のいい家族旅行になると思うよ。楽しんでくるといい。

ところで…おい!布施仁悟。
卒業する前に、一度でいいからボクの研究室に顔を出しに来いよ。
「不義理非人情」をモットーとしているのは知っているけれど、
ちょっとくらい信念を曲げてくれたっていいんじゃないのか?

まったく…君のそういうところが気に入らない。

(2014.1)

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