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【BBS:Q&A 70】思考奪取された男〜分裂の予感〜

仁悟の坐禅相談室『坐禅の智慧で答えます。』 思考奪取された男〜分裂の予感〜

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2015年9月:ヨギ様より


ヨギ様の投稿

「あるヨギの自伝」は、ジョージ・ハリスンで、知っていました。 でも、高い本を、そんなに買えませんもんね。

しかし、布施さん、いよいよ科学的になってきましたね。 ワクワクしています。 わたしも、諦めながらも、行は続けていますので、とても、楽しみです。 布施さんの、音楽の成果も、ユーチューブにUPしてくださいね。 期待しています。

いやぁぁ、やっぱ半年遅れなのかなぁ、眉間が、以前とは違う感じで、ジンジンしています。

あと、シュタイナー関係では、高橋巌先生の「神秘学講義」「神秘学序説」などを読んでいます。 オカルト語、そういう意味だったんですね。

まあ、私は、悟ろうとも思っていませんが、鳥が飛ぶように、わが道を、なんとなく行くだけです。

(2015年9月)

【当山解説】
 この投稿者は31-33歳の大厄の時節からヨーガ(主としてハタ・ヨーガ)の修行をはじめた人物で、35-37歳の厄年の時節から当山の記事を読み始めていた。 この投稿の時点で40-42歳の大厄を迎えていた古い読者であり、偶然にも当山とほとんど同期生と言ってもいいくらい進捗を同じにしていた。 これは、そろそろ声聞道9年間を卒業して縁覚道9年間の軌道に入ろうとしていた時節の投稿である。
 縁覚道の軌道に入るときにはじまる頭脳分裂は「眉間が、以前とは違う感じで、ジンジンしています」とあるように眉間の蓮華が活性化することにはじまる。 とはいえ、それはいいことばかりではない。 コミュニケーション障害や幻覚障害といった精神分裂症の症状が顕著にあらわれてくるのも、ちょうどこの頃からだからだ。 いよいよ声聞道9年間の成果が試されてくるのである。
 この投稿者は、31-33歳の大厄の時節における興菩提心体験やぷっつん体験の透過に失敗。 その後まったく見性しようとすることなくやり過ごし、声聞道9年間の運命の試練を中途半端に通り抜けてきていた。 そのまま40-42歳の大厄を迎えてしまっていたため、この投稿のあった頃からその弊害が現れはじめ、約一年後には精神医学で“思考奪取”とか“あやつられ体験”などと呼ばれる症状を引き起こして精神分裂症を発症した。 それは自分の思考や行動が他人に操られているように感じはじめる症状で典型的な精神分裂症の初期症状である。
 ともに修行を続けてきた仲間が転落してゆく様子を記録に残すのはやりきれないものがある。 けれどもこうした事例は必ず後進の役に立つものと信じて、ここに残しておこうとおもうのだ。

赤雲水

当山の返答

黒雲水

32歳の頃は、いちおう公認会計士の受験生でしたから、記憶力を回復する方法を探しているうちにヨガナンダの講話録『人間の永遠の探求』の方を手にしていました。 続けて『あるヨギの自叙伝』も読んでしまって。 そういう切実な状況に突き動かされているときは、別に「高い本」だって思わないみたいです。 あっさり買って読んでしまってましたね。

諦めるもなにも悟りの軌道に参入したら運命の試練は待ったなしで進行してしまいます。 小悟するにせよ、発狂するにせよ、どのみち44-46歳くらいまでは運命の試練をひととおり体験しなければならないようですから、積極的に挑んだほうが得策じゃないでしょうか。 小悟の段階に至るとき、そこに運命の伴侶が待ってるんです。 今から「諦めた」なんて言ってたら、ヨギさんを待ってる相手が泣いちゃうぜ。

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>布施さんの、音楽の成果も、ユーチューブにUPしてくださいね。
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今、金人受胎できるかどうかの正念場で、うまくいけば創造の源泉にたどり着けるはずです。うまくいって運命の歯車が動き出したらやるかもしれませんけど、それまでは何ともいえませんね。

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>いやぁぁ、やっぱ半年遅れなのかなぁ、眉間が、以前とは違う感じで、ジンジンしています。
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キュウ〜〜ッ、スポン!

たぶん半年後にシャンパンのコルク栓のように抜けます。 これは時節的なものですから悟りの軌道に入ってから九年経過すると誰にでも起こるんです。

そこから頭脳分裂が始まるんですけど、問題はそのとき自我が完成していないと抑圧していた人格が表面に出てきて人格が豹変してしまうことです。 私が精神分裂症と診断した人たちの文章を読めばわかりますでしょ? おそらく以前はあんな風ないやらしい性格ではなかったはずなんです。

その原因は妙観察智が目覚めていなかったことにあります。

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>あと、シュタイナー関係では、高橋巌先生の「神秘学講義」「神秘学序説」などを読んでいます。 オカルト語、そういう意味だったんですね。
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オカルト語。

いわゆるバベル語ですけど、これは延髄中枢の超意識が覚醒して妙観察智が身につきはじめると使いこなせるようになります。 で、自身でも気づいてると思いますけど、ヨギさんはそこでつまずいてますよね。

ヨギさんは悟りの軌道に入ってから九年経過して、もう縁覚道の入口に立ってますから、そろそろ真剣にならなければいけません。 さもなければ私はヨギさんを精神分裂症と診断しなくてはならなくなります。 そんなの嫌ですからね。


ヨギ様の投稿

私は、本山先生のところに2年ほどいましたが、眉間に痛みを感じ、まあ、撤退しました。 でも、いまでも、本山先生は尊敬しています。

それから、5年かな、6年かな。 ひたすら、肉体、身体からのサンイを信じるをモットーに、修行というほどのこともないけど、歩んできました。 論は避けたい。すべて、実感で。ということです。

そして、いわゆるハタ・ヨガも中級クラス(まあ、どこに基準を置くかで異なりますが)になると、それぞれのチャクラも活性化しますし、いろいろ生活にも変化はあります。 いま、眉間とともに、延髄のあたり、何かがあります。 もしかすると、延髄、何かの指針かもしれません。

なにか、佳境に入ってきましたね。 布施さんのホンネ。 悟っても、ミューズがなかったら、ツマらない。同感です。

私の場合、激痛というより、自発動が問題で、布施さんのブログに出会ったのも、そこでした。 布施さんは、時節で、有無をいわせず、超えてしまう。 私は、時節はあるのか、ないのか、毎日、自発動がありますので、このまま、クンダリーニ行ったら、危ないな、という感覚があるんですよ。 そういう意味で、身体が先。 ただ、身体が柔らかくなると、かならず、心にも変化があり、状況も変わります。

ちょっと、タイプは違うけど、似たような途を辿っているのかも。

あと、クンダリーニ覚醒未遂は、10代にありました。延髄、もしかしたら、関所かもしれません。

(2015年9月)

【当山解説】

 「ひたすら肉体、身体からのサンイを信じるをモットーに」
 「論は避けたい。すべて実感で」
 「このままクンダリーニ行ったら危ないなという感覚がある。そういう意味で身体が先」
 「身体が柔らかくなると、かならず心にも変化があり、状況も変わります」

 一見したところ地道にやっているように見受けられるけれど、つまるところ、こうしたモットーは自我の観察を避けるためにすがっている彼なりの口実なのである。 単なる自我の慰めの言葉にすぎないのだけれど、これらのモットーが無意識的な壁を形成していたため、この投稿者は当山の勧めている心随観による自我暴露の修行を斜に構えて眺めていた。

 「いよいよ科学的になってきましたね。 ワクワクしています」

 たとえば、このコメントは矢印マーク 【坐禅作法98】縁覚道の地図18― 禅の科学 ―に対して寄せられたものなのだけれど、それはちょうど蓮華(チャクラ)の開発手順について解説をはじめた頃の記事である。 この投稿者はいつもこんな調子で、心随観による自我暴露について書かれた記事にはほとんど関心を持っていなかった。 もっぱら蓮華(チャクラ)を活性させることを修行の目的としていたのである。
 しかしながら蓮華(チャクラ)を活性させる行法は精神分裂症を発症するリスクと隣り合わせでもある。 「まあ、私は、悟ろうとも思っていませんが、鳥が飛ぶように、わが道を、なんとなく行くだけです」 などと無頼漢を気取ったところで精神分裂症のリスクを避けることはできないわけで、そのリスクを回避する方法といえば…心随観による自我暴露によって見性するよりほかにない。
 坐禅も気功もヨーガも、悟るか、それとも、発狂するか、二つに一つの大勝負であることを忘れてはならないだろう。

桃雲水

当山の返答

青雲水


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>布施さんのホンネ。 悟っても、ミューズがなかったら、ツマらない。 同感です。
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「創造性を身につけるために坐禅は有効な手段なのか?」というのと「運命は変えられるのか?」というのが、32歳の坐禅に入門したときのテーマで、今でもあんまり変わってないかもしれません。 なので私の場合、それほど「悟り」に憧れはないみたいですね。

そのうち「切実に悟りたい」と思うときが来るのかもしれませんけど、とにかく今のところは、本を書いて、歌を作って、運命の女に会いたい…というのがホンネかなあ。

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>布施さんは、時節で、有無をいわせず、超えてしまう。 私は、時節はあるのか、ないのか、毎日、自発動がありますので、このまま、クンダリーニ行ったら、危ないな、という感覚があるんですよ。 そういう意味で、身体が先。 ただ、身体が柔らかくなると、かならず、心にも変化があり、状況も変わります。

ちょっと、タイプは違うけど、似たような途を辿っているのかも。
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『アイ・アム・ザット』のニサルガダッタ・マハラジは「真剣さ」と「謙虚さ」の二点が修行者に求められると云っています。

ヨギさんの場合は「謙虚さ」はあるようですけど、ホンネを言いますと「真剣さ」という意味では、どうかな…と思うところがあります。

マハラジの説く「真剣さ」というのは、高峰原妙禅師に言わせれば「切心」というやつで、言いかえれば「切実さ」というものです。 ヨギさんにはなんというのかな…その切実さ…ハングリーなところ…危機感とか切迫感みたいなものがみつからないんです。

「時の流れに身をまかせ」のような女性的原理と「ガッツだぜ!」のような男性的原理は、一人の人間の中に同居してはじめて道― タオ ―は完成します。 ところがヨギさんのバランスは「時の流れに身をまかせ的な方向に傾きすぎてるんじゃないのかな?」というのが私の意見なんです。

私の半年後からピッタリ付いてきているというのは、まったく星まわりのせいで、私と同じ時節に同じイベントを迎えて同じように過ごしてきているんですけど、“一槌”を決めてないところがいくつかあるような気がします。 しかもほんとに初期の段階の“ぷっつん体験”とか“バベル語の修得”とか、その辺りで。

この辺りを乗り越えるためには「ガッツだぜ!」の男性的部分でガツガツいかなければいけません。

「男には自分の世界がある。たとえるなら空を翔ける一筋の流れ星」
「男には自分の世界がある。たとえるなら風を払い荒れ狂う稲光」

というような男の美学が必要です。その男の美学が「切心」を生むんです。 だからオカマに禅はつとまりません。

ヨギさん、ガッツです。 男になりなさい。 「時の流れに身をまかせ」は見性して妙観察智がちゃんと身についてからのレッスンなんです。

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>あと、クンダリーニ覚醒未遂は、10代にありました。延髄、もしかしたら、関所かもしれません。
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それはおそらくクンダリニーが屁をこいたというやつでしょうね。

スシュムナさんのクンダリニー覚醒未遂事件というのは、小周天が完成したときのやつで、俗に大周天と呼ばれているタイミングで起こる本格的なものです。 彼はそのときまったく見性していなくて、ものごとをあるがままにみる妙観察智が目覚めていなかった。 そのためコミュニケーション障害を引きずったあげく、幻覚障害を患って、“クンダリニー症候群”を発症したというお話なのであります。

「クンダリーニ覚醒未遂事件」というのは、そういう意味ですから、ヨギさんのそれとはレベルが違うんじゃないかな。


ヨギ様の投稿

勿論、10代のクンダリーニ体験は「クンダリーニが屁をこいた」んです。 ただ、その時に、「あああ、そういう世界はホントなんだ」という、実感を得たということを言いたかったんです。

ミューズなんです。 ああ、なんというかな、文学も中途半端。音楽も中途半端。 そうなんですね。真剣さ、というか、最後の覚悟ですね。 でも、ミューズがあるなら行ってみようか、というのは、布施さんのお陰でありますよ。 つまんないですよ。 悟って、欲がなくなるなんて。 ほんとの相手との出会いとか、画期的ですよ。

真剣に、なりかかっています。

緑雲水

当山の返答

赤雲水

パラマハンサ・ヨガナンダの『人間の永遠の探求』だったかな。

「実現しなければ捨てられない欲望もある」

なんてことが書いてあったので、「欲望をひとつ実現する度に、より純粋な欲望が沸きあがって来て、それがやがて悟りの渇望につながっていくんじゃないか」と最初に考えました。 そうしたら…

「正しい欲望の抱き方を学ばなければならない」

ということを、パラマハンサ・ヨガナンダもニサルガダッタ・マハラジもR・シュタイナーも語っていることがわかってきたため、まずは願望実現のアプローチで悟りを目指すことにしました。 いわゆる“カルマ・ヨーガ”ってやつですかね。 だから…

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>ミューズがあるなら行ってみようか、というのは、布施さんのお陰でありますよ。
ほんとの相手との出会いとか、画期的ですよ。
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これ、嬉しいよね。 「そうよ、私が伝えたいのはそれなのよ」って思っちゃう。

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>真剣に、なりかかっています。
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いいねえ〜。 嘘ついちゃ、ヤダよ。


ヨギ様の投稿

布施さん、練習風景 送ってよ。

アジナが開けた人の音楽(音)って興味があります。

(2015年9月)

黒雲水

当山の返答

桃雲水

え〜っ、イヤだあ。

何でもそうですけど、技術の向上するときに、いきなりシフトする瞬間がありますでしょ。 それまだ来てないもん。 「次のワールドカップの年くらいに形になってればいいかな」くらいでやっとりますんで、よろしく。


ヨギ様の投稿

えええー。

科学というなら、そのへんも、お願いしたいです。

身体、心、ミューズ、アジナがひらけた成果、あるいは、夢、日常。

あと、なんだろーー。ご報告、頼みます。

(2015年9月)

青雲水

当山の返答

緑雲水

至道無難禅師が『即心記』で語ってるんですけど…

「悟ったからって何でもできるわけじゃない。家の土台となる基礎工事ができてるようなもんだ」

眉間のコルク栓が抜けたからって、なーんにも変わりはしませんよ。

ただ運命の流れは変わってます。

わかんない?

これから、このブログの読者層は変わってく。 ヨギさん、振り落とされちゃうかもよお〜。


ヨギ様の投稿

ボクは、いわゆる下町に生まれて、まあ、寅さんの世界だよね。

それが、中学に入るころから、本を読むようになりました。 本を読むだけで「ガリ勉」と非難されちゃう生活環境。 人間関係でした。

話言葉も「テメエ」とか「ざーけんなよ」って。 だから、コメントにも、それが出てしまうことがある。 まだ、超えてない証拠だよね。 心ならずも、すぐに反応しちゃう。 「テメエ、それで、どうなったんだよ。嘘ついてんじゃネーヨ」って感じかな。

ある日、宮沢賢治の「雨にもマケズ」に感動しちゃってさ、今日は、仲間と遊ぶのやめよう、って思ったの。 で、なぜか、墨をすって、あの「手帳」の字に似せて書いたんです。 それを、部屋に貼りました。

あるとき、それを仲間に見られて、もの凄くバカにされて、浮いちゃって、もう、変人扱い。 いわゆるコケにされました。 それを機会に仲間の中の奴隷になっちゃった。

その、人間関係が解消したのは、高校一年でした。 リーダーが事件を起こして退学。 でも、そいつがビートルズを教えてくれたんです。 そして、ほどなく、ジョージの音楽を聞いていて、クンダリーニが屁をこく体験。 それから、インド、禅に興味を持ちました。 ギターもはじめました。

でも、奴隷扱いのトラウマは解消していないかも。 なんか、反抗心が沸いてくるんですね。 とくに理屈言うやつが嫌い。

布施さんですか。 うだうだ言ってないで、一曲披露しなさいよ、ってカンジかな。

無名時代のビートルズが、あるコードがわからなくて、何処とかにいるジャズメンがそのコード知ってるらしい、ということになってバスに乗るという話がありますよね。

アジナ開けると、どうなるの?

すこしは、指の使い方、音の出し方、変わるのか、ってことですけどね。 ま、変わらないんだというハナシ。

確かに、ホンキかといわれると、どこか腰が引けてるのも事実。 布施さん、鋭いですよ。現世は、ここまでにしょうかな、という気持ちもあります。

まあ、このコメント欄で振り落とされる姿を見てもらう役割も、あるかも。

(2015年9月)

【当山解説】
 この投稿の約一月前(41歳の8月20日)。 当山の眉間の結節(アジナ・チャクラの中枢)が解放されていた。
 そうすると、次の工程として鳩尾の蓮華(マニプラ・チャクラ)が開花しはじめてくるのだけれど、ちょうどその時節から、少年期(9歳の運命のクロスポイント)の頃にトラウマとなって形成された願望がずっと抑圧されていた事実が明らかになってくる。 当山の場合、その少年期から抑圧されていた願望がどういうわけか「歌を作ること」だった。
 そういうものは運命的なトラウマだから、40-42歳の大厄にならないと取り組みはじめることのできない願望となっている。 つまり40代から少年時代に挫折した夢を実現するための新たな挑戦がはじまるのだ。 そんな新たな挑戦をはじめたばかりの素人が練習風景を誰かに見せて何になるというのだろう。
 この投稿者がこういう頓珍漢なことばかり言ってくるのは、31-33歳の大厄の時期を見性することなくやり過ごしていたせいで、トラウマの形で抑圧されている願望を洞察する知性が欠落しているからである。 おかげで40-42歳の大厄を迎えているくせに、そういう運命のカラクリの存在を認識できないのだ。
 また「蓮華を開花すれば才能が目覚める」と思い込んでいることから、心随観による自我暴露の重要性を理解しようとしなかった原因も、その辺りにあることがわかる。

赤雲水

当山の返答

黒雲水

いいねえ、こういうのずっと待ってたんだよ。 ヨギさん、ホンネ書かないんだもの。 才能はホンネを吐き出せるようになったときから目覚めてくる。 ヨギさんの才能が30代で目覚めなかったのは、そのせいなんだぜ。

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>とくに理屈言うやつが嫌い。布施さんですか。うだうだ言ってないで、一曲披露しなさいよ、ってカンジかな。
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人それぞれ独自の才能を持って生まれてる。 私の才能はギター演奏じゃないんだよね。 作詞の能力なのよ。 しかも、それはインスピレーションに催されて出たものでなければ何の価値もない。

グレン・グールドが人前で演奏したがらなかったのは、それを知っていたからなのさ。 ビートルズが創造力を発揮していた時代もそう。 ポールだってアルバムの何枚かは宅録でしょ?

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>アジナ開けると、どうなるの?すこしは、指の使い方、音の出し方、変わるのか、ってことですけどね。
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ヨギさんね、ムッシュ本山に洗脳されてるよ。 たしかに、ムッシュ本山は相当レベルの高い人物だとおもう。 でもね、彼の指導方針は間違ってるよ。

逆なんだよ、意識の変性が蓮華を開花させる。 意識の変性の過程で智慧や才能が目覚めてくる。 蓮華の開花が智慧や才能をもたらすわけじゃないんだ。

しかも、それは家の土台。 ギター演奏の技術だって、語学の修得だって、それをお家芸にするためには、人と同じように努力しなけりゃ身につかないんだよ。 至道無難禅師はそれを言ってるのさ。

私はそれをずっと説いてるんだけど、洗脳が解けてないからさ、ヨギさんて、私の書いていることをほとんど理解できてないんだよね。


ヨギ様の投稿

実は、本山さん、すこし(だいぶ?)前から離れてるんです。 これも、おなじ理屈で、本山さんのところで、悟った人いないみたいなんですよ。 あえて、書いてみたただけ。

やっぱ、布施さん、わかるんだなぁ。 理屈、嫌いだけど、布施さんの理屈、凄いや。

私は、身体のしばりが解けて、ギターもうまくなったように錯覚してるのかな、おなじことを、逆に解釈しているのかなぁ? いくつか、秘密も解けたんです。

精神が先か、身体が先か、あまりにも一体なもんで、どちらか理解できていないのかも?

しかし、ついに「あるヨギの自叙伝」を読んで、ああ、これ、感謝だな、と。 やはり、今になるまで、出会えなかった何かが、あっんだと、とは思いました。 ジョージ・ハリスンに出会って、30年も過ぎてから。いまさら。

確かに、時節ってあるかもね。

(2015年9月)

【当山解説】
 ホンネを書けないのは人格を抑圧しているからなのだけれど、一度見性すれば、その人格の抑圧を解いて、分裂した人格を統合する糸口を見つけることができる。 その人格の統合過程で、意識の変性が起こり、純粋な本性があらわれ、創造的知性(ミューズ)が顔をのぞかせ、智慧や才能が目覚めてくるのだ。
 しかし、この投稿者には見性という土台の部分がなかった。 そのせいで当山の言うことをすべて自分勝手に解釈して「自分は創造的知性(ミューズ)が覚醒している」と思い込んでいたのである。 それはおそらく、不健全な行法によっていたとはいえ、蓮華の開発に成功している実感があったからでもあるだろう。
 『密教ヨーガ』の本山博氏などによる「蓮華の開花が智慧や才能をもたらす」式の指導方針は、最も大切な見性の過程を無視して、人格を抑圧したまま蓮華を開花させる行法に走る“逃避の温床”ともなる。 そこで「君は本山博の罠にハマっているよ」と警告したつもりなのだけれど、彼にはその意図がまったく理解できなかった。

桃雲水

ヨギ様の投稿

青雲水

布施さん、ごめんなさい。

いゃああーーー。 『ちょっとはマシな座禅作法』こんなに、キッチリとまとめておられたんですね。 なんとなく、試行錯誤のお手伝いをしていた自負があり、まとめたものを通読していなかったんです。 ほんとに、よく完成されましたね。 あああ、これなら、質のいい、新しい方が増えるわけだ。 わたしも自分の道を再確認しています。 これは、凄いです。

懐かしいですね。 「自発動」で布施さんと出会い、本山さんのところに通っているといったら、そういう本格的な方がコメントくれて嬉しいとかお返事をいただき、いろいろありました。 いつか、永平寺に行きましょうとか、ありましたね。 迂闊だったなぁ。 布施さんが、完了といったときに、ちゃんと通読しとけばよかった。 疑問なんか、ほとんど、なかったんだ。

(2015年9月)


当山の返答

『ちょっとはマシな坐禅作法』面白いでしょう。

真理は繰り返しによってはじめて根付く。 再読に耐えられるようなタフな文章を書くのが私の流儀なのだ。

たしかに迂闊だったかもしれません。 ヨギさんは30代でせっかく私と同じ軌道に乗ったのに、ここから58歳まで、もう一度振り出しに戻ってやり直さなければならない。しかし…

「運命は変えられるのか?」

これが私の研究テーマの一つであります。 そんなヨギさんには、次に運命の扉の開きはじめる58歳を待たず、運命に抗って運命をくつがえした女流画家の物語を贈りましょう。

□■ 一枚の葉っぱの物語 ■□

その画家の名は小倉遊亀(おぐらゆき)。 33歳から院展に入選を重ねるものの、なかなか模倣を脱け出すことができなかった画家です。 つまり、30代で独創性を目覚めさせることに失敗したのであります。 なんかヨギさんと似てるでしょ。

自身の画風に悩んだ30代の小倉遊亀は、安田靫彦(やすだゆきひこ)の家を訪ねて教えを請います。 これは、そのとき安田靫彦から授かった言葉。

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何年かかってもよいでしょう。

自分を出そうとしなくても、見た感じを逃さぬように心がけてゆけば、その都度違う表現となって、いつの間にか一枚の葉っぱが手に入りますよ。

一枚の葉っぱが手に入ったら宇宙全体が手に入ります。
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その後、小倉遊亀は山岡鉄舟の門弟だったジジイと結婚して、それを機に、絵筆を一度擱(お)くんです。 43歳のことでした。 おそらく、このジジイのもとで己れの心とがっぷり取り組んだんじゃないかと思うんですよね。 つまり、41歳からの9年間。 30代でやり残したことをしっかりやったんです。

彼女が再び絵筆をとったのは40代における9年間の修行を終えた50歳。 1945年のことですから終戦の年です。 そのころ日本画滅亡論が持ち上がっていて日本画壇は危機にさらされていたんですけど、そこで小倉遊亀は立ち上がった。 ルネサンスの騎士だよね。

彼女の作風に変化が現れはじめたのが56歳。 『娘』という作品を描くんですけど、アンリ・マチスとかあの辺の画風を日本画に持込もうとしたんです。

そして、ついに50歳から9年経過した58歳。 みずから転機と呼ぶ作品を描きあげます。 『O夫人坐像』という作品なんですけど、O夫人のスケッチをしているとき、突然、一枚の葉っぱが手に入ったんだそうです。

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それまでのいろいろな迷いの心に区切りがつきました。

植物も、石ころも、人間も、描くには同じであるという思いが、そのとき、ふっと心の中に入ってきたのです。
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ものみな仏(by 小倉遊亀)

【当山解説】
 これがこの投稿者に対する最後の警告となったらしい。
 運命は人をいきなり精神分裂症の憂き目に遭わせることはない。 その直前に回心するための機会を必ず与えてくれるものなのだ。
 この時期に彼の再読した『ちょっとはマシな坐禅作法』には、彼が回心するために必要なメソッドが書かれていたのに、おそらく従来どおり、自我の慰めの言葉をそこに探したのだろう。
 この約半年後には、ついに、これまで抑圧してきた人格の台頭をゆるしてしまうことになる。

緑雲水
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