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【坐禅作法18】詳説ぷっつん体験

ちょっとはマシな坐禅作法 詳説ぷっつん体験〜才能とは何か5〜

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〜才能とは何か5〜


生意気ユング

「なんだ?生意気なやつがいる」

それがボクのユングに対する第一印象である。

ボクは坐禅をはじめた翌年の33歳の夏に“ぷっつん体験”をした。
その頃はさっぱり冴えない公認会計士の受験生をしていたのだけれど、
その空しさに気づいてしまったのでテキストを全部捨てざるをえなかった。

ただし、仕事を辞めてまで何年も費やしてきた大事だったから、
そのまま終わってはケジメの付かないような気がして落ち着かない。

そこで禊(みそぎ)のつもりで、“ぷっつん体験”から得た知恵をまとめた
『できる受験生できない受験生』という記事をボクのホームページに載せ、
こんなふうに締めくくった。

瞑想システムの一つである坐禅では、「ほんとうの自分になるために坐る」とよく言います。
このことは、「さとり」などの宗教的意義を抜きに考えると 「他人が評価してくれなかったために無意識に心の奥に隠し込んでしまった 自分の一部を見つけにゆくために坐る」と言いかえることができます。
矢印マーク できる受験生できない受験生:「【おわりに】やっぱり坐禅でしょ!?」


この結論は約一年間の坐禅修行から頭をひねって独力で導き出したものなのに、
まったく同じことを言っている人物がいて、そいつがユングだったのである。

「これじゃあ、まるでボクがパクッたみたいじゃないか」と思った。

どうしてユングとボクの見解は時と場所を越えて奇妙に一致したのか?
そこに人間の才能の秘密を解く鍵がある。

というわけで“人間の才能の秘密”の謎解きをしていくつもりなのだけれど、
まずは、ボクが『ユング自伝』を読むに至った経緯を聞いてもらおう。
きっと、その方が面白い。お楽しみはそれからだ。

赤雲水

“ぷっつん体験”についての軽い説明

黒雲水

最初は“ぷっつん体験”についての軽い説明からはじめようか。

いうなれば“ぷっつん体験”は悟りを開くために欠かせない通過儀礼。
なぜなら“ぷっつん体験”をした時から天職に導かれるからである。
そもそも大乗仏教の“菩薩道”というのは天職を通じて行うもので、
選ばれた禅者が小悟した後の42歳から本格的に始めるものだ。

だから“ぷっつん体験”というのは“菩薩道”へ至る道のほんの入口にすぎない。
体験直後から始まる“声聞道”“縁覚道”の修行を避けて通れないからだ。

とかく大乗仏教の信奉者は“声聞・縁覚道”をないがしろにしているけれど、
“菩薩道”は“声聞道”とそれに続く“縁覚道”を修めてはじめて実践できる。
この道筋を無視した途端に“菩薩きどり”となるから自ら戒める分別を持つべきだ。

つまり、33歳位からの“声聞道”による小悟と、その後の“縁覚道”を経て、
大悟した禅者だけが、ようやく“菩薩道”を実践する資格を持つ。

だけど、おそらく、四面楚歌。こんなことは一度も聞いたことのない話だろうから、
ボクのオツムを疑ってもらって一向に構わない。でも、これは客観的事実なのだ。

ボクがこんな具合に考えるようになったのはこのコラムを読んでから。

私は十年間、編集者をやってきて、数多くの文化人、名士、タレントさん、 学者さんなどなどに、取材という名目で会ってきた。 で、その経験を通して、とても不思議に思うことがあったのだ、 それを私は「人生二九歳変動説」と呼んでいる。

いろんな人の話を聞くと、かなりの確率で……というか、 びっくりするような確率で、二九歳で人生の転機を迎える人が多いのである。 二九歳には何かある、とつねづね思ってきた。 そういえば、ブッダが出家したのだって二九歳だった。

この二九歳の転機というのは、その人の天職というものと非常に深く関わっている。 二九歳で、自分の価値観や、携わっている行為に対して疑問を持ち、 そして疑問を解決すべく行動した人はその後、三二歳の時に別の転機と遭遇するのだ。 で、この三二歳の時の転機が、自分の天職を決めていく。 その後、三五歳、三八歳と順調に自分の人生の意味を見いだし、四二歳前後で迷いが出る。

この四十歳代の迷いというのは、身体の変調という形で表出したり、 もしくは女性(あるいは男性)に恋をしてしまう……というような形で現れたり、 それまで全く興味のなかったものに狂ったように魅かれたりするのだが、 とにかく心と身体が動揺し、その経験によって、 本当に自分が望んでいる生き方とはどんなものかを再確認し、 それが完了すると五十歳から「奉仕」というものを仕事の中心に据えて生き始めるようなのである。

(田口ランディ『馬鹿な男ほど愛おしい』P.150-151「人生二九歳変動説」)


見事に核心をついた卓見である。

とはいえ、呼ばれる者は多いが選ばれる者は少ないものなので、
29〜32歳の変動期を逸した人にとっては認めたくない現実でもあるだろう。
もとより“30代へのパスポート”を手に入れられるかどうかは、あくまでも、
29歳までの自身の生き様にかかっているので、そこに同情の余地はない。

古神道に詳しいという音楽家の宮下富実夫さんにお会いした時に、 なんと宮下さんが私と同じことを言いだすのでびっくりした。 宮下さんっていうのは、音楽療法の元祖であり、 あの安室奈美恵さんも胎教のために宮下さんのCDを聞いていた……というお方だ。

「言葉にも言霊があるように、数にも数霊があるんですよ」 と宮下さんは言う。 で、数字は十進法であり、九で転換する。 だから九は物事を転換させる力をもっていると言う。 確かに、数字は生活に密着した記号であり、そこに人間がなにかしらの象徴的意味を見いだしているとすれば、 数霊という存在も理解できなくもない。
そして宮下さんは、かのように断言した。
「二九歳の時には、どんな人にも数霊が開くんですよ」
「はあ?どんな人にも、ですか?」
「そうです。数霊が開き、本質的な人生への扉を叩くチャンスが、誰にでも平等に開かれます」
「ふーむ、確かに私も社会的な成功を収めた人に取材すると、なぜか二九歳で転機を迎えた人が多いんですよねえ」
「二九歳の時に、自分の人生について考え、自分を信じて勇気をもって行動すると、天職への道を歩み始めることができるんです」
「ふーん」
もちろん私は半信半疑である。
「じゃあですねえ、二九歳の時に扉を叩き損なった人はどうなるんでしょうか?」
すると宮下さんは、あっさりと言うのである。
「もうダメですね」
「はあっ?」
「すべての人に与えられた平等なチャンスを見送ってしまったわけだから、迷いの多い人生になりますねえ」
「そりゃあ、あんまりじゃないでしょうか?」
「いや、でも、来世ってのもありますから、あせらなくても大丈夫ですよ」
「そうは言っても……」
「わははははは」

(田口ランディ『馬鹿な男ほど愛おしい』P.152-153「人生二九歳変動説」)


こうした人間の数奇な運命というのは慧眼の開けてきた人には自明のことで、
そういう慧眼の士は“ぷっつん体験”を経てきているものである。
この“ぷっつん体験”をすると芸術や人品を見抜く眼力も目覚めてくるため、
芸術活動や人を動かす地位にあって本当に成功している人は独創的になる。
というのも偽物がわかるから本物を独力で創造する使命を感じるからで、
“ぷっつん体験”の先には凡人の理解の及ばぬ世界が広がってくるのだ。

矢印マーク 『馬鹿な男ほど愛おしい』

「人生二九歳変動説」だけでも値千金のコラム集。

才能の萌芽

だから、この体験をした人は目覚めはじめた慧眼の真偽を確かめるかのように、
暗い手探り状態の中で自分の天職を模索することになる。ボクにとっては、
『できる受験生できない受験生』を書いたことが薄明をみる体験となった。

小学校の読書感想文に始まってラブレターや大学の卒論など、
幾多の文章を書いてきたボクは34歳にして初めて借り物じゃない思想を書けた。
書き終わったとき“独創”の可能性を生まれて初めて実感できたのである。

閃きとは決して思いつきではありません。 思いつきの延長線上にあることかもしれませんが、思いつきではないのです。 どこがどう違うのかうまく説明できなくて残念ですが、ともかく違うのです。 格の違いとでも言えばいいでしょうか。

(丸山健二『まだ見ぬ書き手へ』P.63「興颪ながら書き方を身につける」)


丸山健二の言うようにそれまでのものとは「格」が全然違った。
ただその文体はあまりに稚拙。自分でも情けなくなるほどだった。
“ぷっつん体験”で備わるのはあくまでも「慧眼」と「閃き(インスピレーション)」。
「技」は努(つと)めて磨かなければならないようである。

矢印マーク 『まだ見ぬ書き手へ』

救済の文学を志す天才作家は必読である。
もちろん、そんな人がいればの話ですけど…。


それからは世の中で難解と言われている哲学書も実によくわかるようになった。
哲学者の悟境だって見抜けるようになる。おそらく眼光紙背に徹しているからだ。
何というか文章の行間にある思想を読み取っているようなのである。ボクの読書は、
「本から学ぶ態度」から「書き手と悟境比べをする態度」へシフトした感じなんだ。

だから経典を読むときだって大胆にも釈迦の話を対等に聞く気持ちで臨む。
いつだって返り討ちにあって、平身低頭、感服するんだけど、
「いつかこいつと肩を並べて歩いてみせる」と思うボクがいる。

これは岡本太郎の中学生の頃の回想。

中学に入るか入らないかの頃、ショーペンハウエルにとりつかれ、 学校の授業中でも、前の席の子の背中に隠れて読みふけったのを覚えている。 はじめての哲学書だったけれど、とてもよく解ったし、面白くて、 ちっとも難しいとは思わなかった。天才論とか、因果論など、 うむ、その通りその通りといちいちうなずきながら読んだ。 天才は憂うつと昂揚が周期的に激しく襲ってくるとか、大てい背が低く、 猪首(いくび)だなんてところまで自分にそっくりで、 うむ、やっぱりぼくは天才なんだな、とひそかにうなずいたりした。

(岡本太郎『自分の中に毒を持て』P.44「1意外な発想を持たないとあなたの価値は出ない」)


ショーペンハウエルなんて西洋哲学を専攻した大学でも本質は理解できなかったし、
中学生のボクが前の席の子の背中に隠れて読みふけった本はあるにはあるけれど、
それはエッチな描写を楽しみにして頁をめくった村上春樹の『ノルウェイの森』。

岡本太郎は中学生の時分にして今のボクと同じ読み方をしていたようだから、
「どうやら“生まれつきのぷっつん体質”みたいなものが存在するらしい」
てなことを痛感せざるをえない。どおりでどんなに努力しても敵わなかったはずだ。

それはそれとして「天才は大てい背が低い」という指摘は嬉しい。

ボクの身長はフランスの英雄・ナポレオンと同じ160cm。
養神館合気道の塩田剛三は155cm。開祖の植芝盛平に至っては153cm。
そう考えればボクも天才達の仲間入りをする運命にあった気もしてこなくはない。

「うむ、やっぱりボクは天才なんだな」

矢印マーク 『自分の中に毒を持て』

岡本太郎はわかっていたんだとおもう。
自立した人生を生きることは、それがそのまま禅なんだ。

青雲水

詳説ぷっつん体験

緑雲水

その“ぷっつん体験”とは従来の価値観を“捨てる”体験なのだけれど、
微妙なものなので実際に体験してみないと本当のところはわからないはずだ。

それでも、その人生で才能を開花させた大器の自伝には、
“ぷっつん体験”に触れている部分が少なからずあるので、
やはり、この体験が転機になったことを感じ取っていたのだと思う。

まずはボクの“ぷっつん体験”をここに書きつけておこう。
この体験の雰囲気だけでも伝わればその甲斐もあろうというものだ。

33歳の“ぷっつん体験”以前のボクは公認会計士の看板を印籠にして
「うまく世渡りしてやろう」などと姑息な人生設計を考えていた。
ところが、どんなに努力してもなかなか合格できなかったものだから、
嫉妬心やら劣等感やらが腹の底にどす黒く渦巻いていたのだと思う。

そんな29歳のときに身体に変調をきたした。
20歳頃に53kg前後で推移していた体重は65kgまで増加。
ダイエットのつもりで再開したテニスでアキレス腱を切った。
ヒョウ疽(そ)にかかり、歯が折れた。原因不明の湿疹にも悩んだ。
そんな29歳のボクはまさしく“病気のデパート”と呼ぶにふさわしい状態だった。

ただしボクのオツムの調子は相当狂っていたから、坐禅なんて思いもよらず、
身体を動かして痩せることしか対処法として思い浮かばない。
そのうちランニングや自転車や筋トレの成果が徐々に出はじめたのは31歳頃。

筋肉がついて体重も57kgまで落ちていた。
ところが160cmの三十路男には57kgに壁がある。
その壁にぶつかってからというもの進歩がパタリと止まっていたのだけれど、
32歳になるかならないかの春に古本屋で『5つのチベット体操』の本を手にする。

チベット体操をはじめて3ヶ月過ぎた頃。ついに57kgの壁を越えられた。
「身体を変えられたのだから心も変えられるはずだ」
という確信が芽生えはじめ、それが半年後にはどういうわけかこうなった。

「心を変えれば運勢は絶対に変わる」

実はチベット体操には第6の体操というのがあって、
これは今考えれば身体前面の任脈を効果的に刺激する呼吸法なのだけれど、
そこには「性エネルギーを上昇させスーパーマンになれる体操」
てなことを書いてあった。「ひょっとして坐禅の目的ってコレのことか?」

これがボクの坐禅入門の動機である。
こうしてお粗末ながら、32歳の夏、ボクは坐禅を始めることになった。

矢印マーク 『5つのチベット体操-若さの泉・決定版』

ボクの人生を180度変えてしまったチベット体操。
やらなきゃ損だよ。


それから約一年後の33歳の初夏に第一の結節が解放される。

懺悔をしていたら心臓にべったりくっついている何かが引っ剥(ぱ)がされて、
小学生の頃から患っていた狭心症の症状がピタリとなくなった。
その数日後にはボクが“興菩提心”と呼んでいる軽い神秘体験をした。

その時、初めて坐禅の威力を思い知ったのである。

運命の電話の鳴ったのはそれから数週間後のことだった。
「システムエンジニアを探している人がいる。面接を受けてみないか?」
と小学校以来の友人から連絡があった。

公認会計士の受験のために辞めていたシステム屋の仕事だったけれど、
勉強するのにうんざりしていた頃だったので面接を受けてみることにした。
ところが2週間位したら必ず合否の連絡をすると言われたのに、通知はこない。

それでも、まったく腹が立たないばかりか、むしろ、嬉しかった。
面接のとき、採用されたら一緒に仕事をすることになる部長と話をしたけれど、
以前の職場にいた上司と同じ匂いのする人物で、話をしているうちに、
「ボクは一体何をしているんだろう?」
「もしも、こいつに採用されるくらいならボクの人生もそこまでだ」
なんて気になってしまったのである。

だから、面接後の2週間のうちにあれこれと葛藤したあげく、
「採用されなかったから、これからはやりたいことをやりたいようにやろう」
と覚悟が決まった瞬間、ボクは会計士のテキストを全部捨ててしまっていた。

あれは、ちょうどその日の夜である。ボクはこんな夢をみる。

以前働いていた情報システム部とよく似たオフィス。
そこへ突如として押し寄せた洪水がオフィスにある備品のすべてを流し去る。
びしょ濡れになって立ち往生するボク。
そこへ一人の男が現れる。
男は隣りのビルへボクを案内した。
その何階かにあるだだっ広い事務所の扉を開ける男。
事務所の中には窓から射し込む光と柱しかない。
「ここが君の新しい仕事場だ」
男は続けた。
「ワタシは君のことは別段好きなわけじゃないんだが、努力だけは認めよう。好きに使ってくれたまえ」
「えっ?どういうことですか」
「いま言ったとおりだよ、君」
男は言葉を継いだ。
「まったく君のそういう鈍いところが気に入らない」
「どうもすみません」
しかし、まったく失礼な男だ、と思ったところで目が覚めた。

(布施仁悟『道東青春18きっぷの旅』-「真夏の白昼夢」より)


その時は何を意味しているのかわからなかったけれど、
とにかく強烈に印象に残る夢だった。

第二の結節の解ける兆候が始まったのはそれからで、
その三ヶ月後くらいにボクの第二の結節は解かれることになる。

以上がボクの“ぷっつん体験”の全貌なのだけれど、
その内容や状況は人によって少し違うはずだから本質を読み取って欲しい。

たとえば、これは岡本太郎の“ぷっつん体験”。

しかし、社会の分業された狭いシステムの中に自分をとじ込め、 安全に、間違いない生き方をすることが本当であるのかどうか、 若いぼくの心につきつけられた強烈な疑問だった。
残酷な思いで、迷った。ぼくはごまかすことができないタチだから。 そして…いまでもはっきりと思い出す。 ある夕方、ぼくはキャフェのテラスにいた。 一人で座って絶望的な気持ちで街路を見つめていた。 うすい夕陽が斜めにさし込んでいた。
「安全な道をとるか、危険な道をとるか、だ」
あれか、これか。
どうしてその時そんなことを考えたのか、いまはもう覚えていない。 ただ、この時にこそ己に決断を下すのだ。 戦慄が身体の中を通り抜ける。 この瞬間に、自分自身になるのだ、なるべきだ、ぐっと総身に力を入れた。
「危険な道をとる」
いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。 死に対面する以外の生はないのだ。 その他の空しい条件は切り捨てよう。そして、運命を爆発させるのだ。
戦後の日本でぼくの果たした役割、ポジションはその決意の実践だった。

(岡本太郎『自分の中に毒を持て』-「1自分の大間違い」P.18-19)


ボクと岡本太郎の“ぷっつん体験”に共通しているものを分析してみると、
「余計なものにしがみついていたがゆえに間違った道を歩んでいる」
そこに気づいて“手放し”をしたということにあると思う。そして、
この“ぷっつん体験の手放し”が“悟りの入口”であることは論をまたない。

また29歳からの変動期を逃す人はお体裁に寄りかかって生き様を決める人。
周囲の評価を気にして生きているから人間の最も大切なモノを捻じ曲げてしまう。
たとえば、自尊心、矜持(きょうじ)、自由、尊厳といったようなものだ。

“ぷっつん体験の手放し”の後に感じる解放感は、まさしくこれらによるもの。
“自尊心・矜持・自由・尊厳”を備えていればこそ他人に寛大にもなれるのだ。
これらを取り戻すより先にどうして“謙虚さ”なんてものがありえよう。
天上天下 唯我独尊!自尊心のないような者は禅者失格なのである。

何年坐っても進歩の見られない理由も、ここに明らかだろう。
いつまでも余計なものにしがみついてママのお乳を吸い続けているからだ。
そんな禅者など孤高の作家・丸山健二風に“オカマ”と呼ぶにふさわしい。

また松本清張なんかは芥川賞受賞後の42歳以降もサラリーマンを続けたために、
48歳頃から才能を発揮する遅咲きのスタートとなってしまった。
臆病風に吹かれた清張は才能発現のプロセスを30代で消化しきれなかったのだ。
そうなると心底染みついた“オカマ根性”のせいかその業績は中途半端になる。

というわけで一口に大器といっても、その“ぷっつんレベル”は様々らしい。
体験以降も成長を続け、より“ぷっつん”できた人の業績ほど偉大となる。
それゆえ大器の才能はなるべく早めに開花させるに越したことはない。
このことに気づかせてくれたのは35歳からのボクの体験とユングだった。

才能への挑戦

35歳の誕生日の朝。突然、ボクはひらめいた。

「現代の法華経を創造してみたい」

法華経というのは実に意味深い寓意(ぐうい)に満ちた経典で、
悟境の深まるほどにその真意を理解できるように編まれている。

世の中の小説や映画は悟境の深まりにつれて空しく感じられてくるけれど、
もしも寓意を含んだエンターテイメント性あふれる作品があれば、
悟境のすすんだ人もそうじゃない大衆も一緒に楽しめるはずなのだ。

面白くてためになる。そんな作品は少ないけれど、たしかにある。
映画『マトリックス』や『スター・ウォーズ』は興行的にも大成功しているし、
世界中で時の風雪に耐えてきたシェイクスピアの戯曲はその最たるものだ。
「もしもそんな作品を創造できたら」と考えただけで武者ぶるいがしてきた。

即日、図書館へ出かけて文章読本や小説作法などの本を借りて読み漁り、
半年かけて完成させた処女作品は読み返す気も起きないくらいの出来だった。
下手に慧眼なんてものを身につけたから自惚れることすらできない有様である。

それでもなんとか納得できる作品のできたのは37歳で書いた作品。
『道東青春18きっぷの旅』さきほど紹介した夢のくだりを含んだ紀行小説。
だけど、“ぷっつん体験”を通過する人が体験する家族関係の葛藤などを
諧謔(かいぎゃく)を交えつつ「後進の禅者のために」書いてしまっていた。
つまりボクの狙っていたエンターテイメント性なんてものはまるでない。

やはり、どうあがいても“私小説”みたいなものになってしまうのである。
“ぷっつん体験”以降、たしかに“慧眼”や“閃き”は備わったけれど、
せっかくの“閃き”を理性でこざかしく捻じ曲げてしまう癖が抜けないのだ。

何かが足りない…。

そう気づき始めたときに精神科医アンリ・エレンベルガーの学説を知る。
それはフロイトやのユングの生涯を研究した結果として導き出しもので、
天才の創造的な業績は精神的な病を克服した後になされるという発見だった。
それを『創造の病(creative illness)』と呼ぶらしい。

こうしてユングの生涯を知るために彼の自伝を読んだとき、
29歳からボクの人生に起こったこと全てがつながった思いがした。

しかも、それだけではない。

これからボクに起こることと問題の解決策をも暗示していたのである。

(2012.1・改訂2014.8)

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読んでもわからん。だけど読む。それが法華経。

桃雲水
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