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【第8話】ぼくらが旅に出た理由

興禅富国論 ぼくらが旅に出た理由

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こんな時代はもう終わりにしよう


ボクらは高度経済成長の亡霊といまだに戦ってるんじゃないのか?

今年…2017年2月にいろいろと好ましい動きがあったことに気づいているだろうか。 時代が変わっていくような予感がようやく芽生えはじめてきて、いよいよ面白い時代になってきたよね。

村上春樹の『騎士団長殺し』みたいに時代を担ってきた先輩たちが“お疲れ様”的な作品を発表したこともあるんだけど、ボクはそんな中で時代を的確にとらえた歌が流れたことに注目している。

今年の2月末にリリースされた小沢健二の『流動体について』だ。

矢印マーク 流動体について


まさかこの人がまたやってくるとはね
世の中って面白いものだとおもう


1923年と1995年というのは、まったく同様の事件が起こってる。 関東大震災(1923年)と阪神淡路大震災(1995年)だ。

老子の『道徳経』に「ものごとというものは、その限度をわきまえておかないと、必ずしっぺ返しがやってくる」なんてことが説かれてるんだけど、大震災というのは、まあ、その“しっぺ返し”としてやってくる傾向があるわけです。 いわゆる“揺りもどし”。

この国の国民はホントにどうしようもない国民で、太平洋戦争の教訓をすっかり忘れ去ってしまっている。 あの戦争はなぜ起こったのかと言えば、老子の説く“しっぺ返し”のせいで起こったわけです。 江戸末期の開国時に締結した不平等条約を富国強兵政策で解消したのが日清日露戦争。 その時点で止めときゃよかったのに戦争路線をそのまま継続したせいで“しっぺ返し”を食らったというのが、1923年の関東大震災だったでしょう。 関東大震災は第一次大戦の戦勝に浮かれた直後に発生し、太平洋戦争はその延長線上で起こってる。

そういうことが歴史の教科書にちゃんと書いてあるのに、この国の国民はまた同じ失敗をやらかした。 ボクたちは1995年の阪神淡路大震災というのも同じロジックで発生していることを、ちゃんと歴史の教科書から読みとらなきゃいかんのです。

阪神淡路大震災はバブル景気に浮かれた直後に起こってる。 すなわち戦後の復興が一段落した時点で経済成長の追求なんか止めときゃよかったのに、消費税まで導入して経済成長路線をそのまま継続したせいで“しっぺ返し”を食らったというのが、1995年の阪神淡路大震災なわけ。 2017年現在、すでに戦時中と同じレベルまで国の借金が膨らんでるのに、アベノミクスとかいう“ばら撒き政策”を継続するなんて戦時国債を発行したのと同じくらい愚かな選択だよ。 ボクらは高度経済成長の亡霊といまだに戦ってるんじゃないのか?

で、太平洋戦争は関東大震災から22年後の1945年8月に終わってるんだけど、今年2017年は阪神淡路大震災から22年後にあたるわけで、まあ、ようやくその“しっぺ返し”が終わろうとしている。 というわけで、2017年8月からのボクらは、これまでの間違いを認めて、これからの時代の処方箋を新たに書かなくてはいけない。 今度はマッカーサーはいないんだからね。 米国の力を借りずに自分たちの力だけでちゃんと再生するの。 いよいよこの国にも、甘えん坊将軍みたいなことばかりやってないで自立する時節がやってきたのです。

赤雲水

こんな時代はもう終わりにしようとは思わないかね、諸君

黒雲水

で、小沢健二の『流動体について』なんだけど、これは、すごくいい歌。 戦後の流行歌『東京ブギウギ』みたいなのだ。

羽田沖 街の灯がゆれる
東京に着くことが告げられると
甘美な曲が流れ
僕たちは しばし窓の外を見る

もしも間違いに気がつくことがなかったのなら?
平行する世界の僕は
どこらへんで暮らしているのかな
広げた地下鉄の地図を隅まで見てみるけど

神の手の中にあるのなら
その時々にできることは
宇宙の中で良いことを決意するくらい

(小沢健二『流動体について』より)

この小沢健二という人は、いわば“時代のメッセンジャー”の役割を持っていて、阪神淡路大震災のおこる前年の1994年に『ぼくらが旅に出る理由』という歌を作っていたりする。

心がわりは何かのせい?
あまり乗り気じゃなかったのに
東京タワーから続いてく道
君は完全にはしゃいでるのさ

人気のない秋の渚
ぼくらだけにひらける空
“元気でいて”とギュッと抱きしめて
空港へ先を急ぐのさ

遠くまで旅する恋人に
あふれる幸せを祈るよ
ぼくらの住むこの世界では
太陽がいつものぼり
喜びと悲しみが時に訪ねる

遠くから届く 宇宙の光
街中でつづいてく暮らし
ぼくらの住むこの世界では
旅に出る理由があり
誰もみな手をふってはしばし別れる

(小沢健二『ぼくらが旅に出る理由』より)

彼はこの歌で、そのうち太平洋戦争みたいな時代がくるから才能のある人たちは東京を離れろ―旅に出て身を潜めているんだ―と警鐘を鳴らしていたのね。 恋人たちも再会を約束して旅にでるんだと。 で、22年の歳月が流れて発表した『流動体について』では「さあ変革の時代がやってくる、みんな東京に戻っておいでよ」と歌ってる。

だけど意思は言葉を変え
言葉は都市を変えてゆく
躍動する流動体 数学的 美的に炸裂する蜃気楼
彗星のように昇り 起きている君の部屋までも届く

それが夜の芝生の上に舞い降りる時に
誓いは消えかけてはないか?
深い愛を抱けているか?
ほのあまいカルピスの味が 現状を問いかける

(小沢健二『流動体について』より)

で、彼が『ぼくらが旅に出る理由』をリリースした後、1995年からは才能のあるシンガーソングライターたちは、時代に警鐘を鳴らす歌を作るくらいしかやることがなくなったのね。

なんていうんだろ…国民全体のオツムが麻痺しちゃったみたいで。

1995年ていうのはCDがバカ売れしてた時代なんだけど、その中にオツムを麻痺させるための軍歌みたいな歌がたくさんあった。 大人になりきれない子供たちがダンスしながら「夢は実現するよ」と叫ぶみたいな浮わついた歌がよく売れて、そういう歌に洗脳されてみんなバカになっちゃったのかもしれない。 本当の恋の歌とかまっすぐに生きる人生の歌とか…そういう流行歌が聴こえてこなくなった。 そういうのは作ってもどうせ売れないから。

この人なんかは霊感があるのに1995年位にブレイクしちゃったものだから、才能を発揮する場所がほとんどなくて、ほんとにかわいそうだった。 この吉井和哉の『球根』は1998年に発表された歌。

髪の毛 手の平 愛の光
夢より まばらな 淋しい熱

許されない 誰にも喜ばれない
お前が咲くならば僕は穴を掘ろう

世界は壊れそうになった
今 流星のような雨の中

身体で身体を強く結びました
夜の叫び生命のスタッカート
土の中で待て命の球根よ
悲しいだけ根を増やせ

(吉井和哉『球根』より)

「土の中で待て命の球根よ」なんて切ない時代だとおもう。

小沢健二が「海外亡命」で吉井和哉が「地中に眠る球根」というイメージなら、われらが井上陽水先生は「深海で息を潜める船」というイメージだった。 これもやっぱり1998年に発売された歌。

積み荷もなく行くあの船は
海に沈む途中

港に住む人々に
深い夜を想わせて

間に合えば 夏の夜の最後に
遅れたら 昨日までの想い出に

(作詞:井上陽水 作曲:浦田恵司『積み荷のない船』より)

そして誰もいなくなった…と。 つまり、1999年の世紀末を迎えたとき、ノストラダムスの予言どおりに「恐怖の大王が降ってきた」というわけ。 それが「ぼくらが旅に出た理由」だったのだ。

で、この人が2000年に「みんな何処へ行った?」と歌ったときからは、もうどうしようもない時代になっていった。 みなさんご存知の中島みゆきの『地上の星』だ。

風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った
見送られることもなく

草原のペガサス
街角のヴィーナス
みんな何処へ行った
見守られることもなく

地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見てる

つばめよ 高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ 地上の星は 今どこにあるのだろう

(中島みゆき『地上の星』より)

こんな歌が流行歌になる時代なんて生きてるのがほんとにいやになる。 1995年からの22年間は、恋も人生もおあずけの軍歌みたいな流行歌ばかりで最悪の時代だった。

それがどんな時代だったかをボクらはよく知っているはずだ。 こんな時代はもう終わりにしようとは思わないかね、諸君。

(2017.5)


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