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【BBS:Q&A 80】自分の立ち位置

仁悟の坐禅相談室『坐禅の智慧で答えます。』 自分の立ち位置

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2017年6月:plat様より


plat様の投稿

初めての書き込みです。

最近このサイトを見つけたのですがとても驚いています。 というのも自分の辿ってきた過程とこのサイトに書かれていることに非常に似通っている点があるからなのですが・・・。

自分は今25で既にドロップアウトした状態にあり(大学を途中辞めしたり)精神病に近い状態が5年以上続いていたのですが、ちょうど1年ぐらい前にある種の気づきがあり、それを機に急に状況が良くなったような感じで、まさかこれがぷっつん体験?と思いまして・・・ついつい書き込みたくなってしまいました。

(2017.6)

【当山解説】

 「自分の辿ってきた過程とこのサイトに書かれていることに非常に似通っている点がある」

 『坐禅作法』シリーズを読んだとき、こんな風に感じる人は非常に多いらしい。 それはおそらく誰もが同じ年齢の頃に同じような体験をするからなのだろう。 けれども、実際にはその体験から何も学んでいない人がほとんどで、勘違いしている場合がよくある。

人生の出来事には二つの味わい方がある


ひとつのことを二通りに経験することができる。

ただそれをまるで催眠術にかかっているかのように、うかうかと、何が起こっているのかに注意を払わずに経験することもできる。

あることが起こった。

が、あなたはそこにいなかった。 それはあなたの現存のもとでは起こらなかった。 あなたは留守だったのだ。 あなたはただ通りすぎたにすぎない。

それはなんらあなたの琴線に触れなかった。 それはあなたに何の痕跡も残さなかった。 あなたはそれから何ひとつ学ばなかった。

それは、あなたの記憶の一部にさえなったかもしれない。 なぜならば、ある意味であなたは現存していたからだ。 が、それはけっしてあなたの知恵にはならなかった。 あなたはそれを通じて成長することがなかったのだ。

和尚『TAO 永遠の大河4』-P.292「第6話 Q&A成熟と老い」


 この投稿者も、ほとんどの人たちと同じように少々勘違いしていたのだけれど、まだ25歳で、それほどひねくれていなかったのが良かった。 “自分の立ち位置”を正しく見定めようとする謙虚さを忘れなければ、これから先、正道を歩んでいくことができるとおもう。
 けれども、これが37歳ともなると話が違ってくる。 いきなり聞く耳が閉じてしまう人もいるため、下手な回答をすると、しつこく誹謗中傷を重ねる変質者に豹変したりすることがあるからだ。 この37歳の現象については、このやりとりの最後に少しばかり考察を加えておきたい。
 40-42歳の大厄では、こうした人たちの思考パターンを如何にして見抜くか、ということが一つの課題となってくる。 このやりとりは当山が43歳になった時のものなのだけれど、ずいぶん慎重に回答を返しているのがわかるとおもう。

矢印マーク TAO 永遠の大河4〜OSHO老子を語る〜

必要なのは真っ直ぐ生きることだけだ
ほかには何もいらない
それが道なのさ

赤雲水

当山の返答

黒雲水

25歳の時点では、私はシステムエンジニアとして普通に働いてましたし、精神疾患を患ってもいませんでした。 それに、私のぷっつん体験は31-33歳の大厄の出来事ですから、もしかすると勘違いされているのかもしれません。

そもそも、ぷっつん体験の後に状況は好転なんかしません。 状況的には渾沌がやってくるんです。

現在つらい経験をされていることには同情しますけれども、“自分の立ち位置”を見失うことが一番危険なことですので、あまり安易に同意するわけにはいかないんです。 その点はご了承ください。

誰でも私と同じ年齢の頃に同じような体験をするものですから、みなさん勘違いされるんですけど、大切なのは「布施仁悟はその体験から何をどうやって学んでいたのか」を読み取ることです。

HP『肴はとくにこだわらず』の「電脳山養心寺」に、私の文章を誤読して勘違いした挙句に転落していった先輩たちのQ&Aを記録してあります。

そちらも参考にしながら、ご自分で自分の立ち位置を正確に判断していただきたいとおもいます。


plat様の投稿

確かにその通りなんですよね。

人生の転機は20代後半?あたりから訪れるという説は妙に説得力があり、まだ自分には早すぎると考えるのがどう見ても自然です。

しかし最近良くわからない現象があり、

・この1年ぐらいで価値観が大きく変わり以前とは別人のようになるも精神的に安定している
・自分で言うのもあれなのですがなぜか以前に比べて賢くなった(例えば難しくて読めなかった本が読めるようになった)

等のことがあり、これは思春期の悩みをようやく乗り超えただけなのか、それともヤバイ兆候なのか、よくわからない感じでして・・・質問させてもらいました。

桃雲水

当山の返答

青雲水

23-25歳の厄年の頃は誰でも価値観が変わります。 肉体的にも変化しますでしょう?

私の大学時代の友人たちなんかは、俗世に呑みこまれる形で価値観が変わっていきました。 私の場合は、彼らと真逆の価値観に方向転換していったので、そうなると、まともに話ができなくなってくるんですね。

なので、結局、彼らとはお別れしなければなりませんでした。 そうした別れの儀式が続いたのは29歳くらいまでかな。 サークルの後輩の女の子の結婚式に出席したのが最後だった。

そうすると、それまで感じることのなかった悩みが表面化してくるので、それを解決しようともしますから、いよいよ深層心理をえぐったような本が面白くなってきます。 たとえば心理学の本とか、精神世界の本とか、村上春樹の小説とか、おこがましいんだけど…このサイトの記事とかね。

このサイトの記事って、俗世に呑みこまれる形で価値観が変わっていった人たちにとっては、不愉快なだけでちっとも面白いものじゃない。 だから、もしもここにある記事を面白いと感じるなら、素質のある証拠です。

たぶんplatさんの前には天性の義務を果たして真っ直ぐに生きる道がひらけてる。 もしも興味があるなら飛び込んでみたらいいんじゃないかな。


plat様の投稿

このサイトの内容は本当に興味深いです。

自分の場合人生のレールから外れたタイミングが早く、なんというか先取り感覚で読ませてもらってるのですが、共感できる部分が多くあります。

できる受験生の記事(大学受験ではできない受験生そのものでこれがきっかけで道を踏み外すことになるのですが・・・)、アイデンティティクライシスの記事(去年まではこれでずっと苦しんでいたんだろうと思います)、そして創造性に関する記事(もともと数学が好きで発想力のようなものを身に着けたいとずっと思っていました)などなどです。

いや〜しかし周りには似たような人がいないものでなんか救われた気になります。

緑雲水

当山の返答

赤雲水

もしかすると、platさんは、アイデンティティクライシスについても、創造性の発現についても誤読しているのかもしれません。 もしも、そういうことについて、ちゃんと理解できていれば、ぷっつん体験の意味を勘違いすることなんかないんですよ。 最初に…

「ご自分で自分の立ち位置を正確に判断していただきたいとおもいます」

と書いたのはそういう意味ですから、とりあえずは自分を客観的に判断して、よく内観してみたほうがいいとおもいます。 そうでなければ危険な世界ですから。

たとえば…もしかするとplatさんは人生のレールから外れたタイミングが早かったんじゃなくて、25歳の現在まで俗世の義務から逃げまわってただけだったかもしれませんよね。 そういう人は人の話をまったく聞こうとせず、文章を読んでも自分勝手な解釈をする傾向があります。 そうすると誤読や勘違いが多くなってしまうんです。

ここにあるのは、25歳まで俗世の義務をちゃんと果たして、人並み以上に辛酸を舐めてきた人のためのお話なんです。 それでようやく入門の準備が調います。

準備不足のまま入門するのは危険な世界ですから、私の文章を誤読して勘違いした挙句に転落していった先輩たちのQ&Aをよく読んで、自分の中に彼らと同じ性質がないかどうかをしっかり内観してから、入門を決めたほうがいいかもしれませんね。

ゆっくり慎重に取り組むにこしたことはありませんから。


plat様の投稿

俗世の義務を果たしていない・・・全くもってその通りなのです。

自分の今までの人生を振り返ると自分勝手、自業自得ほんとそんな感じで今となっては開き直るしか方法がなく、どうやったら治るものなのかわからない状態で・・・。

すみません長々ともうやめときます。

黒雲水

当山の返答

桃雲水

大学受験というのは、17-19歳の厄年の時節にやってきますから、自分の進路を決定する最初の試練になってます。

私は当初、商学部や経済学部みたいな実利的なところを目指してたんだけど、一浪したときに、高校時代の知人が、「ボクね、哲学をやろうとおもうんだ」と嬉々として話しかけてきたことがあるんです。

で、そいつがあんまり楽しそうに話すものだから「哲学かあ…」なんておもっちゃってね。 私も文学部に進路変更しちゃった。 おかげで一般的なコースからはずれて苦労したけど、いま振り返れば、あのとき進路変更してなかったら、今頃は天性の義務なんかそっちのけで普通にサラリーマンしてたとおもう。

この場合、高校時代の知人が“ハディル”―運命の転機に現れる不可視の徴(しるし)―だったということになるんじゃないかな。

こんな感じで、17-19歳の厄年の時節に現れる“ハディル”にしたがうと、天性の義務の方向に進路変更することができる。 そこで失敗していると20歳くらいからはやくも精神世界にハマっちゃったりして、わけわかんない人生になるみたいです。 おそらくオウム真理教の地下鉄サリン事件を起こした連中って、そういう若者たちだったんじゃないかな。

進路に悩んだときの特効薬は『月ひとしずく』ですよ。

人にまかせて 僕らは行こう
人にまかせた 人生だから
何を言う 何も言うな
今夜の月もきれいだね

人の言葉で そのまま来たら
とても疲れて 身体に悪い
当たり前 当たり前だ
それでも月は見ないとね

(作詞:井上陽水奥田民生小泉今日子 作曲:井上陽水奥田民生『月ひとしずく』より)


「人がしてくれることはしてくれるがままにまかせよ、自分がなすべきことは自分でなせ」

これが人生の転機に現れるハディルを掴むコツです。 試してみるといいよ。


当山雑感


「謙虚さを忘れて増上慢になったらそこで進歩がピタリと止まる」
「だから自分の立ち位置を絶対に見失ってはいけない」

当山はいつもそうやって忠告してきたのだけれど、結局、ほとんどの修行者が自分の立ち位置を見失って増上慢になっていった。 その原因の一つが歴代の覚者たちにあるのではないかと考え始めたのは当山が40歳の頃だったろうか。 歴代の覚者たちは当山が42歳までに体験してきたような運命の試練について体系的に説明してこなかった。 そのため覚醒に至るまでのカリキュラムは厳密に定められているという現実を、修行者たちは理解しようとしなかったのである。 おかげで、すぐに近道をしたがり時節を取り逃がしていった。

その頃に建てた仮説が「覚者の中には近道をした頓魔(とんま)の覚者がいるのではないか?」というものだった。 というのは、37歳くらいから「創造の病」を体験していた当山にとって、歴代の覚者たちの教えは何の役にも立たなかったからだ。 彼らは当山の歩んでいる道をまったく説明してくれていなかったのである。 そのため歴代の覚者たちは人生で体験するべき運命の試練をそもそも体験していないと考えざるをえなかったのだ。

しかしながら、この仮説はあまりに突飛なコペルニクス的転回だったため、『坐禅作法』シリーズの記事にはあえて盛り込まなかったのだけれど、現実問題として、多くの修行者が彼ら頓魔の覚者たちに足を引っ張られているのが実状だとおもう。 この現象はインターネットが普及して、密教科学の秘教を簡単に入手できるこれからの時代、ますます問題になってくるとおもわれる。 そこで、当山の建てた突飛な仮説をここに書き付けておくことにしたい。

禅定バカのたどる定力の階梯
図・布施仁悟(著作権フリー)


まず当山が最初に気づいたのは「精神分裂症の発症には年齢的パターンがある」ということだった。

いずれ精神分裂症を発症することになるほとんどの修行者が31-33歳の大厄で密教的行法に興味を持つ。 変性意識体験や仕事・私生活の崩壊体験など、きっかけは多種多様なのだけれど、密教的行法に興味を持つ年齢はどういうわけかまったく一緒だったのだ。

その後、36歳になるとクンダリニーが覚醒してエネルギー上昇を体験する。 すると精神分裂症の初期症状であるコミュニケーション障害を発症して意志の疎通が困難になり、ほどなくして37歳になると、決まって「臍下丹田を見つけた!」と報告してきて、精神分裂症患者になる。 やがて幻覚障害を起こして取り返しのつかない状況になるのが38歳…といった具合だった。

また『アイ・アム・ザット』のニサルガダッタ・マハラジは、34歳で師匠と出会って37歳で真我を実現したと語っていたのだけれど、精神分裂症を発症する修行者たちが37歳で「臍下丹田を見つけた!」と報告してくるのは、もしかすると「真我を実現する深層意識まで到達したのだけれど覚醒することには失敗してしまった」ということなのかもしれない…と当山は考えてみた。

さらにニサルガダッタ・マハラジの『アイ・アム・ザット』については、当山が38歳の頃に再読していて、そのとき不思議に思ったのは、ニサルガダッタ・マハラジが37歳以降に体験する「創造の病」の過程について何も語っていないことだった。

運命の試練モデル(布施仁悟型)
図:布施仁悟(著作権フリー)


どうやらニサルガダッタ・マハラジは、R・シュタイナーの説いていた「水の試練」をすっ飛ばして、「火の試練」から「風の試練」にジャンプしているようなのである。 イメージとしては、こんな感じだろうか。

運命の試練モデル(ニサルガダッタ・マハラジ型)
図:布施仁悟(著作権フリー)


したがってニサルガダッタ・マハラジは「水の試練」で体験するはずの「創造の病」の過程については何も語っていない。 というのは自身が体験していないのだから、当然、語れるはずもなかったからだとおもう。

こういう覚者は、天職に就いて天性の義務を果たす<生>の挑戦を語ることについては、ひどく消極的で、ある意味では<生>の挑戦を放棄しているオカマチキン的なところがある。 「水の試練」というのは、天職に就いて天性の義務を果たすためのOJT(On-the-Job Training)になっているから、タバコ屋の仕事にしがみついたニサルガダッタ・マハラジがその試練を透過する資格を失っていたとすれば、語れない理由も明らかだった。 おそらく「火の試練」の後、天性の義務を果たすために天職に就くことを志願しなかった場合、真っ直ぐ涅槃へと向かう近道がひらけるのだろう。 そうすると、ひたすら近道することを説き続ける頓魔の覚者になるのだ。

たぶん、37歳で精神分裂症を発症した修行者たちは、その近道を通り抜けようとしたのだけれど、覚醒に失敗してカオナシになったというのが現実なのだとおもう。 たしかに彼らには「天職に就いて天性の義務を果たそうとする使命感」なんかこれっぽっちもなかった。

運命の分かれ道
図:布施仁悟(著作権フリー)


天性の義務を果たすために天職に就くことを志願することは菩薩の誓願と言えるだろう。 それは俗世の塵に同化して雑踏の中で教えを説くため、厳しい運命の試練に耐えようとする決意でもある。 当山が実際に歩み、『坐禅作法』シリーズで説いてきた道はそうした菩薩への道なのだ。 それは従来型の頓魔の覚者たちの説いてきた小乗の道とはまったく違うルートをたどることになる。 この電脳山養心寺にあるのは諸経の王『法華経』に説かれている大乗の道の真実の姿なのだ。

禅者諸君、ここに諸経の王『法華経』は再生された。早速、菩薩への道を歩むがいい!

それでは、ここに『菩薩の誓願』の物語を紹介しておこう。

電脳山養心寺公案集 養心門 第十八則 菩薩の誓願


 禅者はついに究極の涅槃の戸口に達した。

 その扉はおおっぴろげに開かれていて、天使たちが歌を歌い、舞いを舞っていた。 禅者がその扉をひとたびくぐり抜ければ、ひとりの仏陀が誕生するからだ。 そもそも、その戸口まで達する者は滅多に現れるものではなかったため、大変な祝賀が催された。 いにしえの仏陀たちが集まり、花々が降り注ぎ、音楽が奏でられていた。

 ところが禅者はなかなか戸口をまたごうとしない。 いにしえの仏陀たちは待ちきれなくなり合掌して懇願した。

「なぜいつまでもそこにつっ立っているのです?早くこちらへいらっしゃい」

 禅者はそれに応えてこう言った。

「そんなことをしたら、まだ救われざる地上の存在たちはどうなります? いったんこの戸口をまたいでしまったら、私は彼らのために何ひとつ助けになってあげられません。 私はただ高いところから見下すのではなく、彼らと同じ雑踏のなかにあって、闇夜を照らしてあげたいのです。 私が身につけたすべての智恵と力を同胞たちの救済のために使い果たしたとき、私はみずから戸口を叩きましょう。 そうしたら、どうか中へ入れてください」

 いにしえの仏陀たちは親しみをこめて、禅者にさよならを告げた。

「この気ちがい禅者め!いつの日かまた会おう」

 そうして究極の涅槃の扉はゆっくりと音もなく閉じられた。


当山が推奨するのは「近道なんかしない菩薩への道」を説いていた覚者たちだ。 『いか超』のR・シュタイナー、『解脱の真理』のM・ベイン、『TAO 永遠の大河』のOSHOは「近道なんかしない菩薩への道」を説いていた覚者たちである。 おそらくニサルガダッタ・マハラジの説く小乗の道も一つのゴールなのだろう。 でも、できることなら禅者諸君には、「火の試練」の後、天性の義務を果たすために天職に就くことを志願してもらいたい。

― 近道など見つけようとしないこと。 そうすれば、あなたは豊かな人間になるだろう ―
(OSHO)

(2017.9.29「法華経ルネサンスの日」)

青雲水
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