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【坐禅作法26】因果観・輪廻観

ちょっとはマシな坐禅作法 因果観・輪廻観〜Trial Impossible 2〜

Presented by

〜Trial Impossible 2〜


ありえない試練(Trial Impossible)の眼目を語ろう

前回の「どいつもこいつもみなバカだ発言」のおかげで、
増上慢(ぞうじょうまん)のものはとっくに脱落したとおもわれる。

『善哉!善哉!われらが仏法は妙にして難思なり』

うかつに本当のことを語れば、却って心を閉ざし、深く暗い穴に落ちてしまうものだ。

これより後は、残った禅者諸君に向かって、こっそりと、
禅の本質への道標を書き残してみようと思う。まずはミッションの前に、
この『ありえない試練(Trial Impossible)』の眼目を語ろう。

祖師の語録や仏典や聖典は坐禅入門者の最大の障碍(しょうがい)となりうる。
「既に自分の中に持ち合わせているものしか、その中に観ることができない」
という性質を持っているからだ。

したがってオツムの調子のイマイチな禅者が手を出したところで、
まったくの門外漢として扱われるばかりか誤読すること必至となるはずである。

というわけで、このありえない試練(Trial Impossible)の眼目は、
オツムの調子を調えて祖師の語録や仏典を読める頭にすることにある。
そこまで辿りついたら独りでズンズンドコドコ進んでゆけるだろう。

具体的には以下の読みやすい本の内容を理解できるくらいになってもらう。
これらの本の内容を実践できれば禅の真髄・心随観を修めることになるからだ。
そうすると祖師の語録や仏典や聖典の真意もわかってくるに違いない。

矢印マーク 『解脱の真理 改訂版―ヒマラヤ大師の教え』


つまり心随観の入門書がコレなのである。
霞ヶ関書房の本はAmazonで絶版扱いになっていても
大型書店で注文すれば取り寄せてもらえるはず。
いざとなれば出版社に直接注文するといい。
送料はかかるけどマーケットプレイスでカモられるより、
ずっといい。
参考までに…定価:5250円TEL:03(3951)3407

矢印マーク 『キリストのヨーガ―解脱の真理 完結編』

解脱の真理の続編。前作の内容をさらに掘り下げている。
心随観のより実践的な内容でありがたい一冊。
続編なのに出版社が違うのはどういわけだ?
参考までに…定価:3360円TEL:03(3439)0705

矢印マーク 『ポケットの中のダイヤモンド―あなたの真の輝きを発見する』

ボクは心随観の実践例をこの本でしか読んだことがない。
この著者はホンモノの瞑想を伝えようとしている。 ただし文才がまるでない。玉に瑕(きず)とはまさしくこのこと。
だから読者は読解力を必要とする。 それはもちろん学校の国語で要求されていた能力とは違うからね。

矢印マーク 『アイ・アム・ザット 私は在る』

おバカな質問にも真剣に答えてくれる稀有な聖者。
550ページにものぼる質疑応答のなかに、
修行者の知りたい疑問と答えが必ずみつかるだろう。
解脱の真理を読めるようになってからひも解けば、
聖者・マハラジの説く心随観がよくわかるとおもう。


言うまでもなく早速これらの易しい本に手を出してもたぶん誤読するだけだろう。
だからオツムの調子を調える方法をこれから書き残しておこうというわけなのだ。

赤雲水

こころの三原色とトリグナ

黒雲水

ここでオツムの調子を調えるとは“オツムのチューニングを合わせる”ことである。
オツムのチューニングを合わせると誰でも自分の中の健全な感情に出会う。
それは怒りや不安や嫉妬などとは無縁の何ら矛盾のない瞬間だ。
その一瞬の判断こそが正しい判断であり、それ以外は負い目をつくることになる。

つまり「オツムのチューニングを合わせるコツ」さえ掴めれば、
正しい価値判断の規準を自分の中に見出せるようになるのだ。

健全な感情もまた真理の判定者となることができる。 このことが分かれば悟性の及ばぬ部分に対しても確かな係わりをもつことが困難ではなくなる。 その時々の共感、反感だけを頼りに判断するのではなく、感情が超感覚的世界の認識内容を、 本当に偏見を捨てて、自分に作用させてみるときには、 その感情の働きの中からふさわしい価値判断の規準が生じてくる。

(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』-P.011「第三版のまえがき」)


チューニングでわかりづらい向きは“ラジオの局あわせ”を想像するといい。
オツムにはラジオ局が三つあるとわかっていて“こころの三原色”と呼ばれている。

その正体は脳内に分泌される化学物質なのだそうだ。

「こころ」の背景をつくるような脳の全体的な雰囲気を決める 三つの要素があることがわかってきていて、「こころの三原色」にたとえられています。
これにはそれぞれ、ノルアドレナリン作動性ニューロン、 ドーパミン作動性ニューロン、セロトニン作動性ニューロン という三種の神経が関与しています。 これらの神経はそれぞれ神経伝達物質 (シナプスという神経どうしの接合部で信号の伝達に使われる化学物質)として、 ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンをつくります。 そしてノルアドレナリン作動性ニューロンは情動やパニック状態、 ドーパミン作動性ニューロンは逆に強い抑制やうつ状態、 セロトニン作動性ニューロンは中立的な覚醒状態を形成すると考えられています。 光の三原色に対応させると、順に「赤」「青」「緑」といえるでしょう。

(石井直方『究極のトレーニング』-P.118「こころと運動・トレーニング」)


すなわち、ノルアドレナリン優位だとパニックになり、ドーパミン優位だとウツとなる。
したがってセロトニン優位の状態に“オツムのチューニングを合わせる”と良い。

この“こころの三原色”はすでに古代インドであっさり発見されていて、
それぞれにラジャス、タマス、サットワと名づけ、トリグナ(三性質)と呼ばれている。

ラジャスの増長のしるしは
物事に対する強烈な執着 利益をうむ活動
激しい努力 抑えきれぬ欲望
そして発展へのあくなき追求 焦燥である

(ギーター14-12)

タマスが増長すれば
暗愚 邪悪 ものぐさ 無気力
狂気 妄想などが現れてくる

(ギーター14-13)

サットワが増してくると
肉体の九門 すなわち目 耳 鼻
口 肛門 生殖器が
智慧の光で輝くようになる

(ギーター14-11)


光る肛門と生殖器というのはどんなものか見ものであるけれど、
このトリグナの中で優れているのはサットワ。セロトニン優位の状態である。

サットワからは真実の知識が生じ
ラジャスからは貧欲が生ずる
そしてタマスからは愚鈍と
狂気と妄想が生じる

(ギーター14-17)


そしてボクたち禅者は究極的にサットワの境地すらも超えることを目指す。

肉体をまとった者が その体と連合するトリグナ(三性質)を
振り捨ててこれを超越したとき
誕生と老と死の苦より解脱し
物質界(このよ)にいるうちから至幸の神酒をのむ

(ギーター14-20)


なかんずく祖師の語録や公案はこの最終段階の消息を説明しているわけで、
セロトニン優位の状態すら実現できない禅者はハナから相手にしていないのである。

『こころの三原色とトリグナ(三性質)』
図:布施仁悟(著作権フリー)


したがって禅者としては何としてもチューニングのコツを掴まねばなるまい。

矢印マーク 『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』

坐禅修行のプロセスを正確に記述してある唯一の本。
(2011年1月現在・ボク調べ)
こういう本が市場に出回っている現在、
秘密にしておくことなんてもはや何もないはずである。
そろそろまともな禅書を誰かが出版しても
いいのではないだろうか?

矢印マーク 『究極のトレーニング』

『スロトレ』で有名な筋肉博士・石井直方先生の本。
スポーツ生理学の最新の研究結果をまとめてある。
選ばれているテーマがまた興味深い。
筋肉と老化。筋肉と脳。筋肉と心。
筋肉の科学はスポーツをする人に限らず、
あらゆる分野の人に共通する人間科学でもある。
人間たるもの筋肉で成り立つのでありマッスルよ。

矢印マーク 『神の詩―バガヴァッド・ギーター』

世界中で聖書の次に読まれているという聖典。
仏教とキリスト教をつなぐ架け橋となる。

輪廻の法則とは何か?

その“オツムのチューニング合わせ”には二つのアプローチが必要である。

一つは身体を動かすこと。
すなわち善玉ホルモンをドバドバ分泌しながら気のバランスを調えることで、
これはちょっとはマシな坐禅とチベット体操を継続することで実現できる。

もう一つは心の性質を知ること。
心はどう彷徨うのか?心はどう欺くのか?心をどう鎮めたらよいのか?
心の性質を知るためには生半可でない自己との対峙を必要とするのだけれど、
これは禅の真髄・心随観を実践することで達成できる。
ただしそのためには既存の脳のシステムを打ち破らなければいけない。

すでにおわかりの通り心随観というのはセロトニン優位の状態を前提としている。
なぜなら真理の価値判断の規準を自分の中に見出せるのは、
脳をセロトニン優位にチューニングできたときに限られるからだ。

問題は既存の脳のシステムのままではセロトニン優位にならない点にある。

脳の構造

脳の切断面てみたことないけど、
ホントにこうなってるのかしら…。
それにしても扁桃核は小さい。
こんなものに運命を左右されるなんてね。

図:布施仁悟(著作権フリー)


脳科学において記憶と感情はセットにして保存利用されるものとわかってきている。
そしてその主要な役割を担っているのは脳の扁桃核という部分なのだそうだ。

なんでも出来事に対する反応の条件づけは扁桃核の状態に左右されるらしい。
“らしい”というのは扁桃核の機能は複雑でまだよくわかっていないからである。

この扁桃核は感情脳と呼ばれる大脳辺縁系に属し感情と記憶を分類処理する。
脳は扁桃核で感じている感情をインデックスにして条件づけの記憶を呼び出し、
視床下部をはじめホルモンなどの化学物質の分泌を司る器官に指令を与える。

つまり、どのような化学物質を脳から分泌するかは扁桃核の状態次第なのだ。

たとえば日々あらゆる出来事が目の前を通り過ぎるものだけれど、
そこで「善」「悪」「正」「誤」「好」「嫌」のどの感情に傾くかは扁桃核の状態次第。

扁桃核が「善」「正」「好」の状態にあればいつでも善玉ホルモンが分泌され、
脳をセロトニン優位にチューニングするから積極的に運命を切り拓く人間になる。

一方で「悪」「誤」「嫌」の状態にあればいつでも悪玉ホルモンが分泌され、
ノルアドレナリン優位またはドーパミン優位の状態の脳にチューニングするため、
狂騒的あるいは消極的な何をやってもダメな人間となる。

絶望的なのは扁桃核の状態は人の誕生のときに決まってしまうことである。

肉体をもった者たちの信仰には三種あり
それは生まれつきの性質によって決まる
三種とはサットワ ラジャス タマス

(ギーター17-2)

トリグナ(三性質)との係わり方に応じて
善または悪の子宮に宿って誕生する

(ギーター13-22)

サットワの支配下で肉体分解すれば
その魂(ひと)は聖者たちや
立派な信仰家たちの住む
清らかな世界に上がって往(い)く

(ギーター14-14)

ラジャスの支配下で肉体分解すれば
その魂は仕事に追われる人々の世界に生まれ
タマスの支配下で肉体分解すれば
その魂は無知蒙昧な女の胎に宿る

(ギーター14-15)

嫉妬心 羨望心が極めて強く
他者に害毒を与える最低の人間どもを
わたしは繰り返しくりかえし物質界の
魔族の胎内に投げ入れるのである

(ギーター16-19)


このように人間の子供は親の遺伝子を相続するだけではないことを聖典は教える。
劣等遺伝子の家庭で育てられることでその持主特有の条件づけを吸収するのだ。
扁桃核の状態はこの数奇な運命によって無意識的に形成されるのである。

仏教教義の教える輪廻の法則とはこの非情な宇宙の摂理のことをいう。
したがって先祖代々受け継いできた劣等遺伝子からは供養なんかで逃れられない。
このご先祖さまの呪いにかかると立派な葬式や墓石だって何の力も無いのである。

そこでこの『ありえない試練(Trial Impossible)』の目的は、
扁桃核にコペルニクス的転回をもたらすこと。大げさに言えば運命をひっくり返す。
だから、いきなりコペ転なんかしたら卒倒して お亡くなりになるかもしれない。

そのため、できる範囲の易しいことから段階を追って変えていこうというわけで、
しかるべく今回のミッションは俗っぽくて楽しいものだ。

Mission 2 運を意識せよ
矢印マーク 『ツキの大原則』

まずはこういう俗っぽい本から肩慣らししたらどうだろう?
最初は完璧な内容の本じゃなくたっていい。
間違いばかりでも一段上に自分を高めてくれる内容の本。
それが現在の自分にとっての最良の聖典となる。
真剣に吸収すれば次に読むべき本は自然に見つかる。
すると間違いは次第に克服されてゆくはずだ。
価値判断の規準はいつも自分の中にある。

青雲水

因果と輪廻を観ずる意味

緑雲水

曹洞宗の修証義は道元禅師の正法眼蔵からの引用で編纂されているけれど、
それを読むと仏道修行の入口は因果律を観ずることにあると説いているようだ。

因果律というのは原因と結果の法則。
世間でも善因善果、悪因悪果として知られている宇宙の摂理で、
善いおこないに善い報い、悪いおこないに悪い報いという法則のことである。

善悪の報に三時(さんじ)あり、ひとつには順現報受(じゅんげんほうじゅ)、 ふたつには順次生受(じゅんじしょうじゅ)、みつには順後次受(じゅんごじじゅ)、 これを三時という、仏祖の道を修習するには、 その最初よりこの三時の業報(ごっぽう)の理を効(なら)い験(あき)らむるなり、 しかあらざれば多くあやまりて邪見に堕つるなり、 ただ邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時(ちょうじ)の苦を受く。

(修証義総序)


この修証義総序にある順現報受とは即座に行為の影響のあらわれること。
しばらく後あるいは次世であらわれる影響のことを順次生受と呼び、
さらに順後次受というのは忘れた頃にあらわれる行為の影響を表している。

すなわち道元禅師は輪廻を含めた因果律を“三時の業報の理”と説明したのだ。
「仏道修行は因果律の効能の実験・体験から」と説いているとわかるとおもう。
ところが残念なことに凡人の扁桃核は因果律を観じられる状態にはないのである。

オツムのチューニングを間違えているから善悪の価値判断はでっちあげにすぎず、
そんなものに遵(したが)っていたらロクなことにならないのは当たりまえ。
すなわち世の中の人たちの考える因果律はみなデタラメばかりで、
何が善いおこないで、何が悪いおこないなのかわかっていないから、
「人類ハ一体ドコヘ行クノダロウ?」なんて問一を何時の世も詠ってきたのだ。

それは道徳の教科書や経典の中に善悪の判断規準を索(さぐ)るばかりで、
一向にオツムのチューニングを正しく合わせようとしない態度に原因がある。

ところがオツムのチューニングを正しく合わせられるようになってくると、
こんな事を目の当たりにするようになるのだ。

ツキこそ実力である。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.15「第1章今のあなたはドツボにはまっていないか」)

「努力しよう」と思うときは、成功できない。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.21「第1章今のあなたはドツボにはまっていないか」)

自分の力だけに頼る者は、ツキや運をつかみ損ねる。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.21「第1章今のあなたはドツボにはまっていないか」)

ツキのなさ、運の悪さは伝染(うつ)る。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.35「第1章今のあなたはドツボにはまっていないか」)

成功しない人間には、不平不満やグチ、悪口、ねたみを語り合う友がいる。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.39「第1章今のあなたはドツボにはまっていないか」)

ツキのある人ほど、自分に味方する不思議な力を感じている。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.46「第2章あなたの脳は不機嫌に生きていないか」)

「努力しよう」と思うときは、成功できない。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.21「第1章今のあなたはドツボにはまっていないか」)

不況とは、悪い予感の集積である。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.51「第2章あなたの脳は不機嫌に生きていないか」)

ツキがなく、ツキが必要な人ほど、ツキを大切にしない。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.54「第2章あなたの脳は不機嫌に生きていないか」)

未来を創造するのは、一般に思われているような意志とか努力ではない。予感である。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.59「第2章あなたの脳は不機嫌に生きていないか」)

貧乏は一種の病気である。明らかに脳の病だ。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.95「第3章あなたは金儲けを難しく考えていないか」)

潜在意識の本音はごまかせない。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.96「第3章あなたは金儲けを難しく考えていないか」)

ツキのない人間のまわりには、ツイてる人間がいない。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.131「第4章あなたは苦労して働こうとしていないか」)

感動のない努力は長続きしない。

(西田文郎『ツキの大原則』-P.133「第4章あなたは苦労して働こうとしていないか」)


要するに因果律を観ずるために認識していなければならないことがコレ。

人の実力は、運には勝てない。
運は天が与えるもの。
天とケンカしても、人は天に勝つことはできない。

(斎藤一人『変な人が書いた驚くほどツイてる話』-P30「ツイてる人生を送る方法教えます!」)


すなわち因果律を観ずるとはツキや運を意識して生きることに同義なのである。
こうして因果律を観ずるようになると、こんなこともわかってくる。

今の自分の境遇は今までの自分の責任(布施仁悟)


因果律に遵(したが)って生きようとすれば誰にも責任転嫁できなくなるからだ。
それでは、このカラクリを解説してみよう。

矢印マーク 『変な人が書いた驚くほどツイてる話』

この著者の本は処女出版されたものとコレで充分だとおもう。
大乗仏教の声聞道の本質がそこにしっかり書かれてある。
しかも自分の言葉で説いてあるから読みやすい。


因果律における報いの原因は扁桃核の状態にしたがっている。
すなわち自分の心の中で何をしているかということに原因があるわけだ。
ところが世の中の常識や道徳は言い訳のための慰めをズラリと並べ、
誰かに責任を転嫁するための規律によって善悪の価値判断をしている。

たとえばそれが礼儀作法という形に結実されていれば、
自分を不快な気分にさせた相手を礼儀をわきまえない悪者と決めつければ、
それだけで自分の腹黒い心についての責任を負わなくて済むようになっている。

しかし因果律を観ずるようになると自分の不快な気分にも責任を負うようになる。
どういうわけか自分の扁桃核の状態に責任を負っていると事が上手く運ぶからだ。
それは因果律における報いの原因とその結果に遵(したが)って生きるということで、
自然にツキや運を意識した生き方になるのである。

しかも、今の自分の境遇を生まれ育った家庭環境のせいにしようとしても、
われらが仏教には輪廻の教義がある。前世の自分にも責任を取れと迫られるのだ。
つまりこの教義を受け入れた禅者はもはや逃れようのない立場へ追い込まれる。

ところがそこに開悟の扉を開く鍵が落ちていたりするから坐禅修行はやめられない。
自分の心に責任を負うようになった時から人生は宝探しの連続となるのである。
だから非情の中に秘められた因果律の優しさにボクはときどきウットリしてしまうのだ。

Mission 2 運を意識せよ


持てる者は与えられ、持たざる者はその持っているものまで奪われる。
(マテオ13-12)

因果律を見ても認めようとせず、聞いても耳をふさぎ、理解しようともせぬ者は、
ツキや運から見放されてしまうものなのである。

というわけなので禅者諸君。悪いこと言わないから観念しちゃいなさい。
それでは次のミッションでまた会おう。健闘を祈る。

(2011.9)

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