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【第二話】ニシンの干物と仏の方便

閑雲野鶴 ニシンの干物と仏の方便

Presented by

ジィジとボクと、時々、ニシン。


ニシンの記憶

「鰊(ニシン)はウマい!」
と知ったのは三十路(みそじ)に手の届く頃のことである。
生の鰊の塩焼きを初めて食べた。

「まさか鰊ではあるまい」と思い、
何でも初めて尽くしの子供のように、「これ何ていう魚?」と訊いてしまった。
鰊と言えば、干物の記憶しかなかったからである。

鰊の干物の焼き物が夕飯の食卓に並んだかとおもえば、身欠きニシンを寝酒の肴に父がつまむ。 (身欠きニシン:鰊の身をカチカチに干したもの。生干しタイプもある。)
だから、いつも干からびていた鰊は、当たり前に干物でなければならなかったのだ。
さらに、干物の脂焼けの苦手な私は、鰊の干物のマズさに少々うんざりしていた。

北海道には「ニシン番屋」と言って、鰊で財産を築いた網元の邸宅遺産がある。
「ヤン衆」と呼ばれる多くの漁師を寝泊りさせていた立派な屋敷なのだ。
中学生の頃、郷土学習の一環としてニシン番屋へバス見学に行った。
「あんなマズイもので善(よ)くもこんな屋敷を建てられたものだ」といぶかったけれど、
昔は冷蔵技術も発達していなかったから、鰊の干物でも重宝したのだと納得した。

北海道にあるニシン番屋のうち最大のものが父の田舎にある。
今ではニシンよりもウニ漁の盛んな所で、私は、その田舎でウニの味を覚えた。
私が高校生になった頃、祖父と祖母で住んでいた田舎の家は引き払われた。
“札幌の父の建てた家”で同居することになったからである。

赤雲水

ジィジの記憶

黒雲水

札幌で同居を始めて暫(しばら)くした頃、祖父は大工仕事を車庫で始めた。
屋根裏に細工をほどこして物置きにしようという計画である。
祖父が車庫と屋根裏の間を騒がしく立ち廻り始めてから数週間。
車庫で何かが臭(にお)っていることに気づいたのは母だった。

臭いのもとを辿ってゆくと物陰に身欠きニシンがあった。
祖父は、家族の目を盗むように こっそりとその好物を食べていたらしい。
部屋の中では臭って目立つからと車庫で保管していたのだろう。

大っぴらに身欠きニシンを食べられない息苦しさが喧嘩の原因かどうかは知らない。
私が東京の大学に通うために家を出ると、祖父も祖母を連れて別居を始めた。

祖母の年金と合わせてやっとの生活も、元気なうちは なんとか熟(こな)せたようだ。
それでも、遅かれ早かれ、この世の諸行無常の現実を人間は思い知るものである。
病気とは無縁だった祖父も、心臓に持病のある祖母の生死を何度も危ぶんでいるうちに、 心細くなってしまったのだろう。
しばしば病気をこさえて入退院を繰り返すようになり、ついに、昨年・春。
祖父母は“札幌の父の建てた家”に出戻った。
かれこれ十数年ぶりのご帰館である。


やれやれ。仏の方便というものは…。

昨秋、病室を見舞った私を前に、
「あまり長生きするもんじゃないな。へたに長生きすると いろいろありすぎる。」
と祖父は呟(つぶや)いた。

私も仏弟子の端(はし)くれなら、こういう時にふさわしい方便(ほうべん)を、
一つならず幾つも思いついたってよいものである。
なのに、あれこれ思案をめぐらせても、適当な文句は さっぱり見つからない。
やっと思い浮かんだ言葉は、こんなものだった。

ただ歳を重ねるだけなら「空(むな)しい老いぼれ」にすぎない。(法句経)
瞬時を空しく過ごすな。(法句経)

その場で説教をぶつと長くなりそうなので、何の言葉もかけずに帰ってきた。
仏の慈悲とは、仏の方便というのは、なんと伝えがたいものだろうと思った。

ピンク雲水

仏の慈悲の面映さ

青雲水

私の幼い頃に、生の鰊の塩焼きが食卓に並ばなかったのは、
“鰊は当たり前に干物でなければならない”という理由ではなく、
鰊が日本近海に寄りつかなくなったためである。
回遊魚である鰊の習性に理由があったのだ。

ところが、近頃。鰊の群れが戻ってきていると言う。
昨年は大漁だったらしく、春ニシンが安かった。
ちょうど4月下旬から5月中旬頃のニシンは脂のノリも絶好調にいい。
ただ、いくら安いと言っても、余らせて生(い)きのさがった魚を食べるのは真っ平(まっぴら)なので、 「5尾まとめて300円!」なんて安値にも手を出せずにいた。

連れのおかめと魚売場の前で、 「安いね」「でも、ちょっと多いね」と話していると、
「一夜干しにしたらいいのよ」と隣にいたご婦人が口頭で手解(てほど)きしてくれた。
鰊の干物はマズいと決め込んでいたから気のりしなかったけれど、おかめは違った。
おかめに促されるように5尾のニシンを買物かごに放り、言われるがままに捌(さば)く。
そうして作った一夜干しは、私の長年の偏見を見事に覆(くつがえ)すことになる。
「ニシンは干物が一番ウマい!」

私のそれまで食べていた鰊の干物は、みな褐色に変化していた。
これは空気に触れた脂の酸化による「脂焼け」という現象で、匂いも味もよくない。
ところが、家庭で一夜干しを作れば、脂焼け前の旨みの効いた干物にありつけるのだ。

今年も、旬の鰊で一夜干しをやった。
自分でこしらえた干物を食べながら、ふと思ったことがある。
「爺さん、やっぱり長生きするもんじゃないか。旨(うま)いニシンが戻ってきたんだよ。」
と言いながら、この一夜干しを一緒に突ついたら、頑固な祖父の心に慈悲を伝える方便になるだろうか?

そんな光景は なんとも面映(おもは)ゆいので、それからを考えるのはやめにした。


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