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【第八話】29歳朝青龍

閑雲野鶴 29歳朝青龍

Presented by

運命の扉の叩き方


無念!朝青龍引退

やはり29歳だった。

第68代横綱・朝青龍が引退の仕儀に立ち至ったのは、
泥酔の上での暴行問題を直接の原因とする。

土俵上でのにらみ合いにガッツポーズ。
むやみに品格を重んじる日本の国技に挑戦状を叩きつけるようなモンゴルの青年に、 侃々諤々(かんかんがくがく)、喧々囂々(けんけんごうごう)。
われわれ日本人は、賛否両論、揺れに揺れた。

「品格だか何だか知らねぇけど勝ちゃあいいんだろ」
「オレ、モンゴルの青年よ。日本の国技?笑わせんなよ、オマエ」
「オレに勝てるやついないじゃん。そういうの負け犬の遠吠えって言うんだよ」

うそぶくような態度を崩さない朝青龍に、多数の神経衰弱な日本人は激昂した。
慣行変に罹(かか)った日本相撲協会はなす術もなく振り回され続け、一方、
シキタリ嫌いの私はお茶の間から朝青龍に密かなエールを送っていた。

坐禅に出会う以前の私を見ているようで、どうも他人とはおもえなかったのだ。

赤雲水

心の友だち。朝青龍

黒雲水

くだんの暴行問題での暴走の引き金は、
知人男性からの「頑張ってください」の激励の一言だったと言う。

このニュースを伝える新聞記事は、
「事実だとすれば『横綱の品格』どころか常識外れの人格そのものが疑われる」
と訳(わけ)知りらしく論じた。

常識を代弁する新聞がそうくるなら、常識外れの私が朝青龍を弁護しよう。
彼は決して常識外れなのではない。
劣等感への対処の仕方を知らないだけなのだ。

彼の筋肉は強さの象徴と言うよりも、むしろ心の弱さの象徴である。
本当の強さとは何かを知らないがゆえに、というか、
心の弱さを隠すために、日々の鍛錬によって鍛えあげた鎧とでも言おうか。

彼は「頑張ってください」と言われると、
「オレをバカにするな」 という感情が先に立ち、つい手が出てしまう。
その動機が私にはよくわかる。私にも思い当たる節があるからだ。
もっとも、私の場合、出てしまうのは口だった。

朝青龍と違って体格に恵まれていなかった私は、
劣等感を隠すために知識という鎧をまとったのだ。
できるだけ多くの知識を身につけ、豊富なボキャブラリーを武器に
相手を言い負かすことで劣等感を満足させた。

「オレをバカにするな」

私と朝青龍は全く同類である。

そんな自分に落胆しながらも私は知識にすがって舌鋒を鍛えた。
他に方法を知らなかったからだ。
「身体がボロボロになるまで…」
そう言い続けた朝青龍も、同じ気持ちで筋肉にすがったのではないか。


人生の正念場

ところが、そんな私の迷走はいつまでも続かなかった。

アキレス腱を切り、ヒョウソにかかり、歯が折れたのだ。
あれは29歳の頃である。

それだけのことか、とおもわれても不思議ではないけれど、
私にとっては、ただの怪我や病気やトラブルではない。
運命の警告のように想えたからだ。

おかげで身体的にも精神的にも、もう限界だと知った。
状況を分析整理できないほどの混乱の中に陥ったことで、
知識の鎧を捨てることを要求されている、と心の奥底で感じとれた。
「これまでの価値観をガラリと変える何かを探すなら今しかない」
と気づき、その直感に従ったのが29歳だったのである。

そうして本を読み漁り、ようやく32歳で坐禅に出会うまで3年も要した。
劣等感を克服できると天職を授かることを知ったのは35歳のことである。
だから私は、おバカな29歳の朝青龍が自分のようにいとおしい。

くしくも運命のいたずらに引退を突きつけられた朝青龍は、まだ29歳。
「気づくのが遅すぎた」と語った評論家もいたけれど、それは違う。
それは運命の扉の叩き方を掴み損ねた者の言葉だ。
ここからの6年間こそ、彼の人生の正念場なのである。

ピンク雲水

人生二九歳変動説

青雲水

ところで『人生二九歳変動説』というコラムがある。
田口ランディさんのこの文章は運命の扉を叩くための貴重な卓見を含んでいる。
ここに引用しておこう。

矢印マーク 『馬鹿な男ほど愛おしい』
「人生二九歳変動説」だけでも値千金のコラム集。
平凡な結論になってるのは仕方ないかな…。
私は十年間、編集者をやってきて、数多くの文化人、名士、タレントさん、学者さんなどなどに、取材という名目で会ってきた。 で、その経験を通して、とても不思議に思うことがあったのだ、それを私は「人生二九歳変動説」と呼んでいる。

いろんな人の話を聞くと、かなりの確率で……というか、びっくりするような確率で、二九歳で人生の転機を迎える人が多いのである。 二九歳には何かある、とつねづね思ってきた。そういえば、ブッダが出家したのだって二九歳だった。

この二九歳の転機というのは、その人の天職というものと非常に深く関わっている。 二九歳で、自分の価値観や、携わっている行為に対して疑問を持ち、そして疑問を解決すべく行動した人はその後、 三二歳の時に別の転機と遭遇するのだ。で、この三二歳の時の転機が、自分の天職を決めていく。 その後、三五歳、三八歳と順調に自分の人生の意味を見いだし、四二歳前後で迷いが出る。

この四十歳代の迷いというのは、身体の変調という形で表出したり、 もしくは女性(あるいは男性)に恋をしてしまう……というような形で現れたり、 それまで全く興味のなかったものに狂ったように魅かれたりするのだが、 とにかく心と身体が動揺し、その経験によって、本当に自分が望んでいる生き方とはどんなものかを再確認し、 それが完了すると五十歳から「奉仕」というものを仕事の中心に据えて生き始めるようなのである。

『馬鹿な男ほど愛おしい』P.150-151
古神道に詳しいという音楽家の宮下富実夫さんにお会いした時に、 なんと宮下さんが私と同じことを言いだすのでびっくりした。 宮下さんっていうのは、音楽療法の元祖であり、 あの安室奈美恵さんも胎教のために宮下さんのCDを聞いていた……というお方だ。
「言葉にも言霊があるように、数にも数霊があるんですよ」
と宮下さんは言う。で、数字は十進法であり、九で転換する。 だから九は物事を転換させる力をもっていると言う。 確かに、数字は生活に密着した記号であり、 そこに人間がなにかしらの象徴的意味を見いだしているとすれば、 数霊という存在も理解できなくもない。
そして宮下さんは、かのように断言した。
「二九歳の時には、どんな人にも数霊が開くんですよ」
「はあ?どんな人にも、ですか?」
「そうです。数霊が開き、本質的な人生への扉を叩くチャンスが、誰にでも平等に開かれます」
「ふーむ、確かに私も社会的な成功を収めた人に取材すると、なぜか二九歳で転機を迎えた人が多いんですよねえ」
「二九歳の時に、自分の人生について考え、自分を信じて勇気をもって行動すると、天職への道を歩み始めることができるんです」
「ふーん」
もちろん私は半信半疑である。
「じゃあですねえ、二九歳の時に扉を叩き損なった人はどうなるんでしょうか?」
すると宮下さんは、あっさりと言うのである。
「もうダメですね」
「はあっ?」
「すべての人に与えられた平等なチャンスを見送ってしまったわけだから、迷いの多い人生になりますねえ」
「そりゃあ、あんまりじゃないでしょうか?」
「いや、でも、来世ってのもありますから、あせらなくても大丈夫ですよ」
「そうは言っても……」
「わははははは」

『馬鹿な男ほど愛おしい』P.152-153


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