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【坐禅作法24】正しい厄年の過ごし方

ちょっとはマシな坐禅作法 正しい厄年の過ごし方〜才能とは何か11〜

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〜才能とは何か11〜


厄年の想定

たいていの人が42歳から転落する原因は32歳と33〜37歳の選択にある。
厄年はこの29年周期の仮説と同じものを意味しているらしい。

そういうことなら厄年が男性と女性のものに分かれている理由も明らかだ。
女と男は凹凸関係にあるのだから結合させちゃおう。バッコン!

青年期の厄年…19歳(女)→←25歳(男)
壮年期の厄年…33〜37歳(女)→←42歳(男)
老年期の厄年…61歳(女)→←61歳(男)

『29年周期説と厄年のコラボ』
図:布施仁悟(著作権フリー)


さて…とりなおして壮年期の厄年の意味を解き明かそうか。

萌芽期33〜37歳における意識変革が42歳からの飛躍と転落の明暗を決める。
しかも41歳の松本清張が突然思い立って懸賞小説に応募をしたように、
42歳から飛躍の恩恵を得るには42歳頃における現実行動が大切となる。

おそらく女性の厄年と男性の厄年の意味はこういうことなのだ。
女性の厄年…意識変革をするべき時期。
男性の厄年…現実行動を起こすべき時期。

次にこれを踏まえて男女共通の厄年61歳の意味も考えてみよう。

61歳は29年周期のスタートから3年目。青年期の3歳と壮年期の32歳に当たる。
29年周期説では自己変革のツールを手に入れるべき時期だ。
ために意識変革と現実行動を同時に実行しなければならない。
そう考えれば61歳だけ男女の厄年が共通している理由もうなずける。

おそらく女性の厄年19歳と男性の厄年25歳というのも同じ関係にあるはずだ。
19歳で意識変革を成し遂げた人だけが25歳で現実行動を起こせる。
さらに25歳の現実行動は33〜37歳の意識変革を準備してゆく。
42歳から飛躍して人生の収穫を終えたら61歳で新たな自己変革を起こせ。
厄年の想定している人間の一生は壮大なスペクタクル活劇になっているのだ。

だから根本から運命を変えたければ小手先のテクニックは通用しない。
厄年の各時節にやってくる逆境を正しく乗り越えなければならず、
しかもそれは非常に長いスパンでとらえなければならないのである。

それでは、すぐに結果は現れないけれど『正しい厄年の過ごし方』を探っていこう。

赤雲水

29年周期と輪廻転生の意味

黒雲水

まず変な期待を抱かれても困るので最初に断っておきたい。

根本から運命を変える『正しい厄年の過ごし方』は確かにある。
ただしこれを実践できるのはほんのひと握りの人に限られるはずだ。
そこにあるのは普通の精神力ではとうてい耐えられない試練ばかりだからである。

29年周期の法則と輪廻転生の法則はそのためにあるのだとボクは思う。
運命の試練に耐えられる精神力を身に付けるまで何度でも振り出しに戻って、
再びやりなおさなければならない。逆に言えば、それだけのことだ。

だから42歳で転落した人はそこが新たなスタート地点になる。
そんな転落人にとって42歳の誕生日はちょうど13歳の誕生日と全く等しいので、
ここからの解説に29をプラスして読みかえると突破口が見えてくるだろう。

42歳転落組のボーイズ&ガールズ!
今度のリベンジでは逃げ出しちゃあイケナイよ。

それでこれから『正しい厄年の過ごし方』を探ってゆくのだけれど、
壮年期の厄年33〜37歳、それから42歳については解説済みだ。
老年期の厄年61歳についてもすでにおわかりのことと思う。

したがって解説すべき残すところは19歳と25歳の厄年についてだ。
ただし青年期のことはもう少しさかのぼって考察してゆく必要がある。
というわけでまずは13歳から始まったボクの挑戦を解説するとしよう。

13歳以前の過ごし方

『仏説阿弥陀経』か『観無量寿経』だったか覚えていないし調べる気もないけれど、
浄土系の経典では人間の意識レベルを上品・中品・下品の三階層に分ける。
ちなみに上品・中品・下品はそれぞれ「じょうほん・ちゅうほん・げほん」などと読む。

そこからさらに上・中・下に分けるので全部で九段階の位があって、
上の位にいるほど死後の極楽浄土への出迎えが豪華になるのだそうだ。
これと同様にカーストの四階級にもそれぞれ上・中・下の位があるのだと思う。

そこでボク自身は凡人階級の中品から人生をスタートしたと考えていて、
その根拠を小学校の高学年になったときの体験に負っている。
すなわちボクが9歳を迎えた頃。「周囲の人たちが落っこちてきた」

これは変な言い方だけれどボクはそう感じたのだから仕方がない。
さほど成績が良いわけではなく運動もできなかったはずのボクが、
普通にしていたらソコソコなんとかなるようになってきたからである。
ボクは何も努力していないのだから「周囲の人たちが落っこちた」と思った。

その“普通にしていたら”というのは世間の道徳的な話にすぎない。
「先生の話をよく聞く」「間違ったことにはそもそも手を初めない」
「誰からも好かれるように振る舞う」「思いやりを大切に」

今なら「そんなもの鼻クソでもくれてやる」くらいの勢いだけれど、
凡人階級の中品出身者にとってはそれは良いガイドになってくれる。
自分の中に確固としたガイドを持たないうちは道徳を頼りにするのが一番なのだ。

その甲斐あってボクは一品昇進。
凡人階級の上品として13歳を迎えることになったのだと思う。
ここから秀才・天才階級に特進するための試練が始まったらしい。

青雲水

13〜16歳の過ごし方

緑雲水

13歳といえば中学校に入学する頃である。
ボクの小学校の構成メンバーはほとんど同じ中学に入学することになった。

かつて9歳にある“運命のクロスポイント”でできた差はさらに広がり、
その頃に“落っこちてきた”人たちは不誠実さとずる賢さを増していた。
おかげで道徳的秩序は崩壊しボクの周囲には社会の縮図が構築されることになる。

この世の見えない身分制度を知ったのはその頃だ。

ボクの観察では凡人階級の上品以上の位にいる人は結構多い。
それは自律的に道徳や戒律を守ることのできる人たちで全体の15%。
つまり30〜40人のクラスなら5〜6人くらいいる計算になる。

残りは刑罰や報復を恐れているだけの人たち。
他人のみていない心の裏では何を考えているかわからない危険人物で、
そんなまったく自律できていない人が全体の85%を占めているわけだ。
運命のクロスポイントで“落っこちてきた”のはそんな人たちである。

さらに秀才・天才階級より上の人は全体の3%くらいだと思う。
どう逆立ちしても敵わないと思う人は1クラスに必ず1人いるものだからだ。
ボクは彼らに近づこうとしてじっくり観察した結果、秀才・天才の共通点を見つけた。

脚が違うのである。とくに太腿(ふともも)。
ボクの太腿は椅子にすわるとベッタリ広がって非常に見苦しいのだけれど、
彼らの太腿の裏側はゴムタイヤのような弾力があるらしく実に精悍だった。

それは骨盤周辺にある腸腰筋が弛(ゆる)んでいる証拠である。

腸腰筋(ちょうようきん)

背骨から大腿骨につながる大腰筋と小腰筋。
骨盤と大腿骨をつなげる腰骨筋。
これらを合わせて腸腰筋と呼ぶ。

図:布施仁悟(著作権フリー)


背骨から大腿骨につながっている大腰筋(だいようきん)と小腰筋。
それから骨盤と大腿骨をつなげる腸骨筋をあわせて俗に腸腰筋と呼ぶ。

これは骨盤を介して上体と下体をつなげる要(かなめ)の筋肉で、
ここが弛んでくると太腿の裏側のハムストリングと呼ぶ筋肉が発達する。一方、
弛んでいない場合は太腿の表側の大腿四頭筋を使って身体を支えることになる。

たとえば腸腰筋の弛んでいない身体でゆっっくりとスクワットをしたとしよう。
すると上体は前かがみになり太腿の表側と膝頭も痛くなってくるはずだ。
それは太腿の表側にある大腿四頭筋を主に使ってしまうからである。

ところが腸腰筋が弛むとハムストリングが発達し骨盤が正常に立ってくる。
それは体軸の調ってきた証拠で自然と太腿の裏側に力が入るようになる。
すると前かがみにならず上体を地面と垂直に下ろすこともできるのだ。

また可憐でかつ精悍な印象を与える女性アスリートの太腿も、やはり、
ハムストリングによる造形美。この筋肉は運動パフォーマンスにも影響を与える。

これから女子フィギュアスケートのテレビ中継を観る機会があったら、
選手の太腿をとっくりと眺めてみるといい。そこにひとつの原則がある。
太腿の表側の大腿四頭筋にボッテリと筋肉のついている選手は、
演技の安定することはないはずだ。もちろん表彰台にも立てない。
リンクの中央に立った時点で順位はほとんど決まっているのである。

ただし、あの太腿の弾力が“体軸の証”と知ったのは約20年後のことだった。

さてさて困ったことになった。
ボクの勝利の方程式は「道徳的な戒律を守っていればいい」だったのに、
道徳的秩序はあっさり崩壊してしまった。勝利の方程式が通用しないのである。

結局、道徳的正論の通用しない環境に放り込まれたせいでボク自身も崩壊した。
「道徳的な戒律を守ることほどバカらしいことはない」
このボクの出した結論が苦悩の始まりであり、試練開始の合図だったようだ。

17歳の地図

凡人階級というのは道徳を守ることで自律的な精神力を身に付ける訓練段階。
ために道徳や戒律や常識を遵守していれば自然に幸福になってゆける。
もちろん、それは凡人レベルでの幸福で世間一般的な“安定”のことだ。

ところがその“勝利の方程式”は凡人階級の上品より上を目指した時点から、
まったく通用しなくなってくる。なぜなら今度は、
道徳や戒律や常識とは別のガイドを自分の中に見つけなければならないからだ。

そこで求められる生き様がこういうものである。

「負い目をつくらず、スジを通して、オトシマエをつける」

この“スジ”というのは、だから、道徳や戒律や常識とは違う。
道徳的正論をゴリ押ししたところでスジを通している人には絶対に敵わない。
あくまでも自分の本心に忠実である人に天は味方しているからである。

自分の本心こそ天や真理や神仏に通じるもので、そこにスジがある。
ただ高校生になったボクはそんなこととは知らないものだから、
教えてくれる人もいなかったから、それを肌身で学ばなければならなかった。

29年周期の萌芽期・成熟期の各12年間は誰でも3年ごとに転換点を迎えている。
つまり13歳の次は成長ホルモンの分泌量がピークを迎える16歳。
現代の日本人はその頃に高校生になる。それは“魔法の解ける”年代だ。

それまで右肩あがりだと思っていたものが転折して下降を始めるのだから、
多感な青年は17歳にもなると様々な形でそれに抵抗する。
たとえばグレちゃったりなんかして。ボクもその中の一人だった。

この頃の一冊の本との出会いが高校二年のボクをアウトロー(無法者)に変える。
『偏差値50から早慶を突破する法』。
その副題がまた良い。〜秀才を逆転する“傾斜配分勉強術”〜。

矢印マーク 『偏差値50から早慶を突破する法―秀才を逆転する“傾斜配分勉強術”』

非道徳のすすめ。


その「早慶を突破する法」は当時のボクにとって画期的な提案だった。
受験科目の少ない早稲田・慶応に特化した勉強なら秀才を逆転できる。
だから合理的な勉強をするために受験に関係のない授業は徹底して内職しろ。
午後の授業なんか一コマを居眠りにあてたほうが効率的である。

今考えれば公立高校の教師ごときに高望みしすぎていたのだけれど、
ボクの知りたかったことに答える術を彼らは何一つ持っていなかった。
「右肩あがりだったものが転落しはじめた。一体、どうしたらいいんだ?」

たいていの高校教師は17歳の青年を導く資格など無きに等しい。
彼らは、負い目をつくり、スジを通さず、妥協して生きているからである。
ボクは教師たちと口論と対立を繰り返しながら「早慶を突破する法」を貫いた。

すると面白いことに数名の教師がボクに理解を示してくれることになる。
彼らは負い目をつくり妥協して生きていることに少なくとも疑問を持っていた。
あるとき「あの先生はプライドがあるからボクは好きなんだ」と言った言葉が、
間接的に耳に入ったらしい。こういうことは第三者の口を介して伝えるに限る。

こうして合格したならカッコいいんだけど結果は不合格して一浪。
口論と対立ですり減った心と道徳に背いた呵責は尾を引いて、その後15年位、
ボクは夢の中で高校の教室に引き戻されることになった。

けれども今ではまったく後悔する必要のないことを知っている。
この挫折を味わったからこそ矢沢永吉の『成りあがり』を手にしたからだ。
ボクは人生最初の厄年・19歳の大学生になっていた。

桃雲水

19歳と25歳の過ごし方

赤雲水

『成りあがり』は矢沢永吉が人生最初の収穫期を迎えるまでの記録である。
17歳の頃に歌手になる夢を抱き、19歳頃にはレコード会社に断られて挫折。
これを読んだとき、おめでたいボクはまったく一緒だと思った。

「右肩あがりだったものが転落しはじめた。一体、どうしたらいいんだ?」
このボクの疑問に応えてくれる人がはじめて現れたのである。
しかもここには17歳から29歳までの地図がバッチリ書かれてあった。

23歳頃…ロックバンド『キャロル』でデビュー。
26歳頃…キャロル解散。事務所と喧嘩。矢沢永吉としてソロデビュー。
29歳頃…『成りあがり』出版。『時間よ止まれ』のヒットで絶頂期を迎える。

20代のボクはこの矢沢永吉の歩んだ足跡に従ってきたにすぎない。
この足跡は20代における運命の転換期をボクに教えてくれていたのである。

23歳頃といえば大学を卒業しなければならない年齢だった。
四年生のボクは就職活動をする気になれず公務員試験の勉強をしたけれど、
郵送されてきた試験結果の通知をそのままゴミ箱に捨ててSEとして就職した。
その小さなソフトウェアハウスの社長が面接でこう言ったからだ。
「オマエを一人前のシステムエンジニアにしてやる」

そのとき当時付き合っていたカノジョはこう言ってボクの前から去っていった。
「アナタのことがわからなくなったの」
そりゃそうだ。ボクだって何をしたいのかよくわかってなかったんだから。

その後、あの社長がただの狸オヤジであることが次第に明らかになってきたので、
残り一ヶ月あまりで26歳を迎えようとしていた25歳のころ。
「辞める!」「辞めさせない!」の押し問答の末に、ブチ切れて、辞めた。
ブチ切れるべきときにガツンといくのは高校の教室で学習済み…というか、
人生に何も手ごたえを掴んでいなかったから、どのみちもう限界だったのだ。

そして29歳。結局、ボクは矢沢永吉のような絶頂期を迎えることはできなかった。
そもそも秀才・天才階級の彼とはスタートラインが違っていたからだ。
でも、ボクの20代は自分の本心と向きあうための準備期間だったと思う。

矢印マーク 『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』

10代・20代を正しく歩むためのバイブル。
10代・20代の諸君。人生には時節というものがある。
おそらく「聖書」や「経典」を読むのはまだ早い。
まず、これを読んで来たるべきときに備えよう。


かつて大学のサークルの女の子がこんなことを言っていた。
「附属校あがりの人たちって何か子供っぽいのよね。そう思わない?」
彼女は実に率直だった。「やっぱり挫折を経験しとかなきゃダメなのよ」

19歳の挫折には25歳の独り立ちにつながる意識変革のきっかけの意味がある。
ただし、そのとき意識変革するための“何か”を掴まなければアウトだ。
ボクは偶然にも受験に失敗したおかげで『成りあがり』を手にできたのだけれど、
その“何か”を与えられずにやり過ごしてしまう19歳も沢山いる。

その違いはどこにあるのか?ボクは未だにワカラナイのである。
ただ云えることは「負い目をつくらず、スジを通して、オトシマエをつける」。
そういう生き方をしたいと願ったら挫折と後悔が襲ってきたということだ。

たしかに33歳で“ぷっつん体験”をするまでは挫折と後悔ばかりだった。
早慶なんか目指さなければ…。SEを辞めなきゃよかった…。
けれど誰もが避けたがる挫折と後悔はステップアップの前提条件である。
なぜなら挫折と後悔を蓄積しなければワカラナイことがあるからだ。

ボクの20代における迷走は誰かのガイドをアテにしていたことに由来する。
だけど挫折と後悔を繰り返して、ようやく気づいた。「そこに答えはない」と。
それが“ぷっつん体験”の入口だった。禅の正門もその先に見つけた。

才能なんてものは禅の頂(いただき)への登山口に咲くあだ花かもしれない。
されど、その花を咲かせなければ本当の意味で自分の人生を生きることもない。

ねえ、そこで人生なんて死ぬまでの暇つぶしさと嘯(うそぶ)いてるヤツ。
「ちょっとはマシな坐禅作法」でひとつあだ花でも咲かせてみないかい?
ご機嫌な暇つぶしの仕方を教えてやるよ。

(2012.11)

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