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【坐禅作法16】芸術的才能

ちょっとはマシな坐禅作法 芸術的才能〜才能とは何か3〜

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〜才能とは何か3〜


才能なんて勝手にしやがれ

とかく才能というものは勘違いされがちである。

優れた技術だとか、人並み外れた感性だとか、あげくに、
死んでから戴(いただ)く権威ある何とか賞なんてのもあるけれど、
もしもそんなものが才能の証というなら才能なんて勝手にしやがれだ。

矢印マーク 『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』

10代・20代を正しく歩むためのバイブル。
10代・20代の諸君。人生には時節というものがある。
おそらく「聖書」や「経典」を読むのはまだ早い。
まず、これを読んで来たるべきときに備えよう。


才能というのはそういうものじゃない。
ここで、もう一度『成りあがり』にある才能の定義を繰り返そう。

合った職を探す。それが才能よ。

(矢沢永吉『成りあがり』-P.257「キャロル」)


だからといって、誰しも社会に出て働くべきだというわけではないのだ。
主婦も、子供も、ご隠居も、各々の立場で才能を発揮したらいい。

矢印マーク 『自分の中に毒を持て』

岡本太郎はわかっていたんだとおもう。
自立した人生を生きることは、それがそのまま禅なんだ。


そもそも“才能を発揮する”とはこういうことだからだ。
以下は岡本太郎の著書からの引き写し。

自分を認めさせようとか、この社会のなかで自分がどういう役割を果たせるんだろうとか、 いろいろ状況を考えたり、成果を計算したり、そういうことで自分を貫こうとしても、 無意味な袋小路に入ってしまう。
いま、この瞬間。 まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。 それがすべてだ。
そうふっきれたとき、ぼくは意外にも自由になり、自分自身に手ごたえを覚えた。

(岡本太郎『自分の中に毒を持て』-P.194「“爆発”の秘密」)


岡本太郎は才能を爆発させた日本人の一人。
大阪府吹田市の万博記念公園に残る『太陽の塔』でお馴染みの芸術家である。

それまで算盤ずくで行ってきたものと吹っ切れたとき人間は意外にも自由を感じる。
これは、信仰、信条、常識、道徳などで人の行動を縛りつけてきた自我の一部を
自ら暴露して叩き壊したからだ。この自我徹見の体験を禅では“捨てる”と云う。

この“捨てる経験”をした人なら岡本太郎のこの言葉の真実を理解できるはずだ。
つまり岡本太郎はポーズではなく体験からこう語っているのである。

そして“合った職を探す”とは“自分自身に手ごたえを覚える”ことにほかならない。
然り、こういうことになる。「自分自身に手ごたえを覚えること。それが才能よ」
であればこそ誰かに認められなくてもいい。ずばっと才能は才能なのだ。

だから岡本太郎のように外に向かって才能を発露した芸術家だけではなく、
自分自身に手ごたえを覚える人なら誰でも才能を発揮しているとボクは思っている。

赤雲水

芸術家の才能

黒雲水

ただし、今回は「芸術的才能」をテーマにしているから芸術家の才能について書こう。

この“捨てる経験”をした人からホンモノの芸術が生まれてくる。
なぜなら、その生き様そのものが芸術になるからだと岡本太郎は言う。

ぼくは芸術といったが、それは決して絵・音楽・小説というような、 職能的に分化された芸ごとや趣味のことではない。 いま世間で芸術と思っているのは、ほとんどが芸術屋の作った商品であるにすぎない。
ぼくが芸術というのは生きることそのものである。 人間として最も強烈に生きる者、無条件に生命を突き出し爆発する、 その生き方こそが芸術なのだということを強調したい。

(岡本太郎『自分の中に毒を持て』-P.190「“爆発”の秘密」)


加えて、“捨てる経験”をするとき、人は“魂との対峙”を経験することになる。
以下の文章の書き手は作家の丸山健二。彼も“捨てる経験”をしてきた芸術家だ。

ありとあらゆる芸術が扱うのは、要するに魂の問題なのです。 魂は誰でも持っているのですが、それと正面切って対峙している者はとても少ないのです。 なぜなら、それは暗く辛いことですから。 病人や、挫折した者や、死刑囚や、修行僧といった人々や、難民や、飢えた者たちは、 触れたくなくても魂に触れてしまうのですが、しかし、 幸福や安定に近づけば近づくほど人はそれから離れて行ってしまうのです。

(丸山健二『まだ見ぬ書き手へ』-「興颪ながら書き方を身につける」)


この“捨てる経験”をしてしまうと、この経験をし損ねている人たちの業績が、
かったるくて嘘っぽく、じれったくて空々しく感じられてくる。

そこで、“魂との対峙”という根本的な重大事から眼を背けて
幸福や安定を盲目的に探し続けている俗世に向かって己自身をぶっつける。
これが芸術家の創作意欲の源泉となり人生の進路となるのだ。

なぜなら、そこに“自分自身に対する手ごたえ”を感じるからである。

つまるところ自分自身に手ごたえを覚えることを続けていけば、
遅かれ早かれ自分の才能を発見することになるというわけである。

矢印マーク 『まだ見ぬ書き手へ』

救済の文学を志す天才作家は必読である。
もちろん、そんな人がいればの話ですけど…。

才能を発揮する秘訣

そのためには“捨てる経験”を条件とするけれど、それを準備する生きざまがこれ。

攻撃することが生きることだ。負い目をつくらず、スジをとおして、自分なりのやり方でオトシマエをつけてきた。

(矢沢永吉『成りあがり』-P.4「読者へ」)


そして岡本太郎もやはり同じことを語る。

自分自身の生きるスジはだれにも渡してはならないんだ。この気持ちを貫くべきだと思う。

(岡本太郎『自分の中に毒を持て』-P.26「“モノマネ”人間には何も見えない」)


さらに丸山健二の場合は“自立”という言葉で表現する。

真の自立とは最も肝心なところに差しかかった際に自分をきちんと保つことにほかなりません。 かなりの犠牲を払うことを覚悟の上で、拒否すべきことは拒否し、抵抗すべきことは激しく抵抗して、 最後の最後まで自分であるべき自分を守り通すことなのです。
つまり、事の善し悪しを独自の判断で選択できるような人間になることなのです。 集団や権力のたぐいによって押しつぶされがちな個人の自由をどこまで庇い、 その敵とどこまで闘うことができるのかによって、自立の度合いが計られるのです。

(丸山健二『生きるなんて』-P.115「親なんて」)


そしてこれらは、お釈迦さまの言葉にも通じる真理なのである。

たとい他人にとっていかに大事であろうとも、他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。 自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ。

(法句経166『第12章 自己』)


したがって「負い目をつくらずスジをとおして自分なりのやり方でオトシマエをつける」
これが坐禅修行の基本姿勢であると同時に才能を発揮する秘訣なのだ。

矢印マーク 『生きるなんて』

決定的な体験をした人間てのはさ。
底なしの優しさと底なしの非情さっていうのかな。
そういうものを併せ持ってるもんなのよ。
甘ったれた坊ちゃん、嬢ちゃんには、
たぶん、これは読めないぜ。


衣食住を満たすことに限れば何の生産性もない芸術家の存在意義もここにある。

10代・20代の多感な時期に芸術家たちの作品にほだされて、
スジをとおして自分なりのやり方でオトシマエをつける生き方を始めた人は
“30代へのパスポート”を手に入れることになるからだ。

そういう人たちにとって、芸術は人間救済の力を持つ。

しかも30代まで待たなければならないのにはちゃんと理由がある。
所詮、生き方を変えてみたところで、そもそもスジのとおし方をはき違えているし、
よしんばスジのとおし方を知っても中途半端な覚悟ではオトシマエをつけられない。
そうして負い目をずぶずぶ心の中に溜め込む必要があるからなのだ。

この負い目は心理学でトラウマやコンプレックスと呼ばれるものである。
残酷なことに負い目を蓄積すればするほど人生はどツボにハマるわけだけれど、
逆にそれこそが中途半端な状態をぶちやぶるエネルギーになる。
自分のバカさ加減にとことん愛想をつかすから覚悟が決まるというわけだ。

お釈迦さまだって29歳まで待って出家したのだから、
ボクら凡人はなおさら10代・20代を転がり続けなくちゃいけない。
やみくもな情熱(パッション)の赦されるのは若者だけの特権なのだ。

それでは30代を迎えた禅者諸君とともにスジのとおし方を探っていこう。
そうそう、次回の記事を読む人は“30代へのパスポート”を忘れずに。

(2011.9)

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