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【坐禅作法3】只管打坐とは何か?

ちょっとはマシな坐禅作法 只管打坐とは何か?〜結跏趺坐の秘密〜

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結跏趺坐の秘密


只管打坐とは、すなわち、駄洒落である

只管打坐(しかんたざ)とは、すなわち、駄洒落である。

この真意を理解できない向きは結跏趺坐を正しく組めないんじゃないかな。

一般に坐禅堂では坐蒲を利用して結跏趺坐(けっかふざ)を組み、
坐禅をしたつもりになれる。けれどそれは、
坐禅ではなくポーズをとっているにすぎないのかもしれない。

というのは、無理な姿勢で結跏趺坐を組むことと、
臍下丹田を育てることは別問題だからである。

臍下丹田の育成を伴わない行など坐禅ではない。

なぜなら「雑念を去る」「無我無心になる」「観念を統一する」
という坐禅で求められる精神上の問題は、
臍下丹田を育成し、その力の応用を学んだ時、
期せずして解決するものだからである。

赤雲水

ヨーガ行者は なぜ坐蒲を利用していないのか

黒雲水

これはヨーガ行者の結跏趺坐。

結跏趺坐をするヨーガ行者図

ヨーガの蓮華坐(パドマ・アーサナ)。
原則、坐蒲はもちいない。

図:布施仁悟(著作権フリー) 参考:『ハタ・ヨーガ完全版』


ご覧のとおり坐蒲などは利用していない。
坐蒲を利用せずとも楽に長時間坐ることのできる姿勢。
臍下丹田を育成するためには そういう姿勢こそふさわしい。

では、ここで一つの問いを提示しよう。

『このヨーガ行者は なぜ坐蒲を利用していないのか?』

この問いを解決することは、
正しい坐禅修行のあり方を提示してくれるに違いない。

そして「このヨーガ行者には不動の体軸がある」
というのがその答えだ。

矢印マーク 『ハタ・ヨーガ完全版』

ヨーガのアーサナの本は一冊持っておくと後々役に立つ。
凡人が悟りを目指すなら偏差は避けられないからね。


ヨーガ行者に限らず、一流のスポーツ選手や武道の達人は
トレーニングや稽古によって不動の体軸を造りあげている。

もしも野球やゴルフを修習しようとするなら
体軸の重要性を意識せざるをえないだろうし、
武道には正中線や中心線という言葉があり、
体軸は技を効かせるための生命線のように重要視されている。

そして、この体軸を造りあげる根本こそが臍下丹田であり、
その丹田力を伝える気の通り道としての気道なのである。

ただし、学業・技芸に限らず、
あらゆる仕事においても最良のパフォーマンスを発揮したければ、
臍下丹田を育成し、不動の体軸を造りあげ、
意識的に気を制御すればよいと知っているのは、
直感の鋭い極めて一部の天才に限られているのが現状である。

そして坐禅とは、凡人が無意識的にしかできないことを
意識的に行えるようになるための行法であり、その法を出ない。
すなわち坐禅を行じるということは、気の扱い方を学ぶことであり、
それは必然的に天賦の才を開発することになるのである。


禅者たるもの坐蒲を用ひず

では結跏趺坐をするヨーガ行者の秘密をひも解くとしよう。

たぶん普通の人々には あのような結跏趺坐はできない。
なぜなら、骨盤を立てられないために、腹部に力が入らず、
後ろにひっくり返るはずだからである。

それでも結跏趺坐にこだわろうとするなら、
禅寺の坐禅修行者のように坐禅堂に坐蒲を持ち込めばよい。

もう少し詳しく説明するためにボクの弟子を紹介しよう。
こちらはラーメンマンである。

ラーメンマン自己紹介

ニイハオ。
中国拳法を日本に弘めるためにやてきたアルヨ。 アナタ知てるか?坐禅、中国から日本に伝わたヨ。 坐禅とは中国のこと。ちょと変だよ、日本の坐禅。 あぁ、お兄さん、怒っちゃヤダヨ。わたし、喧嘩嫌ィネ。
日中友好。我愛イ尓。

『ミクロマン ラーメンマン』(タカラトミー)


一般的な人が両足を伸ばして座った姿を横からみると、
このラーメンマンのように背中が腰から曲がった状態になるはずである。

ラーメンマンの腰折れ

骨盤をたてられないと、太ももや背中に余計な力がかかる一方で、腹部には力が入らない。 そのために腰折れ状態になるのだ。
人は年齢とともに硬くなるのではなく、無智のために気道を閉じてしまうから硬くなるのである。 年齢のせいにしてはいけませんぞ。

『ミクロマン ラーメンマン』(タカラトミー)


こうなるのは骨盤をたてられないため、太ももや背中に余計な力がかかる一方で、
腹部に力が入らないからだ。 そのために腰折れ状態になる。

ところが、坐蒲を腰の下に当てると骨盤を立てたようにみえるため、
本当は結跏趺坐のできない硬い身体をゴマかすことができるのだ。

しかし、己の身体の不完全さを便利な道具でゴマかそうというやり口は、
下手の横好きでしかないゴルファーの高級ドライバーと何ら変わりなく、
それゆえに、ちょっと狡(こす)いとボクはおもう。

禅寺の坐禅修行者のように、そんな狡いことを始終やっていたら、
ちっとも坐禅の進歩しないのは当たりまえで、
「坐禅をしても何にもならない」なんて言っている
葬式仏教の僧侶のおつむの調子が今いちなのも納得である。

なぜなら坐禅修行で要求されているものといったら、
自分の愚かさや未熟さをゴマかさない“謙虚さ”でしかないからだ。

ここを理解できないと何にもならない坐禅に陥るので、もう一度 繰り返そう。

坐禅とは凡人が無意識的にしかできないことを
意識的に行えるようになるための行法であり、その法を出ない。


人の愚かさや未熟さは、無意識的に眼を背(そむ)けてきたために
いつまでも悩みの種となっている心の中のガラクタによって引き起こされる。
そして坐禅の作法は そのガラクタを無意識から引っ張り出して意識化
することで心を調えるためのものであり「それに尽きる」と言っても過言ではない。
だから禅者は狡いことを考えずに、ひたすら今の自分と向き合えばいい。

そうして自分と向き合う覚悟のできた禅者にだけ気感は備わるようになる。
もしも気感を得られたら、気を制御する特権をもうじき与えられるだろう。
そうすれば臍下丹田へ意識的に気を降ろすこともできるようになる。

青雲水

“謙虚さ”から始めよう

桃雲水

揺振(ようしん)とは?

[身体の整え方(調身)]
まず、上半身を前後左右に数回軽くゆすって、 心を臍(へそ)の下に落ちつける。つまり、坐るポイントをつかむ。
これを「揺振(ようしん)」という。

揺振を終えたら、上半身を垂直にぐうんと伸ばし、 頭で天井をつき破る気持を持つ。あごを引く。両唇と上下の歯は軽く合わせ、 舌は上あごにつける。視線を鼻の頭にそそぐと眼はおのずから半眼(はんがん)となる。

『わが家の宗教 臨済宗』(大法輪閣)P.47-48より


臍下丹田へ意識的に気を降ろせるようになってくる頃には、
全身の気道がひらき始めると同時に、身体は柔軟になり、
体軸が日を追うごとに調ってくることを禅者は体感する。

禅者はこの段階まできてやっと揺振の意味を知るのだ。
なぜなら、体軸感覚があってこそ、
揺振によって坐るポイントを掴むことができるからである。

このときから禅者の身体は、両足を伸ばして座っても、
腰折れすることなく上半身を真っ直ぐに伸ばして座れるようになってくる。
間もなく、臍下丹田に自然に意識がかかるようになり、どこも力むことなく、
身体を弛緩したうえで楽に座れるようになるはずだ。

ついんじて、あのヨーガ行者のような結跏趺坐は
こういう“禅的弛緩体”になってようやく完成するのである。

只管打坐は、したがって、弛緩打坐でもある。
すなわち、日本曹洞宗開祖・道元一流の駄洒落でもあったのだ。

以上のことから解るように、
坐禅は坐法一つにおいても臍下丹田の育成をその基礎としている。
だから、臍下丹田の意識がなく、それゆえ体軸感覚もない坐禅修行者は、
結跏趺坐にこだわらなくていいから、時節の到来するまで、
もっと楽な坐り方で坐るべきだ。

たとえば、胡坐(あぐら)でもいいし、日本人らしく正座でもいい。
なんなら椅子に座ったって、床に寝たって構わない。

要するに、身体に余計な力みがなく、体軸を真っ直ぐにできれば、
いきおいそれが良い坐相となるのだから。

そもそも坐禅修行者の進歩を阻んでいるものは、
自分の心の未熟さを直視しようとしない“傲慢さ”に他ならない。

だから、もし坐禅の進歩を願うなら、
己のおつむの固さが身体の硬さとなって現れている事実を認める
“謙虚さ”から始めたらどうだろう。

坐蒲なんかに頼らなくたって、現在のありのままの自然体で坐れば、
それで充分立派な坐禅だとボクはおもうのだ。

(2010.10)

矢印マーク 『わが家の宗教 臨済宗』

気の通りをよくする『延命十句観音経』
坐禅の真髄を説いた『坐禅和讃』
大乗経典の要諦を示した『菩薩願行文』
附録CDの充実した一冊。

矢印マーク 『ミクロマン ラーメンマン』

タカラトミーから発売されたミクロマンシリーズ。
漫画『筋肉マン』よりラーメンマンのフィギュア。
いい歳こいてオモチャつうのも一興である。


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