トップ写真 ゆんフリー写真素材集
Contents menu
Google Search
Google
Web サイト内
関連記事リスト

【BBS:Q&A 72】あとは体にまかせなさい

仁悟の坐禅相談室『坐禅の智慧で答えます。』 あとは体にまかせなさい

Presented by

2015年9月:行者様・秀爺様より


行者様の投稿

秀爺さんとお話がしてみたいので、コメントを書かせていただきます。

布施さん、申し訳ありませんが、この場をお借りします。

心的修行って正解をつかむのが難しいですよね。

究極的には、心の状態をある種の「無心」にすればいいのでしょうか?

まずは、価値判断のようなものをはさまない。

これは武禅ライフや小林正観さんの本などでも色々と言われています。

また、常に平常心を心掛ける。
そして、自身の心の奥底を観察する。

これも武禅ライフで繰り返し言われていますね。

直接的に、そのような記述をしていなくても、そのような事を言いたいのだと解釈できるような本もたくさんあります。 例えば、ホ・オポノポノの「記憶を消去する」やセドナメソッドの「感情を解放する」っていうのも、要するに、無心になるって事を言いたいのだと思います。 (この2つを知らなかったら、すみません)

確かに、そのような状態を心掛けると、物事をすばやく・的確に処理できるというのは感じています。 また、筋肉の状態も柔らかく、呼吸も乱れない。

ただ、迷う所があるのが…

理論としては分かっていても、自身の心の状態が、本当にその状態にあるのか?

という所です。また…

「無心」と「感情を押し殺す」のとは、どのような違いがあるのか?
黙っていようと、耐えていようと、心身を落ちついた状態にしていれば、それがいいのか?

この辺りを疑問に感じています。

自分は今、36才なのですが、20才の大学生の頃からなんとなく心掛けていたのが、事態を客観的に見るとか、いやな状況でも積極的にいくとかです。 人間って事態を自身に都合よく解釈したくなるじゃないですか。 それが行き過ぎると、旧日本軍みたいになります。 ただ、すごい人はそうせずに、事態を客観的に見る、また、尻込みしたくなるような事態でも積極的に動く、そうなんじゃないかな、などと思って、それを心掛けるようにしてきました。 疑似心随観みたいな事をしていたんですね。 もちろん、完全にできていたわけではありません。

元々は精神世界とかそうゆう事に興味があったわけではないのですが、これもこのブログのコメント欄に書きましたけど、気功とかヨガとか瞑想とかは一切やっていなかったんですけど、「寝ている時に目が覚めて、尾骨が震えて、その震えが背骨を登っていく」というクンダリーニ覚醒体験のようなものを経験しまして、精神世界に興味を持ち、その分野の本を読んだりして、この武禅ライフにたどりつきました。 ここでも、多くの事を学んでいます。

なんか、書きたい事をただ書いているだけで、返答がしにくいと思いますが、もし、コメントできるような事がありましたら、秀爺さん、お願いします。 布施さんも何かコメントする事がありましたら、お願いします。

【当山解説】
 この投稿は正師・秀爺から究極の教えを引き出した名コメントである。
 正師の言葉は、ある特定の人物に対する回答であっても、それが別の人物に対する助言ともなっていたりする。 ぜひとも自分に対する回答だとおもって実践してみるといい。

赤雲水

秀爺様の返答

黒雲水

行き着くところ、今ここになってしまうのです。正確にはすこし過去になりますか。

心はカラダより速く、あちこちと意識が飛ぶのです。

この彷徨う心を見つめましょうという事です。

放心を取り戻すという事です。 その時に、心身統一がなされ、フォレストガンプみたいな事も起こりうるのです。 ガンプは今に集中しているので、境界線がありません。

そのためには、心構えしかり、体構えも必要です。 ユルユルの体です。

行者さんはなんとなくわかっているように感じとれます。


当山の返答

秀爺さんが究極のところを答えてるので、私はその前段階のところを書いてみたいと思います。

------------------------------------------------------------
>また、「無心」と「感情を押し殺す」のとは、どのような違いがあるのか?
>黙っていようと、耐えていようと、心身を落ちついた状態にしていれば、それがいいのか?
------------------------------------------------------------

感情を押し殺す必要はありません。その背後に動いてる自我を看破するんです。

たとえば、何かに“怖れ”を抱いたとします。 でもその怖れは、生きていくために必要なもので自然なものかもしれません。 ならば押し殺すことは不自然です。 起こるがままにするしかありません。

ただ、その背後に自我が関与しているとすれば話は別です。

「誰かに悪口を言われた」→「言い返してやったけどあのバカはまだわかっちゃいない」→「今度はこうやって言い返してやろう」→「もしも、こう来たら、ああ切り返してやろう」

みたいな思考の堂々巡りが始まったら、その背後にある己れを守ろうとする欲望を観察するんです。

たとえば「言い負かされたら面子が立たない」とか「もっとカツコよくみられたい」とか「そんな風に思われるのは心外だ」とかいうようなものです。

これ、面白いんですけど、自我というのはその手口を完全に暴かれると二度と同じ手口は使ってきません。 だから観察によって自我は沈黙していくんです。 「無心」というのは、自我を沈黙させていった先におのずからやってくる、とでも考えておけばいいんじゃないでしょうかね。

桃雲水

行者様の投稿

青雲水

秀爺さん、ご返答ありがとうございます。

要するに、「雑念」というか、「不必要にわき上がってくる思考」を鎮めるという事なのでしょうか?

「フォレストガンプみたいな事も起こりうるのです」

と書かれていますが、自分はこの映画を見た事がないので、よく分からないのですが、神秘体験やサマーディーと呼ばれているような事、ということなのでしょうか?


秀爺様の返答

神秘体験は洗脳の手口になるから、気にしなくて良いです。

神秘的というより、名前も国もない、生まれたての元気の事です。
(どっかで、聞いたフレーズ)

鎮めるというと、鎮めようという意識が働いてまた、思考が体の邪魔をします。

雑念として受け入れ、ただ見つめる。あとは体にまかせなさい。

抑えようとか、鎮めようとか、無我にならなければとか、だと頭で滞るのです。 一旦、体にスルーさせる感覚です。

体は今にしかないのに、思考がばかりが先走りしますとバランスがとれませんし、本来のバイタリティーが発揮できません。 体はいつだって風邪をひいたままな感じがします。

思考でオイルの切れた明日のプログラムを大事に回してるのです。

緑雲水

行者様の投稿

赤雲水

秀爺さん、ご返答ありがとうございます。

秀爺さんの言いたい事、なんとなく分かります。

むりやり雑念を消そうとするのではなく、いなすような感じで、扱っていく。
心身は力みがなく、平静である。

こんな感じですよね。 今日一日、それを心掛けて過ごしましたが、心は落ち着いていました。

体感覚の方は、自分は上丹田と下丹田が強いタイプだと思うのですが、胸の感覚が強まり、中心に球体のようなものがあるような感覚で、中丹田が高まったような感じでした。 途中、鳩尾、チャクラで言えば第3チャクラの位置が少しきつくなるような感じがしました。 いつもと異なる心により、身体が反応したのでしょう。

神秘体験についてですが、これは自分はあまり興味がないので大丈夫です。

秀爺さんのコメントは、今の自分にとって、ぴったりな内容であったと思います。

「行者さんはなんとなくわかっているように感じとれます」と最初にコメントされましたが、仮に自分が分かっていたとしても、それを引き出した・明示したのは秀爺さんです。

秀爺さんのコメントとの出会いはターニングポイントだったと思います。


秀爺様の返答

行者さん

私は、知命と立命という言葉が好きです。

自分の本性を知り、自分としての花を咲かせてください。

まずは、自分の中にある、怒り、不安、嫉妬などをしっかり見守ってあげましょう。

黒雲水

行者様の投稿

桃雲水

秀爺さん、お返事ありがとうございます。

自身の天命というか、方向性というか、できそうな事はなんとなくですが、感じています。

ただ、人間他にどんな可能性があるのは分かりませんし、何が起きるのかも分かりません。

しかし、その中で自分の花を咲かせるために、自分の道を邁進していきます。


秀爺様の返答

行者さん

しかし、こんな悟りめいた話でも、エゴで聞いているのです。 エゴで聞いているという事を理解しないと客観性は生まれないのです。

青雲水

行者様の投稿

緑雲水

秀爺さん、それは大切で、そして難しい問題ですよね。

自分はコメントにも書きましたが、一応、客観的に見るように心掛けてはいます。

しかし、表面的に分かる自我やエゴを介在させないように物事を見ていても、心の奥底で働く自我やエゴには、気付きにくいですよね。

自分は本質的に目立ちたがり屋・野心的であるという事は、一応、分かっています。 秀爺さんや布施さんと違い、禅者・求道者体質ではないんですね。

おそらく、その本質が視点を曇らせる事が時にあるでしょう。 しかし、これについては心随観をやっていって、気付きを深めるしかないですよね。 これは難しい事と思います。

ただ、少なくとも、「表面的に自分で認識できる範囲の自我やエゴで物事を見る」ことはしない様にと、常に思っています。


秀爺様の返答

行者さん

意識していると、そのうち隙間が出来てくるかもしれません。

1日一回、防犯カメラから自分を見るようにして、今日の出来事を思い出すと良いかもしれません。

目立ちたがり屋さんですか。もしかしたら、自分に集中できていないのかもしれません。

いつの事だか、思い出してごらん。あんな事、こんな事、あったでしょう。

思い出してごらん。

小中高と目立ちたがりやさんて、ぶっちゃけあんますごくなってない事の方が多いようです。 音楽的にすごかったり、スポーツ的にすごい人はそっち集中して、クラスでは、あんま目立たない事の方が多いです。 ただ、メジャースポーツだと周りの人がちやほやしますが。

芸能人も結構、学生時代暗かったとか、友達いなかったとか聞きます。

赤雲水
肴はとくにこだわらず厳選情報

HPランキング参加中!

凡人たちにも本物のスピリチュアルを!

ワンクリック運動に参加しませんか?

ブッダの瞑想法―ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

坐禅入門の決定版!

心の欠陥を克服する唯一最善の方法は坐禅・瞑想を実践することです。そして、この本以上の坐禅・瞑想の入門書を私は知りません。

実修 真言宗のお経

真言は法蔵の扉を開く!

空海の言ったことはホントかウソか? 実践してみればわかること。

わが家の宗教 臨済宗

毎日唱えたいお経CD

大乗経典の要諦を示した『菩薩願行文』 坐禅の真髄を説いた『坐禅和讃』 気の通りをよくする『延命十句観音経』。附録CDの充実した一冊。

5つのチベット体操-若さの泉・決定版

これはエクササイズの革命だ!

たった5つの体操を毎日続けるだけで体調は良くなるわ、痩せるわで驚きの効果が・・・!?食事に関するアドバイスも実に簡潔で的を得たもの。これはエクササイズの革命だ!

決定版 真向法

チベット体操と併せてどうぞ。

たった4つの体操を毎日続けるだけで怪我を予防するための柔軟な筋肉を作れます。チベット体操と併せてどうぞ。

魂をゆさぶる禅の名言

何にもならない坐禅はやめよう!

坐禅は単なる心の慰めではありません。坐禅を人生に役立てるための智慧がここにあります。救いのある仏教の入門書。