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【坐禅作法28】禅の公案とは何か?

ちょっとはマシな坐禅作法 禅の公案とは何か?〜Trial Impossible 4〜

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〜Trial Impossible 4〜


無意識の壁

前回のミッションで紹介した『禅的三密観』はもう実践してみただろうか。
どのみち禅者諸君におかれましては無駄に過ごしているものと思われる。

チベット体操を続け、朝晩の坐禅を欠かさず実践している。
無論、その素質と努力は認めよう。
たしかに諸君はその辺の凡人よりはマシな部類に属する。

ところで新しい心の契約は幾つノートに書き込まれているかね?
禅的三密観の効果とその真意はわかってきたかね?
心随観のコツを掴むことはできたのかね?

素質と努力だけではどうにもならないものがある。
それは、いうなれば“センス”だ。
禅者諸君に欠けているその“センス”を今回は取り戻してもらう。

常識、道徳、伝統、信仰、倫理を疑わなければならないことは、
前回のミッションを読めば誰だって理解できることである。
ただし、それを意識の奥深くでの痛感に変えなくてはいけない。

ところがそこには壁がたちはだかっている。“無意識の壁”だ。
両親、友人、教師、メディアなどから吹き込まれた常識を盲目的に受け入れ、
諸君は、そこに多少のアレンジを加えて無意識的に行動してきたのである。
諸君のこれまでの人生など夢遊病者のごとく徘徊的に生きてきたにすぎない。

そのため無意識の壁をブチ破る方法を学ぶ機会にも恵まれてこなかったから、
怒りや嫉妬などの怨念の粗相(そそう)をまき散らしてしまうのである。

この無意識の壁は坐禅の“修行”で破ることはできない。
その壁を突破するのは業(カルマ)を解消する“修業”以外に無いからである。

しかし、もしもボクが“修業”の話を始めようものなら、
おそらく諸君の心は即座に拒否反応を示すに違いない。
あるいは自分に都合のよい話だけを受け入れようとするかもしれない。

それが“無意識の壁”だ。

何か或る善くない考えが心の中に入り込むとどんな事が起るか。 その影響から逃れるためにそれを払いのけようとするのではないか。 しかしその正体がよくは把握されていないために、その影響は依然として残っている。 自分の想念の正体をよく把握して対処しないと、 足掻(あが)き、糾弾し、非難し、揚句(あげく)に その影の反対のある考えに無理に自分の注意を向けようとして、 反ってその為に一層葛藤を造り出してしまう。 こうして物の考え方が、 少しも創造的ではない無益な苦闘の中に捕らえられてしまうのが分からないのかね。

(M・マクドナルド・ベイン『解脱の真理』-P.225「第八章 匿名師の説く解脱の真理・患者指導の仕方(二)」)


ボクは葬式仏教の学者坊主ではないからお茶を濁すようなことは言わない。

ここからは容赦なく“修業”の話をするつもりなのだ。そのとき、
心がどうして拒否反応を示したのか?
どうして都合のよい話だけを聞こうとするのか?
その想念の正体を暴いた禅者だけが進歩できることを覚えておいてくれたまえ。

矢印マーク 『解脱の真理 改訂版―ヒマラヤ大師の教え』


つまり心随観の入門書がコレなのである。
霞ヶ関書房の本はAmazonで絶版扱いになっていても
大型書店で注文すれば取り寄せてもらえるはず。
いざとなれば出版社に直接注文するといい。
送料はかかるけどマーケットプレイスでカモられるより、
ずっといい。
参考までに…定価:5250円TEL:03(3951)3407

矢印マーク 『キリストのヨーガ―解脱の真理 完結編』


解脱の真理の続編。前作の内容をさらに掘り下げている。
心随観のより実践的な内容でありがたい一冊。
続編なのに出版社が違うのはどういわけだ?
参考までに…定価:3360円TEL:03(3439)0705

赤雲水

物語の価値

黒雲水

では最初に、無意識の壁をすり抜けて魂の力を再生する物語の価値を考えよう。
“修業”はそこから始めるのが王道だ。
ただ物語の話であるからまずは文学論をひとつぶってみたいわけである。

とにかく、われらが日本の文学は諸外国のものに比べて程度が低すぎる。
お情けでいただいたノーベル文学賞受賞者までノイローゼで自殺する有様なのだ。
現在のところ日本の文学とは“ノイローゼ文学”と評価せざるをえない。
その元凶を考えてみるに儒家の祖・孔子に突き当たるだろう。

たとえば誰もが知っている芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を例に考えてみよう。

地獄に落ちた主人公・カンダタは極楽から細い糸をたらされる。
生前に蜘蛛を助けた善行を認めたお釈迦様が自らカンダタの前に垂らしたのだ。
眼前にたらされた細い糸を登っていくと地獄にいる他の者たちも登ってきた。
そのままでは糸が切れてしまうためカンダタはその者たちに叫ぶ。
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。下りろ。下りろ」
その途端。極楽へと続く細い糸はぷっつりと切れた。
その一部始終を見ていたお釈迦様はぶらぶら歩いて昼飯を食べに行ったとさ。

芥川は“慧眼”と“閃き”を備えていた秀才だ。文章の“技”も立つ。
その彼がどうしてまことにつまらない道徳的なオチをつけてしまったのか?

「この蜘蛛の糸は己のもの」と言ったカンダタの言葉はまったくその通りで、
極楽の釈迦もそれを承知していたはずだ。ところが、芥川は糸を切ってしまった。
陳腐な道徳的訓戒を盛り込んだせいで、因果律の象徴である釈迦は、
気まぐれで得体の知れない存在に成り下がってしまったことになる。
おかげでこれを読む子供にとって心に残るのは不安ばかりなのだ。

たしかに明治に入ってからの言文一致運動で新しい文体は生まれた。
ただその精神は未だに徳川三百年の儒学の呪縛から脱皮していないのである。
芥川龍之介もまた抜け出すことのできなかった一人なのだ。
“ノイローゼ文学”の旗手はみずからノイローゼになって自殺を遂げた。

孔子という人物は40歳で悟りながら権力にすり寄っていった落伍者だ。
映画『スター・ウォーズ』で譬(たと)えるならこういうことになるだろう。
フォースの暗黒面に堕ちたダース・ベイダー卿。それが孔子なのである。
彼が信念を捻じ曲げて「義」だとか「礼」なんてことを言い出したことが、
現代になってもボクらの社会や人生に暗い影を落としている。

だから21世紀の日本を生きるボクらは老子の叫びに耳を傾けよう。
「大道すたれて仁義あり」「礼は忠信の薄きにして乱のはじめなり」
老子はさしずめジェダイマスター・ヨーダと言ったところだろうか。

一方で西洋の作家は寓意(ぐうい)を含んだ物語の創作に長じていたりする。
その“慧眼”と“閃き”を遺憾なく発揮している作品が多いのだけれど、
それは民間伝承されている童話の影響ではないかと思う。
三つ子の魂百までというからその産湯(うぶゆ)をつかったかどうかの差は大きい。

それらの童話の元ネタはイスラムにある。
西洋の童話はイスラムのスーフィーの伝承物語と地下水脈でつながっているのだ。
その民間伝承されている物語の価値に気づいた作家がロシアにいた。

矢印マーク 『トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』


この作品集の『洗礼(なづけ)の子』でボクはわだかまった。
『三人の隠者』というお話は『スーフィーの物語』にもあって、
中央アジアの何処かの国からロシアにも伝わったようだ。
ロシアに文豪の生まれる秘密がわかった気がする。


ボクはロシアの文豪・トルストイが晩年に残した民話集で物語の価値を知った。

「意味は解らない、それでいて、わだかまる」そんな話ばかりで、
その幼い頃にうけた印象がずっと花の種のように心の奥に潜んでいたらしく、
ボクが坐禅を始めた時分から開花し始めた。意味が解るようになったのである。

おそらく禅の公案というのはこういうものなのだと思った。

スーフィーの修行場では、弟子は導師から与えられた物語に心を集中し、 弟子の理解が一定の段階に達したと判断されると、 導師はその物語に秘められているさらに深遠な意味の次元へ弟子を導いてゆく。

(イドリース・シャー編著『スーフィーの物語』-P.1〜2「序文」より)


道徳的な物語は理性を満足させるだけで“わだかまる”ということは絶対にない。
道徳的訓戒に傾いた物語は読む人の心に“不安”ばかりを残してゆく。
一方、真理の寓意を含んだ物語は読む人の心に“わだかまり”を残してゆくものだ。

この“わだかまり”は特に正誤善悪の判断を下したときに禅者の心に強く響く。
「もしかしたら自分が間違っているのかもしれない」
イスラムの神秘家スーフィーはこの物語の特性を利用して弟子を導くのである。

精神的真実を含む物語は、本や映画という形をとって、 すでにそれを必要としなくなった人たちにさえも愛され続けるだろう。 それらはまた、自我の防衛システムに気づかれずに、 物語を通してしか届くことのできない人たちの中に 覚醒の最初のきっかけを与えるという重要な役割を担っている。

(ガンガジ『ポケットの中のダイヤモンド』-P.010「序文 エックハルト・トール」)


この聖書の聖句も、このことを言っているのである。

イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、
たとえを用いないでは何も語られなかった。

(マタイ13-34)


すなわち優れた物語は無意識の壁をすり抜けて悟りの種子を心に植えるのだ。

そこで、まずは旧約・新約聖書や法華経の喩話を読んだりして、
心の中に“わだかまり”をたくさん作っておくといい。
参考として、ボクに“心のわだかまり”を作ってくれた本と映画を挙げておく。

矢印マーク 『スーフィーの物語―ダルヴィーシュの伝承』


こういうものは幼い頃から読んでおくべきだ。
これは、いわばイスラムの公案集。
禅の公案より入門しやすい。
というより、遥かにその上をいっている。

矢印マーク 『あるヨギの自叙伝』


インドのヨガ行者の修行記。
悟境の深まりにつれてエピソードに込められた真意が立ちのぼる。
そのとき物語は警句となり教訓となって迫ってくる。
聖者独特のぶっ飛んだユーモアも楽しい。
よく書き残してくれたと思う。
聖典『バガヴァッド・ギーター』入門書としても最適。

矢印マーク 『無我と無私 禅の考え方に学ぶ』


弓聖・阿波研造のもとで悟ったドイツ人哲学者の稽古記。
頭の固い現代日本人と合理主義のドイツ人は発想が同じ。
著者・ヘリゲルの迷いと疑問は現代日本の禅者にも通じるはず。
コチコチオツムのボクにとっても非常に参考になった。
この本の訳が一番読みやすいと思うんだけど絶版。
別の訳もあるみたい。
福村出版『弓と禅 改版』・岩波書店『日本の弓術』

矢印マーク 『ゲーム』


法句経いわく「ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によって作り出される」
自分を取り巻く環境に起こる出来事のすべては 予め神の手によって定められているのかもしれない。
この映画を観ると因果律のカラクリを具体的にイメージできる。

矢印マーク 『マトリックス』


マトリックスとは仮想現実。
マトリックスの世界では誰が何処で何をしようと それはすべてマトリックスにプログラムされている。 この映画の描く仮想現実はつまりこの世の予定調和のカラクリだ。
この映画を観ると因果律をより具体的にイメージできる。

矢印マーク 『スター・ウォーズ コンプリート・サーガ』


小学校の低学年の頃。ボクは20時には寝ていた。 夜遅い放送の日曜洋画劇場で眠い目をこすりながら観たのを覚えている。
劇中の“フォース”とは真理の持つ無限の創造力の象徴。 衆生本来仏也。“フォース”は誰にでも備わっている。
「ルーク、フォースを使え!」
フォースとともにあらんことを。

いよいよ心随観へ

“心のわだかまり”ができると無意識の壁に気づけるようになる。
というのは自分の身口意の動きに疑問を発するようになるからだ。

前回のミッションで紹介した『禅的三密観』の行を実践してみても、
何をやっているのかさっぱり理解できなかった禅者もいると思う。
それはまだ“心のわだかまり”の形成が不十分だからなのである。

「もしかしたら自分が間違っているのかもしれない」

この疑問を自分の心に常に発することができるようになったら、
『禅的三密観』の行は卒業してよろしい。

その頃には自分の身口意の動きに無意識であった状態から、
その動きを常に意識している状態に変わっているはずだからである。

矢印マーク 『ポケットの中のダイヤモンド―あなたの真の輝きを発見する』


ボクは心随観の実践例をこの本でしか読んだことがない。
この著者はホンモノの瞑想を伝えようとしている。 ただし文才がまるでない。玉に瑕(きず)とはまさしくこのこと。
だから読者は読解力を必要とする。 それはもちろん学校の国語で要求されていた能力とは違うからね。


次にすべきことは“心のわだかまり”にくっきりとした輪郭を形成することである。

具体的には自分の身口意の動きを常に意識している状態をさらに進めて、
自我=心が無意識に暴走してしまう原因をつきとめる段階に入るわけだ。

その手法が前回のミッションで簡単に解説した心随観なのだけれど、
これもまた意味のわからなかった禅者が多いと思う。

ただし、あれが心随観の基本。というか…本質なのだ。
諸君にセンスさえあれば すでにその本質を掴んでいるはずである。

だから今ここでしっかりと気づいて欲しい。

諸君は瞑想や坐禅の行法に関する本を何冊も読んできたことと思う。
あの行法、この行法、と渡り歩き、数々の技法を試してきたかもしれない。
しかし、どの本も、どの行法も、ホンモノではなかったのである。
諸君は無意識の壁に針の先ほどの風穴すら開けられなかったのだ。

ゆえに、そんなものは全て忘れてしまわなければならない。

これから紹介するのは、正統の坐禅。ホンモノの瞑想。自我暴露。自我徹見。
三つの心の性質を見極め無意識の壁を突破する方法だ。
今まで学んできた行法はインチキだったと思っておけば間違いないだろう。

本当の瞑想とは自我を暴露する過程なのである。
自我暴露でない瞑想は瞑想ではない。

(M・ベイン『キリストのヨーガ』P.44「第二章キリストのヨーガを求めて」)


それでは、センスのない禅者のための心随観講座を始めよう。
すなわち、これが今回のミッションだ。

Mission 4 心随観をマスターせよ


それはどんな行法なのか…想像しなくていいよ。それ当たってないと思う。

(2012.1)

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