トップ写真 ゆんフリー写真素材集
Contents menu
Google Search
Google
Web サイト内
関連記事リスト

【BBS:Q&A 27】尊敬の念が起こりません

仁悟の坐禅相談室『坐禅の智慧で答えます。』 尊敬の念が起こりません

Presented by

2013年4月:養心寺雲水・道拳より


養心寺雲水・道拳の投稿

最近は自分の客観視を意識し心に目を向けているのですが、 私は何かに恐れを持っているようなのですが何に対してびびっているのかつかめません。

幼少期は皆、大体、親により善・悪のジャッジで育てられ、 自分を置き去りにされた行為によって褒められ、 自我が形成されると思うのですが、そこに原因があるのか、何らかのトラウマがあるのか、 迷走しております。

赤雲水

当山の返答

黒雲水

どうやら順調に進歩しているようですね。

幼少期に両親から受けた自我の束縛のカラクリに気づくのは、 坐禅修行の初期における重要な段階です。 ただし、自分の自我の形成過程に両親が関わっていた事実を知れば ソレでいいわけで、その原因と影響の分析に囚われてはいけません。 そこに深入りしてしまうと、ありがちな心理分析屋と同列になり、 悟境の進歩が止まってしまうので注意しましょう。

今の時期に観察すべきはそのカラクリに気づいたことで湧きあがる 両親に対する憎しみや怒りの心です。 この頃に、なぜ憎しみや怒りの鉾先が両親に向かうのかといえば、 運命から学ぶ覚悟がまだ決まっていない中途半端な状態だからです。

インドのヒンズー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』では、 どの両親のもとに生まれ、どのような心理的虐待を受けるのかも、 前世からの業(カルマ)によるものだと教えています。 これは、この世の出来事のすべては自業自得という運命を受け入れたとき、 坐禅修行を突き進むための心の準備が調うからです。 したがって、

「ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくりだされる」

この因果律の真実を受け入れる覚悟を決めることが今の課題なのです。

何かに対する恐れや将来に対する不安みたいなものは、 いずれ坐禅修行の入口(興菩提心体験)を通過できると、 自尊心を回復する過程で期せずして自然に消滅してゆくものですから、 まずは今の時期に最初のボタンを掛け違わないことが大切となります。


養心寺雲水・道拳の返答

私の場合、今のところ、怒り、憎しみも若干あるのかもしれませんが、憐みが強い感じがします。

興菩提心ですか・・・・。 自分にそんな気持ちが起こるのか疑心暗鬼です。 私のなかに人に対する見下しは消えないのだろうか?とずっと心のどこかにあります。

劣等感を隠すために吠えている上司、 世間体世代(善・悪ジャッジ)の教育をしてきた親、親戚達・・・・。 どうしても、芯から尊敬の念が起こらないのです。むしろ内心 見下している感があります・・・。

本当の先祖の祟りとは、霊的な話でなく、 むしろ、代々受け継がれてきたこの教育なのかもしれません。 これに気づくのが先祖供養なのかもしれませね。

光がどうとか神のお告げがどうじゃなく、自分の中の魔物を見つめる事が先決ですね。

と、思いつつも、この感情が自然になくなるのか・・・・

青雲水

当山の返答

緑雲水

坐禅修行には常識をコペ転しなければならないときが“ときどき”あります。 道拳さんは精進してきたおかげで、その時期にさしかかっているようです。 いずれ心随観や声聞道のコツを掴んで独り立ちするまでは、 何らかのガイドを必要とするものですから老婆心がてらにヒントをひとつ。

道拳さんの場合、尊敬の念が起こらないのは当然です。

それは社会的地位や年功に基づく序列の他に“見えないカースト制度”があるからで、 自分より意識レベルの低い人を尊敬するなんてこと自体が不可能なのであります。

したがって“尊敬”ではなく“尊重”の念を起こせば、それでよいわけです。 意識レベルの低い凡人は転落して苦境に陥ってはじめて“気づき”を得られるので、 彼らの「転落する自由」を認めてあげることが“尊重”ということになります。

おそらく、道拳さんのこの感情。

> 私の場合、今のところ、怒り、憎しみも若干あるのかもしれませんが、憐みが強い感じがします。
> 私のなかに人に対する見下しは消えないのだろうか?とずっと心のどこかにあります。

これらは、凡人たちの「転落する自由」を“尊重”することができないために、 彼らの“アラ探し”を頭の中でつい始めてしまうから湧き上がるものです。 つまり、凡人に対する、怒り、憎しみ、憐み、その原因はすべて同じなのであり ます。

そこでイエスは「すべてを平等に愛せよ」と“寛大な理解”を説き、 釈迦は「誰も愛すな」と“見かぎり”のアプローチを説いたわけです。 すなわち、「アウト・オブ・眼中」「勝手にしやがれ」の境地であります。

そもそも道拳さんは「劣等感を隠すために吠えている上司」よりも先を行って いますし、「世間体世代の教育をしてきた親」よりも意識レベルが高いのですから、むしろ、 彼らを指導する立場にあるわけで、上司や両親を教育する義務があります。

ただし彼らのメンツを潰さないように指導するというのがルールですから、 そこを外れてしまうとスジが通らないのでオトシマエがつきません。そして、 スジを通す方法は彼らに対する“アラ探し”を止めたときに見えてくるんです。

よくよく考えてみれば過去に後悔していることは二通りしかないと気づきます。

一、スジを通さなかったこと。
二、スジの通し方を間違えたこと。

スジの通らないことを上司が言ったら「ヤキを入れてやる」必要がありますし、 道理を外れた親の要求についても「お灸をすえてやる」ことがスジです。 ただし、彼らのメンツを潰してスジの通し方を間違えてはいけません。

すると相手は「こいつとはスジを通してちゃんとやろう」となりますから、 相手の態度が変わるんです。もしも相手のオツムが逝っていれば縁が切れます。 「なめんなよ」といくとケンカになったり問題が発生するかもしれませんが、 スジを通している方に天は味方しますし、将来後悔するよりはマシだと思います。

あと、これですけど、

> 興菩提心ですか・・・・。自分にそんな気持ちが起こるのか疑心暗鬼です。

これはいずれ道拳さんも体験することになると思いますが、 われわれ禅者は見込みのある人とない人の区別がつくんです。 いわゆる“慧眼”というやつで“ぷっつん体験”以降に目覚めてきます。

道拳さんの当山への入門を認めたのは見込みがあると確信したからです。

当山が「見込みがある」と言ったら、とにかく見込みがあるんです。 まだ「正道を歩んで違わぬ」と確信できるほど修行が進んでいないので、 疑心暗鬼になるのもわかりますけど、道拳さんには、それはふさわしくない。

当山住職・布施仁悟は、そう、思います。


養心寺雲水・道拳の返答

>“見えないカースト制度”
この問題は根深いと思います。 意識レベルの低い人がかざす道徳ほど、 勝手で傲慢で都合の良い(筋がない)ものはありません。この道徳が厄介だと思います。 道徳にかこつけて、善・悪のジャッジをしていきます。 しかも、それが正しいことだと疑いの余地がありません・・・・。

>彼らの“アラ探し”を頭の中でつい始めてしまうから湧き上がるものです。
そうですね・・・。 アラ探しが起こってしまいます。 アラ探しが起こったら、意識的にやめようとしてはまた起こる感じが続きます・・・・。

>ただし彼らのメンツを潰さないように指導するというのがルールですから、
それは、常に考えています。相手の自尊心を傷つけるのが嫌なのです。 私がずばっと言うと、心の奥をえぐって相手が傷ついて何も言い返せなくなりそうな気がして・・・・。 ただ、そんな気も知らないで調子こいてくる弱者が多いので、 ボス猿社会的に対処しようかと思うときもありますが、思いとどまっております。 そもそも、そんな彼等に興味がなくなってきているのもあるかと思います。

>スジを通す方法は彼らに対する“アラ探し”を止めたときに見えてくるんです。
自分にこのアラ探しがなければどんなに気が楽だろうかと思います。 アラ探しをしている自分を観察するつもりでいけばよろしいのでしょうか?

>当山が「見込みがある」と言ったら、とにかく見込みがあるんです。
ありがとうございます。見えない道を歩いている私にとってはげみになります。

桃雲水

当山の返答

赤雲水

>アラ探しをしている自分を観察するつもりでいけばよろしいのでしょうか?

その通りです。

何がアラ探しなのかを“声聞道”の実践よって学び、 そのアラ探しをどう止めるのかを“心随観”の実践よって知る。 私の提唱しているメソッドは、結局、それしかありません。

>自分にこのアラ探しがなければどんなに気が楽だろうかと思います。

まずはアラ探しをしている自分に気づくことが最初の課題ですので、 道拳さんはすでに第一歩を踏み出しているわけです。

そのため、いずれこの問題を克服する時節がやってくることになると思います。

>相手の自尊心を傷つけるのが嫌なのです。 私がずばっと言うと、心の奥をえぐって相手が傷ついて何も言い返せなくなり そうな気がして…。 ただ、そんな気も知らないで調子こいてくる弱者が多いので、 ボス猿社会的に対処しようかと思うときもありますが、思いとどまっております。

相手の自尊心を傷つけないようにするのは大切なことですけど、 ときにスジの通らないことを要求されることもあります。 相手が好き勝手にやっていることは放っておけばいいのですが、 問題は道理に外れた要求が自分に降りかかってきたときです。 そのとき自分のスジを曲げずにガツンと行けるか? いわゆる“道徳破り”の覚悟を試されることもありますので、 ご注意を。


肴はとくにこだわらず厳選情報

HPランキング参加中!

凡人たちにも本物のスピリチュアルを!

ワンクリック運動に参加しませんか?

ブッダの瞑想法―ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

坐禅入門の決定版!

心の欠陥を克服する唯一最善の方法は坐禅・瞑想を実践することです。そして、この本以上の坐禅・瞑想の入門書を私は知りません。

実修 真言宗のお経

真言は法蔵の扉を開く!

空海の言ったことはホントかウソか? 実践してみればわかること。

わが家の宗教 臨済宗

毎日唱えたいお経CD

大乗経典の要諦を示した『菩薩願行文』 坐禅の真髄を説いた『坐禅和讃』 気の通りをよくする『延命十句観音経』。附録CDの充実した一冊。

5つのチベット体操-若さの泉・決定版

これはエクササイズの革命だ!

たった5つの体操を毎日続けるだけで体調は良くなるわ、痩せるわで驚きの効果が・・・!?食事に関するアドバイスも実に簡潔で的を得たもの。これはエクササイズの革命だ!

決定版 真向法

チベット体操と併せてどうぞ。

たった4つの体操を毎日続けるだけで怪我を予防するための柔軟な筋肉を作れます。チベット体操と併せてどうぞ。

魂をゆさぶる禅の名言

何にもならない坐禅はやめよう!

坐禅は単なる心の慰めではありません。坐禅を人生に役立てるための智慧がここにあります。救いのある仏教の入門書。