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【坐禅作法37】声聞道入門

ちょっとはマシな坐禅作法 声聞道入門〜心随観のヒント 6〜

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〜心随観のヒント 6〜


仏はほっとけ

いつの時代からそう言われるようになったのか知らないけれど、
「大乗仏教のほうが小乗仏教より優れている」なんてことはない。

また声聞・縁覚道をなおざりにした菩薩道というのもおかしい。
声聞・縁覚道の二乗とそれに続く菩薩道を修めてこそ一乗になるとは、
法華経にも明らかに示されているではないか。

とはいえ調子のイマイチなオツムのせいで経典を誤読しているようだから、
どのみちここで言葉を尽くしても無駄かもしれぬ。

一切衆生悉有仏性。「仏はほっとけ」というわけで声聞道入門といこうか。

矢印マーク 『図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説』

妙法蓮華経とは、最後まで読みきっても、
「どうせ読んだってわからん」としか書いてない経典。
それでも諸経の中の王なのである。
とても読みやすい現代語訳総解説。
読んでもわからん。だけど読む。それが法華経。


心随観のコツを掴んだ禅者ならそろそろ気づいていることと思う。

心随観はお釈迦さまが初転法輪で説いた四諦八正道を補足する技術である。
初転法輪(しょてんぼうりん)とは35歳で悟りを開いたお釈迦さまの最初の説法。

そして四聖諦とも呼ばれる四諦(したい)とはこういうものだったそうだ。

『四聖諦(ししょうたい)』

苦諦(くたい)…この世の一切は苦である。
集諦(じったい)…その苦には原因がある。
滅諦(めったい)…その原因を断てば苦の一切はなくなる。
道諦(どうたい)…だから苦の原因を断つ実践が修行である。


参考:『図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説』


四諦は修行の原理を実にシンプルに示したものであることを伺える。

さらに八正道とは四諦のうちの道諦を具体的に説明したものをいう。

『八正道(はっしょうどう)』

正見…四聖諦に基づいて正しく見究める。
正思…四聖諦に基づいて正しく思う。
正語…四聖諦に基づいて正しく語る。
正業…四聖諦に基づいて正しく行う。
正命…四聖諦に基づいて正しく生きる。
正精進…四聖諦に基づいて正しく努力する。
正念…四聖諦に基づいて正しく念ずる。
正定…四聖諦に基づいて正しく心を落ちつける。


参考:『図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説』


つまり「人生における苦悩の原因を知り、その原因をつくらないように生きろ」
というのが仏教の根本的な教義なのである。極めて簡潔なものだったのだ。

そして心随観は人生における苦悩の原因を知る技術。
苦悩の原因にさえ気づいてしまえば原因を取り除く方法もわかるから、
仁悟式心随観はその方法を言葉の処方箋としてまとめようという発想である。

その苦悩の原因を知るコツはといえば因果観にある。
それがためにお釈迦さまは因果律を説かねばならなかったのだ。

ただしその因果律を支配しているとされる神は世間一般に誤解されていて、
どこか遠くで運命を操っている得体の知れない存在だと思われがちである。
そこでお釈迦さまは“仏”という言葉を発明して、こう説いた。

「“仏”は各人の中にいる。“仏”に従え。諸君を悟りに導くものが“仏”だ」
“仏”を“キリスト”に差しかえれば、そのままイエスの説いた教義になる。

これから解説する声聞道は、因果律を支配している存在・“仏”“キリスト”。
すなわち“内なる師”の声なき声を聞く方法論である。

赤雲水

内なる師と上手に付き合うための言葉の処方箋

黒雲水

まず最初は内なる師との付き合い方のガイダンス。

Case5 内なる師と上手に付き合うための言葉の処方箋


内なる師は言葉ではなく因果を操ることでボクらを導く。
思わしくない結果に直面させることで“気づき”を促すわけだ。

どんなときにも心の成長を遂げるための最適な出来事に巻き込まれる。
(布施仁悟)


脅しも泣き落としも通用しない。かなり頑固なやつだからヘタな期待は禁物だ。

慈悲とは必ずしも理性の好きにさせることではない。
(布施仁悟)


とくに菩提心を興した禅者は覚悟しておくといい。
自分の心の過ちを一掃できるまで絶対に人生は開けない。

ある環境で必要な学習を終えるまで次の環境には移れない。
(布施仁悟)


もちろん内なる師から与えられる試練を乗り越えるためのコツはある。
まずは甘んじて受け入れること。

「抵抗しても無駄」とわかれば道は開ける。
(布施仁悟)


次に自分を取り巻く環境ではなく自分の心に原因を探る。

どんなに理不尽にみえる出来事にも、その背後には自分の心の過ちがある。
(布施仁悟)


ときおり湧き上がる“増上慢”、“菩薩きどり”にご用心。

答えを知っていると思いあがれば、そこから先は行き止まり。
(布施仁悟)


内なる師は試練と同時にヒントも与えてくれている。けっこう粋なやつなんだ。

どんなときにも、まさに必要としているものが与えられている。
(布施仁悟)

試練といえども逆手にとれば解決策を連れてくる。
(布施仁悟)

どんな小さなことにも何らかの意味がある。
(布施仁悟)


そうやって長年付き合っていると心の平静を楽しむようになってくる。

たとえ思い通りでなくても、しばらくすると大きな進歩に気づくもの。
(布施仁悟)


内なる師の声なき声による指導は日常生活のいたるところにある。

たとえば、朝から不機嫌な妻または夫。職場にいる意地悪な上司や同僚。
思い通りにならない反抗期の子供。要領を得ないお店の店員…。
これらは心の状態に合わせて内なる師がその状況を映し出して見せている。
つまりその全ての原因は相手のオツムではなく実に自分の心にあるのだ。

これは、もちろん、にわかには信じ難いことだと思うけれど、
声聞道の成道はこの発想の転換をできるかどうかにかかっている。

したがって“困ったちゃん”に出会ったらこう考えてみるといい。

「また内なる師がそそのかしていやがる」


そう考え始めたときから解決策はポンポン浮かび上がってくるはずだ。

すなわち状況の影響を受けることなく心の平静を保ち続ける方法がわかる。
すると不思議なことに問題とされる相手の態度が変わってしまうのである。
それでも変わらないオツムの調子の逝ってる人とは縁が切れて一件落着。
そんなわけで声聞道にはやみつきになる面白さがある。

この内なる師の手口を理解できると『釈迦の三法印』の意味もわかってくる。

『釈迦の三法印』

○諸行無常印
→あらゆるものごとは移り変わるから手に負えない。

○諸法無我印
→ものごとは自分の思い通りになるものではない。

○涅槃寂静印
→身心を落ち着けていればそんなことはどうでもいい。


三法印は三位一体。トライアングル構造をした声聞道のコツである。

諸行無常印、諸法無我印は状況の影響を受けないようにする考え方のコツで、
この二法印を理解できれば涅槃寂静印を達成できることを示している。

逆に涅槃寂静印に達するとき諸行無常印、諸法無我印を思い知ることになる。

矢印マーク 『聖書―旧約・新約』

イタリア人神父が粋に日本語訳した聖書。
イラスト・地図などの資料も豊富で、
旧約・新約、あまつさえ詩篇もついたお徳な一冊。
聖書は坐禅修行にも必ず役立つ。
かりそめにも軽んじてはならない。


さらに声聞道は『イエスの究極の掟』に通じるものでもある。

『イエスの究極の掟』

○汝の主なる神を愛せよ
→内なる師を信頼したらものごとの道理もよくわかる。

○而して、隣人を汝自身のごとくに愛せよ
→そうして誰の中にも内なる師をみれば誰でも愛せる。


つまり『イエスの究極の掟』とはこういうことだったのである。

『イエスの究極の掟』の意味

汝の内なる師の導きを信頼して頭(こうべ)をたれ、
而(しこう)して、隣人の内なる師の導きも信頼し耳を傾けよ。


ということは、この『イエスの究極の掟』の鍵は“謙虚さ”にあるようだけれど、
声聞道をゆく禅者の胸中に醸成される謙虚さは一般的な道徳のものとは違う。

慈悲・愛・感謝・親切・正直・謙遜・公平・寛大・思いやり…。
どんな高尚な理念を口にしようと“禅者の謙虚さ”なしにはニセモノにすぎない。

それは一体どういうことか?声聞道に基づいて考えてみよう。

『思いやり四原則』という言葉の処方箋

まず内なる師の指導を受け入れる覚悟を決めた頃から謙虚さは芽生える。

どのみち内なる師の指導なしには自分にとっての最適解も分からず終いなので、
実はものごとの道理を何も知らなかったと事あるごとに痛感させられるからだ。
ただし、この時点で生じる謙虚さは自分の内なる師に対するものでしかない。

この謙虚さが隣人の内なる師に対しても広がる頃に“禅者の謙虚さ”は生まれる。
おそらく、その頃にはこう考えはじめているはずだ。

自分の最適解もわからないくせに他人をどうこう言うのは思いあがりにすぎない。
(布施仁悟)


内なる師の指導を受け入れる覚悟を決めるまでの自分の境遇を思えば、
時節の到来までは誰一人として聞く耳を持てないことを認めざるをえないだろう。

つまり今の自分が若い頃の自分に助言を与えても却(かえ)って逆効果で、
因果律に照らせば内なる師による適切な指導はどの時節にもあったと気づく。
ただ今の自分の境遇はそのことごとくにダメだしを喰らってきた結果にすぎない。
そう考えると誰の上にもある内なる師の導きの前にかしずかざるをえないのだ。

その結論として“仏はほっとけ”の境地に達するはずなのである。
それは要するにこういう確信に基づいている。

問題を解決する能力は誰の中にも眠っている。
(布施仁悟)


すると、たとえば一般的道徳における“思いやり”はひどく歪んでいることも知る。

Case6 『思いやり四原則』という言葉の処方箋


本当の“思いやり”とはこういうことではないだろうか。

「今いるところにそっとしておく」のが思いやり。
(布施仁悟)

「ああ、かわいそうにお気の毒さま」も思いやり。
(布施仁悟)

「それもそうだね」も思いやり。
(布施仁悟)

「求められたら協力する」も思いやり。
(布施仁悟)


“禅者の謙虚さ”とは隣人自体ではなく隣人の内なる師に対する謙虚さである。
隣人の内なる師の導きを信頼できないことは相手を見くびることに等しい。

つまらない同情をかけたり、慈善のつもりで何度も繰り返される援助は、
その相手を無能力者呼ばわりしているようなもの。人を却ってダメにする。

こうして内なる師の指導から愛や慈悲の何たるかを知る。それが声聞道なのだ。

とはいえ声聞道から導き出される愛や慈悲についての結論は、
えてして世間一般における礼節・義理・人情とは相いれないものである。
そこで与えられる救済は“見限り”に近いから初めは当惑するに違いない。

まさしく仏教の輪廻転生の教義が心に優しく響いてくるのはその瞬間だ。
もしも今世かぎりで目前にいる凡人の行く末のすべてが決定してしまうとしたら、
“仏はほっとけ”などとは言っていられないけれど、そうではないのである。

そして、この“見限り”を覚えた禅者は対機説法を学んでゆくことができる。

青雲水

“見限り”という名の言葉の処方箋

緑雲水

法華経では「むやみに教えるな」と云いながら、一方では「教え諭せ」とも云う。
つまりは菩薩道に入る前に対機説法を身につけておけということだけれど、
相手の素質やセンスの有無を見分ける呼吸は“見限り”を覚えた頃から育まれる。

それは同時に礼節・義理・人情など倫理の束縛からの解放を自他にもたらす。

Case7  “見限り”という名の言葉の処方箋


面倒なヤツからはアメちゃん一個でももらうな!

逃げられるものは逃げたほうがいい。
(斎藤一人)


礼節や義理や人情なんてほどほどに果たしておけば十分。

節約とは大切にすること。それが出し惜しみなら単なるケチ。
(布施仁悟)

できない約束はしないほうがいい。
(布施仁悟)

ベストを尽くすとは、ベスト以上でも、ベスト以下でもないこと。
(布施仁悟)

誰もが自分なりにベストを尽くせばいい。
(布施仁悟)


人間は誰かに仕えるために生まれてきたわけじゃない。

誰かを気分よくさせるために自分が不愉快になるのはバカバカしい。
(布施仁悟)

与えることのできる以上に与えたり、与えたい以上に与える必要はない。
(布施仁悟)


なので余計なお世話はやめておこう。

求められてもいないことには口を出さないほうがいい。
(布施仁悟)


そもそも倫理観を押しつけて人を思い通りにしようなんてこざかしい。

思い通りを望むことは人の心を曇らせる。
(布施仁悟)


そんな倫理観なんて捨ててしまえば誰の失敗でもゆるせる。もちろん自分も。

失敗は再び繰り返す時のみ過ちとなる。
(布施仁悟)

失敗とは避けることのできない人生のつきもの。
(布施仁悟)


おしなべて声聞道は仏教教義の本質に沿った正統の道であるとわかるだろう。
ゆえに菩薩道へ至るためにもまずは声聞道を通過しなければならないのだ。

ただし声聞道を早く通り抜けるための近道はある。
というわけで必然的に『声聞道実践』へと話を進めることになるのだった。

(2012.4)

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