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【坐禅作法11】身心脱落とは何か?

ちょっとはマシな坐禅作法 身心脱落とは何か?〜不動の体軸とは何か3〜

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〜不動の体軸とは何か3〜


『普勧坐禅儀』の検証

これが道元禅師の示した結跏趺坐における坐相の要点だった。

すなわち正身端坐して、左に側(そばだ)ち、右に傾(かたむ)き、前に躬(くぐま)り、後に仰ぐことを得ざれ。
耳と肩と対し、鼻と臍(ほぞ)と対せしめんことを要す。

(道元禅師『普勧坐禅儀』)


結跏趺坐のポーズを決めたときに身体はどこへも傾いてはいけない。
肩先は身体前面へ傾くことなく、耳は両肩を結んだ水平線上に位置し、
鼻と臍は真っ直ぐ一直線上になければならないのである。

一度、裸になり自分の坐相を写真に撮って確認してみれば、
本当の意味でこの坐相をとれる人など皆無に等しいことを知るだろう。
なぜなら体軸の調った身体でなければこの坐相になるはずなどないからだ。

よって結跏趺坐の要点は脚の組み方にはないことがわかる。

また、参禅とは身心脱落することであり、只管打坐により身心脱落は得られる。
その他もろもろの仏道修行は必要条件ではないとボクらの祖師・道元は説く。

先師古仏云く、参禅は、身心脱落なり。祇管に打坐して始めて得べし。焼香・礼拝・念仏・修懺・看経を要いず。

(道元『正法眼蔵』−「三昧王三昧」)


道元禅師は「結跏趺坐の坐相を用い只管打坐により身心脱落を得よ」と説いた。

ただし不動の体軸がなければ只管打坐による身心脱落は不可能事。なぜなら、
その前提となる結跏趺坐は気道を調えて体軸を顕現することを条件とするからだ。
ゆえに道元禅師の只管打坐は体軸を調えるための気功法であることもわかるだろう。

赤雲水

身心脱落のカラクリ

黒雲水

この身心脱落のカラクリを暴いた人物が戦前の日本にいた。彼の名は肥田春充。
臍下丹田を“聖中心”と呼びその獲得法『肥田式強健術』を著した傑物である。

矢印マーク 『鉄人を創る肥田式強健術』

簡易強健術は臍下丹田を正しく開発した人向けの体操。
聖中心を開発できるとこれだけで十分だそうである。
やっぱりホンモノはいつの時代にもいたんだね。


臍下丹田はその中枢を体軸に持ち、図示するとこんな感じになるらしい。

リードビーターのチャクラ図模写

チャクラと丹田は同じもの。

図:布施仁悟(著作権フリー)参考:『チャクラの覚醒と解脱』


上図はリード・ビーターという人が丹田の様子を図示したものの要約模写。
体軸自体は気道なので肉眼では見れないけれど物理的には脊髄に相当するとされる。 一方、この図では自律神経の連絡網に沿ってその中枢を描いているのが特徴だ。 ホルモンの分泌との関連性を説明するなら、このほうが合理的かもしれない。

また、いわゆる“丹田”と呼ばれるものは“チャクラ”と同じもので、
下丹田あるいは臍下丹田と一般に知られているものは臍の奥にある短い器官。
中丹田は胸の感覚器官。上丹田なら額から外に向かっている感覚器官。

これはヨーガでは、

下丹田(臍下丹田)…スヴァディスターナ・チャクラ
中丹田…アナハタ・チャクラ
上丹田…アジナ・チャクラ

とそれぞれ対応するもので、体軸上にその中枢を持つことに変わりはない。
そのため、その潜在能力は体軸を調えて初めて正常に機能するものなのだ。

ただし、各丹田は気の出入口としての経穴にすぎない以上、
体軸の調っていない未熟な修行者でも目覚めさせるだけならば可能ではある。
なぜなら気は体感がなくても意念を使えば無意識的に動いてしまうからだ。

たとえば喉頭付近にあるヴィシュダ・チャクラと呼ばれるものは十六の蓮弁を持ち、
そのうち半分はすでに開発済みなのだけれど活動停止状態にあるそうだ。

十六弁の蓮華のうち、その八枚は太古の時代、すでに開発されていた。 当時人間はこの開発のために、自分からは何も行わなかった。 太古の人間はそれを自然からの恩恵として、また暗い夢幻的な意識状態の中で、 受け取ったのである。当時の意識の発展段階の中で、 これら八枚の蓮弁は活動していた。しかしこの活動は当時の暗い意識状態に対応したものだった。 その後、意識により明るさが加わるにつれて、これらの蓮弁は逆に暗くなり、 遂には活動を停止してしまった。 今人間は新たに他の八枚の蓮弁を、意識的な修行を通して、開発することができる。 それが可能となれば、十六弁の蓮華全体が一様に輝き始め、活性化される。 その十六弁のすべてを活性化することによって、特定の能力が生じる。

(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.143「霊界参入が与える諸影響」)


つまり、気功法やヨーガの特殊な行法を用いて気を意念で動かせば、
経穴が活性化され活動停止状態にある半分の蓮弁が再び活動を始めるらしい。

ただし、それには警告が必要だろう。

行法が間違った形式をとる場合、太古の時代に開発された部分だけが活性化されて現れ、 新しく形成されるべき八枚はくすんだままの状態におかれる。 論理的思考や理性的態度に対してあまりにも無関心な行法の場合に、 このようなことが生じる。

(R・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』P.149「霊界参入が与える諸影響」)


とにかく、良くも悪くも意念で気を動かせば経穴の開発は可能になる。
この原理を利用した最も優れたスポーツがボディ・ビルディングなのだと思う。

競技者自身が勘違いしていたりするから誤解も多い世界だけれど、
この世界の格言は注目に価(あたい)する。

「効かせる筋肉を意識するのがコツ」

筋肉繊維を一度壊して超回復で筋肉量を増やすという科学的説明によれば、
この格言は非科学的でバカバカしいものといえる。
ところがボディビルダー達はバカ正直に この格言を信じきっているのだ。

それというのも、その効果を実感しているからである。

熟練者は筋肉や神経組織が発達しているから胸の筋肉をピクピク動かせるし、
ボディビルのおかげで健康になって運勢も変わったと言う人までいる始末。
それもこれも筋力トレーニングによって気道や丹田を開いた効果なのである。

たとえば丹田やチャクラというのはホルモンの分泌腺に対応するから、
男性ならテストステロンというホルモンの分泌量が増える。
このホルモンは活力の源といわれ、やる気や精力がアップしてしまい、
テストステロンレベルの高い人ほど出世するという報告さえあるほどだ。
つまり善玉ホルモンの分泌により運勢を無理やり押し開いてゆくのである。

そこで『肥田式強健術』の効果の謳(うた)い文句も甚(はなは)だ愉快。
なんでも強健術をもってすれば健康の獲得はもとより、忽ち武道の極意に達し、
禅を修めればその妙を極め、仕事・芸道を能率最高とする処世の秘訣だそうな。

肥田式強健術の効果

(1)心身修養の最捷径。
(2)健康衛生の本源。
(3)体力増進、無比の便法。
(4)威容発現の秘鍵。
(5)肉体美、彫刻美、姿勢美、活動美の第一条件。
(6)あらゆる芸術の根底。
(7)すべての武道の妙諦。
(8)能率増進の基礎。
(9)社交上の要訣。
(10)処世の一大利器。

(参考:『鉄人を創る肥田式強健術』P.52)


そして、これが聖中心、すなわち臍下丹田養成の効果である。

聖中心養成の効果

(1)気力の充実、精力の旺盛、正義に強きの真勇を得る。
(2)その精神はきわめて平静にして、仁愛の情自ずから起こるに至る。
(3)内臓諸器官の機能を完全にする。
(4)身体各部の成長発達を順当にする。
(5)自ずから強健に導き、能率を増進させる。
(6)正しい姿勢によって無駄なエネルギーの消耗を防ぐ。
(7)攻撃防御、ともに変化自在なるを得る。
(8)宗教上、悟道の極地に躍入させる。

(参考:『鉄人を創る肥田式強健術』P.54)


人格完成、健康増進、病気平癒、武道結晶、大悟徹底…。
たしかに、おのおの食いつく所は違うかもしれないけれど、
どこを目指しているにせよ答えはここにあるといわんばかりだ。

さらに春充の痛快なのは只管打坐の極意を操体法から解明したことにある。

よくある身心脱落の説明といっぱ一知半解。それは生かじりでしかなく、
まるでドラッグで飛ぶがごとく感覚を麻痺させたある種の催眠状態のようである。
そういうことなら坐禅堂に覚せい剤でも持ち込めばいいだけの話だろう。

そして肥田春充もまた同じような疑惑を抱いていた一人だった。
これは国会図書館のアーカイヴで読める春充の著作からの引用。

精神の集中に至っては其の言葉が抽象的であって甚だ漠としている。
それには雑念を去って、無我無心にならねばならぬと云ひ、或は観念の統一が第一であるともいふ。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「研究の動機…(7)氣力の充実」より)


ところが春充の提示する聖中心養成の三つの必須条件を満たしたとき、
この問題はあっけなく解決してしまったらしい。

私は筋肉緊張法の上から『中心力』を応用しきった時、この精神上の問題は期せずして釈放せられたのである。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「研究の動機…(7)氣力の充実」より)


文中『中心力』とあるのは臍下丹田。肥田春充の云うところの『聖中心』である。
そこで春充は当たり前のようにこう説くのである。

精神を平静にするが為めには、先ず肉体を安静にせねばならぬ。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「研究の動機…(8)精神の平静」)


その精神と肉体の関係を解説するとこういうことになるそうだ。

つまり精神的光明世界の発現も、人体の物理的重心である正中心にその基礎をもつものであり、 原理的には数学的厳正さをもっているということだ。 正中心から重心を足の中央に向かって垂直に落とせば、地球の中心を貫いて無限宇宙に走り、 その直線を上に伸ばせば、脳幹中枢を通過して無窮空間を貫く。 こうして首は天に達し、足は地を貫く。 この関係で力を起こした場合、超人的強烈なものとなる。 この恐るべき力の緊張が仙骨神経叢から脊髄神経を通じて脳幹に伝達されたとき、 大脳の思考機能は機械的停止状態に導かれ、思考思念が許されなくなる。 すなわち真の無念無想の境地が現出する。 思考なき無こそ超越解脱であり、大自由境、大自在境である。

(高木一行『鉄人を創る肥田式強健術』−P.49「第1章 肥田式強健術は鋼鉄の肉体と超人パワーを生み出す!」)


すなわち、これが只管打坐による身心脱落のカラクリにほかならない。

矢印マーク 『 密教ヨーガ―タントラヨーガの本質と秘法』

本山博先生の著作は大いに参考になる。
ただし、凡人にとっては『正法眼蔵』のように
超然とした部分もあることは確か。

矢印マーク 『チャクラの覚醒と解脱』

『密教ヨーガ』の解説本。
お値段ちょっと高めですけど…
どうせならセットでどうぞ。

肥田式強健術の“聖中心”と“臍下丹田”の相違

肥田春充によれば身心脱落を実現するための必須条件は三つあるそうだ。

聖中心養成の三必須条件

(1)腰腹を堅固にする。
(2)脊椎を伸ばす。
(3)上体柔軟

(参考:『鉄人を創る肥田式強健術』P.52)


これは道元禅師が『普勧坐禅儀』で示した坐相の前提条件みたいなものである。
この三条件のそろうとき只管打坐による身心脱落は期せずしてやってくるから、
結跏趺坐や坐蒲なんてものは腹と腰を据えてこの坐相を補助するものでしかない。

また、この坐相のとき胸の力が抜けて鳩尾(みぞおち)は自然にゆるむ。

平和とは何だ?胸の力を抜くにあり。ただし、腹と腰とを据える。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「二分三十秒の新運動法」)


腰腹を堅固にし、脊椎を伸ばし、上体を柔軟にしなければ鳩尾はゆるまない。
つまり結跏趺坐は聖中心養成の三条件を満たして胸の力を抜くための坐相で、
この結跏趺坐の完成が只管打坐であり、そのとき身心脱落しているのである。

総じて身体の歪みを解消して体軸を調えれば臍下丹田に突き当たると推察できる。 そこで肥田春充は臍下丹田養成の方途としてストレッチの型を示したのだけれど、 その『肥田式強健術』の各型は「まず中心力ありき」の型でもあるらしい。

中心の腰と腹とに重きを置け。枝葉の型に拘泥(こうでい)することなかれ。中心調へば、型は自ら正しくなる。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「二分三十秒の新運動法」)


凡人は不随意筋のせいで体軸が歪んでいるから中心力どころではないので、
この『肥田式強健術』の効果を享受できる人はほとんどいないそうだ。

その理由は禅者なら当たりまえに察しがつくと思う。

肉体は心の成長に随伴して変性するため、型にばかり熟練しても意味はない。
まず心の歪みを解消しなければ身体の歪みも解消できない道理なのだから、
筋道を無視した型は人体の物理的重心の中心力を欠いた単なるポーズとなる。

型は認識し、理解し、記憶することが出来るけれども、中心の生命力は、熟練に熟練を積んで体得する外に途はない。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「二分三十秒の新運動法」)


おしなべて不動の体軸は肉体ばかりではなく精神をともなって体得するものである。
だからボクはここでも“心随観”の重要性を強調しておかなければならないのだ。

肥田春充もまた真髄に至る七年前にすでに臍下丹田を開発していたけれど、
それは気の出入口となる経穴を体表に形成したまでにすぎなかった。
つまり活動停止状態にあった丹田の蓮弁半分を活性化させただけだったのである。

春充も聖中心を発見した40歳。臍下丹田だけを開発しても無意味だと悟る。

しかして、やっている中に、単なる腹力ではいけない。 腹と腰と同量の力、腰から行った腹の力、腰に連なった腹の力、 すなわち人体の物理的中心に向って球状の圧迫力を作るのでなければ、 完璧のものではないと云うことを悟った。
一寸、聞いただけではその真価は容易に分かるものではないが、 実際問題としては、まさに一大躍進であった。 正宗の名刀、一揮(いっき)、 磐根錯節(ばんこんさくせつ)をぶち斬ったような壮快を私は感じたのである。

(肥田春充『二分三十秒の運動で健康の中心を強くする法 』−「二分三十秒の新運動法」)


33歳から7年の精神修養を経てついに体軸上に球状の圧迫力を発見した春充は、
気の出入口にすぎない従来の臍下丹田とは違う人体の物理的中心力を知った。
そこで“聖中心”という臍下丹田とは異なる名称を付したものと思われる。

青雲水

不動の体軸獲得の効果を知っておこうぢやないか

緑雲水

さて、春充が聖中心を「あらゆる芸術の根底」「すべての武道の妙諦」と云ったのは、
陰弁慶の空威張りなんかではなく不動の体軸を獲得した当然の結論である。

芸術や武道やスポーツの稽古は不動の体軸を得るためのものなのに、
ボクらの生きる現代社会においては、その真意は誤解されるばかりだ。

そこでひとつ、クンダリニー覚醒の実態を解説する前に、
不動の体軸獲得の効果を知っておこうぢやないか。

(2012.4・改訂2013.2)

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(2011年1月現在・ボク調べ)
こういう本が市場に出回っている現在、
秘密にしておくことなんてもはや何もないはずである。
そろそろまともな禅書を誰かが出版しても
いいのではないだろうか?

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