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【BBS:Q&A 51】アジュナ集中の危険

仁悟の坐禅相談室『坐禅の智慧で答えます。』 アジュナ集中の危険

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2014年11月:夢窓様より


夢窓様の投稿


禅(般若)はメンタル体(思考体)から始まります。
バクティー(信仰、マントラ念仏)はアストラス体(感情体)から始まります。
ヨーガはエーテル体から始まります。

なんとなく伝わりますか? 白隠やその他の聖たちが例えになるかも。 あまり7つの身体論については詳しくないので行間はお任せします。

後背から昇って行って、サハスラーラまで行き、サハスラーラからハート(プルシャ?)に至る。 これがジニャーニ達が言う軌道です。 シュタイナーはその後、さらに下りて腹のセンターに下りるとの図解ですね? これはアストラル体の観点から言ってることなのかはわかりません。

軌道云々の些細な違いは存じていませんが、ムーラダーラから始まり、背面を上昇するという比喩があります。 ムーラダーラなんて、新宿2丁目みたいな殺伐としてますね。 権力、金、名声に囚われている状態では未だ意識はマニプラ以下に在る状態です。 それでアナハタまで引きあがっても、それはまたドスンと落ちることがある。 本山博がこんなこと言ってましたよね、確か。

ですから以前にも言っていましたが繊細な配慮が必要だったのですが。 でもそこを越えてヴィシュッダまで上がると多少のことでは揺るぎなくなるんです。 それは小解脱で…それはグル(つまり道標)からの解脱でもあるんです。 もう道そのものになるんですね。道が無い。比喩ですけど。 つまり内なる師、マーヤにそそのかされない…(笑)

一筋縄では行きませんけれど。 縄に縛って、牛に引きづられるようでは駄目ですね。 用が無くなった縄も捨てて、牛を追い行いてしまう。 追い抜いてしまえば、心が始まり(起点)だったと解り、家主だったと解るのかな。 僕の場合ですけど、『いか越』『ユング自伝』の後半部分、『自分の中に毒を持て』が追い込む手段でした。 追い込んでいた時はこれで事足りた。

布施仁悟さんは「君は少々長居し過ぎだ」と内なる声に言われるくらいですから…どういう意味なんでしょうか? 僕より経験豊富ですし、遜色なんて感じていませんし。 よく存じていませんけれど、すでに通過してるとか…超越の有無がすべてでもありませんし。 大体寝ている内に覚醒してるなんてことがあっても全然おかしくありませんから。 たぶん世の中には自分で気づいてない人達もいるんですよ、きっと。 ですから小悟とか超越体験とかって重要じゃないと思っています。 いつの間にか切り替わってるなんてこともありますし。人によってはほとんど 気づかないこともあるんじゃないでしょうか。知識も関心もなければそのまま過ごすだけですし。

【当山解説】
 この投稿者は、喉頭部(ヴィシュダ・チャクラ)の気の流入口の活性に成功したことで、すでに眉間(アジュナ・チャクラ)の“第三の眼”が活性し始めてしまっている。 “第三の眼”には“思考の隙間”を作り出す機能があるため、彼は、その“思考の隙間”に入ったときに起こる意識変性を体験しているのだ。
 そのため、みずから「それは小解脱で…それはグル(つまり道標)からの解脱でもある」と語っていることからわかるように、いわゆる小悟の“証果”を得られたものと信じ込み、人を小馬鹿にしているのである。
 おそらく眉間に精神集中するような何らかの行法により“第三の眼”を活性したはずなのだけれど、これまで本人は「そういうことは何もしていない」と言い張っていた。 おかげで当山としては、彼がこのような頓珍漢なことばかり語る理由がさっぱりわからなかったのである。

赤雲水

当山の返答

黒雲水

第三の結節解放によって、クンダリニーのシャクティが脊柱を頭頂(サハスラーラ)まで抜けるわけですけれども、そこから先、気の流入口がどこにできるかは人それぞれ違うようです。 どうしてかは知りません。

統計的に修行者の辿る過程には三系統あるようです。

1.下丹田→上丹田→中丹田コース
もっともスタンダードなもので、高藤仙道がこれですよね。 ちょっとやんちゃな気功師、武道家タイプです。 とはいえ、上丹田は、観(ヴィパッサナ)によって自我を完成しなければ完全には組織されないので、たいていの修行者は上丹田の形成に失敗しているものです。

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それでアナハタまで引きあがっても、それはまたドスンと落ちることがある。 本山博がこんなこと言ってましたよね、確か。 ですから以前にも言っていましたが繊細な配慮が必要だったのですが。 でもそこを越えてヴィシュッダまで上がると多少のことでは揺るぎなくなるんです。 それは小解脱で...それはグル(つまり道標)からの解脱でもあるんです。
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それは勘違いで増上慢の起こる原因であります。 なんだか、シュタイナーの『いか超』の記述を誤読しているようですけど、喉頭部(ヴィシュダ・チャクラ)に穴が開いたら、単純に脳が三区分に分裂して人格分裂が起こるだけだとシュタイナーは言っているんです。 それで物事に動じなくなるわけですが、それは自我の完成とは何の関係もありません。 そればかりか、そのとき人格の統合に失敗していると、抑圧した人格の台頭により精神分裂症を発症してしまうんです。 つまり、それは小解脱でもなんでもなくて、物理的な作用にすぎないわけです。 「はじめに上丹田に気の流入口を作る行法だけに完全な成功が期待できる」とR・シュタイナーが言うのは、下から喉頭部(ヴィシュダ・チャクラ)にアプローチする行法には、そういう問題点があるからです。 したがって、最初に下丹田を開発しようとするこのコースの人たちでも上丹田→中丹田という手順はしっかり踏まなければいけません。

2.上丹田→中丹田→下丹田コース
R・シュタイナーや私がこれです。 観(ヴィパッサナ)ばっかりやるクソ真面目タイプです。 確実に「サハスラーラからハート(プルシャ?)に至る」のはこのコースの人たちであることはわかりますよね。

3.中丹田→上丹田・下丹田コース
白隠禅師がこれです。ムッシュ本山氏もこれでしょうか。 もっとも増上慢になりやすく精神分裂症のリスクがありますので、生身の正師につかないかぎり真似してはいけません。 手順をまったく無視するわけですから身の程知らずの破滅型タイプですね。

さらに付け加えるなら、もう一つあるでしょうか。

4.天才コース
ラマナ・マハルシやニサルガダッタ・マハラジです。 天性で悟ったような人たちですから、われわれ凡人には実践不可能なことを平気で言います。 まともに相手にしてはいけません。

いずれにしろ大悟すれば良いわけですけれども、自我の完成に至る声聞道のプロセスについてちゃんとわかっているのは2番のタイプの人たちだけです。 大悟した人でも自分の辿ってきたコースを前提に話をしますから、どのコースで悟った師なのかわかった上で話しを聞かなければ怪我をすることもありそうです。


夢窓様の投稿

ちょっと小言を。

上にしろ、下にしろ、丹田に集中するのは、その経路に気を集めて精神集中のきっかけを作るということもあるようです。 小周天の温養ですね。 いずれにしろ、温養は力んでやるもんではないようで。 何となく意念をおいて眺める位が良いのでしょうけれど。

ロウソクの炎を見つめる。 対象に意識を固定しながら、同時に観ている意識も観察する。 ダブルバインドです。 観照を作り出す練習になります。 一時的な手段としてですね。行です。

一点集中の行をやり過ぎると思考が早く鋭くなり過ぎる傾向があるようです。 逆に只坐る、眺めるだけだと思考はゆっくり落ち着いて来ます。 筋トレみたいなもののようにも思います。

観照者が出来上がったとして、その観照もしばらくしたら消えてしまいます。 観照する、観照されるということが同時に起こっている。 観照するだと分離感があります。 観照しているものは、観照されているものである。 いずれにしろ観照というのも一時的な通過点の様です。

これも技法として使えるようになるのかもしれませんが。 オープンフォーカスの方法ですね。 固定化されていく観照者に自我が同一化が起こる。 今度はこれを崩壊してさせていく。 自然にそうなっていくのかもしれませんし、よくわかりません。 一つ前の悟りへの執着(同一視)を手放していくことになるのはいつも道理ですけれど。

観照ってなんだろうって思いますね。 かなり一人歩きしてる言葉の様です。 それも次第に消えてしまうものというか。 深い部分で観照とも言えない、気づきでもない。

桃雲水

当山の返答

青雲水


没交渉(まとはずれ)

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ロウソクの炎を見つめる。 対象に意識を固定しながら、同時に観ている意識も観察する。 ダブルバインドです。 観照を作り出す練習になります。 一時的な手段としてですね。 行です。
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これも没交渉(まとはずれ)

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観照者が出来上がったとして、その観照もしばらくしたら消えてしまいます。 観照する、観照されるということが同時に起こっている。 観照するだと分離感があります。 観照しているものは、観照されているものである。
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接心あるのみ!


当山雑感

この投稿者が、ヨーガの行法であるトラタカ―ロウソクの炎を見つめる行法―により眉間(アジュナ・チャクラ)に精神集中していたことが、このとき判明した。

おそらくその危険性を認識することなく実践していたため、「そういうことは何もしていない」などと語っていたものとおもわれる。 そうした証果をはやる気持ちはわからないでもないけれど、そのために精神分裂症を発症しては何にもならないではないか。 ゆえに、当山はここではっきり伝えておきたい。

上・中・下丹田に精神集中する行法は自我の完成する時節の到来までやってはいけない

そもそも自我暴露でない瞑想など瞑想ではないのだ。

緑雲水
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